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サリアティ

May 08, 2011 ra_muffler

 1週間分の洗濯物を洗濯機の中に放り込むと、その中にとろーりと液体洗剤を入れた。さらにダウニーを入れるのも忘れずに。洗濯機の電源を入れ、開始スイッチを押す。水がゴーっと流れ込み、グイングインドラムが回り出し、私はそれをニヤニヤと見つめる。服やタオルが無防備に水に回される様子が好きなのである

 唐突にピーピーと音がして、ハッと我に返る。そろそろふたを閉めてくださいという合図である。私は着ていたタンクトップパンツを脱いで、その中に放り込むと、ゆっくりとふたを閉じた。

 代わりに何か着るものはないかと、近くにあったものを身に着ける。


 部屋に戻ると、田中ゲームをしていた。私もその横に腰を下ろす。

「な、なんすか、先輩、その格好は……!」

「裸マフラーよ」

「え、まあ、見れば分かりますけど、なんで裸なんですか? なんでマフラーなんですか?」

全裸はいつものことよ。家ではこうだし。田中が来てるから、一応何か着た方がいいかと思って、とりあえず、近くにあったマフラーを身に着けてみた」

「そ、そうなんですか」

「それより、お茶、頂戴」

 田中からペットボトルを受け取ると、こくこくこくと勢いよく飲み干した。ジャスミンの香りがした。田中は意外と乙女な飲み物が好きなのだな。

「なに見てるの」

「や、見てはいけないと思いつつも、つい……」

「この前さ、エリザベスと飲みに行った時、ローズミントカクテルを頼んだら、それを飲んだ彼女が『おばさんの味がする……!』って言ってたんだけど、ジャスミンティー飲ませたら、なんか言うかな?『トイレの味がする……!』とか言うかな?」

「さあ、どうでしょう

「さっきから上の空だけど、どうした田中?」

「いやあ、裸マフラーは反則っす。エロいっす」

「でも、エロいことしたら、即パンチだからね」

「えー」

「私、人に触られるの嫌いなの。そういうことされるとストレスフルなの」

「えー」

「ほら、小さい時に風邪引いたりしたら、一般的に母親というものは背中をさすさすしたりするみたいだけど、私の家庭はそんなんじゃなかったからね。私が触られるの嫌だから、私が喘息で苦しんでると、母親手かざしで治してくれたよ」

「なんですかそれ、気功とかですか?」

「んー。いや、ある種の宗教だね」

「え」

「まあ、田中も裸マフラーやりたかったらやれば? 首を温めると体全体が温まるから、裸でも寒くないよ」

「お断りします」

 そう言って、田中は私のポニーテールがマフラーにぎこちなく絡みついていたのを直すべく、マフラーをきちんと巻きなおしてくれた。

 その時、田中の冷たい指先が私の頬に少し触れたのだけど、私はそのことには特に言及しなかった。意外と心地良かったからだ。だけど、それは私だけの秘密にしておく。

sakimurasakimura 2011/05/08 00:37 ひそやかに、裸マフラーの話でも。

Feb 04, 2010 青菜にコンスタンティノープル

山田くんバイトしたい」

「おお。ようやくニート脱出ですか」

「間違えた。バンドしたい」

「『バ』しか合ってないじゃないですか

「この前さ、友達がライブやっててかっこよかったの。ジャズィーな感じで」

「ちょっと言い方に角がありますね。ジャジー」

「『A列車で行こう』とかやっててさ。列車なんて走らない田舎に住んでるくせに」

「それはお互い様です」

「とにかく、私もバンドやろうと思ってさ」

「早速、メンバー集まったんですか」

「私と山田くん

「少なすぎますよ」

山田くんサックストランペットピアノギターハーモニカができるからいいじゃん」

「いっぺんに演奏できるほど器用ではありません」

「前に、プロフルート演奏家が息継ぎなしで吹き続けてたのを見たことあるよ。あの技術を使えば」

「できません」

「じゃあ、好きな楽器担当していいよ」

「まあ、僕は何でもできるとして、鈴木さんは何を担当するんですか?」

「私はあおり担当です」

「え?」

「ほら、客をあおってテンション上げさせたり、失神させたり」

楽器をやってください」

「じゃあ、ホーミー担当でいいよ。ねえ、そんなことよりさー、バンド名考えようよー」

「僕、乗り気じゃないのに、話が勝手にどんどん進んでいく……」

「お互いの好きな言葉バンド名に使おう。で、青菜と何にしようか」

「え、どうして青菜が出てくるんですか」

山田くん落語が好きだから『青菜』好きでしょ?」

「ああ、旦那が「青菜をもってこい」と言ったら、奥さんが「鞍馬から牛若丸が出でましてその名も九郎判官」と言い、「義経」と返事した旦那がかっこよかったから植木屋もやってみた、というあの話ですか」

「簡単かつ分かりにくい説明ありがとう」

「僕は確かに落語が好きですけど、鈴木さんは何が好きなんですか?」

「うーん。カカポかな」

「鳥が好きなんですね」

「いや、音がいいんだよね。『かかと』でもいいよ。あー、でも、『はと』も捨てがたいなあ」

「『青菜とかかと』というバンド名は、とてつもなくダサいですよ」

コンスタンティノープルお気に入りだよ」

東ローマ帝国首都ですね」

コンスタントにノーブルでもいいけど、英語分かんない人にはこの面白さが通じないよね」

「人の怒りをかう発言はやめてください」

「『青菜に塩』でいいか」

ネガティブイメージじゃないですか」

「じゃあ『青菜コンスタンティノープル』でいいよ」

「それもイマイチですが」

「『青菜』とかけて『コンスタンティノープル』と解く」

「お、その心は?」

「菜(名)がいいな」

「してやったりの表情やめてください」

山田くーん、座布団のはしっこをねずみにかじられてしまいましたあ」

「そんな報告もいりません」

Dec 10, 2009 太宰くんのこと

 後ろで、ヨーコちゃんの甲高い声がする。「真面目に掃除しなさいよー!」と言いながら、いつものようにバタバタと男子を追いかけているようだ。私はそんなことより、チョークカラフルな粉が混ざり合わさる様子や窓枠にしがみ付くセミの抜け殻などに夢中だった。特に、バケツの中で雑巾をぐるぐるまわして渦を作るのが好きで、もしこの中にちっちゃくなった私が入ったらどんな動きをするかなあ、とかそういうことばかり考えていた。

「桐沢さん……」

 もごもごした声が聞こえるなあと思ったら、太宰くんだった。クラスの皆は私のことを「キリちゃん」とか「キリっち」とか呼ぶので、「桐沢さん」と呼ばれるのは何だか新鮮だった。

「なに」

「あの、僕の雑巾が……ないよ……」

「えっ。何で私に言うのだ。私は太宰くんのお母さんではないよ」

と言いつつ、廊下雑巾干しを見に行ったけれど、太宰くんの十一番のところには何もかかっていなかった。

「他のとこ、探した?」

「……探した」

「うーむ」

 私は手洗い場の下や、掃除道具入れなども探した。そして、雑巾干しの横にあるバケツをよけた時、太宰くんの雑巾は出てきた。風でここに飛んだのかもしれない。

「あったよ」

 そう言って、彼に手渡した。

「あ、ありがとう」

 太宰くんがあまりにも素直にそう言ったので、私はびっくりした。だって、他の男子は何かしてあげても、お礼なんて言わずに茶化すだけだったから。



 太宰くんという少年は、大人しくて、成績は普通よりも少し下で、運動イマイチだった。学級の中では印象が薄すぎて、誰からも話しかけられないかわりに、いじめられもしないという良いのか悪いのかよく分からないポジションだった。

 それに対して、私は名ばかりとはいえ学級委員をしていて、成績は割りと上位で、友達といることが多かったので、太宰くんとはあまり接点がなかった。ただ、彼のことを、あの太宰治と同じ苗字なんだなあくらいにしか思っていなかった。その頃の私は、太宰治小説を読んだことはなく、何となく自殺に何回も挑戦したすごい人だというくらいの認識で、もしかしたら太宰同士、何か共通する陰鬱なものがあるのかなあと思ったりしていた。


 ある日、私は後ろの席の太宰くんから声をかけられた。プリントの演習中で、友達と喋っている人もいれば先生に質問している人もいて、割とフリーダム時間だった。皆、私と太宰くんが話していても気付かない雰囲気。

「桐沢さん、消しゴムが……ない……」

「えっ。太宰くんの周りにはブラックホールでもあるのかい」

 太宰くんは気のない笑顔を見せていた。私なりのジョークが太宰くんには通じなかったようなので、仕方なく筆箱の中を探る。爪くらいのサイズの消しゴムがあった。私はもう一度、後ろを振り返り、今使っていた新品の消しゴムとちっちゃい消しゴムを持って、太宰くんに見せた。

「どっちがいい?」

「……こっち」

 小さいほうの消しゴムを選んだ太宰くん。さすが謙虚だ。

「じゃあ、それあげる。どうせ使わないし」

「え……、いいの? ありがとう」

「あとね、その方程式、二乗が抜けてるよ」

「あ、ありがとう」

 太宰くんの「ありがとう」は心許なくて、案外いいと思った。 


 それから、あれはバレンタインデーのことだった。私は吹奏楽部の先輩にチョコをあげたかったのだけれど、彼はとてもモテていて、帰りも女の先輩たちに囲まれていた。私はなかなか渡せなかったので、諦めて帰ることにしたのだった。

 そのまま持って帰るのも何だか癪で、校門の前には誰もいなかったし、お腹も空いていたので、袋を開けて白とピンクマーブルチョコを食べてみた。すごく甘かったので、これを全部食べきれるだろうかと憂鬱になっていたところに、太宰くんが通りかかった。彼も部活帰りのようで、肩にラケットを下げていた。やはり、いつもの如く、一人で。

「あ……」

 こちらに気付いたようだった。

今日チョコもらった?」

「……ううん」

 太宰くんは苦笑いをしている。笑っている場合ではないぞ。私は、この甘ったるいチョコを太宰くんにあげようと決めた。

「これ、どうぞ」

「えっ、でも、学校お菓子は……いけないって……」

今日だけは学級委員の私が許す」

「そ、そう……」

「あげるよ」 

 私はそう言って、無理矢理、太宰くんに押し付けた。食べかけのチョコを。けれど、太宰くんは少し嬉しそうに笑った。

「あ、ありがとう」

 笑うな、太宰くん。それは先輩にあげるつもりのものだったのだ。お菓子に釣られちゃいけないよ。



 あれから、私たちは村を出て別々の高校に通った。私は村を出て、市内の進学校へ。太宰くんは隣町の商業高校へ。

 それから、ずっと会う機会はなく、彼のこともすっかり忘れていた。しかし、ついこの間、恋人が「太宰治小説って面白いなあ」と言うので、私は初めて太宰の本を手に取ったところ、太宰くんのことを思い出したのだ。

 そこで、ヨーコちゃんに電話をかけて聞いてみることにした。彼女は、高校から違う学校へ進んだけれど、時々、メールをしたり電話をしたりする仲だ。彼女は村に残って、地元銀行就職したので、島のことなら彼女に聞けば分かるはず。

「あ、ヨーコちゃん。元気?」

「元気よー。どうしたの?」

「ちょっと聞きたいことあってさ」

 私は、少し緊張する。

「ねえ、太宰くんってまだ村に住んでるの?」

「え、ダザイ?」

「ほら、あの地味な感じの。中二の時、同じクラスだった」

「ああ!」

「思い出した?」

「あれ、キリちゃんは村を出てたから知らなかったんだっけ。彼、高校生の時、自殺しちゃったんだよ。私は隣の高校だったから、詳しくは知らないんだけどねえ。あ、マキが同じ高校だったからさ、知ってると思うけど」

「あ、そうなんだ……」

 私は、よく分からないまま、適当に話を終わらせ、電話を切った。

 太宰くんの中で、どんな変化が起こったのか、何を思って死んだのか、私には知る由もない。けれど、もし、私が同じ高校に行っていれば、何かしてあげられたのかな。例えば、探し物を見つけたり、お菓子あげたり、勉強教えたりとか。それが、彼の支えになるとは到底思えないけれど。

 だけど、きっと彼は嬉しいのか悲しいのかよく分からないような顔で「ありがとう」と言うだろう。優しかったから。

 小説には太宰くんの言葉笑顔が載っているはずもないのに、私は太宰治の本をぱらぱらと捲った。あの「ありがとう」は、私の中で、今も残っている。