2012-02-07
きものは古典柄がなぜ好まれるか?
ぎをん齋藤は「御所解」を中心として古典柄に人気がある。
(献上花 染帯)
それは何故なんだろうと思う。
クラシックな文様が着る女性に安心感を与えるからだろうか?
一般的に古典柄と言っても多くは江戸時代の文様を意味するが、
それとて更に古い時代に考案された文様をデフォルメした物であって、それは又更に古い時代にその原点がある。
突き詰めれば古代中国に辿り着くのであろう。
逆に大正時代以降の文様は古典とは言はない。
文様があまりにも生々しく、見ていても落ち着かない。
現代の絵職人に書かせると生々しい上に稚拙である。
筆でスケッチする習慣がない上に、
植物園にでも行かないと身の回りに花が無いからだ。
今を生きる着物を創らなければならないのに、どしても古典に頼ってしまう、自分の非力が口惜しい。
きものが復権するには他にも大事な要件はあるだろうが、
せめて着てみたいと思わせるものが創りたい。
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2012-01-25
連載を終えて
「和樂」にて連載していた、
大層お喜びであったとお聞きし安堵した次第である。
殿下の為に創ったものがご本人に似合わなければ
デザイナーとして失格である。
皇族の着物を制作することは楽しい反面、
難しい問題があって悩まされることも多い。
今の時代、
色にも文様にも身分的な制約がないといっても
必ず超えてはいけない一線がある。
その程あいが微妙である。
自分の許す範囲で満足のいく一年であったと自負している。
この機会に幕末から明治にかけて作られた
宮家の衣装写真を多数拝見できたのも幸いであった。
東京のど真中にありながら鳥のさえずりしか耳に届かない
「市中の山居」…
森のような欝蒼とした中に舗装された一本の広い道には
誰一人見かけることもない…
まさに別世界…蓬莱山が現出する。
連載の要諦はほどほどで終了する事。
若い頃「ミセス」に連載していた時に学んだ戒めである。
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2012-01-14
42年振りに読み返した日記
古い引き出しを整理して見つけ出した学生時代の日記、
下手な字(今でも悪筆には変わりない)で原稿用紙に思いつくまま
書き乱した文章。
政治の事、経済の事、学生生活の事など
読み返すと赤面する内容ばかり。
同封されていたのが切り抜かれた朝日新聞の写真、
学園紛争が吹き荒れる時代、
半年近く学校が学生によって封鎖され、やむなく休校の憂き目にあった。
日本に居てもつまらないと感じた私はヨーロッパ無銭旅行に出かけたのである。
さすがに心配した両親が
隈なくヨーロッパを巡り
北アフリカまで渡ったところで疲労でダウン、治療のために
飛行機で日本にたどり着いたのは半年後であった。
青春時代の過ごし方は皆様々だが、この歳になって振り返れば素晴らしい時間を持てたことを感謝している。
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2011-12-24
蛮絵
古裂コレクションの一つ、東寺「蛮絵」の「写し」を染めてみた。
たまたま手に入れた大麻布を何に染めたらいいか迷っていた所
「蛮絵」を思い出し、染め帯で試みた。
本歌は木版染だが今回は手描きでやってみた。
雰囲気はかなり出たが、
一体誰が帯とし使ってくれるか考えると想像ができない。。
重要文化財に指定されている貴重なものである。
目、爪、口から吐く炎は朱で彩色されているのも
野趣があり興味を引かれる。
古いものは古いというだけで一定の美がある、
それは時代をくぐり抜けてきた生命力が輝くからであろうか。
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2011-12-20
中国で紹介された「ぎをん齋藤」
「ぎをん齋藤」が紹介された。
日本でも見かけられない洗練された作りである。
モノクロ写真を中心に読者の想像力を高める手法は
文化後進国とは思えない。
表紙は日本でも流行り出した「襞」のように分割された紙取りで表紙が目次のような形式になっている。
「ぎをん齋藤」の掲載されてページには
「礼」のタイトルが付けられている。
きものが礼とどう繋がるのか、
中国語は不案内の私には判らない。
ただ先般中国の富豪が2000万円のきものを買ったとか、
狐に摘ままれたような話もある。
日本の染織技術を世界に広めたいと願う者にとっては心強い、「美」は万国共通、美しいと感じる心も世界共通なのである。
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