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2020-01-01

2017-10-22

[]キム・スタンリー・ロビンスン『グリーン・マーズ』上下

キム・スタンリー・ロビンスン『レッド・マーズ』上下 - logical cypher scapeの続編

2020年代〜2061年までを描いた前作に引き続き、2100年代初頭の火星を描く。

タイトルにあるとおり、火星の緑化が少しずつ進行している。人為的温暖化が進行し、大気も厚くなってきている。とはいえ、まだほとんどの場所・季節で氷点下をはるかに下回る気温であり、緑化といっても、本格的に植物が生い茂っているわけではない。しかし、遺伝子操作を加えられ火星環境に適応的な地衣類が、テント・シティの外でも少しずつ自生するようになってきているのである(場所によっては高山植物が生えてるところもある)。さらに後半では、火星に海を作る試みが実行に移されている。


本作『グリーン・マーズ』は、前作『レッド・マーズ』を上回る面白さになっていて、グリーンを読むためにレッドを読んできたんだな自分は、と思った。

レッドがつまらないわけではないのだが、長いこともあって中だるみするところがないわけではないし、また、主人公であるフランク・チャーマーズやマヤ・トイトヴィナが、視点人物として読者が感情移入していくには、性格に難のある人物であった、という問題があった。

が、本作ではそういう読みにくさはなく、わりと主人公然とした登場人物が最初に出てくるので、入りやすい(巻末の大野万紀による解説にも同じことが書いてあった)。

また、一方で、レッドにおけるクセのあった登場人物たちが、深みをまして、愛着をもてるようになっている。


その他、レッドよりグリーンがより面白いと感じられる理由として

・登場人物や諸組織の関係について、前作同様の複雑さはあるものの、大枠としては、超国家企業体による支配とそれへの抵抗運動、というものがあるので、わかりやすくなっている。

地質学生物学経済学、諸工学が出てくるのは前作と変わらないが、よりスケールアップしているし、それぞれに面白くなったと思う。

火星の風景の壮大さは前作にもあったが、本作では、より多様性を増した姿を見ることができる。

・前作からの登場人物たちの変容や今作からの新しい登場人物達との違いなど、人間ドラマとしての面白さが増している。

などがあるように思える。

第一部 火星化効果

第二部 大使

第三部 長い逃亡

第四部 科学者、英雄に

第五部 宿無し

第六部 タリクワート

第七部 何をなすべきか

第八部 社会工学

第九部 もののはずみ

第十部 位相転移


前作に引き続き、今作でも「最初の100人」の中の主要メンバーが主人公となっているのは変わりがない。

彼らはみな長寿処置を施しており、現在は、120〜130歳の高齢者となりながらも、なお一線で活躍している。

ただし、「2061年」があったために、多くは地下社会に隠れている。

火星は、2061年以降、表の世界と裏の世界とに分かれており、おおむね、北半球南半球が対応している。

UNOMA(国連火星事業局)は解散し、国連暫定統治機構(UNTA)が火星を統治しているが、この組織の実態は、超国籍企業体(トランスナショナル)同士の調整機関であり、事実上、火星トランスナショナル支配下にある。

一方、トランスナショナルによる支配をよしとしない者たちは、南半球の各地に散らばって、自給自足の生活を行っている。衛星からの監視を逃れるため、文字通り地下に町を作っている人たちもいれば、そこまではしていない町や共同体もある。2061年から40年以上経っていることもあり、トランスナショナルもそこまで厳しい監視体制をとっていないので、完全に隠れなくともトランスナショナルから距離を置くことができている共同体もある。また、表の世界の人間と裏の世界の人間がどちらも住んでいる街もある。地下社会の人間に対して偽造の身分を供与しているのである。

この裏の世界に属する者たちとしては、「最初の100人」のほか、レッズやボクタノビスト、マーズ・ファーストといった火星に新しい社会を作ろうと試みている者たちや、アラブ人を始めとして地球では維持できなくなった伝統的社会を持ち込もうとする者たちがいる。

彼らは、火星の独立を目指すという点で思惑は一致しているが、それ以外の面ではバラバラである。現状でもトランスナショナルからの介入を最低限に保てているのでそれでいいという者たちもいれば、積極的に武力抗争を行いたい者たちもいる。

本作に登場する、2061年を生き残った「最初の100人」(既に40数人程度まで減っているのだが)は、フィリスを除き全員が裏の世界に身を潜めており、それぞれの形で火星独立運動へと関わっていくが、また同時に、2061年を繰り返さないためにはどうすればいいのか、ということを考えている。

彼らはみな2061年で仲間達を失っているためである。

一方で、火星生まれの2世、3世たちが新たに登場する。彼らはみな、火星の低重力で育ったために高身長の姿をしており、火星生まれ同士のネットワークを構築している。彼らの中にも、過激派もいれば穏健派もいて内部の違いもあるのだが、火星生まれ世代地球から来た者たちの間の感覚の隔たりというのがまた大きい。



第一部 火星化効果

火星生まれの第三世代ニルガルの子供時代とその終わりを描く。

ヒロコによって火星南極に作られた隠れ里ザイゴート

そこには、ヒロコのほか、マヤ、ナディアサックス、アン、サイモン、ヴラド、ウルズラなど「最初の百人」のメンバーの多くが集まって隠れて暮らしているほか、コヨーテも旅の途中に立ち寄る場所になっている。

そして、2世、3世といった子供たちがいる。

アンとサイモンの子であるピーター、ヒロコとブーンの子であるカセイといった2世、そしてカセイの娘であるジャッキィを最年長とする3世ないし第三世代の子どもたち。第三世代の中では、ニルガルは、ジャッキィとハルマキスよりも年下であるが、ジャキィがヒロコの孫にあたるのに対して、ニルガルはヒロコ(とコヨーテ)の子にあたる(体外受精児)。

第三世代の子供たちはザイゴートの中の世界しか知らず、マヤやサックス、時にヒロコやコヨーテが教師となって授業を行っていた。

子供たちの中では、ジャッキィが女帝的なポジションにいて、ハルマキスとニルガルとを手玉にとっている(?)のだけど、周囲の誰からも「マヤに似ている」と評されていて、公衆浴場でジャッキィの後ろでマヤがじっと見ているというシーンが、何とも言えず不気味。

マヤというのは、『レッド・マーズ』ではほんと「なんだこいつ」ってなるんだけど、その蓄積があるので、ジャッキィとマヤを重ね合わせるというキャラクター描写が強い

サイモンは白血病で余命いくばくもなく、ニルガルが骨髄移植に適合したため、亡くなる直前のサイモンと親しくなっていく。

だが、サイモンは結局亡くなってしまい、ニルガルにショックを与える。

その後、コヨーテは、ニルガルを南極周辺の隠れ里やモホールを回る旅へと連れていく。この旅は、ニルガルにとってザイゴートという世界を相対化させる契機となった。

ニルガルは人に熱を与えるという能力を持っていて、これにより他のコロニーですでに有名人となっている。

帰ってきたのち、ニルガルは自分がほかの子供たちとは変わってしまったと感じる。そして、ザイゴートは屋根の部分が崩落し、さらに氷のトンネルの奥へと場所を移し、ガミートと名前を変える


第二部 大使

舞台は地球にうつる。

アートランドルフは、小さな会社でエンジニアとして働いていたが、次第にプロジェクト管理、調停、交渉の仕事こそが自分によりあっていることに気づき、実際そのような仕事に従事するようになる。そして、勤めていた会社が、トランスナショナルの一つであるプラクシスに吸収されるにいたる。

トランスナショナルの一つである三菱に努める妻とは、すれ違い多くなっており、そんな折、プラクシスの創設者であるウィリアム・フォートからの誘いをうける。

『グリーン・マーズ』が書かれたのは1994年なのだが、『レッド・マーズ』の感想にも書いたとおり、アジア圏としては日本の存在感が強い。登場人物を眺めても、日本人はいるのだが(最初の百人の一人であるヒロコのほかに、火星には日本人が創設し、独特の火星日本文化が生まれている街があって日本人が登場する)、中国人インド人の姿は見られない。上述の通り、三菱トランスナショナルとして世界を牛耳る巨大企業の一つに名前を連ねているし、またトランスナショナルの中でも最大と思しきワンダフルという会社も、三菱以外の日本企業連合がベースになっている。

フォートのセミナーは、海岸沿いのフォートの邸宅で行われ、そこでフォート流の飽和世界経済モデルの経済学が開陳された。

『レッド・マーズ』では生物学者のグループが、火星におけるオルタナティブ経済として、カロリー効率をもとにしたエコ経済学というものを考案したりしており、またアルカディイも地球から経済的に自立することを考えていた。

また、コヨーテは、隠れ里をまわる旅をしながら、エコ経済学をベースにした交易を行っている。火星は、地球と違って生きるための環境自体が希少なので、貨幣経済とは別に、贈与交換経済的な形で、必需品の交易を隠れコロニー間で行っているのである。

資本主義に代わるオルタナティブ経済の可能性が、マーズ三部作の中では、時折差し挟まれている。確か『太陽系動乱』は、完全に資本主義ではない経済体制に移行していたはずなので、ロビンスンにそういった志向があるのだろう。

フォートとプラクシスは、他のトランスナショナルとは少し性質が違っていて、成長よりも持続を志向していて、そのために国家の基盤インフラを抱え込もうとしている。

そしてフォートは、アートに対して、火星へ行くように命じる。

フォートは、火星南半球に地下社会ができていることを知っており、アートに対してそこへの接触を命じるのである。

実は、火星側からフォートへと接触していたのは、青年となったニルガルで、エンジニアという名目で火星にやってきたアートに対しても、ニルガルが接触する。

61年に落下した軌道エレベーターのケーブルから炭素を回収する事業の視察という名目で、火星をローヴァーで回っていた時、事故を装い、マヤとコヨーテに拾われる


第三部 長い逃亡

北半球を一人で旅するアン

距離流出土砂崩落で、何が土砂を滑らせているのか。アンはまさにそれを目の当たりにする。

この謎を解き明かし、そしてそのまま死んでいく、と思われたのだが、結局生き残ってしまう。

火星は姿を変えていき、フランクの死に責任を感じ続け、そしてサイモンも亡くし、長寿化措置もすでに受けないようになっていたアンは、それでもなお死を免れてしまう自分の運命に倦んでいた。

コヨーテからレッズの話を聞かされる。レッズは今や、かつてヒロコのもとにいた一派やボクタノビスト、日本人、アラブ人火星の2世・3世など様々なグループの中の過激派が集まったゲリラとなっていた。コヨーテもまたレッズのシンパであった。

アンはレッズと合流することを決意する。

そういえば、火星の地名に言及しているところがあって、スキャパレリによる命名が由来なのだが、芸術家の人名で統一された水星、有名な女性の名前で統一された金星と違って、ラテン語ギリシア語聖書ホメロス引用元バラバラだ、という指摘がされていた。


第四部 科学者、英雄に

サックスは、ザイゴートを出て、再び表の社会で研究者として働くことを決める。

コヨーテとスイス人から、偽名による身分を調達してもらうとともに、顔を整形する。

スイス人たちは、偽パスポートの発行に暗黙裡に協力していた。

サックスは名前を変えて、プラクシス傘下の企業バイオティーク社のバロゥズ支社へと入り込み、生物物理学の研究員となる。

第二部ではフォートの経済学、第三部ではアンの地質学、そして第四部ではサックス生物学の話が細かく書かれていて、楽しい。

特に第四部では、火星の環境の中で地衣類をはじめとしつつ様々な植物が生育しはじめいて、サックスフィールドワークしながら、生態学的な研究にのめりこんでいくことになる。

『レッド・マーズ』では、緑化計画全体を統括するような立場であったが、ここではむしろ、一研究者の立場に戻って専門を深めていく喜びに浸っている。

その中でも、空の色を計算するシーンは、屈指の名シーンだろう。火星における大気は少しずつ増えていっている。その組成は地球とは異なるものになっている(窒素が少なく、二酸化炭素が多い)。サックスは、移動中のローバーの車内で、火星の空が今後何色に変化していくかを計算するのだ。

あ、あと、細かい話だが、相同や相似の話をしている中で「相近」という語が出てきて「?」となったのだが、どうも「収斂」の中国語っぽい。

と、その一方で、物語としては、サックスがあのフィリスと再会してしまうという展開を見せる。

フィリスは、61年を生き延びたが、他の多くの「最初の百人」とは異なり、いわば体制派の人間である。フィリスはもともと地質学者のはずだが、フィリスはもはや科学には興味がなく、エスタブリッシュメント層の地位を得て、その中での人事・ゴシップに最大の興味を振り向ける人間になっている。

偽名を名乗り、整形してすっかり違う見た目となり、表面上はかつてのサックスとは異なり、社交的な人間を演じるようになったサックスに、フィリスは全く気付かず、二人は関係を重ねるようになる。

ところで、サックスはザイゴートから離れる時、アンと会話をしている。サックスとアンはお互いに避けるようになっていて、話をしてもいつもかみ合わず、サックスが旅立つ前の最後の会話もやはりかみ合わないものだった(ちなみにこの同じシーンは、第三部にもあるが、アンにとっても不毛な会話として描かれている)。

サックスは、アンと科学的な対話をしたいと思っているが、価値観の話をされてしまう、と思っていた。また、アンによる反論は、言葉の綾のようなものだと思っていた。

しかし、火星の植物のフィールドワークをしていたサックスは、ある時不意に、アンが何を言おうとしていたのかを理解するのである。

アンの気持ちが分かったわけでも、アンの立場に同意したわけでもないけれど、アンがただ言葉を弄していたわけではなく、アンにはアンの主張があったのだということを理解する。

ここで、クーンのパラダイム論とか出てくるのがちょっと面白くはあるんだけど、それはそれとして、あの61年の大洪水の時も自分の携帯端末に入ってくるデータとにらめっこしかしていなかったサックスが、博物学こそが科学の基本だと考えるようになって、火星と向き合うようになるという変容を遂げていくこの第四部は、たまらなく面白い箇所だと思う。

また、こんな時に限って隣にいるのは、アンではなくフィリスだ、という人間関係のすれ違い的なドラマにちゃんと仕立てているのもよい。

その後、サックスは、惑星緑化事業に関する学会に出席する。

ここも面白い。

最初は純粋に科学的な興味で進められていた会議なのだが、日程が進んでいくにつれて、次第に政治的な思惑が飛び交い始める。

これまで行われてきた惑星緑化事業がどれだけ温暖化に寄与したのかという研究発表が行われ、サックスが『レッド・マーズ』で行っていたプロジェクトがとりあげられたりしているのも楽しい。

惑星緑化について、サックスがかつて考えていたことと、現在各トランスナショナルが進めていることが、だいぶ違うということが分かってくる。

トランスナショナルは、二酸化炭素の量をひたすら増やして温暖化させ、その後、二酸化炭素を何らかの方法によって取り除くという二段階緑化を考えていた。

また、ソレッタと呼ばれる巨大な鏡を軌道上に挙げて、太陽光照射する方法もある。そのレンズで地面に巨大な溝ができて、ガラス化するほどの高温になる。

こうした方法を進める背後には、トランスナショナルがいて、会議において、過去がどのようであったかという事実を検証するパートは科学的に進むのだが、今後どうしていけばいいかという話に話題が進むにつれて、各トランスナショナルの利益を代弁する議論になっていく。

一方、元々サックスは、二酸化炭素を取り除くのは難しいと考え、地球に比べれば低い温度にはなるものの、そこそこの気温まであげたところで目標達成とする、一段階緑化を考えている。

そして、サックスは、ようやく政治へと興味を持つようになっていく。

ここでサックスは、歴史についての科学理論が必要だーといって、歴史学社会学をあさるも、こんなんじゃだめだーとなっているのだが、たぶん、サックス先生が読むべきだったの政治学経済学だったのではないか、とw

サックスはなんというかやっぱゴリゴリの理系で、人文社会系の素養がほとんどないし、むしろ文系学問への偏見がある感じで描かれている。

サックスは2061年に何があったのかを改めて調べ始める。

『レッド・マーズ』でも示唆されていたものの、ここではっきりと、61年は地球側でも世界大戦状態になっていたことが説明される。

ところで、その中でサックスがフランクのことを思い出して、「あの頑固で厳しい精神が傍らにいて手を引っ張ってくれればいいんだが」とか言っているのが!!

(マヤやナディア視点からもフランクへの回想が時々あるが、あの時期、最初の百人からも孤立していたように思えるフランクが、ここにフランクがいてくれば的な感じで回想されるのが、彼らの絆の強さを感じさせる)

コヨーテに自らの考えを語り、コヨーテから「革命へようこそ」と言われるサックスだが、フィリスに正体がばれてしまう


第五部 宿無し

コヨーテ、ニルガル、マヤ、ミシェル、スペンサーアートらによるサックス奪還作戦

アートは、コヨーテ、マヤに拾われたばかりで、マヤからはスパイ疑惑をかけられている。まあ実際、アートはスパイ的な任務を受けているわけだが)

火星における刑務所的な場所は、かつてコロリョフという街だったが、今では小惑星での懲役に代わっているらしい。

しかし、いまだ火星に刑務所的な保安施設が秘密裏に存在していて、サックスはそこへ連行されていた。

そこは峡谷に作られており、コヨーテはその地形を利用して、人工的に暴風を発生させる仕掛けを準備していた。その仕掛けを使って、サックス奪還作戦が実施される。

マヤとミシェルが親しくなっていく。

奪還作戦の途中で、マヤがフィリスを殺す。

記憶を引き出すために脳に電極刺されていたのをマヤが無理矢理外したせいで、のち、サックスブローカ失語症になる。


第六部 タリクワート

コヨーテ、サックスアート、ニルガルは、マヤたちとは別ルートでガミートへの帰路につく。

アートとニルガルはすっかり意気投合するようになる。ニルガルの明日香時代の話などが書かれる。ニルガルは、ガミートを出た後、明日香で学生生活を送っていた。

サックスの正体がフィリスにばれてしまったことで、レジスタンスネットワークが実在することがトランスナショナル側に露見してしまったことになる。地下社会はこれまで通りではいられなくなる。

アートとニルガルは、地下社会の諸勢力を集めた大会議を開くことを考え始める。

ガミートへ帰ると、アートとニルガルと、さらにナディアが意気投合し、3人は年齢の離れた友人関係となる(ナディアが120歳くらいで、アートが50歳くらいで、ニルガルが20代前半くらい)。

そして、会議への参加を呼び掛けるために、様々なコミュニティを回り始める。

その途上でジャッキィとも再会する。

ニルガルとジャッキィは、モホールが噴火しているところに出くわす。マグマの噴出で気温が高くなっており、2人はヘルメット以外すべて脱ぐ

この直前でちょっと出てくる、太陽の光の入り方で様々な色で輝く雪の描写や、このモホールの噴火描写など、不毛で静かだったはずの火星が、多様な形で自然のダイナミックさをみせるようになっている。


第七部 何をなすべきか

『グリーン・マーズ』の中での、盛り上がりどころの一つである、ドルサ・ブレヴィア会議を、ナディア視点から描く。数週間ないし数か月にわたった会議をおよそ80ページかけて描いている。

ドルサ・ブレヴィアは、溶岩ドームに作られた隠れ里で、隠れ里の中で最大の規模を誇る巨大な地下都市。

スイス人たちが無数の議題を整理して、無数の作業部会を準備

本当に無数の作業部会が用意されており、これに対する不満も出てくる。「マイクロポリティクスか」という言葉に対して「ナノポリティクスだ」「いやピコポリティクスだ、フェムトポリティクスだ」とか言った応酬があったりするw

緑化をめぐる作業部会では、アンとサックスが再び議論を戦わせていたが、そこにはヒロコやジャッキィらも加わっていた。

財政についての作業部会では、ヴラドとマリーナのエコ経済学を、コヨーテによって実際に行われてきた交易システムにより修正していく議論がなされ、これにはスーフィーたちも気に入るなど生産的な議論がなされたが

一方、権利章典をめぐる作業部会では、アラブ側との軋轢が明らかになる(ここは、『レッド・マーズ』でのフランクとゼイクのやり取りを再演のように見える。フランクはもういないが、ゼイクはこの場でアラブ側の主張を繰り返している。フランクがいれば違ったのかもしれない)。

2061年をめぐる作業部会ではサックス論陣を張り、地球との関係を問い直す作業部会ではコヨーテとマヤが対立した。

そして、ニルガルとアートナディアは、毎日、すべての作業部会に顔を見せるように精力的に回り、夜には記録をとりまとめていた。

会議は様々な対立点を浮き彫りにして、なかなか収束するものではなかったが、「最初の百人」はみな「怠けていなかった」と。彼らはみな、61年を繰り返してはならないということでは一致しており、この会議によって、61年とは違う方向で革命を進めることができると信じて、議論を交わし続けていた。

会議の途中でちょっとした事件が起きる。アートが無断でフォートを会議に呼んでいたのである。

地球から、トランスナショナルの人間がやってくるということで、一気に緊張が高まったが、フォートは協力的で、彼らからの質問に対して地球の情勢を詳細に伝えた。

地球において、トランスナショナルは、メタナショナルへと発展していた。

プラクシスは、国際司法裁判所を中心にした国際秩序の構築を目指していたが、他のメタナショナル国際司法裁判所を無視して、自分たちに都合のよい国際調停機関を作ろうとしていた。

作業部会はすべての日程を終え、全ての記録を精査したニルガルとアートは、あらゆる参加者が7つの点については同意できると、7つの原則を発表。

その後、再びそれをめぐって論争が起きるが、最終的に、第6原則の緑化をめぐることを除けば同意ができることが分かった

しかし問題は、その緑化をめぐる点だった。

ドルサ・ブレヴィア会議は、大きな前進でありつつも、すべてを解決するものとはなりえなかった。


第八部 社会工学

サックスは、ピーターらとともに、破壊工作を始める。

ミラー衛星を破壊し、さらにデイモスが将来軍事利用されることを警戒し、アルカディイがフォボスに破壊工作をしたように、火星の軌道からはじきとばしてしまう。


第九部 もののはずみ

ミシェルと暮らすようになったマヤ視点の話

マヤを中心にして、彼女の個人的な物語と火星全体を巡る物語とが進行していく。

マヤは、明日香から、ヘラス盆地沿いのオデッサへと居住地を移す。

彼女は、フランクがジョン・ブーンを殺したという説が定着していることを知り、改めてフランクのことを調べ始める。今まで触れないようにしてきたフランクにまつわる大量の伝記や資料を読んだり、フランクを知っている者に話を聞く。特に、アラブコミュニティのゼイクから話を聞き、ブーン暗殺に何らかの形でフランクがかかわっていたことのは確かだったことを知る。

フランクがかつてNASAに入る前は熱心な活動家で、妻がいたことも知る。それがどこかで、自分たちの知る、冷笑家で怒りの人に変わっていったのだということもマヤは知る。

一方で、フランクにまつわる様々な記録と、自分の記憶との違いにも気づいていく。

最終的に、彼女にとって、フランクは歴史上の人物と同じような存在になってしまう。私の中のフランクが消えた、と述懐するシーンはなんとも切ない。

マヤに限らず、長命化処置を受け、100歳以上を老化せずに生きてきた彼らは、例えばサックスなども、少しずつ記憶に問題を抱え始めており、地球時代を全く思い出せなくなったりしている。ヴラドとウルズラ、マリーナといった長命化処置を行っているメンバーや、ミシェルもそのことは認識しているが、解決策は見いだせていない。

ミシェルとの関係は、主治医と患者という関係から恋人という関係に変わっていたが、一歩でミシェルは精神科医としてもマヤに接していて、それがマヤにとって気に入らないこともあったが、おおむねマヤに安定をもたらしていた。

オデッサでは、ヘラス盆地に水を引き込み、海を作る事業が進行しており、マヤはこの事業にかかわることとなった。若い火星生まれの地質学研究をしている女性を部下とする。帯水層から水を汲みだし、ヘラス盆地へと注ぐ。注がれた水は巨大な氷となりながらも、その下には確実に液体の水も溜まっていく。

北半球では、バロゥズの北、ポリアレス、イシディスでさらに大規模な、同様の事業が行われている。

後半、ついに氷の堤防が決壊し、洪水が起き、そして計算通り、オデッサの下まで水がやってきて海ができる。

この、火星に海を作るという一大事業の下りも、それだけで一本SF小説が書けるだろう大ネタだと思うし、実際、ここの海ができるシーンも名シーン。

さて、そのような表向きの仕事とは別に、マヤは、スペンサーとともに、オデッサで行われる独立運動の会合に足しげく通うようになる。

そこには、火星生まれもいれば地球からの移植者もおり、過激派も穏健派もいたが、マヤは、火星生まれと自分たちの間のギャップに気づかされている。

火星では、非常にスケールの大きい建築が行われるようになってきているが、火星生まれは、そのスケールにはとんと関心を示さないのだ。また、いずれ街のテントが外れることも願っている。ニルガルへの支持が広まっている。

第一世代が120歳とかになっているのに依然指導者として動いており、本来なら指導者層になるはずの年齢を迎えている第二世代がその地位に至っていないという指摘などもあり、長寿処置が社会にどのような影響を与えるのか、という点での未来社会SFとしても本作は読める)

61年を繰り返さないために、独立運動をある程度コントロールしていきたい、というのが、マヤら「最初の百人」主流派の考えだが、一方でマヤは、自分たちはもはや事態を何も把握できていないのではないか、とも考えるようになる。

レッズとなったアンや、ピーターとともに何やら不穏な動きをしているサックスなど、「最初の百人」の中にも、マヤにとっては頭痛の種となる存在がいる。

カセイ、ジャッキィなどはより過激派となっていき、アラブ系の過激派ともつながりを深めている。

ジャッキィとマヤは似ているからこそ、互いに敵対意識も深めていく。

そしてある日、メタナショナルの保安部隊によって明日香が襲われる事件が起きる。

コヨーテは何とか逃げるが、ヒロコ集団からの連絡が完全に途絶えてしまう。

各集団の暴発を抑えるために奔走するマヤ。

バロゥズでジャッキィがデモを実行する。

しかし、いよいよ、マヤたちが望んでいたタイミングが到来する。


第十部 位相転移

地球南極で火山が噴火し、氷床が崩落。地球全体で急速な海面上昇が発生する。

メタナショナル地球の、火星への関心が薄れるタイミングこそ、マヤたちが革命を進めるために待ち望んでいたタイミングであった。

ナディアが、アンダーヒルへ向かうところから革命が始まった。

ナディアは、暫定統治機構の保安部隊をアンダーヒルから撤退させた。疲労困憊のナディアが、解放されたアンダーヒルに過去の幻をみるエモさ。

ナディアサックスは飛行機でエリシウムへと飛び立つ。

かつて、ナディアがアルカディイとたどった、北極からアンダーヒルに水を運んでいた道のあととかの話が不意に挿入されるのとかずるい。

その間、アンが明日香を奪還、エリシウム諸都市は自由火星国(フリー・マーズは、ニルガルが火星各地に広めていた運動名でもある)へ参加。蓬莱コロリョフニコシア、ヘラス盆地諸都市が次々と独立を宣言していく。

一方、治安部隊は、いくつかの大都市へと結集していき、バロゥズ、カイロシェフィールドなどが中心地となっていった。

混乱は続いていたが、一方で、明らかに61年よりも事態はよい方向へと進んでいた。ナディアは、サックスが打ち上げた衛星のおかげで、61年とは比べ物にならないほど通信状態がよいことに希望を見ている。

(また、自分が各所と盛んに連絡をとりあう仕事を続けることに、そういえばフランクも当時あちこちへ連絡していたなと思い出したりしている)

物語は、バロゥズへと収束していく。

バロゥズには、マヤ、ニルガル、ジャッキィがいるものの、駅や道路、生存のための施設は完全に治安部隊に抑えられて、出ることができない状況になっていた。

ナディアサックスらは、バロゥズを囲む大絶壁の上のクレーターまでやってくる。

一方で、バロゥズの北の堤防付近には、レッズのゲリラたちが侵攻しているという情報があった。ナディアたちとしては、バロゥズをおさえる治安部隊には、そのまま空港から撤退してもらいたいが、レッズがもし北から空港へと攻め込むことがあれば、治安部隊は強硬手段に出るだろう。

何より、レッズが堤防に爆弾を仕掛けたという話もある。もし、そうなればイシディスの水がバロゥズへ襲い掛かり、治安部隊だけでなく、バロゥズの市民が全員死んでしまい、地球側から介入の口実を与えてしまう。

そして、地球からはすでに応援部隊火星へと向かっていた。それまでにどうにか事態を収束しなければならない。

バロゥズの中で、ジャキィが集会を主導する。暴発する危険があるため、マヤも集会へと向かう。そこで、ニルガルとマヤは宣言を行う。

ニルガルは、火星の自決権を求めるとともに、火星地球を助けることができると宣言

さらに、マヤはそれよりも踏み込み、火星の独立を国際司法裁判所に求め、スイスインド中国との外交関係の樹立、ドルサ・ブレヴィア宣言をもとにした火星政府樹立を進めることを宣言する。

これは、ナディアアートが、マヤに伝えていたことだった。もっともこれはこの時点ではまだ実現していないことだったが、マヤが宣言することによって実現させるというアートの作戦でもあった。

しかし、この宣言を受けても、治安部隊は駐留を解かず、地球からの応援部隊火星上空へと迫っていた。だが、サックスらの策により、援軍は火星着陸に失敗し、火星軌道を離れていく。

ほっとしたのもつかの間、レッズが堤防を爆破させてしまう。

そして、サックスは以前から準備していたことをナディアに明かす。

革命の準備を進めていた時期から、火星酸素濃度が上がっていた(高い酸素濃度は、61年のアルカディイの最期を思い起こさせる不穏な要素であった)。サックスは、破壊活動を始めており、さらに計画があることをほのめかすもそれが何か明かしてこなかった。

だが、実はサックスは、最悪の事態として、バロゥズを洪水が襲う可能性を想定しており、その時のための準備をしていた。

それは、バロゥズから一番近くの駅、リビア駅まで歩いて逃げること。

火星大気は350hPa。高山なみの気圧であり、普通であれば高山病になってしまうが、酸素濃度が高まっているため、その危険性は緩和されている。そして、二酸化炭素さえろ過すれば呼吸が可能な大気になっているという。サックスは、そのためのマスクを準備していた。外気温は、マイナス20度。

バロゥズからリビア駅まで70キロ、バロゥズの人々の行軍が始まった。

マスク一つで、多くの人々が、何にも覆われていない火星の大地を歩いていく、というこのシーンが、本作のクライマックスで、火星の環境が変容したことを何よりもはっきりと示す象徴的なシーンともなっている。

本当に一番最後、ついに駅までたどり着き、火星全土からきた列車に次々と乗り込んでいくシーンで、「最後の百人」メンバー(マヤ、ミシェル、ナディアサックス、アン、ヴラド、ウルズラ、マリーナ、スペンサー、イヴァナ、そしてコヨーテ)は自然と1つの車両に集まっていた。そして、アルカディイはきっと喜んだね、サイモンもね。フランクは不平の種をどこかから必ず見つけてくるよ。ジョンはどうだろう。と話すシーンが、あまりにエモくて、泣きそうだった。

『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』で、あわせて2000ページくらい、火星の6,70年くらいの歴史を読んできたからこそ、到達できた感動があった。

『グリーン・マーズ』、あらすじだけでいうと、リアリティを求めた結果、かなり複雑に細かく火星の独立を描くことになったハードSFとなるのだけど、実際のところ、結構抒情的なドラマが繰り広げらてもいる作品だった。

[]『アウトレイジ最終章』

ピエール瀧大杉漣をいかに面白く殺すかという映画

いや、アウトレイジリーズは、無印、ビヨンド、そしてこの最終章という三部作になっているのだが、自分は、無印は見ていたのだが、ビヨンドを実は未見で、それにもかかわらず、まあビヨンド見てなくも分かるだろうという全く根拠のない思い込みで見に行ったもので、感想が上の1行になってしまった。

ビヨンドから引き継いでいるところも結構あったようで


無印で印象に残ったのは、やはり、椎名桔平(とその死に方)であって、本作でもそういうものを期待したのだが、ちょっとそういう作品ではなかった。

どちらかといえば、老俳優たちの老いの刻まれた顔をでかでかと写し出す作品だった。

西田敏行岸部一徳の目の下のたるみが、とにかく印象に残る。

色々な殺し方、という意味では、冒頭に述べたように、ピエール瀧大杉漣なのだけど、両者ともにどちらかといえばコミカルな最期になっている。

あとは、北野武池内博之を撃ち殺すところと、パーティ会場で大森南朗と2人で機関銃を撃ちまくるシーン、そしてラストシーン

パーティ会場のシーンはかっこいいシーンですけど

池内博之はもう少し見せ場があって欲しかったけど、今回のメインはどちらかといえば老人たちなのだろう。

あー、そういえば津田寛治もあっさり死んだなあ。あっさり死んじゃうこと自体は別にいいんだけど。

かっこいいといえば、屋上で、塩見三省・西田が武・大森と会うシーンの音楽がよかった。


あらすじ

大友(北野武)は、チャン会長にかくまわれて、韓国済州島で女衒をしている。そこに花菱の花田(ピエール瀧)が女を買いにやってきて女とトラブる。

ピエール瀧が、500万だかを武に払うのをケチって若いのを殺してしまったところから、どんどんトラブルが雪だるま式に大きくなっていく。

花菱は、元証券マンの野村(大杉漣)が娘婿ということで会長を継いでいるが、若頭の西野(西田敏行)はそれが気に入らない。野村は野村で西野が邪魔なので、西野の舎弟である中野(塩見三省)に跡目をちらつかせて裏切らせようとする。

花田は、シャブでも何でもやって金を稼ぐので、使い出のある奴だと思われている。

花田の起こしたトラブルが、チャングループと関わっていることを知った中野は、西野や会長には黙って、話をつけにいこうとするが失敗。

ピエール瀧=花田は、最初にお金をケチったばっかりに、3000万だの1億だの2億だの出す羽目になっていく。

花菱は、チャンの仕業に見せかけた内部抗争を始めるが、事が露見し、チャングループとの抗争も始まってしまう。

花菱傘下になっていた山王会も巻き込まれつつ、情勢を伺う。

そこに大友が済州島の市川(大森)らを伴って帰国する。過去の落とし前をつけようとする大友と、会長を追い落とそうとする西野の利害が一致する。

あらすじに入れられなかったが、組対の刑事として松重豊が出てくる

チャン会長というのは、日韓にまたがる大物フィクサー

西田敏行岸部一徳といった連中は生き残るし、松重豊は警察辞めてどっか消えちゃうし、武は己の美学の中で自決しちゃうし

もやもやしたものが残る終わり方ではあった。

2017-10-14

[]『裏切りのサーカス

TLで見てる人がいて、なんか見てみたくなったので、ネット配信されているものを見た

1970年代のイギリス諜報部=サーカスを舞台に、ソ連の二重スパイが誰かを探していく物語

ル・カレの小説が原作

ゲイリー・オールドマンベネディクト・カンバーバッチが出演している


本作と全く関係ない話をすると、

なんかずっと昔に、タイトルがかっこよくて見てみたいなーと思いつつ結局見ることなく終わってしまった映画があって、

裏切りのサーカス』というタイトルをtwitterで見かけたときに、その作品の存在を思い出したんだけど、

肝心のタイトルが思い出せず、とりあえず『裏切りのサーカス』のことだったかもしれないと思って、見てみた、という個人的経緯。

ただ、やっぱり気になったたので、いろいろ頑張って検索した結果

その、昔気になってた映画は『あるいは裏切りという名の犬』だったことがわかった。

しかし、こっちは現在某Nや某Aでは配信されていないみたい。


本作について

ゲイリー・オールドマンがめちゃくちゃ老人になっててびっくりしたんだけど、

それでもところどころ、変わらずゲイリー・オールドマンっぽさが見えてよかった。

「っぽさ」っていうか、自分の場合、ゲイリー・オールドマンってほぼ、『レオン』の時のイメージで固まってんだけど。

今作のゲイリーは、別にああいうマッドな役ではないが。


元々、公開当時から、2度以上見ることが推奨されていた作品らしく、

実際1度見た感想としては「むずかしいな」というところ

何がどうなったのか、ということについては、最後にちゃんと説明してくれるのでわかるのだけれど

個々のシーンの意味やつながりだったり、何でこの時、この人はこの表情をしたのかとかが、あまり把握できなかったところはある。

一番最後の、ゲイリーとカンバーバッチとか。

ラストシーンの、先生になった人とあの人の、あのシーンはいいんだけど、あの最後の最後のシーンになって、ようやく、ああこの2人の関係ってそういうことだったのって気づいたので

あと、やっぱり家で見ると、なかなか最初から集中できなくて

最初の30分くらいは、よそ見しながら見ていたので、顔と名前がなかなか一致しなかったし、例えばパーシー・アレリンって人が出てくるんだけど、「パーシー」と「アレリン」が同一人物だと気づくのにちょっと時間がかかったりした。


映画の冒頭、ハンガリーにジム・プリドーが送り込まれるが、この作戦が失敗するところから始まる。

この失敗の責任をとって、長官であるコントロールと、その右腕であるスマイリー(ゲイリー・オールドマン)が退職する。

コントロールはほとなくして病死、その1年後、引退したスマイリーのもとに現れたレイコン次官は、サーカスに潜んでいるという「もぐら」(二重スパイ)が誰か調べてほしいという依頼をうける。

スマイリーは、サーカス職員のピーター・ギラム(ベネディクト・カンバーバッチ)、公安部のメンデル警部とともに捜査を始める。

容疑者は、コントロール引退後に長官となったパーシー・アレリン、サーカスの幹部であるビル・ヘイドン、ロイ・ブランド、トビー・エスタヘイスの4人である。

(コントロールはかつて、スマイリーを含めた5人が「もぐら」の可能性があると疑っていた)

スマイリーは、コントロールのあとに退職させられた職員や、トルコから二重スパイに関する情報をもって帰国したリッキー・ターなどに接触し、背後に、ソ連のスパイであるカーラがいることに気づく。


ちなみに、スマイリーの別居中の妻であるアンや、敵であるカーラは、最初から最後まで顔が出てこない。カーラにいたっては姿が一切出てこない。


見てる最中は、普通にハラハラしたり、誰がスパイなんだろうとか思ったりしながら見ているのだけど、

終わった後に、濃い男性同士の感情の物語だったのかー、となる作品

でも、初見だとなかなかそこまで思い至れないので、見終わった第一声が「むずかしい」になる。

しかし、それはそれとして、

サーカス幹部たちの会議シーンとか、サーカスの建物内部の書類エレベータとか書類庫とか、カーラについて思い出話を語るスマイリーのシーン(特に顔のアップ)とか、ギラムが泣き崩れるシーンとか、リッキー・ターのイスタンブールのシーン諸々とか、上下に開くサーカスの自動ドアの開いた先にギラムがいるシーンとか、飛行機が下りてくるシーンとか、プリドーが撃った弾が撃たれた相手の頬を貫くシーンとか

諸々いいシーンはたくさんあって、話としても面白いし、見てよかった作品だった。

2017-10-11

[][][][]『フィルカルVol.2No.2』

分析哲学と文化をつなぐ」雑誌、通算4号

これまでただの一読者として読んできて、自分が投稿するとかは全然考えていなかったのだけど、気付いていたら投稿していた。

というわけで、シノハラユウキ「メディアを跨ぐヴィヴィッドな想像」が掲載されています。


今回、特集シリーズ:アイドルと銘打たれており、そのトップバッターの役目を仰せつかったわけだけれど、

この特集、僕のナナシス論と、松本大輝さんのボカロ論からなっており、どちらも、ウォルトンごっこ遊び(メイクビリーブ)論を応用するというものとなっている。

ウォルトンごっこ遊び(メイクビリーブ)論は、フィクションについての分析を与えたものとして紹介されることが多いが、その説明はあまり正確ではない。

この点については、高田敦史さんが、異なる芸術形式間の比較のための理論と指摘している。

今回の特集では、僕がソシャゲや2.5次元文化、松本さんがボーカロイドと、フィクションとしては非典型的作品・文化(ここで典型的なフィクションとは、小説や演劇、映画、マンガを想定している)を取り上げている。

ウォルトンごっこ遊び(メイクビリーブ)論の道具立てを用いると、このような非典型的なフィクションと典型的なフィクションとの間で、何が同じで何が違うかの比較が可能となるのである。

松本さんの論文と僕の論文が並ぶことになった経緯は分からないけれど、いわば、ウォルトンとそのサブカルチャーへの応用、ともいうべきよく似たアプローチの2つの論文が1つのまとまった特集になったことに、何か意義を感じずにはいられない。。

自分の論文が、この特集の一角になることができたのが嬉しく、本当にありがたいことだし、初めて本誌を手にとって松本さんの論文を読んだときは、このことに気付いて非常にワクワクとした気持ちになった。


これまでの『フィルカル』については

『フィルカルVol.1No.1』 - logical cypher scape

『フィルカルvol.1no.2』 - logical cypher scape

『フィルカルVol.2No.1』 - logical cypher scape

哲学への入門

「デヴィッド・ルイス入門 第1回 可能世界と様相形而上学」(野上 志学


文化の分析哲学

●特集シリーズ:アイドル

論考「メディアを跨ぐヴィヴィッドな想像―『Tokyo 7th シスターズ』における「跳ぶよ」というセリフの事例から―」(シノハラユウキ)

論考「その歌は緑の髪をしている―ボーカロイドとメイクビリーブ―」(松本 大輝)

論考「『忠臣蔵』と『神無月の巫女』―理解され得ない欲求、のジレンマ―」(新野 安)

論文大森靖子と推論主義」(川瀬 和也)


社会と哲学

報告「苦悩の臨床哲学」(本林 良章)


コラムとレビュー

連載コラム「生活が先、人生が後」第4回 更生した不良は正論に勝てるのか(長門 裕介)

レビュー「2017年上半期書評」(長門 裕介)

レビュー「高畑勲アニメーション、折りにふれて』」(八重樫 徹)


宣伝:シノハラユウキ「メディアを跨ぐヴィヴィッドな想像」

サブタイトルに「『Tokyo 7th シスターズ』における「跳ぶよ」というセリフの事例から」とある通り、ナナシスについて論じているけれど、メディアミックス2.5次元文化を、ウォルトンごっこ遊び論の枠組からの説明を試みていくものなので、必ずしもナナシスについて知らなくても、類似の作品や文化に馴染んでいれば、きっと有益なはず。

以前、古瀬風「星下南中」(TOKYO 7th Sisters episode Le☆S☆Ca第7話) - プリズムの煌めきの向こう側へにおいて感想を書いたのだけど、ナナシスの小説版において、メディアミックスであることをうまく利用した演出があった。

本論は、この演出が何故効果的だったのかを説明すると同時に、アニメ等における「声」の重要性を説明することを目論む。

この際、ウォルトンごっこ遊び論における「自発的な想像」と「想像のオブジェクト」という概念を、説明に用いた。

自分が「想像のオブジェクト」に注目することになったきっかけはウォルトンにおける想像のobjectについて - logical cypher scape

想像のオブジェクトメディアミックスの関わりから、2.5次元アイドル声優ライブについても論じ、声優のパフォーマンスを見てキャラクターについて思いを馳せるという現象にも説明を与えている。

ここから、メディアミックス2.5次元文化全般への一般化が即座に可能かどうかは検討が必要なところではあるが、見取り図となるようなアイデアを提案しているので、こうしたことについて考えている人の参考になれば幸いである。

松本大輝「その歌は緑の髪をしている―ボーカロイドとメイクビリーブ―」

まず、タイトルがよい!

ボカロの楽器的な側面とキャラクター的な側面に相互作用があるということを、メイクビリーブ理論を用いて分析するというもので、具体的な事例としては、ココアシガレットPの(あまり)歌わないボカロ動画が取り上げられている

あと、初音ミクとかだけでなく、VY1みたいなキャラクターなしのボカロもメイクビリーブ論の射程内にありますよーという話をしている

個人的には、松本さんの論文の中では、「異質的な述定」の議論に興味を惹かれた

また、プロップ指向のメイクビリーブについては、ボカロだけでなく擬人化一般適用可能なのだろう、と思う。

ところで、松本論文とシノハラ論文用語をカタカナで音訳するか日本語にある語として訳するかの違いが出てしまっている。自分の方で、原語の補足を入れておけばよかった。


新野安「『忠臣蔵』と『神無月の巫女』―理解され得ない欲求、のジレンマ―」

神無月の巫女』全く知らないのではあるが、忠臣蔵的ジレンマ状況を使った解釈を2つ組み合わせた解釈っての面白かった。裏のさらに裏、みたいな感じで。最後、注釈で、まどマギにも適用可能と書かれていて、なるほどと腑に落ちた。

忠臣蔵的ジレンマ状況というのは、物語のパターンの1つで、そのパターンの定式化を行っている。

定式化を行うことで、応用が可能になったわけだけれど、批評として使う場合、単にこの作品はこのパターンに当てはまりますというのはあまり面白くないので、この論のように、それを複雑に適用している作品を見つけ出して解釈を行うなどになると面白くなるとは思う。

で、もうひとつの応用可能性としては、創作に使うことが考えられる。物語の創作講座なんかだと、過去の面白い作品のプロットを分析し、抽象化して、それを応用するという方法が紹介されていることがあると思うのだけど、忠臣蔵に関して、分析と抽象化(パターンの定式化)を既に行ってくれている

さらに『神無月の巫女』やまどマギにおいて、このパターンが使われていることが示されているので、創作に応用しやすいのではないかと。自分は創作しないからわからんけど……。

ところで、『プリンセス・プリンシパル』って面白い作品だったとは思うけど、この忠臣蔵ジレンマ的状況が組み込まれていたら、より面白くなったのでは、とふと思った。

川瀬和也「大森靖子と推論主義

実をいうと、大森靖子も推論主義もどちらも全然知らない身だったのだけど、まず、推論主義が面白い。文や単語の意味は、その文の使い方=どのような推論のネットワークの中で使われるかで決まるという考え方が、推論主義

推論主義説明する上での例として、「温度」や「細胞」といった科学用語の使われ方の変遷が出てくるのだけど、そういう科学の進歩に伴い意味が変遷した言葉の説明に使えるところが面白いし、あと個人的には、メタファーとかを論じる時も用いれるのではないかなと思った

グッドマンメタファーを、ある語を新しい対象に適用させて記号図式を移行させることだと説明していたが、メタファーとは単語の新しい使い方で、異なる推論を可能にすることとしても説明できるのではないか、と。

あともうひとつ念頭にあったのは、ロバート・P・クリース『世界でもっとも美しい10の科学実験』 - logical cypher scapeで、科学におけるメタファーについて取り上げていて、「波」とか「エネルギー」とかいった概念が、最初メタファーであったのが、概念が変化して専門用語になっていたと書かれていたこと。推論過程の変化なのでは、と

一方、大森靖子論パートについては、歌詞の分析なので、メタファーの分析とかなのかなあと思いきや、そういうわけではないのだけど、ある単語の選択が世界観を示すことになるということを論じている。推論主義によれば、単語の意味は単に辞書的なそれではなく推論のネットワークの使われ方なので


「デヴィッド・ルイス入門 第1回 可能世界と様相形而上学」(野上 志学

これ、前号に次回予告が載っていて、その時から楽しみだった。その時はまさか、ルイス入門と自分の原稿が目次で並ぶと思っていたなかった

『世界の複数性について』が40ページくらいのコンパクトさにまとまってる。

最近読んだばかりだったこともあって(D・ルイス『世界の複数性について』(出口康夫監訳、佐金 武・小山 虎・海田大輔・山口 尚 訳) - logical cypher scape)、より面白く読めた。

何より、いきなり『世界の複数性』読むより1000倍分かりやすい。

個人的には、組み換え原理とか、なるほどそういうことかと勉強になった(自分の理解で大体あってたなーという感じなんだけど、ルイスの説明よりわかりやすい)

事象様相説明とかも、わかりやすいなーと思った。


報告「苦悩の臨床哲学」(本林 良章)

筆者は、哲学系の大学院で博士課程まで進学しながら、独学で精神病理学を学び、哲学と臨床(精神医学精神病理学臨床心理学)の交差するところで研究を続けている人。哲学で博論を出したのち、今は臨床心理学修士課程へ進学している。

そうした経験談を中心に、臨床や病気と哲学の関係を綴っている


連載コラム「生活が先、人生が後」第4回 更生した不良は正論に勝てるのか(長門 裕介)

更生した不良のエピソードというのは、世の中でよく人気を集めるものである。

これに対して、そもそもマイナスがゼロに戻っただけであり、また、ずっと正しく生きている人たちを評価しそこなうために、更生した不良を高く評価するのは間違いである、という「正論」がある。ネットでよく受けそうな言説ですね

このコラムでは、いやしかし、本当にこの「正論」は正しいのか、とさらに問い直すものとなっている。

「正論」とされるもの、なるほどと受け入れてしまいがちな話に出会ったら、それをさらに掘り下げてみるのが大事なのではないか、という話


レビュー「2017年上半期書評」(長門 裕介)

『フィルカル』は哲学の雑誌ではあるけれど、哲学・思想以外の本から3冊紹介されている。


レビュー「高畑勲アニメーション、折りにふれて』」(八重樫 徹)

思索者としての高畑勲

2017-10-09

[]キム・スタンリー・ロビンスン『レッド・マーズ』上下

マーズ三部作の第一

200年間に及ぶ火星植民の歴史を描く大河SF作品

『レッド・マーズ』原作1992年、邦訳1998年

『グリーン・マーズ』原作1993年邦訳2001年

と出ていたところ、第三部の『ブルー・マーズ』は原作1996年に対して、邦訳2017年と随分と間が空いてしまっているのだが、自分の場合、それのおかげで本作を知ることができた。

ちなみに、同じ著者によるキム・スタンリー・ロビンスン『2312 太陽系動乱』 - logical cypher scapeという作品もある。


『レッド・マーズ』では、2026年から2061年までが描かれる。

まず、100人からなる科学者集団が最初に火星への植民を行うところから始まる。彼らは後に「最初の100人」と呼ばれるようになる。

この100人の中の5,6名程を主人公に据えて、物語は展開していく。

前半は、「最初の100人」の中での考え方の違いなどによる対立などが描かれていく。その中でも特に大きな対立は、火星テラフォーミングするべきか否か、である。

その後、次々と植民者が増えていき、火星にいくつもの都市が作られていく。

火星植民は国連を中心に行われているが、その背後にはいくつもの超国籍企業体がおり、火星はこうした企業体の経済的支配を受けることになる。

「最初の100人」はそれぞれバラバラに活動しているようになっているが、それぞれ火星におけるキーパーソンとなっていて、もはや科学者というよりは事業家、政治家フィクサー的な立ち位置にいる者たちも多い。

火星には次々と労働者が送られてきて不満が蓄積していく一方、地球も政治的な混乱が続き火星への関心が薄れていく。

そんな中、革命が勃発するところまでが描かれている。


上下巻で、第一部から第八部まであるが、それぞれ、視点人物を交替させながら展開していく。

(ただしすべて三人称。また、ゴシック体で書かれた断章が時々挟まれており、そうした章は基本的に誰の視点でもない)

中心人物たちがおおむねみんなクセが強く、もっと言うと、素直な好意を抱きにくい人が多いのだが、火星の歴史を俯瞰した年代記というよりは、そうした個々人の視点に寄った感じで語られていくものとなっている。

(ひたすら人間関係のいざこざばかりで進んでいく箇所とかもあるw)

第一部 祭りの夜

第二部 出航

第三部 坩堝

第四部 懐かしき故郷

第五部 歴史への転落

第六部 テーブルの下の銃

第七部 いつか来た道

第八部 シカタ・ガ・ナイ


第一部 祭りの夜

火星に、ニコシアという新しい都市ができる。

フランク・チャーマーズとジョン・ブーンの演説シーンから始まる。

この2人が、この物語の主要人物であり、第一部は、フランクの視点から進められていく。

フランクとジョンは古くからの友人なのだが、この時期はお互いに距離を置くようになっている。

フランクは、火星に入植してきたアラブ人たちと近しくなり、ジョンが近く迫った条約改定からアラブ人を閉め出そうとしているという話をアラブ人に対してしている。

フランクがお膳立てして、アラブ人にジョンを暗殺させる。



第二部 出航

時は遡り2026年、後に「最初の100人」と呼ばれることになる100人の科学者技術者を乗せた宇宙船〈アレス〉が、地球から火星へ向かうまで。

視点人物は、マヤ・トイトヴナ。

この100人というのは、もちろん優秀な科学者技術者が集められているのだが、男性と女性が50人ずつ、アメリカ人とロシア人が同数ずつ、他の国も米露の勢力バランスが均衡するように調整された人数で構成されている。

と、まあかなり政治的に慎重を期して選ばれた人員となっている。

また、様々な基準の性格テストも受けているのだが、これについては、地球には二度と帰れない旅に出てもいいと思える狂気と、それでいて、科学のためと言いつくろえるだけの正気とを、家族や友人たちと離れても構わないという孤独への志向を持ちながら、共同生活を営む社会性をも持ち合わせなければならないという、ダブル・バインドが前提とされていた。

このテストを作った精神科医のミシェルは、結局、自らも乗船することとなる。

そんなわけで、一筋縄ではいかない人々が集まっているのである。

ちなみに平均年齢は46歳。下は33歳、上は58歳まで。

植民団のアメリカリーダーは、フランク

ロシアリーダーが、マヤ

第二部では、マヤの視点から進んでいくが、マヤ側から見るとフランクは何事も卒なくこなしつつも決して本心を明かさない人物である。

アメリカにはもう一人、ジョン・ブーンというキーパーソンがいる。

彼は、初めての火星着陸をして、すでに多大なる名声を獲得しており、「最初の100人」の中で間違いなく最も有名な人物であり、また同時に、弁舌をふるうのが得意で、人々を惹きつけるものをもっている人物である。

というわけで、フランクよりジョンのほうが、表向きリーダーっぽいし、実は、この後もフランクはあまりリーダーっぽいところは出てこない。というか、あまり性格のいい奴ではない。

一方、ロシアリーダーのマヤも、なんというかなんでリーダーに選ばれたのかよくわからない。

50人ずつの男女が閉鎖空間で過ごすのだから、カップルやら夫婦やらが誕生するのも自然であり、さらにいうと〈アレス〉はプライベートな空間も十分に確保されており、秘密を作るのも容易な環境になっている。

で、マヤは、ジョンに惹かれながらもフランクと関係を持つ、という三角関係を作る。

この三角関係は、火星到着後も続き、マヤのひどく情緒不安定な面がわりと延々描き続けられることになる。

もう一人、重要な人物として、ロシア側のアルカディイがいる。

彼は、〈アレス〉内で行われる訓練を担当しているのだが、非常に確率の低い事態を想定して、絶対に生存不可能な結果に陥るような訓練をよく行う。

火星を独立させることを目指すかのような発言を繰り返し、一種の問題児扱いされている。

ある時、大規模な太陽嵐に遭遇し、宇宙船最奥部の部屋に全員で避難しておいた折、件の性格テストで嘘をついたことをおおっぴらに発表した。彼もまたある種のリーダーシップを持っている人物である。

(ちなみに、この計画は当然ながら多くの人たちから関心をもたれていて、船内の様子は地球に中継されている。アルカディイは、地球と切り離された瞬間を狙って、地球側に明かすことができない彼らの本音を爆発させたと。地球とテレビによってつながっていることは、前半では地球から見られていることや、逆に番組を地球に発信して自分たちのグループの支持を集めたりすることとして描かれている)

他にさらに、ヒロコという日本人女性がいて、彼女は閉鎖型環境システム、船内や火星での農園を作る際のエキスパートである。彼女は非常に謎めいていて、ヒロコ・グループを形成して、農園からほとんど出てこなくなる。

また、第一部では、マヤが密航者らしき人影を目撃する。


90年代初頭の作品だなーという時代を感じたのは、国連主導でありつつ、米露で二分しているかのような情勢になっていること

今なら、米露がなおも大国なのは変わらないとしても、中国がもっと登場するだろう。

「最初の100人」の中に中国人はいないし、もっというと、アジア人はヒロコしかいない。

一方で、ヒロコの影響で「シカタ・ガ・ナイ」という日本語が広まるという描写が描かれたりしている。ロビンスンは、『太陽系動乱』でも水星の地名に広重とか使ってたし、なんか日本語とかが好きなのかもしれない。


〈アレス〉は軌道上で組み立てられた巨大な宇宙船

火星着陸の際には、着陸船に分乗していたっぽいけど、着陸シーンそのものは描かれていなかったので、着陸方法はわからなかった。


第三部 坩堝

火星に着陸し、のちに「アンダーヒル」と呼ばれることになる街の建設過程が描かれる。

第三部の視点人物ナディア

ナディアは、マヤの親友というポジションで、技術者である。

火星に着陸後は、居住棟の建設に励みながら、一方でほかの様々なセクションから技術的なトラブルシューターとして呼ばれ、多忙な日々を送る。

それでいながら、しょっちゅうマヤから泣きながら愚痴を聞かされ、うんざりしている。

結果的に、指を切断する怪我を負ってしまったナディアは、地質学者のアン・クレイボーンに誘われて、調査旅行に同行する。

この調査旅行に赴いた地質学者は5名で、アン派とフィリス派に分かれている。

アンは純粋な科学者火星の調査を最優先に考える一方、フィリスは希少金属の採掘を支持している。

アンとフィリスの対立が深まる一方、ナディアは、アンにより火星の美しい風景を目の当たりにする。

これまで、火星シベリアと同じだと考えていたナディアは、今までに一度もどこでも見たことのない火星の風景とその美しさにふれ、自らが変化していくことに気づく。

北極の極冠までたどり着いたところで、水を探すことが目的だったフィリスと北極点を目指すアンとで再び対立し、フィリス派を残して、アンとサイモン、ナディア火星北極点を踏破する。

この旅行が終わったのち、〈アレス〉から直接フォボスへ行っていたアルカディイがアンダーヒルへとやってくる。

アルカディイが彼なりの火星の将来を語り始めたことで、アンダーヒルにいた者たちも、目の前の作業に追われるだけだった日々から、今後どうするかを考え始める。

すなわち、火星の緑化である。

これには、アンが火星に原住生命がいる可能性をあげて、反対した。

そもそもアンは、火星そのものにほれ込んでしまっており、心情的には、火星の環境を変えてしまうこと全てに反対なのである。

緑化反対グループは、レッズと呼ばれるようになり、地球でも、火星を緑化するべきかどうかの議論が起きていた。

一方、「最初の100人」の中ではそもそもレッズは少数派で、何より今後定住を考えるのであれば緑化は必要であり、問題はそれをどのように行っていくかだった。

緑化推進論者の中心人物サックスラッセルで、アンと論戦を展開する。

また、火星独立を考えているアルカディイも緑化推進派である。

一方で、アンと親しいナディアレッズなのだが、ナディアとアルカディイは親しい間柄であったため、この関係を通じて、緑化推進自体は規定事項としても、急進的な動きは抑えられていた。

緑化のための最初の計画として、発熱風車が作られ、飛行船火星各地に散布することとなった。

アルカディイとナディアは、二人で飛行船に乗ってまわることになった。

飛行船でエリシウムの山脈の脇を進む。

ある時、発熱風車の中に、遺伝子改造された藻が隠されているところを発見する。

そして、オリンポス山の近くで、巨大な嵐に巻き込まれてしまう。


このマーズ三部作は、科学的に正確な云々といわれているのだけど、当時の火星有人探査計画がどのようなものだったのかよく知らないので、Wikipediaを見てみた。

「1980年代までの有人火星探査構想は、地球低軌道の宇宙ステーション月面基地で建造される巨大宇宙船を前提としたものがほとんど」とあり、これはある程度〈アレス〉にも当てはまる。

一方、1990年に、このような構想に反発する形で「マーズ・ダイレクト」という計画が提案されたらしいが、同じくWikipediaによると「まず化学工場と小型の原子炉水素を積んだ無人地球帰還船 (ERV) を、大型のブースタースペースシャトルのエンジンやブースターを流用したもので、アポロ計画で使用されたサターンVに匹敵する輸送力を持つ)で打ち上げ、火星に送り込む。」「少量の水素火星大気二酸化炭素を反応させて、112tのメタン酸素を生産する(サバティエ反応)。」とあり、このあたりは本作にも出てくる。〈アレス〉はスペースシャトルの外部燃料タンクをユニット化して組み立てられているほか、無人で様々な道具や材料、酸素供給装置などが事前に火星に送らている。サバティエ反応という言葉も出てきた。


第四部 懐かしき故郷

精神科医ミシェル・デュヴァルを視点人物とした章

ホームシックになり、自らも精神を病んでしまった精神科医ミシェル

性格理論を組み立て、主要なメンバーをあてはめていく

ある夜、ミシェルの部屋に密航者が訪れ、ヒロコの農園へと連れていかれる。

そこでは子供たちが生まれており、また、ヒロコによって、火星信仰宗教儀式が作られていた。

ヒロコたちは、密かにアンダーヒルを離れることを決め、ミシェルもついていく


第五部 歴史への転落

時代は下り、2047年火星紀元10年)、最初の100人に続く多くの人々が火星に住み始め、街も増えている。

ジョン・ブーンは、自らの命を狙う者を探すため、探偵となって火星を旅してまわる。

第五部は、ジョン・ブーンが、蓬莱という街に作られた、モホール(モホロビチッチ連続面を貫く穴)という巨大な穴の工事現場を訪れたところから始まる。

重機が落ちてきて、ジョンは死にかけ、ジョンは「火星最初の探偵」になることにする。ちなみに、すでに齢64歳である。

ジョンは、AIのポーリーンを相棒にしている。ところで『太陽系動乱』に出てきた主人公の量子AIの名前もポーリーンだった

アンのもとを訪ね、コヨーテと呼ばれる謎の男のことを教えられる。一方、ジョンは、惑星テラフォーミングするだけでなく、火星によって人間がアレオフォーミング(火星化)されるんだと語り、アンに気に入られる。また、アンが妊娠していることを知る。

その後、ジョンは、放浪スイス人の集団、UNOMA(国連火星事業局)のもとで緑化計画を導くサックスのところや、UNOMAの本部が置かれ火星最大の都市となったバロゥズ、鉱山の町ブレッドベリ・ポイント、アラブ人キャラヴァン(偶然にもフランクと居合わす)を次々と訪れていく。

最初の100人のメンバーでもあるヴラドとウルズラのいるアケロンの生体工学研究所では、マヤと再会し、2人でともに、アケロン・グループの開発した長命化処置をうける。

この長命化処置は、最初の100人に施され、彼らは数百年の命を得ることになるが、このことがその後、公になると、地球では大混乱が起きる引き金となった。

ジョンは再び火星中を回り、以前とはべつのアラブ人の集団と出会う。それはスーフィーの集団で、ジョンは彼らと一緒に踊りながら、世界各国の火星の呼び名を詠唱にあわせてつぶやきはじめ、スーフィーたちもそれにあわせはじめる。イスラム神秘主義火星信仰の結びつき。

様々な集団から、宇宙エレベーターの話を聞く。

コヨーテたちがジョンのもとに訪れ、移民の速度を遅らせるように言ってくる。

UNOMAが捜査官を派遣してくる。連続する破壊工作の背後にいるのはジョンではないかと疑う、この捜査官らは、ジョンを殺人犯に仕立てあげようと罠をしかけ、ジョンは間一髪でそれを逃れる。

長年続いていた〈大砂嵐〉が終わったことを記念して、オリンポス山でパーティを開くことにする。「最初の100人」からも40人超が集まり、その中には、姿を消して以来ずっと消息をたっていたヒロコの姿もあった。

そのパーティの日は、火星大気を厚くするために火星へと軌道を変えられた小惑星が落下してくる日でもあった。

ジョンは、コヨーテとともにいた少年カセイが、自分とヒロコとの子であることをヒロコに確認する。ヒロコは、最初の100人の男性から密かに採取していた遺伝子を使って、自分との子を作っていた。ヒロコ集団にいる子どもはみなヒロコを母か祖母にもつ。


第六部 テーブルの下の銃

ジョンが暗殺された後から

冒頭、ゴシック体で書かれた断章が置かれる(これはどの部にもある)が、第六部のそれは、ジョンが暗殺された時に何をしていたかということについての、市井の人からの聞き書きという体裁をとっている。一段落ごとに、人が変わっていく形になっていて、日本語で読むと主語と文末の助詞が変わる(ぼく→わたし→おれなど)のでそれが分かるのだけど、英語だとどうやってやってたんだろうか


フランクを視点人物として進む章

フランクは、いまだアメリカ代表者であることを任じており、条約改定に向けた会議では、超国籍企業体の動きを抑えるため、各国への根回しを進め、従来通りの条約をかろうじて維持する

その後、フランクは、アラブのキャラバンで2年ほど生活する。

しかし、超国籍企業体から火星へと送り込まれてくる若い労働者たちの、一種奴隷的な待遇と、それに反抗して、姿を消している者たちがいることを知る(アルカディイの支持者たち)

フランクは、再び自らの執務室へと戻ってくる

宇宙エレベーターが、ついに赤道にあるパヴォニス山に建設され、エレベーターの街シェフィールドは、バロゥズを超える。余談だが、シェフィールドにはレンタルビデオ屋があるらしい。未来予測って難しい。

あと、カーボンナノチューブという単語が、出てきてない、気がする(ちなみに、続刊の『グリーンマーズ』では出てくる)。炭素で作られてはいるけど。

フィリスは、エレベーターの責任者たる地位についており、超国籍企業体とべったりとなっている。

(ちなみに「最初の100人」の側では、緑化計画推進派のラッセルも超国籍企業体と近しく、彼は緑化のための投資を受けているが、所属は国連で、まだ距離がある)

エレベーターの建設による人口流入は、火星収容能力を超えており、住環境が悪化していた。超国籍企業体は、巧みに条約違反のことをやっている。この問題を解決すべく、フランクはフィリスとも会談するが、話があわない。彼女は、軌道上で生活しており、火星の実態を見ようとしていないのである。

火星の地位は、いわば南極基地のようなものであったころから変わらぬまま、人口だけが急増しており、つまり自治権などは持っていないので警察組織などもできておらず、超国籍企業体が保安部隊などを送り込んでいるような状態。そのため、治安も悪化している。

暴発しそうな労働者たちを、フランクとマヤが説得する。アメリカのような独立運動を目指そうとする者たちに、火星地球は環境が違う(ドームを出て生きていくことができない)からそんなことはできないというが、結局、「革命」が勃発する。


第七部 いつか来た道

「革命」をけん引したのはアルカディイだが、複数のグループが同時多発的に活動し、アルカディイにもコントロール不可能になっており、アルカディイはそんな状況を望んでいた。

そうしたグループの中には、小惑星ネメシス火星へと落下させる者たちもいた。

アルカディイがいた街は、ドーム内の酸素濃度を意図的に上げられ、住民全員が自然発火するという方法で虐殺される。

第七部は、再びナディアが視点人物となり、革命後の混乱した火星で再び「最初の100人」が少しずつ集まってくる過程を描く。

反乱者たちにより帯水層が破られ、洪水が起こり始める。

ナディアは、街の修復などを行うため、軽量飛行機に乗り込み各地を回り始める。そんな中で、アンやサックスなどとも合流し、「最初の100人」のうち6人で飛行機の旅を始める。

途中で出会ったアルカディイのもとにいたという若者が、宇宙エレベーターのケーブルを、クラーク(軌道上のポイント)から外したという。

宇宙エレベーター崩壊シーンは、おそらく本作の中で最も圧巻のスペクタクルシーンで、ケーブルが火星の赤道上に次々と落下していく。しかも速度を増した2週目まである。むろん、その時にエレベーターに乗っていた人も、赤道上にいた人たちもみな死ぬ。ナディアたちは、少し離れた場所にいて、各地から送られてくる情報をなすすべもなく見守るしかなかった。

(アンとサイモンの子どもがエレベータにいたが連絡とれず生死不明)

ナディアたちはその後、アルカディイの最後の地にも訪れることになり、ナディアはそこでアルカディイの死を知る。

その後、UNOMAの支配下にあるカイロへ到着する。そこで、フランクとマヤと合流する。フランクは停戦のため奮起していた。

ナディアは、生前のアルカディイから渡されていたスイッチを押す。そして、フォボスが落下を始める。

国連の治安部隊がやってくる。地球側は、この反乱の首謀者を「最初の100人」だと考えるようになっていた。追われる身となったナディアたち。

カイロで爆発騒ぎが起こり混乱が生じるが、これはコヨーテによる陽動で、ナディアたちの前に元精神科医のミシェルが現れ、彼らはカイロを離れる


第八部 シカタ・ガ・ナイ

アンの子供ピーターが生き残っていたことが冒頭に示されたのち(ただしアンたちはまだ知らない)、アン視点で話が展開される。

ミシェルとカセイが運転するローヴァーに乗って、アン、サイモン、ナディア、フランク、マヤは、南極にあるヒロコの隠れコロニーを目指す。

追っ手から隠れながら進む行程だが、途中からはマリネリス峡谷の大洪水によって、危険度の増したルートを極度の疲労と緊張の中進むことになった。

火星の大洪水なので、流れては凍っていくという、非常に壮絶な光景

アンは道半ばまでずっと鬱状態になっていて、ただただ車内から洪水の様子を眺めていて、他のメンバーを手伝っていなかったが、ある時、こんな状況の中でも穏やかな食事の瞬間があるということに気づいて、その状態から抜け出す。

その後は、それまでを取り返すように、積極的に運転を替わったりすることになるのだが、ある時、ほんの一瞬だけ集中力を欠いたために、フランクが流され、そのまま亡くなってしまう。