Hatena::ブログ(Diary)

Commentarius Saevus このページをアンテナに追加 RSSフィード




電子書肆 さえ房」開業!電子書籍『共感覚の地平』を無料公開中

2018-07-20

子供向けのシェイクスピアショー、Shakespearience

| 子供向けのシェイクスピアショー、Shakespearience - Commentarius Saevus を含むブックマーク 子供向けのシェイクスピアショー、Shakespearience - Commentarius Saevus のブックマークコメント

 サウスバンクのアンダーベリーフェスティヴァルで、子供向けのシェイクスピアショーであるShakespearienceを見てきた。これはヒゲをつけた3人の役者(男性1人、女性2人)でとっかえひっかえいろんな役をやりながら、かなり簡単にした『マクベス』『ロミオとジュリエット』『十二夜』のダイジェストを上演するという1時間ほどのショーで、ご家族向けの教育プログラムなのだがけっこう面白い最後の『十二夜』は、主演のカップルだけでも4人なので最後役者が足りないけどどうするんだろう…と思ったら、「客席から美女を呼びます!」と言って男性舞台に上げ、「私たちが話しかけたら全部Yesと答えて下さい」と言ってオリヴィアの役を頼んでおり、なかなか客いじりも楽しく盛り上がった。

 おまけ:サウスバンクの風景

f:id:saebou:20180720232920j:image

f:id:saebou:20180720232919j:image

 サウスバンクの超おしゃれな店で食べたサンデーロースト

f:id:saebou:20180720232918j:image

2018-06-20

ちょっと撮り方が好みじゃなかった〜英国ロイヤル・オペラ・ハウス『マクベス』

| ちょっと撮り方が好みじゃなかった〜英国ロイヤル・オペラ・ハウス『マクベス』 - Commentarius Saevus を含むブックマーク ちょっと撮り方が好みじゃなかった〜英国ロイヤル・オペラ・ハウス『マクベス』 - Commentarius Saevus のブックマークコメント

 英国ロイヤルオペラハウスシネマシーズンマクベス』を見てきた。演出フィリダ・ロイドであるヴェルディオペラ版を見るのは初めてだった。

D

 マクベス夫人(アンナ・ネトレプコ)や、フリーダ・カーロのようにつながった眉のメイクで出てくる大勢魔女たち非常に強烈だし、ベッドや人形子役たちなどをうまく使ってマクベス夫妻の親密さと、殺人の後の夫婦の心境の乖離を示す演出が良かった。また、宴会殺陣の場面では大がかりな金のカゴを使っていて、このあたりの豪華さも他のシンプルで暗い場面作りに比べるとメリハリがあった。ただ、全体的に撮り方がイマイチ好きになれないというか、歌っている歌手だけにフォーカスする撮り方で、舞台全体で何が起こっているのかよくわからないところが多かったと思う。とくに、マクベス夫妻のベッドが左右に分かれたまま配置され、そこに難民たちがなだれ込む場面はどういうわけだか舞台右側だけを撮っている時間のほうが長く、全体的な人の流れが大変わかりづらかったように思う。あと、マクベス夫人が亡くなった後のマクベスの反応があっさりしすぎていてトゥモロースピーチなのは、あれはオペラ版ではカットされているということなのかもしれないが、大変物足りなかった。

 

 

2018-03-27

その選択は正しかったのか?『赤道の下のマクベス』

| その選択は正しかったのか?『赤道の下のマクベス』 - Commentarius Saevus を含むブックマーク その選択は正しかったのか?『赤道の下のマクベス』 - Commentarius Saevus のブックマークコメント

 新国立劇場で、鄭義信作、ソン・ジンチェク演出赤道の下のマクベス』を見てきた。

 舞台は第二次世界大戦後、シンガポールのチャンギにある戦犯の収容所である。ここには日本人及び朝鮮人のBC級戦犯が収容されている。主に泰緬鉄道(『レイルウェイ 運命の旅路』で捕虜側から描かれていた)の捕虜虐待に関して収監されている人々で、かなり過酷な環境の中、仲違いをしたり、故郷を懐かしんだりしながら死刑を待っている。話は6名の囚人を軸に展開する。タイトルの『マクベス』は、主人公格である朴(池内博之)が昔は役者志望で余興に芝居などをやっており、数少ない手回り品であるマクベス』の台本を読んだり、劇中劇をやったりしていることに由来する。

 とにかく重々しくてきつい芝居で、笑うところはたくさんあるのだが、どんどん死刑の時間が近づいてくるたびにお腹が痛くなるような作品だ。劇中ではBC級戦犯たちが自分の故郷での暮らしぶりなどをだんだん明らかにしていくのだが、かつては大尉で命令する側だった山形(浅野雅博)以外は上官に言われるままに虐待に手を染めており、上層部が適切に裁かれていないという強い怨嗟を抱えている。とくに朝鮮人の兵士たちは、植民地化され、二級市民扱いで暮らしていたところさまざまな成り行きで兵士として働かざるを得なくなり、日本人の上官の命令に従ったところ虐待で訴えられ死刑を宣告されているということで、非常に理不尽な状況に置かれ、おそらくは適切な裁判も受けていない。あまりにも悲惨な運命に直面している。

 しかしながらさらにこの芝居を重いものにしているのは、この兵士たちの内心には、いくら命令されたとは言え、それでも自分たちがここにいるのはなんらかの選択の結果なのではないかという後悔がかぶさっているからである。どれだけ他人のせいにして良心を軽くしようとしても、言い訳できない後悔がひしひしと襲ってくる。この、結局は悲惨な結末を迎えるのではないかという悪い予感があったのに、その場の自分の利益のため倫理に反する選択をしてしまったのではないかという強い不安が、芝居好きの朴の言動により、苦痛と悲劇の運命を予感しつつも王を殺してしまったマクベスの姿に鮮やかに重ねられる。この芝居に出てくる人々は市井の人々だが、みんなシェイクスピアの登場人物のような運命を背負っているのだ。

2017-02-19

クロスジェンダーキャスティング、だがその効果は〜子供鉅人『マクベス』

| クロスジェンダーキャスティング、だがその効果は〜子供鉅人『マクベス』 - Commentarius Saevus を含むブックマーク クロスジェンダーキャスティング、だがその効果は〜子供鉅人『マクベス』 - Commentarius Saevus のブックマークコメント

 本多劇場で益山貴司(名前に間違いがあり、修正)演出、劇団子供鉅人『マクベス』を見てきた。104人もの役者舞台に登場するというけっこう規模の大きい上演であるマクベス夫人を益山寛司(この方が演出家なのかと思ったら、名前が一字違いで兄弟らしい)、マクベスを億なつきが演じるというクロスジェンダーキャスティングが特徴だ。

 いいところはいろいろある上演であるマクベス夫妻の役者の性別を交換するというのはいいアイディアだし、とくに益山寛司の長身のマクベス夫人はむちゃくちゃ妖艶だ(衣装を使わないでマクベス夫人をふくめてあらゆる人物に化けた佐々木蔵之介のひとり『マクベス』には及ばないかもしれないが、それでも益山マクベス夫人は本当に綺麗で性格も強烈だった)。棚とか脚立とか日常的な家具が所狭しと置かれた舞台に大量の人物がわらわらと出てくる猥雑な演出もエネルギッシュである。ところどころ笑えるのもよかった。

 ただ、けっこういくつか疑問点もあった。冒頭の台詞にナチスとかジハードとかが織り込まれているのだが、この政治的なネタがあんまり機能していない。ちょっと和風だがいろいろ折衷の衣装であんまり政治的にどこの政府をイメージしているというようなところもないため、ファシズムとか狂信への言及は全然効いていないと思った。また、マクベス夫人に比べるとちょっとマクベスが弱く、台詞回しも最初はちょっと流れが悪いと思うところがあった。さらに最後マクベスが殺されるところの演出があまり良くない。それまでは小柄でも極めて男男していた億なつきのマクベスが大量の群衆に服を剥がれてタンクトップ姿になり、女の身体を露わにするという演出なのだが、かなり性暴力を連想させる不気味で暴力的な殺され方で、ここでこれをやる意味が全然わからなかった。何をしたかったんだろう?

2017-01-31

ゴミみたいな舞台、ゴミでない内容〜カクシンハン『マクベス』

| ゴミみたいな舞台、ゴミでない内容〜カクシンハン『マクベス』 - Commentarius Saevus を含むブックマーク ゴミみたいな舞台、ゴミでない内容〜カクシンハン『マクベス』 - Commentarius Saevus のブックマークコメント

 木村龍之介演出、カクシンハン『マクベス』を見てきた。プログラム作りを少しだけお手伝いしたので、招待だった。

 全体的にとにかく舞台がゴミみたいなのが特徴である。内容は全然ゴミではないのだが(むしろゴミの逆)、セットの見た目がゴミの山みたいに汚い。最初はわりとシンプル舞台で、剣のかわりにパイプ椅子を持った人々が戦ったりする程度なのだが、最後に近づくにつれてどんどん汚くなってくる(サミュエル・ベケットの「息」の舞台美術みたいな感じ。これとかこれとか)。全体的に舞台を汚くすることで、政治的な闘争を不条理でバカげたものとして相対化していると思う。本人たちは大まじめだが、はたからみると王位をめぐる戦いは非常にちっぽけな人間の営みにすぎない。

 まず、真以美演じるマクベス夫人が祝宴の場面の前にパイプ椅子を舞台にばらまくところからだんだん舞台の見た目が汚くなる。祝宴の場面では移動式のラックに山のようにスナック菓子が積まれた状態で出てきて、壮麗なはずの宮廷の祝宴をただの安っぽい飲み会みたいに見せる。右端の宮廷の入り口という設定になっている場所を通るとファミマの入店音が鳴るようになっており、バンクォー(白倉裕二)の亡霊はファミマの入店音とともに現れる。バンクォーの亡霊を見たマクベス(河内大和)がスナック菓子をまき散らしたりするので、舞台はゴミ捨て場のような惨状になってしまう。だんだん暗殺やらなんやらが増えてくると今度は舞台に白っぽいシートが敷かれ、半透明ゴミ袋に入れられた死体が散乱するようになる。ゴミまみれになっても自分の王国にしがみつくマクベスと、そんなゴミ捨て場を欲しがるマルカム王子(鈴木彰紀)、どっちもそんなに高貴な目的で動いているようには見えない。マクベスが倒れるところは役者たちが椅子に横になって座り、まるでマクベス夫妻の死体を上から見ているかのような空撮っぽい効果を出しているのだが、ここでマクベスが死んで喜んでいるマルカムの軍の人々は全然、正義を回復したという感じではなく、むしろこれからのスコットランドの政情が思いやられるといったような印象だ。

 他に演出面白い点としては、女役の扱い方がある。まず、魔女が3人の女性ではなく、白っぽい服を着た男性の大軍になっている。あまりにも大人数なのでけっこう迫力がある。ヘカテ(岩崎MARK雄大)は男優が演じているのだが一応魔女で、性別不明の妖艶さがある。マクベス夫人マクベスにあわせて坊主頭に赤い衣装を着ているのだが、面白いことに終盤ではマクベス夫人がずっと舞台下で手をこすりながら夢遊病の状態で観客に見えているという演出を行っている。マクベス夫人は台詞が強烈なわりに出番があまり多くないのだが、こうやって病気の状態がずっと見えているというのは何か痛々しいものを感じさせる。最後マクベスマクベス夫人が死んで、舞台奥、立った状態で寄りそって死ぬ2人に日の丸みたいなライトがあたり、さらに日の丸の真ん中、ふたりの顔の位置に白っぽいスポットがあたるという照明の演出が行われており、ここは『薔薇戦争』同様の国旗を用いた政治諷刺が行われている一方、この2人が死によってやっと愛の世界で落ち着きを得られたのだということも暗示していると思った。

 こんな感じで、政治闘争の不条理さ、空しさなどを前面に押し出した演出で大変面白かったと思うのだが、あまり機能していないかもと思うところもあった。空耳英語を使った台詞は面白おかしいがちょっとくどいのではという気がしたし、ミスチルの「放たれる」の歌を使った場面は、わりとドライな他の場面に比べるとちょっと喚情的にすぎるように思った。