ミュンスター再洗礼派研究日誌 このページをアンテナに追加

2007-07-13

[] 「回顧と展望」に見る若手研究者の問題点 02:07  「回顧と展望」に見る若手研究者の問題点を含むブックマーク

「回顧と展望」では、私は中近世ドイツ史を中心に見るのですが、近代の「ドイツスイスネーデルラント」という項目に興味深い記述がありました。

近年、外国語文書館で日本からの研究者らしき人々の姿を頻繁に目にするようになった。一次文献へのアクセスは年々容易になり、それをもちいた研究の質はあきらかに「向上」はしているだろうが、同時にわれわれは「まず文書館ありき」という強迫観念にとらわれてはいないだろうか。(中略)それら文書館への異常ともいえるこだわりが、(特に若手研究者にとっては)研究者が本来積むべき研鑽の中途部分をスキップさせてしまってはいないだろうか。もし評者のこの指摘が的を射ており、しばらくこの傾向が続くのであれば、今後研究者の基礎体力が低下していくことは必至であろうし、外国史としての歴史研究に取り組むわれわれが本来重視すべきである、論文執筆の動機や意図、そして歴史の全体像を示すという作業がおろそかになる危険もある。一次文献を利用して論文の精密さを向上させるということのみに気を取られるようでは、「論文のための論文」が量産されることにならないだろうか。日本の読者に(そして、国外に向けて情報を発信しているというのであれば、もちろん外国の読者にも)「知的興奮」を与える研究が減少していくのではないかという、強い危惧を抱く。

進藤修一

これを読んで、文科省の方々や査読誌の担当教員の方々が心を入れ替えてくれると、若手研究者は手書き文書を読まずにすむようになるので、論文を書くときの負担が減りますね。

nakojnomnakojnom 2007/07/14 11:51 冗長なわりに趣旨が分りづらい文章ですが、最近の若手が「研究者が本来積むべき研鑽の中途部分をスキップ」してるのは、(かつての研究者に比べれば) まあそうでしょうね。しかし、saisenreiha さんが嫌味を書くように、この著者の言う「研鑽の中途部分」(研究史整理や問題意識の事でしょうね) だけでは、今どき『史学雑誌』に「論文」は載せてもらえないし、博士の学位も取れないでしょう。著者の勤務先では可能なのでしょうか(笑)。

あと、学術雑誌の論文は基本的に研究者が読むものであり、「一次文献を利用して論文の精密さを向上」させた「論文のための論文」が増えたって、一向に構わないと思います (この方は歴史学の専門誌にあまり投稿されていないようですが)。私は、そうした確かな学問的土台の上にこそ、一般の読者に「知的興奮」を与える研究がなりうと思います。

まあ近現代史は史料が膨大にあって、「大きな議論」を踏まえずに「まず文書館ありき」って人が多いのは容易に想像でき、それに苦言を呈したい気持ちはわかりますが(笑)。

saisenreihasaisenreiha 2007/07/14 12:35 個人的には、この問題は、インセンティブ設計という若手研究者には与り知らぬ世界の話だと思いますので、そのような問題は、ぜひインセンティブ設計をする側の大学教員や文科省の方々が共同で解決に当たっていただきたいと思う次第であります。

しかし、自分の専門以外の研究史を把握するのは、現在では不可能に近いと思うんですよね。歴史の全体像ならなおさらで。しかし、人間日々の糧だけではなく、理想も必要だと思いますので、高い理想を掲げて困難な課題に立ち向かう素晴らしい研究者の方々が登場してくれることを、私も願って止みません。