ブリュッセル二日目夜、クンステン演劇祭のリミニ・プロトコル『ラゴス・ビジネス・エンジェルズ』〜グローバル?ビジネス?芸術?たぶん超問題作

 さてさて、二日目の夜はこの旅の主目的であるクンステンフェスティヴァルでリミニ・プロトコルの『ラゴス・ビジネス・エンジェルズ』を鑑賞。みんな大好きリミニですよ!!


 …で、今までこれも入れてリミニを4本見てるんだけど一番問題作だと思った。相変わらず抜群に面白いのだが、たぶんこれはリミニを見るような客層というものを想定しているからこそ成り立つ、なんかかなりギリギリのところで成立している危険な作品だと思った。

 この作品のテーマはラゴスのビジネスである。ナイジェリアはすごい勢いで経済成長しており、2050年にはフランスのGDPを抜くそうだ。この作品はこの経済発展しまくっているラゴスの人たちがいったいどういうビジネスをしていて、そのビジネスはどういうふうに世界の他の地域とつながっているのかを見せるものである。

 リミニなんで相変わらずドキュメンタリー演劇なのだが、今回は客席に座って見る演劇ですらない。まず劇場に入るとお客さんは20人くらいのグループに分けられ、どういう順番でブースをめぐるのか図示したカードをもらう。
 ↓カード

 劇場内にはブースが(たぶん)11個あり、お客さんはそのうち7個をグループとして回ることになる。自分でどのブースを回るかは決められなくて、4つ見れないブースが出てくるのでこれはけっこう運まかせ。ブースごとの持ち時間は10分くらいで、10分ごとに音楽がなって次のブースに移動させられる。

 各ブースにはラゴスに関わりのある仕事をしているプレゼンターがいて、自分の仕事について面白おかしく話してくれる。私のグループはラゴスで靴メーカーをやってる青年→ラゴスの牧師さん→ラゴスで人材派遣コンサルタントをやってる女性→ナイジェリアでいろいろなプロジェクトをやってるベルリンの起業コンサルタントの男性→投資コンサルタントの青年→ルステナウのレース専門家の女性→魚から石油までいろんなものを取引しているビジネスマン のブースをまわった。劇場のいろんなところにブースを設置しており、解説にもあるがほとんどビジネスフェアのようである。

 で、ブースを七つ回ったところで全員客席に座らされ、舞台にブースのプレゼンター全員が出て来てブリュッセルラゴスの物価を比較したり、ちょっと踊りみたいな動きをしたりして最後まとめる。お開きになった後、各ブースで質問タイムというか名刺交換タイムというか、まあお客さんとプレゼンターとの間でビジネスチャンスを求める話し合いとかが行われるらしい。

  とりあえず各ブースのプレゼン自体はものすごく面白い。牧師さんのブースでは「これが自己啓発か…」みたいなすごいお説教をきかされる。起業コンサルタントのブースでは、ナイジェリアとかでは銀行(基本、地方にない)よりも携帯電話のほうが普及しているから携帯電話で送金するシステムがあってこれを作るためにいろいろ仕事してるとかいう話がきける。投資コンサルタントのブースではまず株式取引所の様子を演劇に喩えて説明したあと(お客さんがこれから投資する人たちでコンサルタントは劇評家です、とか)、取引先の会社について正直なレポートをしたせいでクビになったという話がきける。レースのブースでは、ナイジェリアではレースが婚礼衣装として大人気で、新郎新婦だけじゃなく招待客全員が同じレースの服を着るのでずいぶんレースビジネスが盛んでオーストリアのレース生産地域と深い経済的つながりがあるとかいう話をきける。携帯送金みたいないかにもアフリカっぽい話から投資コンサルタントみたいなどこの国でもやってそうな話、またレース貿易みたいな以外なつながりなど、なんか話をきいただけで結構賢くなったような気がしてくる。

 しかしながらたぶんこれってヨーロッパの大都市で政治や文化についての知的関心がある観客に向けてやるっていうことがミソであって、そうでないと成立しないんじゃないかと思う。ベルリンとブリュッセルでやってるそうだが、たぶんそういうヨーロッパの大都市って非常に不安の季節を迎えていてこれから衰退するんだ、という漠然とした危機感みたいなものがあるわけじゃんか?そこに新しく発展しまくっているラゴスの人たちを連れてきて話してもらい、物価なんかを比較することでラゴスのエネルギーを分けてもらいつつヨーロッパの人々に現在の状況を直視させる…みたいな側面もあるんだと思うし、一方でたぶんこういうとこにわざわざ芝居見に来る人たちってインテリが多いだろうから、あまりオリエンタリズムに陥らないような工夫を凝らした異文化理解イベントっていう側面もあると思う。あとたぶんヨーロッパでこの手のちょっとエッジィな舞台を見に来る人たちって専門職についてたりお金があったりするような人も多い一方、アート系で浮世離れした人たちもいると思うので、リッチな人たちにはビジネス面での交流を、浮世離れした人たちには経済とか商売に関する知識を提供…っていう側面もあると思う。全体的に啓蒙・教育的な色彩と実利的な色彩がいいぐあいにごっちゃになってて不思議。

 しかしながらなんかこういうふうにラゴスのエネルギッシュなビジネスを提示するのって、客の受け取り方にとってはただ単純に「ラゴスすげー!それに比べてヨーロッパの若者たちは!これからはグローバルだぜ!」みたいによくあるグローバル経済脳の強化みたいになってしまう気がするので、かなり危険なプロダクションだという気がする。なんというかたぶんそういうことを言いたいプロダクションではないんだろうと思いつつも途中若干「えーっそんなんでいいのかラゴスにだってこういう潮流の陰で困ってる人もいるんだろ」みたいな気がして若干鼻につくところがあったもん。おそらくリミニのテーマの一つとしては「国境を越えた思わぬ経済的結びつき」というのがめんめんとあって、たぶんそういう経済を記述的にプレゼンしてあとは観客に考えさせることがリミニのスタイルなんだろうと思うのだが、それってやはりかなり限られた観客を想定しているものだよね。リミニのお芝居は誰にでも楽しめるものだと思うけど、一方で結構危険なところがある。

 あと、たぶん今回私が若干鼻につくと思ったのは、前にリミニがやってた『ムネモパーク』、『資本論』、"Best Before"とかは非常に「我々に近い」人々、つまりカネとかあんまりなくてオタクで自分から舞台に立つ気があまりなさそうな人々を舞台にあげてそこですごい効果が…っていうやり方だけど、今回は別にほっといても舞台に立ってるような人たちが主な登場人物だというところ。牧師様とか毎週日曜に説教しているわけだし、そういう人をドキュメンタリー演劇のプレイヤーとして舞台にあげる意味ってあるんだろうか?我々は本当にドキュメンタリー演劇でShiny Happy Peopleを見たいの?まあこれは私の演劇に対する深い不信感の表れでそう思うのかもしれないが…