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生活の記録 Twitter

2014-09-13

日本経済は復活するか

最近はKindleの本を読むことが多く、自炊本を読むことがめっきり少なくなってしまった。この本も春先から読み始めたのだが、第2部の途中で止まってしまい、長らく放置してしまった。ここ数日で第2部の後半を除いて一気に読み進んだ。

この本の第1部と第2部は、藤原書店の学芸総合誌・季刊 「環」のvol.53(2013年4月)の特集の論文が元になっている。当時はアベノミクスの各施策が着手されて4ヵ月ほど、2014年4月の消費税増税までも間があって、リフレ政策を推進する人たちの論文もやっとトンネルを向けて明るくなったという雰囲気に満ちている。しかし、この本が出版された2013年秋にはまさに消費税の3%上げが決まる頃で、冒頭の田中先生の編者まえがきと第4部の片岡さん・田中先生の論文は消費税増税後の経済の先行きに警鐘を鳴らすものとなっている。そして、事実その心配が現実のものとなっている。

2015年の秋の更なる消費税の2%上げがこれから話題となってくる時期だけに、この編者まえがき(特にデフレ・レジームとリフレ・レジームのレジーム感競争の視点)と第4部(消費税増税のインパクトを抑制するための3つのポイント)は改めて読まれるべきものだと思う。

2014-09-02

清須会議

4月の末、日本からナミビアに向かう途中、成田−香港のANA便でこれの映画版を見た。こんな俳優さんを集められるのもさすがだなあと感心しつつ見た。現地についてから原作がKindleで読むことができるのに気づいて買ってみた。積ん読状態だったが、8月の下旬から息抜きに読み始めて、数日で読み終えた。

原作と映画を比べると、やっぱり映画の方がよかったかなと思う。話の筋に大きな違いなはい(映画の方には両国の配分の話はあったっけ?)と思うが、小説の方は様々な人の独り語りをつないでいるような展開で、映像を見てしまうとスピード感に欠けてしまうような感じがした。

清須会議

清須会議

2014-08-30

神去りなあなあ日常

1月半日本の夏を楽しみ、ナミビアに向かう成田ー香港線の機内で映画「WOOD JOB!」を見た。原作はどんなんかなと思って事前に買っていた本を手に取ってみた。今日1日でほとんどを一気に読んでしまった感じ。

映画のハイライトになっている祭りのシーンは映像化するために加えたエピソードかなと思いきや、小説の方にも書いてあるエピソードだった(映像化するためにデフォルメされていたけれど)。小説側には勇気の直己に対する片思いがもっとたくさん書いてあって、さわやかな青春小説という感じがした。一方で映画の方はもう少し林業の仕事に焦点が当たっているように思えた。

神去なあなあ日常 (徳間文庫)

神去なあなあ日常 (徳間文庫)

2014-08-22

梅棹忠夫の京都案内

お盆の時期に2年ぶりに家族旅行で京都に行くことになり、京都に行く前に読もうとこの本と「物語 京都の歴史」を手に取ったが、1ヵ月半の日本での時間が終わってナミビアに向かう飛行機の中でようやく読み終えた。

京都の観光地の紹介だけではなく、京ことば、京都に住む人々のことが書かれている。もともとの文章の多くは1950年代、60年代に書かれたものなので、市電が走っていたり、ラオスが王国であったりするのだが、その時代の京都の記録にもなっている。今、ここに書かれていることがどう変わっているか調べたら面白そうにも思う。

京都行きはちょうどお盆になって、清水坂などの有名観光地は外国人も含めた観光客でいっぱいだった。著者は京都が「観光文化都市」のうちの「観光」は取り去るべし、一方で外国に対しては京都はもっと情報発信すべしと書いていたが、現在の京都の観光の様子を知ることができたらどう反応していただろう。

2014-08-09

左翼入門

NHKの1980年代の大河ドラマ「獅子の時代」に出てくる二人の主人公「嘉顕」と「鉄二」の考え方・行動の違いになぞらえて、左翼の歴史(幸徳秋水の時代から戦後のソ連体制の崩壊くらいまで)と、それだけではなく戦後の知識階級(近代主義対文化相対主義)の歴史を語っている。「獅子の時代」はかすかに記憶がある。歴史物を扱うはずの大河ドラマでなんで明治時代、なんか今ひとつ面白くないと小学校中学年当時に思っていた。

「嘉顕」の道は上からの変革。正義感で動き、日本の場合は西洋から持ち込んだ思想や理論を使うということになる。一方で「鉄二」の道は現場の問題解決のために立ち上がる。日本における世の中を変えようという活動はこの二つが対立し、最終的には運動の自滅という形で自滅したと書かれている。

では、どうすればいいのか、著者は事業(活動と言い換えてもいいのかな)は国家レベルではなく、関係者で責任の取れる範囲から始めて立ち上げ・発展期は「嘉顕の道」、事業が成熟すると「鉄二の道」、そしてその活動が停滞をしてきたら再び新たな事業を興して「嘉顕の道」...というように二つを統合するのではなく、それぞれの道が順番に起こるべきと言っている。

なかなかそういう風にうまくいくかどうかは疑問だが、こういう風な活動が起こるためには自立した個人が必要で、日本においても石田梅巌や近江商人の「商人道」があったと言っていて、だから著者は「商人道ノスヽメ」という本を書いていたのだなあとここは納得。