80年代音楽への愛、ダサさ、ちょっとしたからかい〜『怪盗グルーのミニオン大脱走』

 『怪盗グルーのミニオン大脱走』を見てきた。スピンオフを入れるとフランチャイズ4作目にあたる。

 80年代に子役としてテレビのスターになったが、そのあと世を恨んで悪党になってしまったバルタザール・ブラットをつかまえそこね、反悪党同盟をクビになってしまったグルーとルーシー夫妻。そこにグルーの生き別れになった双子のきょうだい、ドルーから連絡が入る。グルー一家はフリードニアで養豚場を経営するドルーの屋敷を訪問するが、実はドルーは亡き父のあとを継いで悪党になりたいと思っていた。悪党をやめると誓い、ミニオンズとまで決別していたグルーは最初はドルーの悪事の申し出を断るが…

 お話はけっこういい加減で、グルーが父親になる様子を描いた第一作とか60年代ノリが楽しかった『ミニオンズ』には及ばないと思う。とくに突然、双子のきょうだいが出てくるあたりはずいぶん強引だ。ルーシーがグルーの3人の養女たちの母として成長するあたりはいいし、ルーシーと娘たちがキャンディとかいろんなことについて話す会話でベクデル・テストもパスするのだが、それ以外はけっこういい加減で、まあミニオンズの可愛さで押している感じだ。

 しかしながら音楽の使い方がめちゃくちゃ凝っていて、ここは良かった。悪役のブラットは自分の全盛期だった80年代で止まったような男で、四六時中80年代の音楽ばっかり聞いてる。この80年代音楽の使い方が絶妙で、懐かしいし名曲ではあるのだがなんかどれもそこはかとなくダサい使われ方をしている。たぶんこの映画を見に来る子どもたちの親の世代が80年代に子ども時代を過ごしているのでそれにあわせた選曲だと思うのだが、この懐かしいけどそこはかとなくダサい音楽をバックに過去にしがみつくブラットが暴れるというのは、たぶんレーガン政権あたりの時代を良きアメリカとして懐かしんだりすることに対するちょっとしたからかいなんじゃないかと思う。なんとなく愛が感じられる選曲と使い方なので『ラ・ラ・ランド』の「テイク・オン・ミー」みたいにイラっとするところはないのだが、「しょうもねーなー」って苦笑してしまう感じがある。ちなみに『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』ばりのダンスファイトがあるのだが、そこでグルーがブラットを倒すために使う音楽がダイアー・ストレイツの「マネー・フォー・ナッシング」(スターを皮肉る歌詞)で、ここは笑った。ブラットが好んで聞いてるマドンナやオリヴィア・ニュートン=ジョンに比べるとこの曲はギターのリフが特徴で歌詞も皮肉っぽいので、ブラットじゃなくグルーのキャラにあわせてると思うし、また悪意のある選曲だ。

 さらに一番気の利いた選曲が、ミニオンズが歌う「少将の歌」である。ミニオンズがオーディション番組に紛れ込んでしまって、そこで仕方なくギルバート&サリヴァンのサヴォイ・オペラ『ペンザンスの海賊』から「少将の歌」を歌うのだが、これは去年の初めにイギリスのオーディション番組『ザ・ヴォイス』で、ドラァグのシンガー、ディヴィーナが『ペンザンスの海賊』からソプラノの有名な曲「かわいそうなさすらい人」を歌って話題をさらったことがあり、それを下敷きにしているのではと思う(曲は違うが)。『ペンザンスの海賊』の少将をはじめとするギルバート&サリヴァンのサヴォイオペラに登場する喜劇的なおじさんの役というのはちょっと難物で、異常な早口歌唱やラップみたいな歌としゃべりの中間に位置する歌唱など、特殊な歌い方が要求される。イギリスでは専門の歌手がいるくらいなのだが、異常な早口が有名な少将の歌をちゃんと歌ったミニオンズは実はとても難しいことをしている。さらに『ペンザンスの海賊』は、ワルになろうとしてるのにあんまりうまくいってない海賊王の話なんで、グルーとミニオンズにぴったりの選曲でもある。こういうところがいちいち気が利いているのは良い。

 ↓『ペンザンスの海賊』より「少将の歌」。どんどんテンポが速くなっていくのが特徴。3:10あたりからがヤバい。

 ↓ミニオンズが歌う「少将の歌」。