ビンゴー・キッドの洋書日記

英米を中心に現代から古典まで、海外の作品を英語で読み、論評をくわえるブログです

Garth Greenwell の “What Belongs to You” (2)

 前々回、ぼくは以前の記事を引いてゲイ小説への偏見を披露した。「ゲイの世界でなければ描きえない人生の真実にどんなものがあるか、ぼくには想像もつかない……。恋愛についてなら男女関係だけで十分、いや十分すぎるほど語れるはずなのに、どうしてゲイでないといけないのか。その必然性というハードルを超えてはじめて、ほんとうに instructive なゲイ小説と言えるのではないか」。
 これは「ゲイが前面に出てこなければ陳腐きわまりなく」、得るものが何もなかった Alan Hollinghurst の "The Line of Beauty" に対する不満でもあったわけだが、今回読んだ "What Belongs to You" は、明らかに上のハードルを超えている。つまり「真のゲイ小説である」。
 舞台がブルガリアであることも功を奏したのかもしれない。これはすべて推測だが、先進国アメリカではゲイは市民権を獲得しているのに対し、〈後進国〉のブルガリアではまだ日陰者の存在である。それゆえ、「深い苦悩と絶望が生まれ、自分とは何か、愛とは何か、真剣に考えざるをえなくなる。つまり、そこに文学が生まれる」。どうでしょうか。
 ともあれ、ぼくは次のくだりに感動した。'Love isn't just a matter of looking at someone, I think now, but also of looking with them, of facing what they face, and sometimes I wonder whether there's anyone I could stand with and watch what I wouldn't watch with Mitko, whether with my mother, say, or with R.[my lover]; it's a terrible thing to doubt about oneself but I do doubt it.' (p.180)
 主人公の男は相手の青年 Mitko と「愛のバトル」をくりひろげる。それはエゴとエゴのぶつかり合いでもある。そのあげく、男は上のような内省にたどり着いている。「愛と欲望や打算は紙一重。本来エゴイスティックな存在である人間にとって、純粋な愛は果たして可能なのか」。
 幕切れもいい。'Mitko stood for a moment, as if perplexed, and again I was filled with grief for him, seeing him standing alone on the street. He had always been alone, I thought, gazing at a world in which he had never found a place .... Suddenly I was enraged for him, I felt the anger I was sure he must feel, that futile anger like a dry grinding of gears. But from a distance Mitko didn't seem to feel anything at all; these were only my own thoughts, I knew, they brought me no nearer him, this man I had in some sense loved and who had never in the years I had known him been anything but alien to me.' (p.190)
 こうして Mitko は去って行く。アパートのベランダから彼を見送っていた男は室内に戻る。Then I stepped inside, and sitting where he had been just a moment before beside me, I lowered my face into my hands.' (p.191) しみじみとした味わいがあり、短編小説のようなエンディングである。
 最後に、今までぼくのお気に入りだったゲイ小説、"Call Me by Your Name" (2008) を紹介しておこう。その昔、以下のレビューを書いたときは、ゲイ小説であることをバラさなかった。文学的に深みがあるのは "What Belongs to You" のほうだが、"Call me ...." のセンチメンタリズムもなかなか捨てがたい。ふふ、こんなのがお好きとは、と笑われそうですな。

Call Me by Your Name: A Novel (English Edition)

Call Me by Your Name: A Novel (English Edition)

[☆☆☆★★] これはある一点を除けば平凡な小説かもしれない。イタリア・リヴィエラの海辺の町で少年が経験したひと夏の恋。ああまたか、と笑いたくなるほどお定まりの設定だが、実は尋常ならざる要素がからんでいる。それは読者によっては拒否反応を示すものかもしれないが、その場合は、あえてごく普通の恋愛小説として読み進めばいいだろう。見そめた相手へのあこがれ、激しい情熱、やがて関係を結んだあとの自己嫌悪と喜び……何度も繰り返される自問が示すように、多感な少年の揺れ動く心が鮮烈な感覚で綴られていく。一点を除けばと言ったが、どうして凡庸ならざる作品である。特に、若い二人が中年になって再会する後日談がいい。これほどの純情を持ち続けることは現実にはない話かもしれない。そして最後に一言、「きみの名前で呼んでくれ」。泣かせるせりふだ。普通の恋愛小説としても上出来の部類に入ると思う。では、「尋常ならざる要素」とは何か。それは読んでからのお楽しみとだけ言っておこう。難易度の高い単語も散見されるが、英語は総じて読みやすい。
(写真は宇和島市光國寺)