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2018-03-25

まったく原作を知らずに見たが、大変面白かった〜『ポーの一族』

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 東京宝塚劇場で『ポーの一族』を見てきた。原作はまったく読んだことがなかったので(漫画とか絵巻物とか、絵で話が展開するものが全体的に苦手で…)、吸血鬼の話だということ以外全然知らなかったのだが、大変面白かった。

 18世紀から20世紀まで、非常に長いスパンで繰り広げられる壮大なスケールの話だ。枠に入っているので直線的に全ての話が進むわけではないのだが、一番古い話は18世紀イギリス田舎スコッティ村で始まる。主人公エドガー(明日海りお)は妹のメリーベル(華優希)とともに孤児としてポーネル家に引き取られるが、ポーネル家はバンパネラと呼ばれる不老不死吸血鬼一族だった。一族若旦那であるフランク・ポーネル男爵シーラ(仙名彩世)と結婚するに際してポーの一族会合が開かれ、眠っていた大老ポーも目覚めて、シーラバンパネラに加えることが決まる。エドガーメリーベル普通人生を送らせたいと思い、自分大人になったらバンパネラになるからメリーベルだけは助けてほしいと頼み、メリーベルロンドン養子に出される。しかしながらバンパネラに反感を持った村人が屋敷を襲撃してきたため、一族を守るため、エドガーは十代半ばの若さバンパネラにさせられることになる。結局、ロンドンで出生の秘密を知って恋に破れたメリーベルバンパネラとなり、エドガーメリーベルはフランクとシーラの夫妻の子どもとして暮らすことになるが、年をとらない一族暮らしぶりが怪しまれないよう、各地を転々とする。

 19世紀になって、ブラックプールホテル滞在したポーネル一家はさまざまな人々と知り合い、エドガーメリーベルは同年代アラン(柚香光)と親しくなる。シーラとフランクは知り合った医師夫妻を一族に加えようとするが、反対に自分たちバンパネラであることを見破られ、襲撃されてエドガー以外全員が消滅してしまう(バンパネラ病気で死んだりすることはないが、胸を貫かれると消滅する)。エドガー家族を消したクリフォード医師殺害し、天涯孤独になってしまう。一方、アラン家族とうまくいっておらず、寡婦となった母が伯父と親しくしているのを見て、口論の末、伯父ともみ合いになってうっかり階段から相手を突き落としてしまう。伯父を殺してしまったと思ったアランは(実際は一命をとりとめていた)、もう家にはいられないと思い、エドガーとともにバンパネラとして生きる決意を固める。

 セットから衣装まで作り込みがすごくて、とくにブラックプールホテルのセットなどはたいへん綺麗に作られている。出てくる役者ちもとにかくみんな美しく華やかで、いかにも不死者らしく浮き世離れしている。これは原作がそうだからなのだろうが、19世紀のところでは心霊主義流行ってブラヴァツキー夫人も登場するなど、時代ごとの流行にあわせて吸血鬼への偏見を描いているあたり、時代考証もとてもしっかりしている。

 お話もいろいろ考えさせられるところがあるもので、主人公であるエドガーが妹と自分の身を守るため、十代で運命を受け入れざるを得なくなるところは大変悲劇的だ。まだ子どもなのに、養親の都合で人間ではないものに変えられてしまうというのは一種虐待なのだが、一方でまだ若々しいが一応大人で、自分からバンパネラになる気が満々だったシーラにはそれが全く理解されてないらしいところがつらい。シーラは野心と才能のある若い女性だが、これまでつらい人生を生きてきたので、むしろバンパネラとなってこれまでの女性抑圧から逃れたいと思っているらしいフシがあり、だからエドガーバンパネラにされたことを恨んでいるのがよく理解できていないようなのだ(シーラにとってはたぶんバンパネラになることが抑圧から解放から)。このあたりの感情齟齬などがけっこう細やかに描かれており、これまで見た宝塚舞台の中でもとくに演出などが繊細だったと思う。

 しかし、あまり他の作品をけなしたりはしたくないのだが、このクオリティスケール吸血鬼もの流通してるんなら、『トワイライト』みたいな英語圏吸血鬼コンテンツ日本市場に食い込めないのは当たり前だと思ってしまった。実は今年、英文学吸血鬼ものについて学会発表をする予定でいろいろ調べていて(『ポーの一族』を見てみたいと思ったのも、壮大な吸血鬼大河ロマンらしいという話を聞いたからで、生協共同購入抽選に申し込んだら運良くあたった)、『トワイライト』も映画を見始めたところなのだが、少なくともスケールの大きさではたぶん『ポーの一族』に太刀打ちできないと思う。

2018-03-21

突然の農業フェア克明描写〜『マディソン郡の橋』

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 シアタークリエで『マディソン郡の橋』を見てきた。

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 全体的にはフランチェスカ(涼風真世)とロバート(山口祐一郎)の不倫を切なく綴ったロマンスもので、いろいろなジャンルミックスした感じの音楽なども良かった。とくに涼風は、イタリアからやって来て努力してアメリカに馴染んだところ、自分経験した過去世界とのつながりをロバートに見い出して恋に落ちてしまフランチェスカの心境を生き生きと表現していて良かったと思う。ただ、日本語台本ではフランチェスカイタリア訛りがあるというがよくわからないので、このへんはちょっと工夫が必要かと思った。あと、昔本を読んだ時はよくわかっていなかったのだが、これは60年代カウンターカルチャーがまだ完全には到達していないアメリカ田舎町というのが社会的背景としてあることがこの舞台ではよくわかった。

 ただ、見ていてそれ以上に気になってしまったのが、アイオワ州の町の様子とか、農業フェアの場面などがやたら克明に描かれていることであるフランチェスカが近所の人たちのことを詳しくロバート説明したりする場面とかは要らないのではと思ったし、あと農業フェアについてこんなに時間をかけて説明する必要はあるんだろうか…かぶりもの家畜の真似をする役者が出てきたりするあたりは笑いを誘うが、歌を使って克明描写するところは不要な気がした。アメリカのお客さんはやっぱり農業フェアとかに興味があるのかもしれないとは思うが、フランチェスカロバートロマンスと同じくらい、農業フェアに行っているバド子供たちの葛藤にもたくさん時間が割かれているので、ちょっと配分のバランスが悪いように思う。もっとロマンスだけの話でもいいのではという気がする。

2018-03-11

お前が一番、「ユニークな人」だよ〜『グレイテスト・ショーマン』(ネタバレあり)

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 『グレイテスト・ショーマン』を見てきた。

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 サーカスで有名な興行師P・T・バーナム(ヒュー・ジャックマン)の人生ミュージカルである。バーナムは子どものから憧れていたチャリティ(ミシェル・ウィリアムズ)と結婚して2人の娘に恵まれるが、一発デカいことをやろうとしてショービジネスの世界に入る。蝋人形館を始めるがあまりうまくいかず、「ユニークな人」、つまり外見が変わっていたり、特殊技能を持っていたりする人を集めてサーカスを始め、大成功する。ところがスウェーデンのオペラ歌手ジェニー・リンドの興行でトラブルが発生し、破産の危機が…

 台本はいろいろツッコミどころがある。とにかく主人公のバーナムは、たぶんヒュー・ジャックマンの歌って踊って演技もできる魅力的な存在感がなかったらものすごく嫌なヤツに見えるだろうと思うようなところがたくさんある。バーナムはサーカスのため「ユニークな人」を募集し、髭女のレティ(キアラ・セトル)みたいに外見が一般とは違う人や、空中ぶらんこの達人ウィーラー兄妹みたいな特殊技能を持っている人が集まってくるんだけれども、人格的にはこの「ユニークな人」たちは、今までさんざん苦労してきたせいか考え方も振る舞いも大人人間ができた人が多い。一方でバーナムはたいへん身勝手で子どもっぽいのに、突飛なアイディアとカリスマだけで人を説得してしまうようなところがあり、よっぽどこいつのほうが悪い意味で「ユニークな人」だ。仕事上のパートナーであるフィリップ(ザック・エフロン)が「お客は君を見に来てるんだ」みたいなことを言うところがあるが、たしかにバーナムが一番、ショーマンとしてはユニークなのである。ショービジネスへのこだわりと情熱だけは有り余ってる身勝手な興行師が周囲に励まされて…という点ではこの話は『シング』によく似ているのだが、バーナムは突然ジェニー・リンドに入れあげるなど、『シング』のバスターよりもずっとわがままで衝動的だ。さらにこの映画は最初『ラ・ラ・ランド』のスタッフが関わっていることが宣伝で大きくとりあげられており、まさかそんなことはないだろうと思って見に行った…のだが、主人公が特定のショービジネスにこだわりを持っている変な男だという意味では『グレイテスト・ショーマン』は『ラ・ラ・ランド』にかなり近いかもしれないと思う。

 ただ、ミュージカルとしての見せ方ははるかに『ラ・ラ・ランド』よりも上だ。キラーチューンがたくさんあるし、歌も踊りもできてミュージカルで映える役者を揃えているので、歌の場面での盛り上がりはたいしたものだ。脚本がかなりダメなのに歌がそれを裏切ってよくできているので、ちょっと戸惑ってしまうくらいである。たとえばレティが中心になって歌う"This Is Me"は、人と違っていても自分を愛して生きていけるということを歌い上げる素晴らしいプライドソングなのだが、この前後のプロットがこの歌をうまく消化していない。この歌はレティたちがバーナムにジェニー・リンドのお祝いパーティへの参加を拒否された後に歌うのだが、この歌を生かしてちゃんとバーナムの成長を見せるなら、その後なんかの拍子にこの扱いをバーナムがレティたちに謝るという展開が必要だと思うんだけど(そういう場面があれば、最後にみんながバーナムを助けようとする展開に説得力が増す)、そういう細かいプロットのつじつま合わせができていない。ジェニー・リンドが出てくるあたりからはとくに脚本がぐだぐだになり、ジェニーがただのわがまま女なのか、バーナムのショーマンとしての態度が悪いのか、なんだかはっきりしないまんまバーナムが破産してしまう。全体的にバーナムまわりのストーリー展開はだいぶスカスカで、バーナムの家族女性陣のキャラもかなり薄い(ベクデル・テストはチャリティと娘たちの短い会話でパスするかもしれないがちょっとあやしい)。

 一方、フィリップとアン(ゼンデイヤ)のロマンスを中心とする展開は比較的マシであるちょっと飛ばし気味だがフィリップが心理的偏見を克服する様子もわかるような描き方になっているし、歌と話の辻褄がちゃんとあっている。とくにアンがエアリアルをこなしながら2人で歌う"Rewrite the Stars"は恋心の高まりを非常によく表しているロマンティックな歌だ(この曲、そのうちエアリアル系のバーレスクで使われるのでは?)。

 あと、フィリップとバーナムの関係はかなり狙ったブロマンスである。とくにバーナムがフィリップにバーで酒を飲ませながらカンパニーに入れと誘うデュエット"The Other Side"は、ちょっと駆け落ちみたいな表現が出てきたり、新旧の男性ミュージカルスターが誘惑したり抗ったりするということでずいぶんと腐女子好みな場面になっている。相当に台本がスカスカな話なのだが、ちょっとこの場面でヒューとザックが自分たちミュージカルスターとしてのカリスマを互いに全開にしているところは私の批評精神が抵抗できなかった。

2018-02-18

アメリカでは続々上演中止〜『ブロードウェイと銃弾』

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 日生劇場で『ブロードウェイと銃弾』を見てきた。ウディ・アレンの映画に基づくミュージカルである

 舞台は禁酒法時代のニューヨークである主人公である売れない劇作家、デイヴィッド(浦井健治)は、ひょんなことから自分の愛人をスターにしたいギャングのボスの出資を受けて自作の芝居を上演できるようになる。落ち目の大女優ヘレン(前田美波里)など、優秀な役者陣を雇って準備を始めるが、精神科医役を演じるボスの愛人オリーヴ(平野綾)があまりにも大根でろくに稽古がすすまない。ところがオリーヴの用心棒として派遣されていたギャングのメンバー、チーチ(城田優)の異常に的確なコメントで台本がどんどん改善され、チーチはどんどん芝居に情熱を傾けるようになって…

 全体としてはよくできた楽しいミュージカルだ。浦井健治演じるデイヴィッドと、城田優演じるチーチの息もぴったりだし、セットデザインとか、踊りでギャングの暗躍を表現する演出なども面白い。笑わせるところも利いている。ただ、普通に楽しいという以上の特徴はそんなにないかなーという気もする。楽曲については既存の曲をけっこう使っていて、ちょっとジュークボックスミュージカルっぽい。

 ただ、内容よりもむしろこの作品についてはアメリカで起こっていることとのかかわりのほうが気になってしまうということもある。MeToo運動でウディ・アレンの性的虐待疑惑が再び注目を集めていることがあり、そのため『ブロードウェイと銃弾』の上演はアメリカでは軒並み中止になっているそうだ。ウディ・アレンの行動(パートナーの養女に手を出して結婚)からして彼が家庭でろくでもないのは間違いないと思うが、子どもの性的虐待については病院の調査で証拠不十分となっており、それ以外に性犯罪や、仕事の関係でのセクハラに関する告発はない。今ウディ・アレンの芝居を上演したくないとアメリカの劇場が考えるのは商業的にも理解できるが、一方で法的に立証されていないことが理由で、とくに内容的に性犯罪や未成年者との性交渉を扱っていないような作品まで上映や教育研究が難しくなるのはあまり公正とは言えないと思う。

 

2018-02-17

沖縄オリエンタリズムの加減がよくわからなかった〜「ミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズン青学VS比嘉」

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 観劇会で「ミュージカル『テニスの王子様』3rdシーズン青学VS比嘉」を見てきた。去年のちょうど同じ時期に初めてテニミュのライブビューイングに行ったのだが、生で見るのは初めてだった。昨年同様、プチ研究会形式の観劇会で、いろいろ解説もしてもらえたので大変わかりやすかった。

 お話は全国大会の第一戦で、青春学園と沖縄からやってきたダークホース、比嘉中学校が対決するというものである。前回見た時はタイトルロールの越前も部長の手塚も試合をしないという展開だったので、「こ、これってタイトルロールが目立たない話なの?!」みたいに戸惑ってしまったところもあったのだが、今回は2人ともけっこう試合で活躍するので比較的わかりやすかった。とくに、手塚が試合の終盤で突然パワーアップしてプロジェクションで光を発し始めるところは笑ってしまった(めちゃめちゃおかしかったのだが、雰囲気的に笑っていいのかよくわからなかった…んだけど、どうも笑ってもよいところだったらしい)。照明を使ってテニスの球の動きを表現するところはいかに舞台らしいので、実際に生で見られてよかった。

 相変わらず役者陣のパフォーマンスはかなり差がある感じだった。前回は跡部役の三浦宏規だけダントツでダンスが上手だったのだが、今回は立海の柳生役の大隅勇太が、雰囲気は二枚目風なのに笑わせるところがよくわかっていてコメディのセンスがあるように見えた。青学のトリオはコロスの役割を果たしていると思う。

 一箇所よくわからなかったのは、比嘉中学校の描写に見られる沖縄オリエンタリズムの加減である。比嘉は沖縄の古武術を習得した集団で、少なくともこのキャストのルックスや衣装はけっこうふつうの兄ちゃんたちで若干ガラが悪そうでもあり、いわゆる沖縄の成人式で暴れる若者のような雰囲気がある。前回見た六角の時は対戦相手がかなり良識的で爽やかだったのだが、比嘉は明らかに悪役で、六角のコーチにボールをぶつけてケガをさせるなど極悪な行動をとっている。歌う歌は沖縄ペンタトニックスケールで、言葉はネイティヴスピーカーの監修がついたウチナーグチであり、ほとんどわからないようなところも多い。沖縄から来た妙にエキゾティックなワルたちという描写はけっこうオリエンタリズムを感じるのだが、一方でこのシリーズの対戦相手の学校がふだんどう描写されているのかという加減が理解できていないので、そのへんはどのように判断していいのかあまりよくわからない。前回ちょっとだけ出てきた氷帝から想像すると、六角が例外で他はどこもとんでもなく誇張されているのかもしれないし…