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2012-02-08
■[読書][アート]高階秀爾『20世紀美術』
高階秀爾『世紀末芸術』 - logical cypher scapeの続き。
序章 現代美術の課題
ピカソの言葉「人はみな絵画を理解しようとする。ではなぜ人は小鳥の歌を理解しようとはしないのだろうか。(...)人はなぜ理解しようとはせず、ただひたすらそれらを愛するのだろうか」を受けて、筆者はこう述べる。
ピカソのこの有名な言葉からただちに「だから絵画は理解しなくてもよい」という結論を導き出すのは、いささか性急といわなければならないだろう。まして、だから絵画はただボンヤリと眺めていればよいということにはけっしてなるまい。むしろ逆に「愛する」ということくらい積極的な努力を必要とするものはほかにないのではないだろうか。おそらく、人は愛することすらもやはり学ぶものなのである。
印象派が、感覚主義・写実主義の限界に行き着いたことから、現代美術は始まる。
ルノワールは、ラファエルロの聖母子像を見て「何と見事な絵具の塊だろう」と言った。現代美術は絵画を「見事な絵の具の塊」と見るところから始まる。しかし、ルノワールにおいてそれが「聖母子像」であることは、「見事な絵の具の塊」であることを両立した。あるいは互いに互いを必要としていた。
しかし、カンディンスキーにとってはそうではなかった。「描かれたもの」(主題)は、彼にとって「見事な絵の具の塊」であることと関係ないばかりか、妨げるものですらあった。ここに、「描かれたもの」と「見事な絵の具の塊」であることが「分離」する。
以下、論じられる20世紀美術の歴史は、そのような「分離」の歴史といえる。
第1章 オブジェとイマージュ
ここでオブジェというのは、三次元の物、実物のことを指し、イマージュとは、二次元の平面に置かれた色と形のことを指す。
絵画というのは、オブジェをイマージュへと移したものである。それは実物の「写し」かもしれない。つまり、オブジェとしての性質を失ったものかもしれないが、代わりにイマージュとしての性質を持っている。「イマージュの世界は、われわれにとって無限の感覚的喜びの源泉である」。
絵画や彫刻と言った造形芸術は、イマージュから換気されるイマジネーションによっている。ところが、絵画と彫刻では事情が異なる。彫刻はやはりオブジェの世界に属するものであり、よって「写実」はありえないからだ(芸術としてつまらないものにしかならない)。写実主義の時代には彫刻は衰えている。
絵画はイマージュでありオブジェではないからこそ、オブジェの「写実」かできた。しかし、印象派にいたり、様々な要素が「写実」されるようになり、オブジェの要素が次々とイマージュの世界に入ってきたのが限界を迎える。イマージュはイマージュでしかない(ドニによる絵画の定義を参照)。
ピカソとブラックのキュビスム。彼らは、オブジェを追求しようとしたが、結果的にはオブジェを消滅させることになってしまった。セザンヌの「自然を円錐と、円筒と、球体によって」という言葉がよく引用され、実際ここに影響されているが、ピカソやブラックとセザンヌとは異なっている。セザンヌは、対象がどのように見えるかに関心があったが、キュビスムはどのようにあるかに関心があった。対象がどういう形を正確に把握して二次元の平面に描こうとした結果、逆説的に対象は解体していってしまった。
こうしたオブジェの消滅の先には、イマージュだけからなる世界、モンドリアンの「新造形主義」が待っている。しかし、ピカソとブラックは「分析キュビスム」から「綜合キュビスム」への転身を遂げる。彼らは再びオブジェを持ち込もうとする。それも「二次元的オブジェ」を。すなわち「コラージュ」という技法の登場である。新聞紙や楽譜、装飾用紙などオブジェの世界に属するが、二次元なものを張り合わす。これは、シュビッタースの《メルツバウ》へと受け継がれる。
イマージュを否定しオブジェを取り上げる運動として、ダダが挙げられる。イマージュの否定ということについて、モナ・リザに髭を書いたデュシャンの《ジョコンダ・L・H・O・O・Q》と、デ・クーニングのデッサンを消しゴムで消したラウシェンバーグの《消されたデ・クーニング》が挙げられる。
イマージュは、想像されることによって背後にオブジェの世界か喚起される。この背後の世界をサルトルは「アナロゴン」と呼んだが、そのためにはイマージュがオブジェであることを忘れなければいけなし。ところが、デュシャンによって描かれた髭は、イマージュがイマージュ以前にただのオブジェでしかないことを見せつける。一方、ラウシェンバーグは手法としては近いが、目的は異なる。デュシャンがイマージュを否定することに力点を置いたのに対して、ラウシェンバーグはオブジェを肯定することに力点を置いていた。
このような状況は、絵画と彫刻の歩み寄りをもたらした。
イマージュのオブジェへの転化の典型例として、ラウシェンバーグとジャスパー・ジョーンズが挙げられている。ジョーンズは「虚構のオマージュ」を作り上げる。「綜合的キュビスム」とは反対の方向から、イマージュとオブジェのつながりを作ろうとする。
最後に、イタリアの空間派運動に属するフォンタナの試み*1が紹介される。イブ・クラインのモノクロミスム(単色主義)という試み*2は絵画の非物質化へと向かった。フォンタナの試みは、それを再び物質化することにあった。二次元の画面にとどまりながら三次元空間を規定しようとする。
第2章 構成と表現
抽象絵画というのは、一つの流派や運動を指すものではない。あらゆる可能性を試みたと言われるカンディンスキーも、モンドリアンのような試みはついにしなかった。
モンドリアンが「キュビスムの分派」だとするならば、カンディンスキーは「フォーヴィスムの分派」である。
ここでは、ユトリロによるパリの絵とモンドリアンによるニューヨークの絵が比較され、キュビスム以後と以前が論じられる。ユトリロはパリの風景の一部を切り取って描いているが、モンドリアンはニューヨークという街そのものを観念として捉えて描いている。
モンドリアンが空間の「純粋性」を求めたとするならば、カンディンスキーは色の「純粋性」を求めた。「純粋性」を求める動きは、「音楽性」を求める動きともなった。例えば詩の世界では、意味のない語句を用いて音の美しさだけを求める純粋詩の試みが見られた。彫刻では、ブランクーシが純粋彫刻を作った。
芸術というのはもともと「重層性」があった。例えばシェークスピアであれば、筋立てや韻律、あるいは人生に対する洞察の深さなどの様々な魅力が結びついて出来ている。「純粋性」を求めるということは、そのような「重層性」を破壊するということである。印象派から主題が重要性を失っていくということが注目される。印象派の名前の由来は《印象・日の出》であるが、この作品は元々《日の出》だったのだが、ルノワールの弟がカタログを作る際に、あまりにも短いので変えてくれと言ってこのようなタイトルになったらしい。従来の絵画であれば《ル・アーヴル港の日の出》などと名づけられたかもしれないが、それはモネの意図するものでなかった。印象派は、主題ではなく「モティーフ」という言葉を使うようになる。また、色彩分割という手法は、色の「純粋性」への志向が見られる。
ドラクロワにおいて「色」にも「重層性」が見られた。つまり、色に様々な意味があった。ゴッホではそれが破壊されて純粋な色の強調になっている。
モローはその弟子であるマティスに対して「君は絵画を単純化するだろう」と予言したらしい。実際、マティスは色彩が形態から分離して独立するようになり、その流れはレジェによってさらに推し進められる。
ドラクロワも色彩の重要性は既に理解していたが、例えば赤を使いたいと思ったら、そのための主題とモティーフが(火災や殺戮の情景)必要だった。ゴッホやゴーガンであれば、多少とも赤みがかったモティーフがあればよかった。フォーヴィズムに至って、どのような形態であっても赤で塗ってもよくなったのである。
イギリスの批評家リードは、現代絵画に二つの流れがあることを指摘する。筆者はそれを受けて、一方を「構成と造形の芸術」、他方を「表現と幻想の芸術」と呼ぶ。前者はセザンヌから始まり、モンドリアンや新造形主義、ロシア構成主義などが挙げられる。また、一見モンドリアンとは全く違うように見えるマティスやレジェといった画家達も、造形的関心によって(それは意味への無関心と裏腹の)絵を描いていた点でやはりこの同じ潮流に属する。
後者は、ルドンやギュスタブ・モロー、そしてシュルレアリスムなどである。自己の内面を描こうとした潮流であり、ゴッホやルオー、あるいはムンクなど、内省的で自画像を多く描いた画家達がまず挙げられる。そしては特に「エコール・ド・パリ」の画家達が注目される。シャガール、クレー、モディアリニなど、多くがフランス以外の国からパリに集まり、ユダヤ系の血を引いていた画家達。彼らは「エコール・ド・パリ」と呼ばれているが、決して一つの流派となっていたわけではない。
第3章 新しい伝統
戦前の美術は「造形」を関心事としていて、あくまでも「絵画」を前提としていた。一方、戦後美術はその前提への疑いから始まる。戦前において、その前提を疑っていたのはダダのみであった。そしてそれゆえに、ダダは造形の面では何も生みだすことがなかった。しかし、それゆえに戦後の美術はネオ・ダダをはじめ、ダダを精神的始祖とする。
本書では(元々は1965年に書かれている)、戦後美術を戦争直後から1952年までを第一期、1952年から1959年までを第二期、1959年以降を第三期としている。
第一期は抽象派と具象派の論争の時代だが、筆者はどちらも「分極化」という一つの流れにあるとする。
そして第二期以降、分極化に対する「綜合」が始まる。それが「アンフォルメル」と「アクション・ペインティング」である。この二つの名称はともに1952年に生まれる。彼らは「絵画」という前提を否定する。作家の前に作品があるという形がなくなり、ポロックの言葉にあるとおり、作家が作品の中に入るようになる。
ところで、筆者は創造性はある制約の中でこそ強く発揮されると論じる。印象派は、絵は自然に向けられた窓であると考えたが、自然そのものが強い制約として働いた。ところが、そのような自然という制約、あるいは作家の前に自律的に存在している絵画作品という制約がなくなった、戦後美術の画家達は、自己自身による制約を課すようになる。例えば、ポロックだけでなくロスコやスーラージュなどが、大きなキャンバスを使うのもそのような制約の一種だろう。
そこでは、ブラックやマティスのような「造形的法則」による理知的な世界から、混乱と狂乱の世界に変化している。
筆者は、分析的・理知的なものから、人間全体という綜合を求めるような傾向になったことに注目している。
「アンフォルメル」や「アクション・ペインティング」は「動き」を生け捕りにしようとした試みである。
コルダーの「モービル」とティンゲリの「動く彫刻」が比較される。これはともに「動き」を取り入れている点で似ているが、しかし「モービル」は実は動かなくてもよい。「動き」は作品を構成する要素の1つなので、動かなくても完成形として成り立っている。一方、「動く彫刻」は「動き」そのものが重要となっている。そのため、最終的には「機械」である必要もない。ティンゲリの探求は、ニューヨーク近代美術館の庭でスクラップを積み上げて爆発させ花火を打ち上げた《ニューヨーク讃歌》につながっていく。
アンフォルメルやアクション・ペインティングは、単に不定形だったり行為だったりするわけではなく、不定形や行為をオブジェ化する。そして生まれた作品が、「オブジェ化された行為」の「イマージュ」となっている点で、絵画芸術たりえていてる。伝統と繋がっているのである。
最後に、ポロックから民族性と国際性について論じられている。
ポロックはピカソと共に「西部のインディアン」からの影響を口にしている。筆者は、ピカソがいなければポロックの美術は生まれなかったが、インディアン美術とポロックが出会わなかったとしても、ポロックはあの絵を描いただろうという。その上で、なおポロックがインディアンについて触れたことに注目する。ポロックは自身が「アメリカ絵画」であることを意識敵には否定していたが、インディアンに対して同じ風土の中に生きる者同士の連帯感を持っていて、それが彼を「アメリカ絵画」にしたのではないかと論じている。
第4章 今日の諸潮流
これは1993年の文庫化にあたって付け加えられた章である。
50年代が抽象表現主義の時代ならば、60年代はそれへの反発の時代である。一方は、「抽象」への反発としての「ポップアート」「新しい写実主義」であり、他方は「表現主義」への反発としての「オップ・アート」「ハード・エッジ派」「ミニマル・アート」である。70年代はそれぞれはさらに先鋭化されて、前者は「スーパーリアリズム」、後者は「コンセプチュアル・アート
」となった。
「ポップ・アート」「新しい写実主義」を筆者は、現実復帰の流れという。彼らは、日常的なオブジェを材料として、それらのオブジェ性を際立たせるということで作品とした。
もう一方の流れは、モンドリアンの新造形主義の流れを受け継ぐ「冷たい抽象」で、偶然性を許さない明晰な秩序のもとの表現を目指した。動いて見える錯視を利用した「オップ・アート」。これは、「動く芸術」の流れと、ミニマル・アートの流れという2つの流れとも結びついている。「動く芸術」は、コールダーの「モビール」、アガムによる、画面に凸部を並べることで見る位置に画面が変わる絵画、ティンゲリの「動く彫刻」、シェフェールの「ライト・アート」がある。ミニマル・アートには、フランク・ステラ、ソル・ルィット、ドナルド・ジャッド、ダン・フレイヴィン、リチャード・セラなどがいる。
20世紀の美術はイズムの時代と呼ばれる。かつては、様式とは移り変わっていくものであった。しかし、ロマン主義以降、イズムや様式は移り変わるのではなく、どんどん増えていくようになった。ロマン主義は新古典主義が生まれても消えることはなかった。
筆者は、「分化」と「拡散」の傾向を指摘する。
写実主義の復権によるスーパーリアリズム、写実とは無縁なニューペインティング、あるいはヴィデオ、コンピュータ・アート。インスタレーションにランド・アート、コンセプチュアル・アートに至っては、作品の輪郭さえ曖昧となっている。
最後に筆者は、造形以外の表現に賭けた作品としてボルタンスキーの記憶の「モニュメント」作品を挙げる。記憶はオブジェでもイマージュでもないが、オブジェやイマージュなくしては存続されない。ボルタンスキーの作品は造形性ではなく喚起力によって衝撃を与えると論じている。
終章 芸術の意味
太古の、祭司・呪術的な舞踊から始まる芸術の流れを紐解きながら、芸術が「分化」「分離」していったことを論じる。
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2012-02-06
■[小説]北方謙三『黒龍の柩』
土方歳三を主人公に、池田屋事件から箱館戦争までを描いた作品。新撰組を人斬り集団で終わらせたくないと考える土方が、蝦夷地独立に夢を託そうと奔走する話。
歴史小説・時代小説はほとんど読まないけど、北方謙三読むのは実は2作目。
以前、新聞で連載されていた藤原純友の乱を扱った作品を紙上で読んでいた。ちなみに、本作も新聞連載だったようだ。
藤原純友のは、出世に興味のないやさぐれ貴族だった純友が、瀬戸内に任官し、地元の豪族などと交流を持つうちに、中央に管理されない自由な貿易圏構想を抱くようになり、結果的に反乱を起こすことになるというものだった。純友が平安時代の人間とは思えないほどに、自由経済を重視する進歩的な人間として描かれていて、史実のほどはともかくとして、とても面白かった。
さて、本作。
冒頭を読んでいたら、土方と山南の会話に、何故かケルベロス・サーガを想起してしまって、それでぐいぐいと読んでいってしまった。
首都警も新撰組も、過激派対策の治安部隊として出来たはいいが、特殊な戦力として突出してしまったために、時勢の袋小路へと入り込んでしまった、というあたりが似ているのかな、と。
まあそれ以外は、必ずしも似ていないんだけど。
土方というと、鬼の副長だけれども、そしてその片鱗は本作でもあるにはあるが、むしろ、新撰組をどうすればただの人斬り集団で終わらせずに済むかと時勢を見極めようとする男として描かれる。
偶然、勝海舟と引き合わされることになり、勝の動向を読むことで、その道を開くことができるのではないかと考える。
上巻はそれでも新撰組の土方なのだが、下巻になってくると大分変わってくるので、そこらへんは好き好きがありそう。
本人はずっと「新撰組の土方」と名乗り続けるのだけれども、新撰組内のシーンはほとんどなくなり、新撰組から外れて蝦夷地独立に向けて奔走するようになる。
島田を連れていったりもするのだが、単独行も多く、勝、小栗、榎本、村垣との間を行ったり来たりしながら活躍しまくる。
下巻からの活躍っぷりをかっこいいと思うか、リアリティがないと思うかは微妙なところかな。どっちも思った。
ただ、いいなと思ったのは、蝦夷地独立という、かなり壮大な戦略目標に向けて動く話なのだけど、土方は自分が決して戦略レベルで動くことには長けていないことを自覚しており、一度蝦夷地独立という目標を掲げたのちは、戦術レベルでのベストを尽くして奔走する。それが「下巻での活躍っぷり」として現れている。
まさに超人的な活躍をしているのだけど、決して超人ではない。新撰組としての京都での働きが素地にあっての活躍、という感じ。
ところで、土方がどれだけ活躍したとしても、実際には箱館戦争で蝦夷地は独立することなく終わる。これは、土方以外の人間の様々な判断ミスが重なってのことである。土方以外の人間(小栗、榎本ら)は戦略レベルのことがチラついている、かつ戦術レベルでの判断力が優れているわけではないあたりがミスに繋がっている。土方は、戦に損害は当然のことと言って全く意に介さないわけだが。
戦術級でどれだけ活躍できる人間がいても、戦略級での勝利が可能なわけではない、という話になっている。
土方は、自分と新撰組が戦術級では最強だということを自覚していたが、それだけではダメだと思っていた。例えば、蛤御門の変や長州征伐において、戦の趨勢は銃器の数が決めるということが分かってしまっている。戦になってしまえば、新撰組は100人足らずの一部隊に過ぎないので、大した活躍にはならない、と。
では一方で、戦略的な眼を持っていたのは誰か、というと坂本龍馬なのである。
ここから完全にネタバレに突入していくことになるけれど
本作では、蝦夷地独立のプログラムを持っていたのは坂本ということになっている。大政奉還ののち、徳川慶喜が蝦夷地に渡り独立を宣言することで、内戦を回避する。新政府に不満のある旧幕閣や武士階級を吸収する。薩長新政府の日本とのあいだで平等な条約を結び交易を行う。諸外国がその交易に参加しようとするならば、それを機に不平等条約改正を行う。というもの。あと、何故慶喜かということにもちゃんと理由があって、間宮林蔵の測量図が水戸にあって、蝦夷地の鉱産資源については水戸徳川家が把握していたから、ということになっている。
列強に介入させないためには内戦は絶対に回避しなければならない、かつ幕府はどうなってもいいが徳川家は守りたいと考える、慶喜、勝、小栗が、坂本の提示したこの案に相乗りした格好。
しかし、坂本は大政奉還の後に暗殺されている。実は坂本は西郷にもこの案を話しており、徳川家の独立など承認できない西郷が暗殺したということに本作ではなっている*1。
勝、小栗はだいぶ活躍するのだけど、坂本龍馬の代わりにはならなかった、と。
各登場人物について
蝦夷地独立という本作のメインに据えられているプロジェクトは、ほんと丸々坂本龍馬が考えたといっても過言ではない感じで、他の人はそれに賛同して実現のため尽力したけど、やっぱ龍馬がいないとうまくいかないという感じ。実際の登場回数は少ないので、偉大な人物になりすぎじゃないのか、という気がした。坂本龍馬好きだけど、龍馬超すごいとなるとちょっと引くw
逆に西郷隆盛は終始、自分の権力を守るために非戦のための蝦夷地独立を許容できない小人物というような描かれた方をされている。決して姿を見せようともしないというあたりも、不気味な権力者とも、暗殺を恐れて隠れる小物ともとれる感じになっている。西郷をフィクションでどういうふうに描くのかってのは結構難しいと思うが、ちょっと小人物ってのが強調されすぎてたような気がした。
ただ、薩摩だと、中村半次郎が好人物として書かれていたのは悪くなかったw
小栗は、第二の主人公のような存在感。勝との関係も、本当に仲が険悪というよりも、ライバル関係で感じであったし。小栗の評価があがる作品だった。
土方主人公の作品だけど、近藤視点や沖田視点、山南視点で書かれているパートも結構ある。池田屋から始まることもあってか、各々の新撰組観が少しずつズレていって、互いに自覚しているけれど、擦り合わせできないというふうになっている。
他の新撰組隊士については、キャラクターが描かれているところはあまりないけれど、土方が引いた目で人間を判断して、使ったり使わなかったりしている。島田を重宝している感じだった。
新撰組、強いは強いけど、かといってみんながみんな何人も斬り倒せるわけじゃなくて、多くても自分たちと同じ人数くらいまで、自分たちよりも人数が全然少ないのに取り逃がしたり、一人しか斬れなかったりというシーンも結構ある。
それから、お庭番も出てくる。
あと重要なのが、オリジナルキャラの久兵衛で、こいつの名前、字面見ているだけなら何とも思わないのだが、口に出してみると、魔法少女からエントロピー取り出す奴と同じ音だということに気付いて、不気味に思えてくる。
元は武士のようだが料理人として新撰組に入り、その正体はよく分からないまま、函館まで新撰組に付き従う。
彼は死に場所を探しに新撰組に入ったといい、沖田の死に目にも立ち会うなどしている。料理人としての腕は確かで、土方からの信頼も厚いが、読者から見ると不気味な人物に見える。彼は、函館では土方そっくりの格好となり、最後には土方を名乗って死んでいく。
このラストシーンは、なかなか寂しいものがある、いい意味で。
土方がアイヌへの気配りもしてるけど、理想の国家なんですよという言い訳くささも感じる。
で、最後にその理想国家が潰えて、土方という名前も捨てた主人公が、北海道の大地に消えていくというラスト
についてどう感想を書けばということが特に思いつかないのでこれで終わり。
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2012-02-04
■[読書][哲学]桑島秀樹『崇高の美学』
美学における「崇高」という概念についてまとめられた本。
崇高とは、何か超越的な気高いものを指しているというわけではなく、むしろ山とか石とか地面とかいったものを徹底的に凝視することで感じられる感性的な価値である、というのがざっくりしたまとめ。
第1章と第2章は、バーク以前、バーク、カントまでの崇高という概念の歴史。
第3章は、大地への凝視という美学として、ジンメル、ラスキン、そして日本の近代登山に見られた美学思想。
第4章は、テクノロジーと崇高の関係として、アメリカ的崇高とヒロシマの「アート化」について。
序論 石ころへのオマージュ
石を美的に見ることについて
第1章 「崇高」とは何か
まず語源。漢字の崇高と、英語のsublimeそれぞれの語源の確認から。
バーク以前の崇高。まずは偽ロンギノスの崇高論。これは修辞的文体についての議論。その後長いこと忘れ去られ、17世紀に英語、フランス語に翻訳され、芸術批評に「崇高」という語が使われるようになる。
18世紀イギリスにおいて、グランドツアーによるアルプス越えを体験した人たちによる著述が出てくる。当時は、ジャーナリズムも隆盛し、教養人のあいだでの関心が共有されるようになり、その中でアルプスの体験と「崇高」が結びつける言説が出てくる。とはいえ、理論化はまだなされていない。
その後、崇高を理論化しようとした人たちとして、シャフツベリ、サミュエル・ジョンソン、ジョナサン・リチャードソン(父)、ジョン・ベイリーが紹介されるが、どちらかというとバークの引き立て役という感じか?
で、バークについて、美と崇高、快と苦について
第2章 崇高美学の体系化――バークからカント、そして現代へ
バークの崇高論は、彼の実質的なデビュー作であるのだが、その後の彼には美学についての著作はなく、後半生は『フランス革命の省察』に代表されるような保守主義者としての政治的活動を行うようになる。このため、従来は彼の崇高の美学の仕事と保守主義者としての彼とは切り離されて理解されることが多かった。近年では、「崇高」から彼の政治思想を理解しようとする研究も出てきている。
続いてカント。まず、カントといえは批判哲学だが、実はそれ以前、青年期のカントは、軽妙な語り口によるエセーを書いており、その中で既に崇高に言及している。ここでのカントは、イギリスの社交界において流行していた言葉である「崇高」を、ドイツにも紹介してみせたのであるが、ここではあくまでも社交界におけるオシャレな流行語としての位置付けにとどまっている。
そして『判断力批判』。ここで「崇高」は、外的な対象ではなくむしろ、「人間理性」の覚醒という内的な体験をこそ指し示す言葉として使われいてる。カントにおいて、崇高概念は哲学的に精緻な理論化がなされたが、そこにはカントによる理性への絶大な信頼が働いており、その点でバークの崇高論とは袂を分かっている。そして、リオタールなど現代において復活した崇高論はむしろバークの崇高論の側に立つ。
そこで再びバークの崇高論に戻り、その特徴を3つ挙げている。まずバークは、絵画ではなく詩を重視している。次いで、「触覚」の重視。感覚刺激に根ざす、いわば「関心性」に根ざした美学だった点でカントと異なる。そして3つめは「アイルランド」。バークは改宗国教徒を父親に持つ移民アイリッシュで、ロンドンで教養人としての地位を確保していった。その葛藤が彼の崇高の美学の背後にあるのではないか。
熊野純彦によるカント解釈から、人間理性によらずカントの崇高を解釈し、バークの崇高やリオタールの崇高と結びつける。それは、「限界」についての「経験」であるということ。
そしてそこから、リオタールの「表象不可能性」やラングによる「歴史的崇高」に話がいたる。それは、アウシュビッツについての話で、リオタールはバーク崇高論における「恐怖」に言及している。そしてその「恐怖」というのは、出来事が生起しないこと、語ることが出来ないことの不安であり、またラングの「歴史的崇高」とは、想像上は不可能だが、事実において可能であったこととされており、ここで「限界」というものとも結びつく。
第3章 山と大地の「崇高」――カントの人倫的崇高を迂回する道
ジンメルは、アルプスの山は造形美術にできないと考える。それは、アルプスの本質的特性が圧倒的な量感にあるから。そのような特性を「没形式性」と呼ぶ。彼は山と海を比較もしている。海には生の形式があるが山にはない。山は生から切り離されている。海は歴史的にみても交流の場となったが、山は交流を妨げるものであった。また、これはカントとも対照的で、カントは崇高の例として海も挙げている。
ジンメルは、アルプスの山肌を「凝視」し「ディスクリプション」している。彼はアルプスを三つに分ける。万年雪の領域、岩壁の領域、平地の領域である。平地の領域は「美しいアルプス」であり、万年雪の領域こそが「崇高なアルプス」である。天上への垂直的な高さと地上へ向かう岩の質量のパラドックスに崇高を見出す。
続いて、19世紀イギリスの美術批評家であるラスキン。彼はターナーをモダンペインターとして絶賛する。彼の美学を著者は地質学的美学と呼ぶ。
ラスキンはターナーが過去の巨匠と違って、「科学的」に精緻に描いていることをまず評価している。
天ではなくむしろ地へと向かう視線。地層や岩や砂を「凝視」して描写していることに美的な価値を見出している。筆者はこうした美学をさらに、「死の凝視」と捉えてバークとつなげている。
続いて、日本における近代登山にも、同様の美学を見出そうとする。それは、近代における正統派の登山である「ピーク・ハンティング」とは異なり、「地」へと向かうものである。それは冠松次郎の「渓歩き」や川崎精雄の「藪こぎ主義」である。もっともこれらには、苦や限界といったものが入ってきていないので、哲学的深みとしては足りないところがあるが、天ではなく地へと向かう崇高美学として注目すべき思想であると筆者は述べている。
第4章 アメリカ的崇高と原爆のヒロシマ
今までは人間と自然の関係から崇高を見てきたが、自然ではなく技術から崇高を考える。テクノロジカル・サブライムあるいはアメリカン・サブライム。
アメリカン・サブライムの歴史として、まず「ハドソン・リヴァー派」と呼ばれる風景画家たちやジョージア・オキーフの絵に見られる「野性的崇高」が見られる。アメリカの雄大な自然にアメリカ固有の崇高を見るのである。しかし、西部開拓が終わりフロンティアが消滅する。ここでアメリカ固有の文化あるいは崇高を見出す先が、自然から技術へと変わっていく。カリフォルニア的テクノ・キャピタリズム。
こうしたテクノロジーは非人間的なものではないのか。ダナ・ハラウェイはテクノロジー擁護的な立場をとるのに対して、リオタールはテクノロジーに否定的である。
最後に、現在広島大学で教鞭をとり、また妻が被曝二世である筆者が、アメリカ・テクノロジーの帰結としての原爆を美学の観点から論じている。
ヒロシマは、リオタールのいう表象不可能生、ラングのいう歴史的崇高にあたる出来事であり、それは如何にして表象可能であるのか、アート化できるのか。
ここで取り上げられるのは、『父と暮らせば』である。ここに、「断片」(いわば「化石」)を「凝視」することによるアート化の可能性を見出している。また、映画版において父娘が暮らしていたのが原爆ドームであったことから、原爆ドームについてのエステティックな存在様態――幻像であり象徴的な記憶媒体であることも述べている。
生々しい映像やジオラマなどだけが、ヒロシマを表象する方法なのか、と筆者は問う。現代の我々にとって、「断片」の「凝視」*1から全体を「受肉」させるという方法が重要なのではないかと論じている。
崇高の美学(「地」の凝視から「天」に至る)を考えることによって、表象不可能な出来事のアート化についての可能性があるのだといってしめられている。
- 作者: 桑島秀樹
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2012-02-01
■[読書][文化論][思想][フィクション論]北野圭介『映像論序説――デジタル/アナログを越えて』
映像を巡る言説を、アナログとデジタルの区別について吟味する形でまとめたもの。
冒頭で、方法論として概念分析と系譜学的考証というのを挙げている通り、映像という言葉がどのように使われてきたのかというのを追いかけている。
アナログ映像とデジタル映像というのは連続しており、はっきりと分けられるものではないと前半で述べつつ、後半ではその新たな区別も検討している。
問題設定や個々の話のいくつかは面白かったのだけど、具体的な作品や映像についての分析がなかった*1。映像論ではなくて映像論論のようにも感じた。
web版を読んだ*2。本と目次を見比べると、後半が違うよう。
まずは、アナログとデジタルという安易な二分法に対して、実際に我々が普段見ている映像というのはアナログ的なものとデジタル的なものが混ざり合ってて簡単に綺麗には分けられない、連続していることを指摘する。そのような連続性を指摘するものとして、ニューメディア研究のレフ・マノヴィッチの論が紹介される。
マノヴィッチは、デジタル映像の作動原理を「サンプリング」と「合成」に見る。そしてそれが、エイゼンシュテインなどのフォルマリズムの映画理論、ゴンブリッチの絵画論と連続していると説く。
ところが筆者は、このマノヴィッチの論立てに偏向を見る。つまり、バザンのリアリズムに基づく映画理論の系譜を回避してしまっているからだ。
それに対して筆者は、フォルマリズムとリアリズムは、どちらか片方が正しく片方が間違っているというものではなくて、映画の中には両方のベクトルがあり、フォルマリズムにもリアリズム的な要素が、リアリズムにもフォルマリズム的要素があると述べる。ところが、そのような二つのベクトル(フォルマリズム=編集思考、リアリズム=画面思考)を持っていた初期の映画理論に対して、構造主義やポスト構造主義の影響を受けた現代の映画理論は記号論へと偏っていく。
そのようなポストモダン的な映画理論に対して、新たな画面思考の可能性を、ドイツ語圏の哲学者フルッサーの写真論に見ていく。フルッサーとデリダの論に触れながら、「痕跡」や「間ミディアム性」といったキーワードが導入される。
(1) 画面とは、重層性を孕んだイメージであり、そこにはさまざまなミディウム間の交渉の場と考えるべきものである。
(2) また、ミディウムなるものは、さまざまな理論や概念の結果として実現されるものであり、そうした関与する思考の生みだしたもの、生みだしているものという、視点が不可欠である。
(3) これは同時に、ミディウムの交渉のプロセスにおいては、いまだ立ち現れていないもの、これから立ち現れるかもしれないものがあり、痕跡という発想が必要なことを指し示している。
(4) とはいえ、一定の時間経過のなかでは、それぞれのミディウムにはそれぞれの意味作用が相応のかたちをもちうる。大きな歴史的スパンで考えれば、文字と像の間には、それぞれ意味の働きが大きく異なるし、これは十分に考慮されなくてはならないと同時に、安易にデジタル・アナログの差異と同一視しないようにするべきである。
(5) デジタルとアナログの差異は、したがって、考察のこの時点では、デジタル映像を規定する、可視化され流通している理論と概念のセットにおいては接近・回収できる痕跡と、接近・回収できない痕跡の差異に対応するものと考えておくことができる。
『映像論序説』第1章より
続く第2章では、映像と身体がテーマとなる。
まず、インタラクティブ性を考えるためにゲームの話がなされる。サレンとジマーマンの『ルールズ・オブ・プレイ』が出てくる。ゲーム研究は、かつての映画論とは異なるアプローチをしていることが確認され、「コンテクスト」が着目される。また、ニューメディア研究のボルターとグロマラによる『メディアは透明になるべきか』、ボルター、グルシンによる『リメディエイション』が紹介され、ここでも「文脈」に着目する。
また、近年の映画研究でも身体への着目がなされていることが紹介される。
ゲーム研究・ニューメディア研究における映像と身体、映画研究における映像と身体は、「物理的な行動(=操作行為)の主体としての身体と、感覚受容体/運動起点体としての身体」として区別される。
そして、映画論のシャビロ、ニューメディア研究のハンセンによる、「情動」への着目が紹介され、これを身体の第三の次元とする。
続いて、身体を考えるために認知科学や脳生理学に触れられる。レイコフ、ジョンソンの認知科学、ダマシオやルドゥーによる情動の脳生理学、そしてヴァレラである。
1. まず、単純な意味合いでのインタラアクティヴィティやら生体反応やら没入性やらといったキーワードでは、デジタル映像とアナログ映像の相違はきちんと腑分けすることはできない。
2. わたしたちは、より周到な分析的視角を必要とするのであり、この章でわたしたちが得ることができたのは、経験の残滓を宿す身体イメージから映像は成立しているという視角である。
3. こうした分析視角をもってしてはじめて、第一章で明らかにした、イメージに織り込まれた痕跡なるものも、このような身体イメージの痕跡として理解すべきであるという、より的確な了解を得ることができる。
4. さらにいえば、像なるものは、経験世界における、存在論的な厚みと膨らみをもつ運動を、平面上に転位したものであるという測定も、こうした分析視角により可能となる
『映像論序説』第2章より
第3章は、映像の中に映し出されるものがテーマとなり、物語論や虚構論が整理される、
メッツやボードウェルの物語論的な映画論から、ジュネットの物語論。さらに、ライアンの『可能世界・人工知能・物語理論』へ。エーコを参照して、ボードウェルとライアンとの違いを見つつ、今度はバルト、トドロフなどへと戻ってみる。
1. バルトがものした物語の構造分析からジュネットの物語の詩学への流れにおいてすでに、物語言表から自律し、そればかりか、独自の存在論的身分をもった物語内容なるものが抽出されていくという、物語なるものの理解の登場への変化がみとめられる。
1−1しかも、その際に少なからず関与したと思われるのは、映画が語る物語へのまなざしであった。文字や声が語る物語だけでなく、映画が語る物語を視野に収めるとき、異なる媒体それぞれの特性から独立した存在としての物語内容が抽出されていた(されえていた)からである。
1−2その際、その構成単位として、出来事なるものが焦点化されるとともに、出来事間の因果性が主たる作用因として特権化された。
1−3さらにはそうした因果関係の担い手については、登場人物心理へと固定化していく理解がしだいに濃厚になっていく
2. そのような自律した物語内容という理解を携えた物語論は、指示理論(あるいはそれと連動した虚構論)、様相論理学、可能世界意味論などの洗礼を受けるとき、さらに一歩、その自律性の度合いを強めることとなる。正確を期すならば、自律した物語内容は、予測、妄想、回想なども含めたさまざまな可能世界から構成される物語宇宙を指すものとなるのであるから、その点でいえば、度合いだけでなく、自律性の様態そのものが根本的に変容したのだともいえるかもしれない。
2−1このとき、虚構が処理する可能世界群から成る宇宙という了解においては、物語は、それを鑑賞する際の(そして日常の生活世界をすすめていく際の)認知過程にすぎなくなる。
映像論序説 第3章より
物語論から虚構論へ至るにつれて、物語内容というものが物語言説から離れて自律したものとして扱われるようになったが、そこには映画論からの影響があったという。ジュネットにはメッツからの影響があった、と。
ライアンの説については、本書でも折衷的で色々な立場が都合良く繋がれていると言われているが、この本によるまとめを見る限りでは、可能世界論としてどうなのという感じはする。ウォルトンのごっこ遊び論も可能世界論として解釈するというものらしいのだが、可能世界の存在論的身分を精神的構築物として捉えるのであれば、ごっこ遊び論の方がよいのではないかと思う*3。
第3章の後半は、分析哲学に触れて、固有名と確定記述の対立を映像論に適用しようとする。
固有名を、バザンのリアリズム、クラウスの指標性、パースの記号論(指標)、バルトの「鈍い意味」などの議論と結びつけている。
また、アナログ映像はスクリーンによる遮断、デジタル映像はモニタによる接続と区別する。
デジタル映像の体験としてゲームを挙げて、死がループするという特徴と確定記述を結びつける。
1.アナログ映像そしてデジタル映像がそれぞれ語る物語世界を測定しようとする思考には大きな違いが認められる。それは、大きくいえば、出来事の線形的継起にもとづく物語展開をみる発想と、諸世界間の横断性にもとづく物語宇宙という発想に区別されうるだろう。
2.そうした物語のかたちに対する理解には、表裏のように、世界そのものについての了解の仕方が関与している。そうした観点からみるとき、個体把握の仕方に関して、アナログ映像、デジタル映像それぞれに向けてなされる物語理解の間に大きな相違がみられるが、それは、固定指示子と確定記述によるアプローチという相違に理論的には還元することができるだろう。
3.とはいえ、固定指示子と確定記述は、映像に適用しようとするとき、一見、アナログ映像とデジタル映像の相違にうまく対応しているようにみえるものの、そうではない。意味作用の約束事のなかで解釈しうるベクトルと、そうした解釈を越えるベクトルとを常に対立させてきた映画的映像の場合をみるだけで、この固定指示子と確定記述という概念対は、原理的に対立する概念対として考えるよりも、それらが構造的に補完し合うセットとなって機能する概念対であることがわかるだろう。したがって、それらの構造的補完関係を踏まえた上で、映像が映し出す世界の特質を思考しようとした理論的言説をメタ分析するべきである。
4.そうしたとき、第一章でみた映像の痕跡という視点、また第二章でみた身体の厚みと膨らみという視点を導入することが有効である。そこで明らかになるのは、アナログ映像をめぐる思考では、映しだされる世界とそれを見る側の世界の境界の断絶、そして遮断性が形而上学的なトーンを帯びるほどに強調されるのに対して、デジタル映像をめぐる思考においては、映しだされた世界が際限なく再設定されるという強迫反復であり、それが接続される先として、こちら側の世界もまた際限なく再設定されるという強迫性が強まっていくこととなっている。
映像論序説 第3章より
最後の、デジタル映像の思考として強迫反復が出てきていて、これは東の『サイバースペースはなぜそう呼ばれるのか』に繋がるかなと思った。
結論部では、フロイト、ラカン、ダマシオ、ハイデガー、フーコーそれぞれがどのように映像の比喩を用いていたかということに触れられている。
ななめ読みしていったせいでもあるが、途中からどんどん話についていけなくなっていった。
とにかく、映像に関する議論などを次から次へと繋いでいくので、筆者の論を次第に見失っていってしまった。
映画理論の言説史と物語論・虚構論の言説史は面白かったし、またゲーム研究への言及が結構多くて、そういうところもよかった。
でも、認知科学とか分析哲学とかの扱い方については、うーんという感じだった。
具体例も欲しい感じだった。序論は、9・11のニュース映像から、アナログ映像とデジタル映像の混ざり合いを論じるというもので、わかりやすかったのだが、結論は、フロイト、ラカン、ダマシオ、ハイデガー、フーコー! どうだ!って感じで、具体的な映像作品や映像体験の話がなかったので。
具体的な作品論をしながら、既存の映画理論から離れて、新しい映像論の枠組みを作ろうとする試みという点では、渡邊大輔の仕事が、これに通じながらもこれより面白いかなあと思う。
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