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2020-01-01

2018-08-15

[][]『日経サイエンス2018年9月号』

NEWS SCAN

  • 窒素源としての堆積岩

窒素源としての堆積岩〜日経サイエンス2018年9月号より | 日経サイエンス


合成生物学の話っぽい

従来、細菌古細菌共通祖先の細胞膜は、異なる脂質を含んで不安定だったので、二つのドメインに分かれたという説が主流だったが、実際に、そういう細胞膜を合成してみたら、安定していた、という実験


  • 賢い壁

これ、面白い

壁にマスキングテープを貼ってニッケル塗料を塗って銅テープを結んで、という作業をすると、壁がトラックパッドになる、という実験

壁が、人の動きを検知できるデバイスに早変わり(この実験では、作業にかかった時間は4時間、コストは200ドル)

From nature ダイジェスト 火星の内部構造に迫る探査機

火星探査機インサイが、地震計を持っていく話


特集:恐竜大進化

覇者への意外な道  S. ブルサット

覇者への意外な道 | 日経サイエンス

三畳紀恐竜の話

従来説とは異なり、近年では、初期の恐竜類はマイナーな地位に甘んじていたということが分かってきている

2億5000万年前の地層から、プロロトダクティルスという恐竜形類の足跡化石が見つかっている

2億4000万年前〜2億3000万年前のどこかで、二足歩行が始まり、恐竜形類が恐竜類へと進化

2億3000万年前、最古の恐竜類が発見

ところで、この最古の恐竜類が発見されたアルゼンチンのイスチグアラスト、遡ると、1950年代ローマーが訪れているらしい。記事では「伝説的な米国人生物学者のローマー」と形容されていた。

初期の恐竜類は、パンゲアの多湿地域でひっそりと暮らしており、一方、乾燥地域には全く進出できていなかった

(1)理由は不明だが、多湿地域で優位だったリンコサウルス類(爬虫類の仲間)とディキノドン類が絶滅し、原始的な竜脚形類がニッチを獲得

(2)2億1500万年前に、多湿地域と乾燥地域の差が激しくなくなり、砂漠地域への進出が可能に

とはいえ、それでもまだ恐竜類は、主要なグループたりえなかった

偽顎類というワニの仲間の方が強かった

  • 3つ目の幸運

三畳紀末期、パンゲアが分裂し、溶岩流が発生、ワニ系統はほとんどが絶滅

何故か、恐竜類のグループが生き残った

生き残った理由は不明


ファルコンズ・アイ小林快次に聞く恐竜の大進化  内村直之 協力:小林快次

ファルコンズ・アイ小林快次に聞く 恐竜の大進化 | 日経サイエンス

小林快次インタビュー

恐竜の進化の特徴は「巨大化」「鳥化」「多様化」

そのうち、「巨大化」と「鳥化」は骨の含気化がもたらした二つの帰結、多様化は性選択、羽毛が飛行に使われるようになったのは前適応

という、まあ基本的な話のあとに、現在、小林がやっている研究として、鳥化がどのようになされていったのかという話がされている

鳥類につながったのは、肉食恐竜からか、植物食恐竜からか、という2つの説の対立が、今あるらしい

小林らは、脳の中の嗅球の大きさから、肉食かどうかという傾向を調べ、コエルロサウルス類が、オルニトミモサウルス類やオビラプトロサウルス類と比べて肉食傾向にあることを示した

もっとも、コエルロサウルス類の中には、テリジノサウルス類などの植物食恐竜もいる

まだ、決着のついていない話だという

むかわ竜が明かす日本の恐竜最盛期  内村直之

環太平洋圏の恐竜を解明する手がかりとしての、むかわ竜

また、ニッポノサウルスについての再研究・再々研究がなされており、系統が見直されているとか(北米種よりも欧州種と近いのでは、と)

むかわ竜が明かす日本の恐竜最盛期 | 日経サイエンス

特集:究極の未解決問題

まだ、全然読めていないのだけど、「生命はいかに生まれたか?  J. ショスタク」をちらっと読んでいたら、ユーリー・ミラー実験について、アミノ酸が容易に生じることを示したが、他の生体分子の合成は難しいことが今ではわかっていて云々みたいな記述があった。しかし、あの実験、というか当時の化学進化説の誤りは、そもそも原始大気の初期設定が間違っていた、という話ではなかったか、と。

ILC計画正念場  中島林彦

ILC計画正念場 | 日経サイエンス

つい最近こんな記事が出ていた

 日本学術会議は10日、次世代加速器国際リニアコライダー(ILC)」を日本に建設することの是非を審議する検討委員会の初会合を開いた。審議結果を踏まえ、政府は年内にも建設の是非を最終決定する。

(中略)

これに対し委員からは「科学は物理学だけではない。この分野に次から次へと巨費を投じるのは違和感がある」「どうして日本に建設する必要があるのか分からない」などの厳しい意見が相次いだ。

 前回の審議時は施設の全長が30キロで、約1兆1000億円に上る巨額の総建設費が課題となった。国際組織が昨年、計画見直し全長を20キロに短縮し、総建設費が最大約8000億円に圧縮されたため再審議となった。

【次世代加速器ILC】「科学は物理学だけではない」 日本学術会議が審議開始、厳しい意見相次ぐ - 産経ニュース

何故見直しになったのか、などの解説が、書かれている。

LHCでの実験が進展したことで、ILCの利用法が当初から変わったということらしい

元々、新粒子の探索が主目的であったが、LHCの実験により、500GeVでの新粒子発見はできないことが確実になってきた一方で、当初は2番目の目的であったヒッグスの解明について、LHC実験により、ヒッグスが当初思われていたよりも謎が多いことが分かって、優先度があがってきた

これにより、衝突エネルギーを、当初の500GeVから250GeVに変更することとなった、と

LHCを改造するハイルミノシティLHC計画というものがあり、ILCはこれと相補的な存在となる

欧州はこれをもとに、長期的な計画を策定していく方向で、それもあって、ILCがあるかないかで計画方向性が変わってきてしまうため、ILCをやるかやらないかは、年内には決定しないといけない、ということらしい


  • 誘致の可否 学術会議の判断求める  滝 順一

記事内囲み記事

これはどちらかといえば、政治的な話

ILCの誘致団体としては、別枠予算化、省庁横断的な政策を名分とした予算獲得を念頭に置いているらしいが、文科省的には、それに乗って、蓋を開けたら科学技術予算でという結果は避けたく、また、財務省関係者も「ありえない」と言っているらしく、国内での予算獲得がやはり難しそうという感じ


神経伝達の常識を覆すニューロン表面波伝播説  D. フォックス

神経の信号は、イオンの電位差を用いた電気的なもの、というのが主流説だが、これに対して、細胞膜の脂質分子が、圧力を受けて液晶化し体積が膨張することで伝わる機械的な波である、という考えが出てきている、という

生物学者ではなく、物理学者であるハイムバーグという人が提唱しており、また、過去、あまり日の目をみなかった研究などをピックアップした話で、話としては面白いのだけれど、これまでの神経生物学の蓄積は? という感じもするし、生物学者側の反応はあまりよくなく、画期的な研究なのか、そうでないのかが非常によくわからない感じ

こういう現象が起きていること自体は、認められているっぽいが。単に、電気パルスの副産物に過ぎないという考えが生物学者の主流な考え

ハイムバーグは、こっちの方が重要だと考えている

例えば、麻酔は何故効くのか、ということをこっちの方がうまく説明できる、とか。神経細胞の発する熱についての問題、とか。

イオンチャンネルと電気パルスという考え方に反する実験結果を示していた過去の研究者として、アメリカ国立衛生研究所に勤務していた田崎一二がいる。2008年に98歳でなく亡くなった研究者で、彼の研究やエピソードなどが色々と紹介されている記事にもなっている。研究所内で、尊敬はされていたが、研究内容について理解されず、あとを継ぐ弟子もいなかったけれど、見直しが図られている、というのは物語としては面白いが(ワイムバーグと生前に面識はあった模様)

2018-08-14

[][][]キム・ステレルニー『進化の弟子 ヒトは学んでヒトになった』

サブタイトルにあるとおり、ヒトのヒトたる特徴がどのように生まれてきたか、についての本

キーワードの一つは「徒弟学習apprentice learningモデル」である。

徒弟が親方から技術を盗んで覚える、という学習スタイルによって、ヒト族は知識や技術を伝達し、蓄積し、増やしていった、というモデルである。

本書の原著タイトルは、The Evolved Apprenticeであり、そのまま訳せば「進化してきた徒弟」となるのかな、という感じもする。

また、「ニッチ構築」や「正直メカニズム」などもキーワードだろう。

「徒弟学習モデル」を可能にするのは、ニッチ構築という環境構築能力である。ヒトの進化というのは、個体の認知能力が向上するというだけでなく、環境や学習との共進化ないしフィードバックループであったのだ、というのがステレルニーの主張の一つである。

また、こうした学習と関係するのが、ヒトの協力行動であり、また、協力行動というのは、他の動物と違うヒトの特徴でもある。協力の進化について論じられる際、裏切り検知に着目して論じられることが多いが、ステレルニーは、正直に協力する方がよかったのだというようなことにむしろ力点を置いているようである。

本書はもう一つ、主張があり、それは「鍵革新」という考え方への批判である。

ヒトの進化は、何か一つの「鍵革新」が成し遂げられたことにより、他のあらゆる能力(知性や協力行動)が生じていったという考えを、ステレルニーは批判する。様々な現象が同時代的に起きて、それぞれが正のフィードバックを起こして、進化は進んでいったのだとステレルニーは考えている。


キム・ステレルニーは、進化心理学者や人類学者、考古学者というわけではなく、哲学者であり、この本を「自然の哲学」と位置付けている。

ただし、「自然の哲学」を「科学の哲学」とは区別しており、自然科学ないし経験科学とより連続的なプロジェクトにあるだろう。

本書は、古人類学考古学の知見などが取り入れられている。

かなり広範な議論を取り扱っているので、なかなか難しいし、独特の本ではあると思う。

独特といえば、訳者解説によると、ステレルニーは見た目も独特で、伸び放題の髪と髭に隻眼で、あたかも海賊のような風貌らしい。


ジャン・ニコ講義セレクションの本読むの、何気に初めてな気がする

序文と謝辞

第一章 新奇性という難題

 1 はじめに

 2 社会的知性仮説

 3 協力的採食

 4 協力的採食と知識の蓄積

 5 変化する世界での生活

第二章 認知資本の蓄積

 1 社会的学習の系統的説明

 2 フィードバックループ

 3 徒弟学習モデル

第三章 適応した個体と適応した環境

 1 現代人的行動

 2 記号的種

 3 公的な記号と社会的世界

 4 情報の保存と拡大

 5 ニッチ構築とネアンデルタール人の絶滅

第四章 人間の協力行動様式

 1 協力の引き金

 2 協力複合体

 3 おばあちゃん仮説

 4 採食者――古代と現代

 5 狩猟――食糧調達か、信号発信か

第五章 コストとコミットメント

 1 フリーライダー

 2 制御とコミットメント

 3 コミットメントメカニズム

 4 信号、投資干渉

 5 狩猟とコミットメント

 6 投資を介したコミットメント

 7 太古の信頼

第六章 信号、協力、学習

 1 スペルベルのジレンマ

 2 文化的学習の二つの顔

 3 正直メカニズム

 4 人は教育者である

第七章 技能から規範

 1 規範共同体

 2 道徳生得説

 3 自制、警戒、説得

 4 反射的な道徳反応と反省的な道徳反応

 5 道徳を学ぶ徒弟

 6 道徳発達の生物学的基盤

 7 文化的学習の拡張

第八章 協力と対立

 1 集団選択

 2 強い互恵性と人類の協力

 3 衝突の産物なのか

 4 完新世――思っていたよりも奇妙な世界なのか

訳者解説

文献一覧

事項索引

人名索引

第一章 新奇性という難題

本書全体を概観するような章

ヒトの祖先は、新奇な環境・問題に対応してきたが、それはモジュール仮説では説明できなくて、ヒトの個人的認知能力と環境との相互作用、フィードバックループという説明によって説明できるのだ、と

で、そのために、様々な協力行動が大事


第二章 認知資本の蓄積

ここでは主に「徒弟学習モデル」について

大雑把にいえば、弟子が親方をやっていることを見て学習するというようなこと

明示的な教育制度というものがなくても、社会的学習というものが成り立つ

また、親方側にもメリットがある。つまり、簡単だが手間がかかるような作業は弟子にやらせる、ということができる。弟子は、その代わりに親方が蓄積してきた技術・知識を習得することができる。

徒弟学習は、学習するための環境が用意されているという特徴があって、環境に知識が蓄積されている(前の世代作業しやすくするためにした工夫など)。次の世代(弟子)は、そこで知識を習得して始めることができるので、認知資本を蓄積して改良していくことができる

 

第三章 適応した個体と適応した環境

ホモ・サピエンスの「現代人的行動」が現れた時間的な謎と、ネアンデルタール人絶滅の謎についての説明を試みる章

ホモ・サピエンスという種が現れたと考えられる時期と、彼らが「現代人的行動」というものを取り始めたと考えられる時期とは、ずいぶん離れている。

この「現代人的行動」を取り始めたことを「大躍進」などと呼んだりする*1

ステレルニーは、記号の使用に着目しすぎるのがよくないのではないか、というようなことを書いている。

記号の使用を始めることによって、何か色々なことができるようになった、というわけではなく、むしろ、集団の大規模化の結果として、記号の使用があるのだ、と

現代人的行動のために、知識の忠実な伝達と拡大が必要で、そのためには、集団がある程度以上大規模である必要がある。

集団の拡大と知識の蓄積といったことが、正のフィードバックループを起こして、ヒトをヒトにしていった、というような説である。集団によって知識の伝達・蓄積が起きる、というのは、徒弟学習モデルが前提とされている。

ネアンデルタール人の絶滅については、むしろ、同じフィードバックループが、負の効果を与えたものだと、説明する。

サピエンスとネアンデルタールに、大きな認知的能力の差異があったわけでもなく、また、他の間氷期哺乳類などが氷期になって絶滅したのと同様に、ネアンデルタール人が絶滅してしまっただけ、とも考えない。

同じように、集団を構成して知識を蓄積させるような仕組みを持っていたけれど、局地適応してしまったせいで、寒冷化において、集団規模が減ってしまい、一度規模が減ってしまうと、知識を蓄積できず、どんどんじり貧になったのでは、というような話


第四章 人間の協力行動様式

4〜6章は、協力について

ステレルニーは、ヒト族において、繁殖協力、生態協力、情報協力、共同防衛など様々な協力行動が同時多発的に始められて、それぞれが共進化していったと考えている

どれか特別な「鍵革新」があって、それが引き金になって他の行動が始まった、という考えを批判する。

この章では「おばあちゃん仮説」と「狩猟は信号発信説」とが批判されている。

前者の「おばあちゃん仮説」は、おばあちゃんによる援助を、ヒトの進化において重要なポイントとみる説である

ステレルニーは、穏健なバージョンであればこれを認める(おばあちゃんによる援助は、様々な協力の中の一形態としてあっただろう)が、これが中心的な役割を果たしたという考えは否定する

「狩猟は信号発信説」は、狩猟が、経済的活動・食料調達活動だったわけではなく、コストのかかる信号であり、自分に高い資質があることを示すために行われたという説である

これに対して、狩猟は経済活動となっていたし、また、狩猟は集団で協力して行われていて、個人間の差異はあまり見られず、信号足りえないとする。

この話は、次の章の、コミットメントの問題につながっていくだろう・

 

第五章 コストとコミットメント

協力の問題について、一般には、裏切り検知の話が中心になされることが多いが、ステレルニーは、協力の制御が大事で、そのためには、コミットメントメカニズムについて説明する必要がある、と

狩猟を行うことは、コストのかかる信号で、ハンディキャップ原理にかかるものではないかという考えに対して、狩猟に参加することは、ハンディキャップ信号ではなくコミットメント信号なのである、という話

狩猟への参加だけでなく、例えば、入れ墨彫るとかすると、どのグループに所属しているのかとかが分かるようになるので、グループを裏切らないこと=コミットメントを示す信号になるのだ、と

コミットメントを示すためにはコストを支払うことになるけど、それは、ハンディキャップ的なコストではない、というような話がなされる

 

第六章 信号、協力、学習

協力には、裏切り・フリーライドの脅威がある。スペルベルは、裏切り・フリーライドに警戒するためにメタ表象・素朴認識論が進化してきたと考える

ステレルニーは、協力には確かにそういう側面があることを認めるが、一方で、そういうリスクの少ない協力というのもあって、そういう協力しやすいところから協力が始まっていったのではないか、と考えている。

例えば、情報共有は、協力の一形態であるが、生態協力などと比べて協力のリスクが少ない。情報というのは一度共有されると、グループ全体がその恩恵を受けるので、分け前の分割などという問題が生じないから。

また、フリーライドや欺きなどは、どのような経路を通じて情報が伝達されるかによって大きく異なってくる。お互いが顔見知りでずっと生活を共にしている集団の場合、嘘や隠し事はバレやすくなるだろうし、また、多対多のネットワークで情報が伝わる場合、欺くのは難しくなる(評判・ゴシップは、多方面から伝わってくるので、それら全てをコントロールするのは難しい)

正直でいることが、実は一番コストが低い。何かについて知っているふりをしようとすると、余計なコストをかけなければならない。

社会的学習と情報共有は、共進化の関係にある。社会的学習をするためには、様々な伝達経路から伝わってくる情報を忠実に送受信しないといけない。

 

第七章 技能から規範

道徳についての話

道徳について、チョムスキーピンカーの言語生得説的に、道徳も生得的であるという説があるが、ステレルニーは、いや、言語と道徳は違うよね、という話をしている

統語論は、習得しているのに、自分がどういう原理に従っているのか説明できない、という特徴があるけど、道徳については、習得していれば、自分がどういう原理に従っているかある程度は説明できる、とか

ステレルニーも、道徳に生物学的基盤があることは認めるが、それは、道徳特有のものではなく、一般的な認知能力

 

第八章 協力と対立

この章では、行動様式についての集団選択の可能性について論じている。

進化における選択の単位として、個人か集団かという問題

協力行動は、個人選択では説明できないというボウルズとギンタスの考えを、批判し、協力は、個体の選択でも進化しうることを論じている 。

ステレルニーは、更新世完新世の違いについても論じている。

まず、更新世について、不安定な環境にあったことが確認される。

採集生活をしている小集団が、局所的な安定の中で生活し、また他集団とも相互作用しているが、採集民の場合、敵対関係よりも友好関係の方がメリットが大きい。

採集民は移動生活をしているので、他の集団を襲撃して奪っても、コストやリスクの方が高くつくし、変動の大きい環境においては、協力しあって、もしもの時に資源を融通し合った方がメリットが大きい、と。

むしろ、完新世になって、農耕が始まると、他集団を襲撃して奪うということにもメリットが出てくる。

ここでステレルニーは、しかし、そもそも農耕が始まって何故協力ができたのか、というのが謎だという。一部の階層に資源が集中し、不平等が生じるようになると、協力は個体の適応度を下げてしまうのではないか、と。

もしかしたら、こういう状況では、集団選択が効いたかもしれないけど、いずれにせよ、これはまだよくわからない、という感じでしめている。



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*1:あるいは『サピエンス全史』でいうところの「認知革命」か

2018-08-12

[][]『Newton2018年9月号』

SCIENCE SENSOR
  • 台風の動きは遅くなっている

地球温暖化の影響で遅くなっているらしい。遅くなると、降雨量が増えるらしい


no title

FOCUS

3つのトピックが紹介されていた。いずれも、リリース時にWeb上で見かけていたりしたものだったのが、なんかちょっと嬉しいw


  • Biology 眠気の正体をつきとめた!

筑波大の研究

神経細胞内のタンパク質リン酸化

筑波大学|お知らせ・情報|注目の研究|「眠気」の生化学的な実体に迫る ?睡眠要求を規定するリン酸化蛋白質群の同定?


キュリオシティの成果

堆積岩中に、ケロジェンと考えられる有機物

メタン量の変動

生命に由来する、とまでは言えないが、生命に由来する可能性もある

探査車キュリオシティによって、火星が季節周期でメタンを地下から放出していることが判明するとともに、太古の有機物が検出された | EurekAlert! Science News

no title


  • Paleontology 恐竜絶滅の隕石衝突から生物は数年で復活した!?

チチュルブ・クレーターを掘削

巨大隕石衝突から6年ほどで、有孔虫や放散虫など、生物が復活していたとみられる

https://www.it-chiba.ac.jp/media/pr20180531.pdf


イーロン・マスク火星移住計画

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火星都市のCGとかはやはりワクワクする

人工知能革命 第2回 会話するAI

音声認識とか、りんながどうやって会話してるかとか


時間を科学する 第2回(終) 心の時計,体の時計
  • 大人になると、何故1年が短く感じられるのか

→年齢に占める1年の割合が短くなるから、とよく言われるが、これはピエール・ジャネが直観に基づき考えたもので、実験に基づいた知見ではない

→日常の細部に注目するかどうかで変わる。大人は、子どもに比べて同じことの繰り返しを過ごしていて、馴れてしまっているので、短く感じる

→また、代謝が活発でないと、時間が短く感じる(例えば、朝、起きたばかりの時)。大人は、子供より代謝が活発ではなくなっている


  • 概日リズム

ホルモンの分泌により、1日のリズムを刻んでいる

午後2時くらいに眠くなるのは、ホルモンの分泌リズムによるもので、食後で胃に血液をとられているから、ではないんだとか

また、ヒトの体内時計は25時間、というのも実は正しくないのだとか(とある実験に基づくが、あまり精密な実験ではなかったとされる)


  • 時を刻む分子

2017年ノーベル賞を受賞した時計遺伝子

細胞の中で、時間遺伝子からタンパク質を合成していくことでもって、時間を数えているらしい。

あるタンパク質が増えていくと、フィードバックがかかって、ある段階からは、そのタンパク質が分解されていく、というような仕組み

ランダムと乱数の奇妙な世界

人はランダムにもパターンを見いだしてしまいがち=クラスター錯覚

→音楽プレイヤーのシャッフル再生は、ランダムさを感じさせるために、意図的にランダムさを減らしている!

あと、疑似乱数を発生させる方法が色々

数学的な方法のほかに、物理的な乱数発生方法も。例えば、電気回路ノイズを利用したりとか、電子スピンを利用したりとか

電子回路の熱ノイズを利用した、統計理研乱数発生器の写真が載っているのだけど、キャプションに「現在の最高性能のサイコロ」って書いてあったのが、なんか面白かったw


化石を保存するタイムカプセル 生物の遺骸を材料にしてできた「球状コンクリーション」

いわゆる「ノジュール」の話

色々なノジュールの写真が載っている。一番最初のページにある、ニュージーランドの海岸に転がっているノジュールの写真が、霧が出てることもあって、幻想的

生物の軟組織からでてきた炭素酸素が海水中のカルシウムと反応して炭酸カルシウムになったもの

中に化石が入っているので、化石を探すときはまずノジュールを探すのだが、化石が入っていない場合もある(軟組織だけの生物だった)。中に入り切っていない化石もある。

火星地球に大接近!

化石の接近は約15年周期ということで、前回の接近は2003年で、次回の接近は2035年らしい

2003年というと、あーなるほどという感じの(?)感覚があるが、2035年というとまだ遠い先のように感じてしまう

しかしまあ、2003年から15年たって2018年になったのだから、2034年なり2035年も確かにくるのだろうなあ……


掘削船ちきゅう」が南海トラフ巨大地震に挑む!

10月から紀伊半島沖で掘削するらしい


軽量で曲げられる太陽電池 製造コストが半分以下の「ペロブスカイト太陽電池

ペロブスカイトの解説と、宮坂力博士インタビュー

2018-08-07

[][]橋本陽介『ノーベル文学賞を読む』

ノーベル文学賞というと、日本では「村上春樹が受賞するかどうか」ばかり注目され、あまりにも受賞作が読まれていない、という現状を嘆く筆者による、ノーベル文学賞受賞作家・作品ガイド

下記の目次にある通り、13名のノーベル文学賞受賞作家が取り上げられ、それぞれ2作品ほどが紹介されている。

読んでいない人向けガイド、ということで、内容について詳細な解釈や批評を行うというより、技巧面を中心に、それぞれの作者の特徴・面白いポイントを紹介していくというものになっていて、読みやすい。


ノーベル文学賞というと、政治的なテーマの作品が獲りやすいとか色々言われるわけだけど、この本では、確かに受賞しやすい作品の傾向はあるが、単に政治的なテーマを扱っているだけで受賞できるわけではなく、受賞者の作品はどれも、小説として個性的で面白いのだ、ということが強調されている。


かくいう自分も、ノーベル文学賞は全然読んでいなくて、紹介されている作家も、ほとんど読んだことがない(名前は知ってるけどー程度)

筆者の専門が中国文学であり、また、卒論学会デビュー論文高行健であることもあってか、高行健の紹介が一番面白くて、この中で一番読みたいと思った。

それ以外だと、バルガスリョサクッツェー、パムクとか


はじめに

ノーベル文学賞を読むということ


一九八〇年代

一章 めくるめく勘違い小説『眩暈』 エリアス・カネッティ

二章 ラテンアメリカ魔術的リアリズム ガブリエル・ガルシアマルケス

三章 アラビア語圏のリアリズム  ナギーブ・マフフーズ

 

一九九〇年代

四章 「黒人」「女性」作家  ト二・モリスン

五章 「情けないオレ語り」と日本文学  大江健三郎


二〇〇〇年代

六章 中国語としての表現の追求  高行健

七章 ワールドワイドで胡散臭い語り  V・S・ナイポール

八章 「他者」と暴力の寓話 J・M・クッツェー

九章 非非西洋としてのトルコ  オルハン・パムク

十章 共産主義体制下の静かな絶叫  ヘルタ・ミュラー


二〇一〇年代

十一章 ペルー、あるいは梁山泊  マリオ・バルガス=リョサ

十二章 中国版「魔術的リアリズム」  莫言

十三章 信頼できない語り手  カズオ・イシグロ


終わりに


一章 めくるめく勘違い小説『眩暈』 エリアス・カネッティ

登場人物がみんなどこかおかしくて、それぞれの登場人物が互いに勘違いしながら進んでいく、というものらしい

ところで、ありえないような反応を書くことで滑稽さが生まれて面白い、というような解説をしているのだけど、この章をしめくくる文自体が、極端なことを言って滑稽さを生み出しているような文になっていて、ちょっと面白かった(つまり、カネッティのことを紹介する文章で、カネッティのパロディのようなことを試しているのではないか、と)


二章 ラテンアメリカ魔術的リアリズム ガブリエル・ガルシアマルケス

百年の孤独』における、「魔術的リアリズム」、円環的時間とフラッシュフォワード、孤独や死の描き方などについて


三章 アラビア語圏のリアリズム  ナギーブ・マフフーズ

エジプト人作家で、エジプト社会における日常をリアリズムの筆致で描き、また、登場人物が個性的で面白い、とのこと

リアリズム小説と聞くとちょっとつまらなそうにも聞こえるんだけど、実に面白そう

この本では、ノーベル文学賞作品、ひいては外国文学を読む面白さというのは、知らない国や文化について面白さだ、ということが繰り返し述べられている。

特にノーベル文学賞は、なるべく色々な地域の作家に受賞させるようにしているので、全然なじみのない、非欧米作品が結構ある。だから、マイナーであんまり読まれないってのはあるだろうけど、むしろ、だからこそ、面白いんだってことが、この本では強調されているように思えた。

違う地域の人間が読んでも面白いのか、違う地域の人間が読んでその作品の意味や価値が分かるものなのか、ということに対して、筆者は、違う地域の人間が読んでも面白いような作品だからこそ、ノーベル文学賞に選ばれているし、また、違う地域の人間が読むからこそ感じられる面白さもあるよ、というようなことを書いている。


最後に、他の80年代の受賞作家についても簡単に触れられているが、『蠅の王』のゴールディングが83年に受賞しているって全然知らなかった。なんか、もっと昔の人だと思い込んでいた


四章 「黒人」「女性」作家  ト二・モリスン

モリスンは、アメリカ生まれ、アメリカで活動する作家で、章のタイトルにあるとおり黒人で女性であり、黒人であること、女性であることをテーマとしている作家、とのこと

なるほど、マイノリティ問題を描いていて、いかにも政治的で、ノーベル文学賞っぽいよねってところなのだが、

やはりここでも、本書は、差別や抵抗を描いているからという理由だけでノーベル文学賞を受賞できるわけではない、と繰り返している

それに加えて、小説として面白いのだ、と

ここでは、『ソロモンの歌』『ビラヴド』という長編作品がそれぞれ紹介されているのだが、謎解き型のプロット展開の妙、キャラクター造形のうまさ、超現実的要素ないしホラー的要素を加えることの面白さなどが解説されている。


邦訳リストがのっているが、ほとんどがハヤカワepiで、やっぱ海外文学はハヤカワ強いなーと改めて感じる


五章 「情けないオレ語り」と日本文学  大江健三郎

取り上げられている作品は『個人的な体験』と『万延元年のフットボール

章タイトルに「情けないオレ語り」とあるが、教科書でもおなじみの『舞姫』や『山月記』などにも触れながら、自意識過剰自分語り日本文学の特徴だと述べている*1

それに加えて、「理由のよくわからない自殺」というのも日本文学の特徴とされている、とあって「へぇー」だった

自意識過剰自分語り日本文学的というのは、まあ「私小説」って日本にしかない、とか言う話としてよく聞くけど、自殺の方はあまり知らんかった。

特に、この「理由のよくわからない自殺」は、日本文学の特徴、というのは海外においてよく認識されているらしくて、カズオ・イシグロはデビュー作である『遠い山なみの光』では、そのイメージを利用して、自殺を作品に取り込んだらしい。へえ〜


ノーベル文学賞の面白さの一つは、自分の知らない国や地域のことが書かれている面白さ

だとすると、日本について書かれている小説を日本人が読む場合、その面白さはあまりないのではないか

これに対して、例えば『万延元年のフットボール』は、1967年という、時間的に遠いことが書かれているから、やっぱり面白いよ、ということ書いている。


最後に、90年代に受賞した他の作家について

98年に受賞したサラマーゴはポルトガルの作家だが、ポルトガル人のノーベル文学賞受賞は、今のところ、サラマーゴ1人、らしい。

ノーベル文学賞は、元々は欧米人ばかりとっていて、それの反省で80年代以降、世界各地の作家が満遍なくとれるようにという傾向になったらしいが、欧米であっても、ポルトガル人は一人しかとってないとか、まあ偏りがあるんだなあ、と

ちなみに、サラマーゴは安部公房みたいな作風の人で、映画化もされているらしい



六章 中国語としての表現の追求  高行健

中国では、文革終結後に、海外文学が一挙に入ってくるようになり、高行健は、80年代にそうした海外作家、特にベケットからの影響を受けて創作を始めた作家である。

天安門事件取材して書いた作品を書いたことがきっかけで、中国帰国できなくなり、現在は、フランスで活動している。

こうした背景があるため、ノーベル賞受賞時も政治的な文脈で扱われたが、筆者曰く、高行健政治的主張は強くない作家だということだ。

ヨーロッパ系の言語から見たときに、奇妙に思える中国語の特徴を生かした小説を書く作家、ということになる

ここでは短編「おじいさんに買った釣り竿」と長編『霊山』が紹介されている

繰り返しのリズムによって、徐々に抒情的になっていく手法

時制や格が表立っては表されない中国語の特徴、様々な要素を同格にして連ねていく文体によって、現在と過去、あるいは風景や行動を混ぜ合わせていく文章、といった特徴が挙げられている


七章 ワールドワイドで胡散臭い語り  V・S・ナイポール

ナイポールは、トリニダード・トバゴ出身でイギリスに移住してきた作家で、祖父インドから来た人。インドトリニダード・トバゴイギリスという越境作家

ミゲル・ストリート』と『ある放浪者の半生』が紹介されているが、章のタイトルにあるとおり、登場人物や語り手が、個性が強烈で胡散臭い人物であることが、ナイポール作品の面白さとして挙げられている。


八章 「他者」と暴力の寓話 J・M・クッツェー

クッツェーは、アフリカーナ(オランダ系白人)の両親のもとに生まれ、その後、ロンドンへ移り働いたのち、アメリカ大学院ベケットの研究を行い学位を取得。アメリカの永住許可が下りなかったため、南ア帰国し、以後、南アで活動している作家である。

本章では、『夷狄を待ちながら』と『敵あるいはフォー』を取り上げて、ポストコロニアリズムメタフィクションという関係から紹介している。

例えば、『敵あるいはフォー』では、黒人であるフライデイは言葉を持たず、他者から語られることでどのような人物かが規定されてしまう、非西洋に対するオリエンタリズムや知的暴力が、メタフィクションという形式をとって語られている、という


九章 非非西洋としてのトルコ  オルハン・パムク

パムクは、西洋化した知識人の目を通した非西洋としてトルコを描く

『黒い本』と『雪』が紹介されている

「優れた西洋と劣った非西洋」という価値観と、それに反する価値観のせめぎあい

「本当の」トルコは一体何なのか、というアイデンティティの探求

また、『雪』では、主人公のKaは主体性なく町を彷徨い歩くような話になっており、筆者は、カフカの『城』を意識しているのではないかと指摘している


十章 共産主義体制下の静かな絶叫  ヘルタ・ミュラー

ミュラーは、ルーマニアドイツ少数民族の村出身で、ドイツ語で小説を書いている。ドイツ文学ルーマニア文学を専攻、働きながら創作をしていたが、ルーマニア国内で活動を続けなくなり、以後、ドイツで活動している。

チェウシェスク政権下の全体主義を描いており、本章では『狙われたキツネ』『心獣』が紹介されている。


ミュラー作品の紹介の前に、ディストピア小説の系譜の説明がある。

具体的には、ザミャーチンの『われら』、オーウェルの『1984年』、そして、アレナスの「五つの苦しみ」シリーズが挙げられている。

この章を読んでいて、実は、メインであるミュラーよりも、アレナスの方がより気になった。


ネガティブな感情を爆発させるように書くアレナスに対して、

同様にネガティブな感情を、むしろ暗く、冷たく書くミュラーと対比している。生々しい描写や鬼気迫るものが多い、とも。


2000年代の受賞作家はほとんどが小説家で、詩人が受賞していない10年だった、とのこと


十一章 ペルー、あるいは梁山泊  マリオ・バルガス=リョサ

バルガスリョサって、大統領選に出て、フジモリと決選投票で争ったことがあった人なのね

バルガスリョサは、ガルシアマルケスのような奇想天外エピソードを描くわけでもなく、一部の作品を除けばあまり実験的な手法を用いているわけでもなく、かといって通俗的なストーリー展開で惹きつけるわけでもないが、それでいて退屈しない作品になっているらしい。

『緑の家』と『世界最終戦争』が紹介されている

『緑の家』は実験的な構成で、時系列がバラバラになった断章形式で書かれており、また、断章ごとに、同一人物が違う名称で書かれていたりするなど、読み進めるにあたって、かなり複雑なものになっているらしい

『世界最終戦争』は、19世紀後半に実際に起きた「カヌードスの反乱」をもとにしている。

曰く、水滸伝のような作品で、中心人物であるコンセリェイロのもとに集まってくる人々、それぞれのエピソードの集積で語られていく、と。

要約的なので叙述のスピードが速く、分量は多いが、読みやすい、とも。


十二章 中国版「魔術的リアリズム」  莫言

中国において誤解された「魔術的リアリズム」を書いた作家

魔術的リアリズム」と、誤解された「中国魔術的リアリズム」については、橋本陽介『物語論 基礎と応用』 - logical cypher scapeでも解説されていた。

『赤い高梁』が紹介されている


十三章 信頼できない語り手  カズオ・イシグロ

第一長編である『遠い山なみの光』を中心に紹介されている


2010年代については、傾向が多少変化してきていることに触れられている

アレクシェーヴィッチやボブ・ディランである。

*1:ところで、この仰々しい文体による「情けないオレ語り」のことを「いわば中二病」と書いてるけど、自意識過剰と仰々しさは「中二病」とつながるけど、中二病って表面上はオレの情けなさを隠して、むしろ「かっこいいオレ」を演出しようとするものなのでは、と思った。まあ、端から見るとその「かっこよさ」が全然かっこよくなく滑稽に見えてしまうから「中二病」なんだけど。ここでいう「情けないオレ語り」は、自己を卑下することによって、逆に、自分はすごいということをアピールするというもののことを指しているんだけど、「中二病」は自己を卑下するというのとは別のやり方で、自分のすごさをアピールしているような気がする。だから、よく似たものであることは確かだけど、微妙に違う現れ方をしていると思う。自意識過剰で自分がすごいことを、屈折した形で表現するという意味では似ている。「ダメで情けないオレ」という形でそれをやると文学になるが、「マイナーな価値を分かっているオレ」という形でやると、元々の意味での中二病、「虚構世界・非現実の世界でなら活躍できるオレ」という形でやると、オタク的な意味で使われている中二病になる、のではないだろうか