「デス・ノート」

天保山にて遭遇

映画「前編」を観て、急ぎ原作を買って通読した(もうそれから暫く経ちますが)。まずびっくりしたのは映画「前編」が原作の四分の一程度までしか進んでいないこと。これ、「後編」はとうするんだろう? 映画オリジナルのキャラクターを絡めた展開が映画「前編」終盤にクライマックスとして展開するが、あれは原作後半のあるエピソードを先取りする形で盛り込んだのだろうなあ。とすると、やっぱり「後編」は複数の人物を「L」ひとりに一本化して、後の複雑な展開をまとめるということになるんだろうか? いや実に興味深いですね。映画は独立して観るとかなりうまく出来ています。このアベレージで、しかも独自の展開を見せて「後編」を締めてくれることを切望します。
死神の持ち物である「名前を書いた人物は死ぬ」というノートを手にした天才青年、というそのアイデアだけで、どうしたって「罪と罰」や「ファウスト」という古典的名作をイメージします。そうした目で本作の主人公を見たときその掘り下げの深さは、と考えると、そりゃもう比較する相手が悪い。主人公がその思想に基づいた勝負に勝つのか負けるのか、と考えると、どうしたって自ずから結末は限られて来ますが、原作を読むとなかなか頑張って人間を描いていると思います。興味深いテーマですよね。悪人を裁くのは是か非か。力を持った人間はどうなるのか。勿論本作はエンターテイメントですが、楽しんで読むことができました。僕が自分で漫画を買って読むのは珍しいんです。なんか、読みにくいんですよね、漫画って。昔僕の先生がそう仰ってて、その時は判らなかったのですが、今はよくわかります。
さて、映画「後編」が一体どのように長い原作をまとめるのか、そしてどのように物語に決着をつけるのか。繰言になりますが独自の展開を期待したいところです。