logical cypher scape RSSフィード

カテゴリ一覧

読書 | 小説 | 雑誌 | 映画 | マンガ | アニメ | テレビ | 授業 | クリップ| イベント |
哲学 | 思想 | 文芸評論 | フィクション論 | 文化論 | アート | 政治・社会 | 科学 | 時事 | 東浩紀 |
近況 | 雑感 | 音楽 | スキー | はてな| バトン | 文フリ | ニコ動 | アイマス | 美学 |

2016-12-30

[][][][]『フィクションは重なり合う』kindle版リリース!

Kindle ダイレクト・パブリッシングサービスを利用して、販売を開始しました。

おーすごい、自分の本がAmazon


フィクション哲学アニメ批評・文芸批評を架橋する一冊!

分析美学ウォルトンによるごっこ遊び説など)やマンガ評論(伊藤剛の「マンガのおばけ」)を用いて、『SHIROBAKO』や『キンプリ』などのアニメ作品、『耳刈ネルリ』や『夢幻諸島から』などの小説作品から「分離された虚構世界」を見出し、それが鑑賞体験にどのような効果をもたらすかを論じた長編評論「フィクションは重なり合う――分離された虚構世界とは何か」

付録「二次元アイドル比較」では、『アイマス』『ラブライブ!』『うたプリ』『アイカツ!』『プリパラ』などの人気作品から『ナナシス』や『あんスタ』といった今後ブレイク必至のアプリゲームまで、二次元アイドルコンテンツ全20作品について、企画概要や略史、主要スタッフなどのデータ、並びに独自の基準による比較チャートを掲載!


※印刷版と内容は同じですが、kindle版では一部の図版がカラーになっています。

Amazon内容紹介より)

続きを読む

2016-06-21

[]オキシタケヒコ『筺底のエルピス4―廃棄未来―』

本来は3巻だったのだけどあまりにも長くなりすぎて4巻になってしまった「廃棄未来」

2冊に分かれた上に分厚い

分厚いのだけど、1冊でここまでやるのかーっていうくらい展開していく。

そして、見事に一区切りつく。

2巻から始まった門部とジ・アイとの抗争にはひとまずの決着がつく。

しかし、その決着までの過程は過酷というか容赦ないというか、読んでいて本当に体力を使った。最後のページで、次巻へ続く旨の記述を見て「つ、続くのか……」と思ってしまった程(この巻で決着がついたのは、あくまでもジ・アイとの抗争であって、鬼との戦いはまだ続くのだから当然といえば当然だが)


オキシタケヒコ『筺底のエルピス 絶滅前線』 - logical cypher scape

オキシタケヒコ『筺底のエルピス 絶滅前線』 - logical cypher scape

オキシタケヒコ『筺底のエルピス3―狩人のサーカス―』 - logical cypher scape


人に取り憑き殺人鬼へと変えてしまう「殺戮因果憑依体」(通称「鬼」)、その討伐を担う3つのゲート組織が日本の「門部」、バチカンに本部を置く「ゲオルギウス会」、そして世界の3分の2で活動する「ジ・アイ」である。

門部に所属する封伐員、叶(かなえ)の親友である結(ゆい)に白鬼が取り憑く。この白鬼は白鬼のままでは無害だが、結が死ぬと黒鬼へと姿を変える。黒鬼は、人類史上でも数回しか出現したことがなく、前回出現した際には、第二次世界大戦の原因になるなど、人類規模の災厄を生む。

ジ・アイは門部に白鬼の引渡を要求する。

だが、ジ・アイは、鬼を倒し人類を守るためには、鬼を兵器として利用し、時に人間を殺すことも厭わない(鬼の活動を抑制するためには、憑依される人間そのものの数を減らすのが効率がよい)組織であり、門部は引渡を拒否。

不死者として改造されたジ・アイの戦闘員が、門部制圧に乗り出してくる。

門部の本部は瞬く間に制圧され、ごく僅かの人員が生き残るのみとなる。

と、ここまでが2巻

生き残った7人の門部メンバーと民間人2名が、ジ・アイから逃亡し、間白田の考えた「負けない策」の上で展開されていくのが3、4巻となる。


逃亡者を追うのは、かつて門部の封伐員であり、そしてジ・アイのエンブリオに殺されたはずの奥菜正惟

そして、ジ・アイの中でも最恐・最悪の不死者、エンブリオ

また、泣き虫の狙撃手ヒルデ*1

ジ・アイのメンバーは不老不死を施されており、その中でもスリープレスと呼ばれる上級メンバーは、能力も人格もおかしい奴が多く、鬼よりもよっぽど手強い

その中でもエンブリオは、ジ・アイの中でも嫌悪の対象となる程のヤバい奴筆頭である。

一方、ヒルデは、ジ・アイの中ではどちらかといえば下の方に位置する。むろん、ジ・アイのメンバーであるから、能力は優れたものがあるのだが、「柩」の特殊能力よりは狙撃手としての能力によるところが大きく、性格もかなり普通。

というか、ジ・アイは確かに組織やトップメンバーはいかれてるように思えるのだけれど、普通のメンバーについていえば門部とそう変わらないのだ。

ジ・アイから逃走する叶や圭が間白田の考えた策、そのレールの上を走らざるをえないように、ヒルダもまた上から定められたレールを走るしかないのである。


4巻は、エンブリオゲオルギウス会との戦闘で幕が上がる。

叶らは、逃亡先として貴治崎花の実家へと向かう。

捨環戦という言葉の意味が明らかになる。ここで、時間SFとしての面が大きく物語に絡んでくるとともに、間白田が画策し阿黍が承認した起死回生の「負けない策」が人類社会に対するテロ行為同然であったことも明らかになる。

絶望的な状況の中、希望は一筋の光というよりも、重い枷へと変わっていく。


表紙が3巻と対になってるんだけど、最後に意味が分かるとやばい

今回、派手な異能バトルは冒頭のゲオルギウス会vsエンブリオのところくらいで、エンブリオチートすぎるので駆け引きもクソもないのだけど、勝てないまでも負けない、負けないまでも情報は引き出すと戦い続ける。

ミケーラの中の3人目がいよいよでてきた。叶との再戦はないのかなー。

貴治崎の実家すごい

朱鷺川と貴治崎とか

時々、作中の設定が不意に現実世界の話とリンクしたりする際のやり方がなかなかすごくて、面白い。黒鬼が実は第二次大戦の引き金だったみたいな話とか、今回もそれに似た大ネタがぽんと放り込まれる。でも、そういうのはあくまでも彩りだったりするのがすごい。

姥山さんがその存在感を残しているところが度々泣ける。眼帯。

マーシアンタクシーズの正体(?)があんなんだったとは。

ジ・アイは話通じない奴ばかりではないというあたりがまた。最後の方になってくると、むしろ門部が悪いのではっていう気にすらなるし。実際、門部のところの異性知性体は何故「裏切り」「ひきこも」ったのか?

蝉丸の変化がつらい

ヒルデは最後に自分で自分の道を選んだんだなー

女子高生3人に看病されているのに全然羨ましくない百刈さん。彼、結局主人公というわけでもなくなってしまったし。


っていうかほんと、次の巻から一体どうなってしまうの


*1:不老不死化しているので、戦中の生まれだが21世紀現在も少女の姿をしている

2016-06-16

[][]下村政嗣・高分子学会バイオミメティクス研究会編著『トコトンやさしいバイオミメティクスの本』

生物の仕組みを分析し、それをもとに工学へと応用する研究分野「バイオミメティクス」について、そのもとに行われている様々な研究トピックをカタログ的に紹介している本。

バイオミメティクスという言葉自体は前から知っていたが、今年の頭あたりに国際標準化のニュースを見かけたりしたので、ちょっと気になっていた。

科博でも企画展をやっていたし。

この本の中で、「生物規範工学」という言葉が出てくるが、科研費の新学術領域研究に採択されていて、そこで使っている言葉。多分、そのための造語。この本の編著者である下村政嗣はこれの代表者で、また科博もこ研究に参加している。


生物、特に昆虫が多いんだけど、まあすごいなというのが素朴な感想

というのも、ナノサイズの仕組みが多くて、よくもまあ自然淘汰という奴はこんな小さい部分を作り込んでいったものだなあと。


かなりたくさんのトピックスがあるので、その中から面白かったものをピックアップするなら……

モスアイ構造というの、何度も出てくるのだけど、光を反射しない=透明になるとか、虫が登れなくなるとか結構面白い

リキッドマーブルも面白かった。接着剤を粉末にして扱いやすくする

昆虫は、偏光を感知できるので、太陽の位置がわからなくても方向がわかるというの、すごいなあと思った。光は光だけど人間には知覚できない何かを知覚している世界、というの想像の埒外にあって面白い。

チューリング・パターンの話、いつかちゃんと本読みたい。

ジンバブエのアリ塚ビル

ドイツ、めっちゃ博物館多い

インダストリー4.0とバイオミメティクスは関連しているらしい

第1章 生物の形や仕組みはテクノロジーにいかせる

第2章 生物表面の多機能性や高機能性に学ぶ

第3章 情報の受信と発信の仕組みに学ぶ

第4章 生物の構造とメカニズムに学ぶ

第5章 生物の設計とものつくりに学ぶ

第6章 生物の相互作用やシステム、生態系から学ぶ

第7章 様々な分野や学問が融合するバイオミメティクス

第8章 バイオミメティクスとこれからの社会



第1章 生物の形や仕組みはテクノロジーにいかせる

1 バイオミメティクスがある日常「ナイロン、マジックテープ新幹線

1935年発明 ナイロン(カイコの模倣)

1940年代 面状ファスナー(マジックテープ、VELCRO)はオナモミから


2 古くて新しいバイオミメティクス「歴史はダ・ヴィンチからはじまる」

「バイオミメティクス」という言葉は1950年代後半に、オットー・シュミットが命名

分子系バイオミメティクス(1970年代から酵素や生体膜の模倣、80年代人工光合成、人工筋肉、ナノテクノロジーへ)

機械系バイオミメティクス

材料系バイオミメティクス(新潮流、1990年代くらい)

生態系バイオミメティクス(さらに新しい?)


3 バイオテクノロジーとはちがう!「生物の生き残り戦略からの技術移転」

4 生物模倣技術から生物規範工学へ「技術革新をもたらすパラダイム変換」

5 バイオミメティクスは世界を救う?「経済と環境の両立」

2007年 ドイツ政府の生物多様性についての白書

2008年 COP9にて民間企業による生物多様性保全活動のための組織が発足

2009年 「日本経団連生物多様性宣言

2010年 サンディエゴ動物園の報告書

これらにおいて、バイオミメティクスが注目されている


コラム1バイオミミクリーとバイオミメティクス

第2章 生物表面の多機能性や高機能性に学ぶ

6 ハスの葉の超撥水性を塗料や織物に応用する「テフロン不用!」

ロータス効果

5〜15μmの凸凹

7 生物の粘液分泌能を模倣した機能材料「離漿現象」

8 昆虫はMEMS技術のヒントの宝庫!「フナムシに学ぶ流体操作」

9 カタツムリの殻から学んだ建築材料「雨でキレイに! ナノ親水技術」

油で汚れづらいカタツムリの殻

数ミリからナノサイズまでの凸凹があることで、水が入り込んで油を浮かして落とす。

タイルを数十nmの粒子でコーティングすると、雨だけで汚れが落ちる


10 ガの眼を模倣した低反射の光学材料「モスアイ構造」

これは科博にも置いてあった。

微小な突起の集合体。

最初、ガの眼で発見されたから「モスアイ構造」という名前だが、トンボやセミの羽にも同じ構造が見られる。透明になって保護色になっていて、光の反射もおさえる。

11 チョウの翅を真似た機能性材料「撥水性・鮮やかさを備えた衣服をまとう」

鱗粉=ウイルスサイズ(100nm)の棚のような構造をしている→この棚によって光の屈折・反射・干渉が起こり、青い波長の光だけが反射される=構造色


12 鮮やかな生物の色は退色に強い「構造色と色素色の違い」

色素色は、特定の色以外を吸収する

構造色は、特定の色の光を強く反射する

退色に強い


13 構造色が可逆的に変化する材料の開発「変色する仕組み」

ルリスズメダイ:刺激を与えると青から緑へ変色→反射小板という組織の間隔が変わることで変色

オパールフォトニック結晶:コロイド粒子を配列、その間にエラストマー(弾性物質)を充填。エラストマーによって粒子の感覚を変える


14 モルフォチョウの不思議に迫る「ナノテクノロジーが創る美」

15 ファンデルワールス力って何?「接着剤がいらない接合材料」

ヤモリの手足には100μmほどの毛(セータ)が生えており、その先にさらに細かい毛(スパチュラ)が生えている

スパチュラにあるパッドのような構造が、ファンデルワールス力によってくっつく

スパチュラには斜めにパッドがついており、水平方向に押すと簡単に剥がれる

十分な接着力とはがれやすい材料の開発

ところで、トピックのタイトルが、「ファンデルワールス力って何?」なのに、ファンデルワールス力の説明がない。


16 気泡を利用したクリーンな接着方法「空気が接着剤になる」

テントウムシは水中でも歩くことができる。

気泡を利用した水中接着


17 凸凹なのにツルツル滑る「ムシも登れないフィルム」

再びモスアイ構造

虫やヤモリは、どんなに傾斜がきつかったり、裏返ったりしている面でも平気で歩くことができるけれど、ナノサイズで凸凹しているモスアイ構造になっていると、毛が接触する面積が少なくなって、くっつきにくくなる


18 雨の日も安定して動けるキリギリスの脚「まるでタイヤ?」

ティック・スリップ現象(高摩擦状態と低摩擦状態が交互に発生)


19 サメ肌のパターンを飛行機の表面に取り入れると…?「ざらざらした構造がポイント」

ザラザラしたサメ肌は、細かい渦を起こして、大きな渦=抵抗を作らない

20 環境に優しい防汚塗料「海の生物の表面から学ぶ」

フジツボや貝などは、かたいものにくっつくが、ゲルにはくっつかない。


21 電子顕微鏡のための宇宙服「高真空下で生命維持させるNanoSuit」

電子顕微鏡は、観察対象を真空にしなければならないので、生物を観察しようとすると、しわくちゃになってしまう。

NanoSuit法を使うと


22 バイオミネラリゼーション「硬くて強いアワビの殻」

頭足類:外套膜で体を覆う。以下の外套膜は発達した筋肉となるが、貝類では外套膜から石灰質を分泌して貝殻に

タンパク質が無機結晶の隙間を埋めることで、割れにくい構造となっている


23 粉末のようにふるまう液体「リキッドマーブルの不思議」

アブラムシ:自分で出す蜜で巣の中でおぼれないように、蜜を個体粒子で覆っている=リキッドマーブル

接着剤をリキッドマーブルにすると、液体の接着剤が粉末状になるので扱いやすくなる。力を加えると、中から液体(=接着剤)が出てくる

24 水の中でもちゃんとくっつく「環境に優しい接着剤」

イガイの接着たんぱく質


コラム2チョウだけじゃない、鱗粉の秘密

紙魚にも鱗粉


第3章 情報の受信と発信の仕組みに学ぶ

25 コウモリとイルカに学んだバイオソナーシステム「音でものを見る」

26 危険、近づくな! 振動や音のサイン「振動や音による行動制御」

昆虫は音や振動を検知して、動きを止めたりする。これを害虫防除技術に利用する

27 音の方向を知る仕組み「ムシの耳と人間の耳」

人間の耳は干渉計になっていて、音の方向がわかる

昆虫は、体が小さくて同じ仕組みを使えない。が、鳴き声を使ってトリック解


28 微弱な風で気配を探る「コオロギに学ぶ気流センサ」

コオロギの感覚毛を真似た気流センサ


29 100キロ先の情報をつかむタマムシ赤外線センサ「冷却不要の赤外線センサの開発へ」

タマムシは、複眼の後ろにある球状細胞赤外線センサになっている

球状細胞はクチクラの殻で覆われていて、中に水が入っている。赤外線でその水が温められると膨張して、奥にある感覚毛を押す(熱情報→力学情報への変換)

従来の赤外線センサは、光電効果を利用しており、効果をあげるためには冷却すする必要がある

シリコンコンデンサの間に水を入れた赤外線センサの開発


30 ハエの眼を持つヘリコプタ「複眼で飛行制御」

オプティックフロー


31 月明かりだけでも道に迷わない仕組み「ムシは偏光がわかる」

昆虫は棒状の膜の中に視物質があるので、偏光が感知できる

太陽や月の光は、微粒子によって散乱し、空に偏光のパターンができる。太陽が隠れていても方向がわかる

(感想)人間には知覚できない何かを知覚してるのすごい

32 虫の求愛の仕組みからセンサ技術が生まれる「ガ類の優れた嗅覚メカニズム

33 アリは匂いで家族がわかる「化学環境センシング」

34 自然生態系のシステムに学ぶ「植物と昆虫の攻防」

植物防御法の開発をめざして研究中


35 人工膜で味見したら?「味の数値化」

味覚センサの開発

電位変化のパターンで、味覚物質ではなく味そのものを数値化(味覚物質は多すぎて個々を分析するのが不可能)


コラム3ミミクリーのミメティクス|昆虫の擬態の巧妙さ

モスアイ構造のセミの翅は、ストロボ撮影しても反射しない

第4章 生物の構造とメカニズムに学ぶ

36 微風でも滑空できるトンボの翅「断面構造の秘密」

普通の飛行機の翼は流線形

トンボの翅は、凸凹している

トンボにとっては、空気は粘性が高い。凸凹によって、粘っこい空気を流している。

トンボは高速ではうまく飛べない

小型風力発電機が開発中。風速1mという微風でも回転するが、風が強くなると性能が低下するので減速機が不要


37 羽ばたいて飛べ! 昆虫ロボットを作る「羽ばたき翼と回転翼」

翼の迎え角が大きいほど揚力は大きくなるが、失速する

ヘリコプターは、迎え角を小さくし、高速回転することで揚力を生む

昆虫は、迎え角を大きくし、高速で動かさなくても飛べる


38 世界が認める新幹線の秘密「鳥に学ぶ騒音防止対策」

500系新幹線

パンダグラフに凸凹←フクロウの風切羽から

飛んでるでの騒音を防ぐための先端形状←カワセミの嘴


39 ゴカイの遊泳制御メカニズム「前後左右、自在に進める機構」

40 動物の動きは次世代ロボット技術のヒントが満載!「ドイツロボット会社の取り組み」

ゾウの鼻を模したロボットアーム

アリやチョウを模した、集団行動できるロボット


41 分子の自己集合がもたらす基本構造「二分子膜の材料化」

42 幹細胞分化をコントロールする力学場「機械的環境の模倣」

幹細胞の分化は、周囲の環境が柔らかいか硬いかにも影響される


43 滑らかに動く関節の構造「超低摩擦な関節軟骨」

コラム4Fin Ray Effect? 魚の鰭に学ぶ

第5章 生物の設計とものつくりに学ぶ

44 人間のものつくりと生物のものつくり「進化適応に学ぶものつくりとは?」

TRIZという問題解決法による解析

人間の技術体系は、「エネルギー」や「物質」に依存

生物の技術体系は、「情報」や「空間」、「構造」に依存


45 自己組織化って何?「生物のものつくりの本質」

散逸構造

チューリング・パターン


46 自己組織化が創る多機能性「セミの翅にもモスアイ構造?」

47 自己組織化は好い加減さの起源?「セミとガを比べてわかったこと」

セミの翅のモスアイ構造は、ガの複眼ほど規則的な配列をしていない

反射防止効果にそれほど影響を与えない配列の乱れ


48 ナノテクノロジーによるものつくり「厳密に作り込まないボトムアップ方式」

49 自己組織化によるものつくり「持続可能な社会へのパラダイムシフト

水滴の自発的な晴れいつを使ったハニカム構造フィルムの作製


50 自己組織化によるバイオミメティクス「ハニカムフィルムで水滴操作」

コラム5寺田寅彦と日本人の自然観|自己組織化研究の先駆者

第6章 生物の相互作用やシステム、生態系から学ぶ

51 宇宙空間で生き残れる生物がいた!「乾燥耐性の仕組み」

ネムリユスリカの幼虫


52 暗闇のエネルギー産出系「環境適応と多様性

深海生物の化学合成→効率のよいエネルギー変換システムのヒント?


53 生物の体内構造をインフラの設計に取り入れる「カイメンに学ぶフェイルセーフ」

カイメンの体内には水路網がある

一部が目詰まりしても水輸送機能を失わない頑強性

自己組織化による拡張性

54 バイオミメティック・アーキテクチャ「砂漠のアリ塚はとっても快適」

アリ塚は、地下の湿った空気を使って内部を冷却し、煙突によって熱を廃棄する

ジンバブエ首都にあるイーストゲートセンターは、アリ塚の構造を模した空調を持つ省エネビル

ナイジェリアでは、バイオミメティクスクスを適用した環境都市設計の提案

55 ぶつからないイワシ、渋滞しないアリ「交通手段への応用」

日産のエポロ

科博においてあった


コラム6フグが作るミステリーサークル

奄美大島の海底、放射状に溝の入った直径2mほどのサークル

フグの産卵巣で、海水が流れるために溝を入れている

サークルが見つかったのは90年代半ば。フグがこれを作っているのが分かったのは2011年


第7章 様々な分野や学問が融合するバイオミメティクス

56 博物館が持つデータをどのようにいかすか?「自然史博物館はバイオミメティクスの宝庫」

日本の博物館の数

自然史部門を含むことのある総合博物館:156館

自然史博物館を含む科学博物館:108館

世界で最も博物館の多い国=アメリカ合衆国

17500館

うち自然史博物館:875館

人口当たりの博物館数が最も多い国=ドイツ

6304館

うち自然史博物館:303館


57 オントロジー・エンハンスド・シソーラスって何?「工学者の発想を言葉で支援する」

生物学の素人でも生物学の情報を見つけるためのツール

オントロジー・エンハンスド・シソーラス

キーワードから連想していって研究を検索するシステム


58 生物顕微鏡画像から新発明 「技術者の発想を画像で支援する」

電子顕微鏡の画像を使って検索する


59 生物から技術矛盾解決のヒントを探る「バイオTRIZって何?」

TRIZ

ロシア特許議員アルトシュラーが、250万件以上の特許を調べて見つけた法則



60 特許調査にみるバイオミメティクス「多岐にわたる応用」

特許庁「平成26年度特許出願技術動向調査―バイオミメティクス」

アメリカ欧州は、医療・生体適合材料、親水性・疎水性材料が多い、日本は光学材料(モスアイ構造のフィルムや構造色)が多い、中国ロボットが多い。

61 工業製品の剛性向上・軽量化とその標準化「生物の順応的成長に学ぶ」

ドイツではバイオミメティクスの国際標準化を推進推進しているが、日本の研究者はむしろ古いと思っていて、関心が低い


コラム7情報科学が繋ぐナノテクノロジー生物学

第8章 バイオミメティクスとこれからの社会

62 バイオミメティクスはなぜイノベーションか?「欧州で研究活発化」
63 ステークホルダーは誰だ?「社会実装に向けて」
64 心豊かな暮らしを支えるバイオミメティクス「有限な地球環境を大切に」
65 日本の現状と世界との距離「後塵を拝する日本」

推進団体・産学官連携組織、国家政策も、ドイツが先導的で、日本は欧米からやや遅れている


66 インダストリー4.0とバイオミメティクス「自律分散システムと生態系バイオミメティクス」

インダストリー4.0に主力で参加してるドイツ企業も、バイオミメティクスを推していて、特に自律分散システムの方に傾向が寄ってきているらしい。


コラム8だから、博物館に行こう


この、トコトンやさしいシリーズというのは初めて読んだのだけど、1トピックについて1見開きで右頁にテキスト、左ページに図・イラスト・写真という構成

本当に「トコトンやさしい」のかというと、工学系の知識がゼロのような自分にとっては、謎の用語が飛び交うところもわりとあった。

あと、トピックごとに書き手が違っており(なおかつそれは一番最後の執筆者一覧を見ないと分からない。本文ページに書き手の名前はない)、それはそれで別に構わないのだけど、まれに説明が前後していることがある。あと、わりとどうでもいいところをあげると、人名について、敬称なし、先生、氏、博士と敬称がばらばらだったりした。


2016-06-05

[][]「恐竜博2016」&「生き物に学びくらしに活かす」

どちらも上野の科学博物館でやっている企画展

生き物に学びくらしに活かす

バイオミメティクスについての企画展

日本館でやっていて30分くらいで回れる程のサイズ

チョウやタマムシの構造色とか

トンボとかの翅と同じ構造を使った透明フィルムとかは、反射が少ないという奴で、地味にすごかった

クジラのヒレのでこぼこが乱流を抑えている、というのをまねた風力発電機とか

魚の群れはお互いに衝突しないというのを利用して自動車を制御する技術とか

ワシが狩りをするときに獲物を掴む動作を真似たドローン。これの映像が流れてたけど、これやばい、かっこいい

生物学と工学とでは使っている言葉が違うから、学術交流のためのデータベースオントロジーとかもあった


恐竜博2016

いきなり恐竜形類のアシリサウルスが出てくるのだけど、恐竜との違いは、骨盤大腿骨が関節する穴が空いてるかどうか

エオラプトルヘテロドントサウルスの復元図にも羽毛が生えていた

今回の展示は、初期の恐竜からすでに羽毛が生えていたということなんだと思う。鳥盤類の羽毛恐竜いるし。

二足歩行になって機動力が高くなったことが、他の爬虫類との違いになってその後の繁栄につながったというような解説がなされていたけれど。ここらへん、恐竜がなんで三畳紀後期から勝ち上がったかってよく分かってないんじゃなかったっけ

ヘテロドントサウルスは犬歯が特徴的

f:id:sakstyle:20160603125518j:image


ジュラ紀に植物食になった獣脚類のチレサウルスについて、熊なのに植物食のパンダのようなものと説明していた


琥珀があって顕微鏡で中が覗ける展示があった

やっぱり、ジュラシックパーク世代としては琥珀をみるとテンションがあがるw

磨く前の琥珀というのもあった

カナダ琥珀ミャンマー琥珀だった

図録を読むと、ジュラシックパークとは別の意味で、琥珀恐竜の姿を現在に蘇らせてくれるものなのかもしれないなあと(羽毛の立体構造や色素が残っている)


今回の目玉であるスピノサウルスとティラノサウルス

とにかくでかい。12mと15mだし。

両者を色々と比較しながら見ることができる。

例えば、歯

f:id:sakstyle:20160603132735j:image

f:id:sakstyle:20160603133141j:image

どちらも真下から見ることができたのが面白かったし、大きさを実感したが、断面がD字になっているのがティラノサウルス、断面が丸いのがスピノサウルス。ティラノは歯に微小なギザギザがついているが、スピノにはない

それから、前足と後ろ足

f:id:sakstyle:20160603132216j:image

f:id:sakstyle:20160603132223j:image

ティラノサウルスは、ご存知のとおり、前足が非常に小さく、後ろ脚がとても立派

一方、スピノサウルスは、前も後ろも同じくらいの大きさの脚をしており、四足歩行だったことがうかがえる

f:id:sakstyle:20160603133301j:image

f:id:sakstyle:20160603133623j:image

また、スピノサウルスの足は底が平らになっていたとか。

f:id:sakstyle:20160603133721j:image


カスモサウルスとパラサウロロフスの容体

頭のフリルやトサカなど、成体での際立った特徴がまだない

f:id:sakstyle:20160603135010j:image

f:id:sakstyle:20160603135221j:image

パラサウロロフスについては、頭部をCTスキャンしてモデル作って鳴き声を再現するというものがあった

f:id:sakstyle:20160603140311j:image

成体と幼体とでは声が少し違っていて、成体はボォォォンという感じ、幼体はそれを高くしたような声

近年の恐竜研究では、最新技術が色々と使われるようになっていて

例えば、ラオスのイクチオヴェナートルについては、化石が国外への持ち出しが禁じられていることもあって、3Dスキャンしたデジタルデータを使っての復元が行われている。で、そのデータを元に出力されたレプリカが置かれていた。

また、琥珀の中で立体構造が残された羽毛についても、何倍にも拡大して3Dプリンタで出力されたものが展示されていた。


クリンダドロメウス

f:id:sakstyle:20160603140024j:image

f:id:sakstyle:20160603135947j:image

強膜輪がぎょろっとしてんなー

羽毛のあった鳥盤類恐竜

尾と脚にはウロコがあったらしくなかなかすごい見た目になっている

恒温性の起源が遡るかもしれない発見なのだが、さらにそれとは別に、今年の1月に、現生のトカゲで卵を産む時期に体温が外気温より高くなって卵を温めてるのが発見されたらしい


むかわのハドロサウルス類の大腿骨が展示されていたのが、研究中のため撮影禁止となっていた!


f:id:sakstyle:20160603142648j:image

化石のクリーニング作業を見学できるというのもやっていた

アルバータ大学の人で、この化石の発見者で、来日して作業してくれている。


f:id:sakstyle:20160603221429j:image

ガシャは「イー」であった

こいつは中国で発見された、皮膜を持っている恐竜

コウモリやモモンガみたいな奴

獣脚類は、羽毛を手に入れて現生の鳥になっていったわけだけど、羽毛以外で空を飛ぶ方法を試していた奴がいた、と

手首から棒状の骨が伸びていて、発見当時、なんだこれ? だったらしいんだけど、ムササビに同じような構造の骨があって、皮膜を支えるのに使っているとわかったらしい。


常設展

今回、初めてシアター36○を見た。10分間で2本の上映。上映内容は月替りらしくて、6月は「マントル地球の変動」と「海の食物連鎖」の二本立て

それから日本館の2階

縄文人弥生人の骨格や頭骨、あと日本人と東アジアの周辺民族のハプログループについての展示があって、最近[]読んだところだったので興味深かった

さらに、江戸時代ミイラの展示があった。江戸時代ミイラ? と思ったが、瓷の中に埋葬されて屍蝋化した遺体が発見され、その後調査研究中に乾燥してミイラとなったらしい。

[]『ガルム・ウォーズ』

押井守最新作

最近、押井作品、というか映画そのものを全然見れてなかったのだけど*1、これは見れてよかった

サイバーでミリタリーなファンタジー作品

押井版ナウシカという感じでもある

戦闘シーンも多く、その一方で思弁は少な目

物語はシンプルすぎるほどだが、映像美というか、ベタではあるけどその構図いいよねみたいなカットが多い。

いや最近、映像作品というとほとんと30分のTVアニメばかり見てたからか、久しぶりに2時間の映画見ると、なんかすごくリッチな映像体験をした気分になる。

舞台は、ガイアの周りを公転する星アンヌン

アンヌンに暮らすガルムの8つの部族が創造主ダナンに仕えていたのだが、ある時ダナンがアンヌンを去り、8つの部族は互いに争いあう。現在は、圧倒的な地上戦力をもつブリガと、機動力で制空権を抑えたコルンバ、そして情報技術に長けブリガの元でかろうじて命脈を保つクムタクの3部族だけが生き残っていた。

冒頭から、空飛ぶ戦艦同志の砲撃戦のシーンから始まる。

まさに金属製の鳥といった感じの羽ばたく戦闘機が飛び交いミサイルを撃ちあう。この戦闘機は、神経接続したパイロットが乗り込んでいて、顔だけ直接外に出してる。

そんなパイロットの一人であるカラは戦闘中命を落とすが、すぐに空母の睡眠巣から次のクローンが出てくる。

物語は、ブリガから逃げ出してきたクムタクの老人ウィドをコルンバの艦が保護するところから始まる。

クムタクは、はるか昔に滅んだといわれる森の賢人ドルイドの生き残りだという者とグラ(犬のこと)を連れていた。

その後、ブリガが彼らの奪還を試みて戦闘が色々あったのち

コルンバのカラ、クムタクのウィド、ドルイドのナシャン、ブリガのスケリグの4人は、群れから離れ、自らの意志で、あるいは否応なく、この世界の謎を解くため、海の向こうの聖なる森を目指す。

スケリグの乗戦車に4人で載って森へ

聖なる森には巨人がいて、空中機動で戦うw ここはまじで一瞬進撃の巨人だったw

ナシャンは、顔が全面覆われる兜をしてるんだけど、なんか弐瓶勉っぽかった

カラは、真っ赤な服に額に甲冑つけてるけど、どことなくナウシカっぽいし。まあ、押井が好きなおかっぱ美女なんだけど。

あと、もちろん犬もいる。

ガルムはみんなクローンだし、彼らの使っている兵器は最初から与えられたものでどうやって作られたのか誰も知らない。ダナンは何故いなくなったのか。とかそういう話してて、「ああ、またこれゲームの世界の中でしたとかいうオチなのかな」と思ったらそういうわけではなかった。ただまあ、創造主たちにとってガルムは失敗作だったようだ。

カラたちが聖なる森に侵入して世界の真実を知った結果、ガルムを抹殺するプログラムか何かが作動したのか、森の巨人やそれのさらにでかいのが大量に出てくるようになって、ブリガとコルンバは同盟して彼らと戦うようになりましたってところでおしまい。

森の巨人のでかいやつは完全に巨神兵で火の七日間だった。

見覚えのあるモチーフが次から次へと出てくるんだけど、それでいて見飽きた感じがしないというか、組み合わさって新しいものになっているというか、ファンタジー世界になっているというか。


感想としてはわりと『ガルム・ウォーズ』は押井守の実写で最高傑作 - Excite Bit コネタ(1/10)の飯田・藤田対談で言われてしまっているというか、わりと同意するところが多いので、そういうところを引用

飯田 押井守といえば小難しい理屈をこねる作家と思っている人も少なくないだろうけども、(予算があるときはとくに)画面づくり、レイアウトにこだわるビジュアリストとしての一面もあって、『ガルム』はそちらが味わえる作品。

藤田 これまでは、「人間も作り物かもしれない」という虚無感の方が強かった。しかし、本作は「作り物も人間かもしれない」という「生命」の感覚の方が強くなっていた。

藤田 ぼくは、いつもの押井監督とは思わなかったけど…… あんなに空中戦を躍動感あるように描いてくれたことなんてあんまりないんじゃないですかね。意外と、これまでの押井作品っぽいパーツはあるにしろ、本作は、「いつもの」感はなかったんですよ。

飯田 ちゃんと劇映画、アクション映画だったからね(空中戦のこだわりにくらべて生身の戦闘の撮り方は詰めが甘かったものの……)。

あと、カラとスケリグは次第に互いを意識していくようになっていくんだけど、一番そういうロマンスっぽいシーンが、「犬に舐められるってどんな感じだ? 涎とか」「うまく説明できないけどあたたかくなる」みたいな、とりあえず犬についての会話だったのが面白かったw なんだこの会話、なんだこの会話って思いながら見てた

ブリガ兵のプロテクトギア

*1:そのわりにガルパンキンプリは複数回見てるってどういうことだよ

2016-06-04

[][]カロル・タロン=ユゴン『美学への手引き』(上村博・訳)

古代から現代に至る美学史をコンパクトにまとめた1冊

文章も読みやすく丁寧で、西洋哲学史の中での美学の変遷を掴むのにはよいのではないのかと思う。あまり類書を読んでいないので比較はできないが。

それぞれ時代ごと、人ごとの美学の紹介なのだが、その際に、その時代における特徴、前後に出てくる論者との違いなどがその都度確認されながら進むので読みやすいのだと思う。

美学とは、「美」と「感性的なもの」と「芸術」を哲学的に考察するものであり、これに類するものは古代から現在まであるが、この3つが結びついたのは近代特有ことなのではないかという視座のもと書かれている。

第1章 美学前史

 美の形而上学

 芸術についての省察

 美学以前の美学省察

第2章 美学の誕生

 新しい知

 趣味の批判としての美学

 美学の命名―バウムガルテン

 カントの契機

第3章 芸術についての哲学的諸理論

 芸術の言説としての美学

 芸術についての言説としての美学

 哲学者としての芸術家芸術家としての哲学者

 結論―芸術と哲学

第4章 二十世紀芸術的挑戦に対する美学

 芸術の脱定義

 フランクフルト学派

 現象学美学

 分析美学

結論 きたるべき美学

 美学へのさまざまな反論

 以上の反論への回答

 アイステーシス(感性)に再び向かう美学

 考えるべき新しい対象

序論

美学とは何か

対象:「美」「感性的なもの」「芸術」

方法:哲学

後者の方法というのは、批評や美術史美学を区別するもの

前者の対象について、それらを哲学的に考察することは、古代ギリシアからあったが、筆者はただ対象と方法がそろうだけではまだ十分ではないとする。

18世紀に、美と感性的なものと芸術が結合するような条件が揃ったのだと。

ただ、それ以降も、ヒュームカントヘーゲルでそれぞれ主題としていることが違う。趣味についてなのか、感性についてなのか、芸術についてなのか。

美学は、開かれた概念。時代によって変わる。

第1章 美学前史

プラトンプロティノスアリストテレス中世哲学など*1

感性的な美についても考察されてはいるが、究極的には、知性でとらえられる知性的な美に階梯が上昇していくという形而上学が前提となっている。

だから、美学として独立した領域とならない。

芸術については、まずそもそも現代における芸術と、当時のアルスとかテクネーとかは一致しない。アルスとかテクネーは、技術とか職人とかを指すので、靴職人や肉屋なども含まれる。

また、プラトンがいうところのミメーシス(模倣描写)も、話術や魔術、鳥の鳴き声のモノマネまで含むもので、今の芸術概念とは重ならない。

プラトンは芸術というかミメーシスに対して否定的だが、アリストテレスイデアからの模倣という形而上学的立場にないので、肯定的。ただ、彼の詩学は、芸術の性質やその規則などを導く考察であって、価値については論じていない。


感想

テクネーのところで、芸術は行為ではなく制作、と行為と制作を区別していたけれど、どういうことだろう

アリストテレスのところで

芸術とは(...)何か自分の外にある目的のためになされるという点に特色があります。芸術は実践的な活動ではなく、生産的な活動なのです。それだからこと、たとえばよく食べる行為と、治療を「目指して」行う医者の芸術とが区別されます。

とあるけど、これってエネルゲイアとキネーシスだったりするのだろうか??


第2章 美学の誕生

16世紀から17世紀にかけて

感性的なものが知性的なものから自律したものとして捉えられるようになる、なおかつ主観的なものとなる

芸術の成立

ルネサンス期に視覚芸術が権威化される→アカデミーや批評も成立

さらに「天才」「快」という概念が成立

18世紀は、美学、批評、芸術史が成立した時代


観衆や批評家が成立し、イギリスフランススコットランドで趣味についての議論がなされるようになる

シャフツベリ

アディスン

クルーザ

アンドレ神父

美を道徳や形而上学と結びつけている点でまだ過去の考え方をひきづっている

ハチスン

客体の中の「多様性のなかの統一性」が美しさという観念を引き起こす

ヒューム

美を引き起こす客体ではなく、美を経験する主体へ着目。趣味の基準は、能力、通の人たち。

バーク

美と崇高の比較

デュボス神父

芸術と情念


バウムガルテン

哲学詩学、だけでなく感性の理論としての美学

「完璧さ」によって美と真理を結び付けている


カント

バウムガルテンの知性主義もヒュームの経験主義も拒否

美を快と考えるが、無関心性によってほかの快とは区別される

第3章 芸術についての哲学的諸理論

3章は19世紀

18世紀までは、美学は感性についての学で、自然美も芸術美も扱っていた

19世紀からは、芸術の哲学の時代になる

「芸術の哲学」について3つの区別

1)芸術についての哲学

2)芸術の中に含まれる哲学的言説

3)芸術と哲学同一性を主張するようなもの


ロマン主義

カントの不可知論に対して、カントによる限界を越えようとする

そのための芸術

哲学や知では到達できないところに、芸術によって到達する

芸術の中に哲学がある

詩が哲学を完成させる


ヘーゲル

ヘーゲルにとって美学は、感性についての学ではなくて芸術の哲学

彼の歴史哲学と関係づけられている

芸術は精神の契機の第一段階

絶対的なものが表れるの芸術

芸術の3つの段階

象徴的芸術(古代インド古代エジプト):形式と内容まだ不一致

古典的芸術(古代ギリシア):形式と内容が一致。しかし、内的主観性の生に欠ける

ロマン的芸術(中世以降):精神が絶対的な内在性として発現。絵画→音楽→詩と、精神化の度合いが高くなる

ヘーゲルの時代で、芸術は精神を表現する時代を終える。その後、宗教、そして哲学が精神を表現するようになる

ヘーゲルは、芸術を最高の認識としない点でロマン主義と違うが、芸術に存在論的な地位と救済者的役割を与える点でロマン主義と同じ


ショーペンハウアー

ヘーゲルと違って美的経験についての理論だが、芸術とはどういうものかという点ではヘーゲルと同じ


ニーチェ

『悲劇の誕生』の時期と『人間的な、あまりに人間的な』の時期と『悦ばしき知識』の時期とで、芸術についての考え方が異なる


ハイデッガー

作品とは真理の到来

哲学者芸術家は兄弟で、芸術と現象学の役割は同じもの


19世紀から20世紀初頭にかけての美学

趣味や快、卓越性の基準という主題が薄れる

芸術が、美の感性的経験からではなく、真理という点から考えられるようになる

天才や崇高という主題が増す

芸術に影響を与え、芸術家たちの活動の中に哲学的言説が入り込んでくる

19世紀から20世紀の哲学は芸術に存在論的次元、認識論的射程、救済者的役割を与えた


感想

ヘーゲル歴史観とか、今見るとおおざっぱすぎて「は?」と思うのだけど、まあまだ何言ってるかは分かる。というか、その世界観には厨二的ワクワクは感じる

ただ、ニーチェとかハイデッガーとかになってくるともうよく分からない。

それから、「存在論的次元」という言葉

芸術が、世界とか存在とか神とかについての真理を表している、ないし哲学や知性的なものにかわって真理を与えてくれる、教えてくれるものだというような意味合いのことを言っているのだろうなあとは思うのだけど、そのことをなぜ「存在論的次元」という言葉で言い表しているのかが全然分からない。


第4章 二十世紀芸術的挑戦に対する美学

20世紀の芸術

脱定義、脱審美化

作品やジャンルを揺さぶるような芸術作品

非西欧やアウトサイダーによる芸術

美的な芸術(醜いものから、そもそも感性的ではないコンセプチュアルなものまで)

4章では、フランクフルト学派現象学美学、分析美学を取り上げる


フランクフルト学派

ベンヤミン

『複製技術の時代における芸術作品』

人間の感性は歴史に依拠する

アドルノ

美学理論』

芸術は批判的な機能をもちながら、社会に依拠するものでもあるという緊張関係をもつ


現象学美学

メルロ・ポンティ

芸術も哲学も、認識以前の世界についての原初的経験

セザンヌ論:単なる現象的な諸瞬間を描いている

ミシェル・アンリ

志向性という考えをとらず、それまで現象学の行ってきた還元作業をさらに根本的な仕方で実行しようとします。」

カンディンスキー論:見えないものを見せることが目的

見えないものとは主体性

形と色という情感によって、通常な関心ごとを離れて、抽象画であれば模倣的再現がないのでさらにその情感的な力を発揮できる


現象学美学は、芸術の非歴史性・非時間的本質という前提にたつため、コンセプチュアルアートなどを扱えない

一方、芸術だけでなく感性の分析でもある。

メルロ・ポンティだけでなく、マリオンの透視図法論、デュフレンヌの自然論、マルディネのリズム論、サルトル想像力論など


分析美学

芸術の定義について

ウェイツ、グッドマン、マンデルバウム→ダントー→ディッキー

ところで、グッドマンによる5つの徴候が「文脈の厚み、意味の厚み、飽和、範例化、多重参照」となってるんだけどこれって菅野訳『世界制作の方法』で「構文論的稠密、意味論的稠密、充満、例示、多重で複合された指示」となってる奴だよね。うーん……

美的経験について

ストルニッツの分析(無関心性、共感に満ちた注意)→ディッキーの批判美的態度や無関心性は「神話」)→ビアズリーの反論(統一性、複合性、強さによって特徴づけられた経験)


結論 きたるべき美学

1979年になされた美学への5つの批判

(1)美学は芸術についてよくわかってない

(2)芸術を取り巻く事情もよくわかってない

(3)形而上学的言説だという不満(芸術を哲学のために利用してるだけ)

(4)芸術についての研究はいずれ心理学認知科学社会学が扱うものになる(美学は残らない)

(5)美学の対象は主観的で、哲学には適さない

筆者の反論

反論というか、わりと確かにその通りかもしれないけど、がんばるよみたいなスタンスになってるw

最後に、芸術だけでなく広く感性的なものの研究へ、と締められている


森さんはこの本について

その後出た本としてはタロン=ユゴンの『美学への手引き』がある。悪い本ではないけど、話は薄っぺらいし「分析美学」紹介するところなんか60年代で紹介終わってるし、まぁ微妙。

2000年代の本のくせに美的経験論の話をビアズリー(1969)で終えるところなんか、罪だと思う。「芸術学から感性学へ」とか「現代科学との協同を」とか言うんならちゃんと現代の議論紹介しろや、という感じ。

とはいえ繰り返しますが悪い本ではないので、一読は勧めます。訳は読みやすいし安い。

https://twitter.com/conchucame/status/717533425809248256

https://twitter.com/conchucame/status/717533867033235456

https://twitter.com/conchucame/status/717536768547889154

と言っていて、厳しすぎではと思ったけど、最後まで読むとこの感想もなんとなく分かる

ただ、筆者の専門はあくまでも近代っぽいし、コンパクトに美学史を掴むという意味では良書ではないかと。

[][]海猫沢めろん『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』

科学者7人へのインタビュー集。もとはcakesで連載していたのをまとめたもの。

人選もよいし、筆者(インタビュアー)側がどういう疑問をもって何故その人のところにいったのか、その人の話を聞いてどのように思ったかなどが書かれており、どうしてこの7人にこういうこと聞いているのかということが分かる。

もちろん、それぞれの章で扱われているテクノロジー自体も興味深いものだけど、それぞれの研究者がどういう「人間」観を持っているのか、どうしてこういう研究をしているのか、今後どうしたいのかなどについても書かれている。

個人的には、SR3Dプリンタあたりは特に面白かった。あと、受動意識仮説の前野さんが、幸福学なんて始めてるの知らなかったので、そのあたりも。

というわけで、一般的にはよい本ではあると思う。

だがしかし、個人的にいうと、細かいところで色々と気になるところ、ひっかかってしまうところに度々ぶつかってしまった。なんというか、対象読者層に自分は入ってないのかも、という感じがした。これについては後述する。

なんというか、筆者と元々持ってるバックボーンがあんまり一致しなかったというのが大きい。

それはそれとして、インタビューしながらもぽんぽんと話題が出てくるあたりは、頭いいなあと思ったのと、色々見れていいなあー羨ましいなーという気持ちで読んでた。

第一章 SR――虚構を現実にする技術

第二章 3Dプリンタ――それは四次元ポケット

第三章 アンドロイド――機械はすべて人型になる

第四章 AI(人工知能)――機械は知性を持つか

第五章 ヒューマンビッグデータ――人間を法則化する

第六章 BMI――機械で人を治療する

第七章 幸福学――幸せの定理を探る

第一章 SR――虚構を現実にする技術

藤井直敬

SRは実際に体験してみたい。そうしないとなかなかわからなさそう

変性意識の話とか幽体離脱の話とかしてる。なんか視点が広がっていく話

SRで人類を進化させたいとか

現実的な話としては、なかなか応用が進まないらしい。ゲーム会社は興味を持ったけど、活かすにはかなりクオリティ高いCG作らないとならない。医療系は倫理問題とかでなかなか進まない。

第二章 3Dプリンタ――それは四次元ポケット

田中浩也

3Dプリンタ以前は、植物から発せられる微弱な電流を使ってツイートする装置とか作っていたらしい

人間は嫌いで、石とか植物とかのほうが好きな人みたい

3Dプリンタで最初に作るものは3Dプリンタの部品らしくて、3Dプリンタは自己複製できるから生命なんじゃないかとかそういう話をしてる

あと、3Dプリンタでものを送れるようにするには、時間が経つと消えてしまう素材が必要だとか

3Dプリンタで作るのはデータの抜け殻だとか

第三章 アンドロイド――機械はすべて人型になる

石黒浩

特に新しい話はないかな

いつもの石黒節という感じ

でも、このキャラクターの源泉みたいなものがなんとなく分かる感じになってる

第四章 AI(人工知能)――機械は知性を持つか

松尾豊

ディープラーニングの実演のデモンストレーションは、文章だとなかなか伝わらないので、どっかにムービーとかないのかなー

松尾さんが考える知能の定義は「予測性が誰よりも高い」


第五章 ヒューマンビッグデータ――人間を法則化する

矢野和男

ウェアラブルセンサで測定したデータで人間の集団を調べたら、色々と法則が出てきたという話

加速度センサで幸福度がわかるという奴

色々な話で敵て面白い

日立半導体を作るのをやめて、代わりに何しようかってところから始まったプロジェクトらしい。

本人10年くらいセンサつけて生活しているのだが、ある時期からアドバイスシステムというのを自作してそれに従って行動しているというのが面白い

自分の行動のパターンがもう見つかってるから、それをもとにアドバイスを出せるようになってる。


第六章 BMI――機械で人を治療する

西村幸男

一応BMIということになってるけど、本人的には自分の研究は「人工神経接続」ということらしい

神経系で失った機能を繋ぎ直すみたいな研究

本人がもともと陸上やってたりして体育会系

脳の可塑性の話とか


第七章 幸福学――幸せの定理を探る

前野隆司

受動意識仮説の人

受動意識仮説を作ったあたりで「悟り」を開いてしまって、幸福について研究をしはじめたらしい。というか、本人はもう幸福で、それを理論化しているみたい。基本的には統計なので、ヒューマンビッグデータの話とも近いか。



気になったところ

「進化」についての理解

なんかこのあたりが微妙だなと思って気になったところがあって。

3Dプリンタの章で、自己複製する3Dプリンタの進化の話をしているところで、スティグレール出してきて、技術と人間の共進化みたいな話をふってくるところがあるんだけど

まあ、スティグレールを自分は読んでないので何ともいえないけど、前者と後者とで「進化」の意味違ってません? という気がした。

一般的に、「進歩」を「進化」と呼ぶのはまあ構わないと思うのだけど、この文脈だとちょっとそこ混同してほしくない感じがした。

が、まあそこは些細な話。

もう一点は、あらゆるものが生存を目的としている云々ということをいっているあたり。

ここは直接進化論に言及しているわけではないので、単にそういう自然観・世界観の話をしているのです、と言われれば、そうですかと言いようがないのだけど。

生存のため」

生物が今ある形質となった《原因》は、生存によるのだけど、生存を《目的》としてこの形質を選び取ってきたわけじゃない。

「ため」とか「による」とかいう言い方をすると、原因か目的かが曖昧になってしまうけれど、その曖昧性によって、「生存が目的」と誤解してしまっているような気がする。

ダーウィン進化論のポイントは、生物のデザインを、目的論的ではない形で理解できるようになったという点だと思っているので、ここでいう「生存」が、適者生存なり自然淘汰なりを念頭にしているのであれば、それを目的と言ってしまうのはちょっとなーと。

たまたま生存に役に立ったから、その形質が残っているのだけど、

生存に役立たせるために、その形質が残っているわけじゃない

あと、役に立たないだろって形質も残っていて、それもその形質をもった奴が生存したから、であって、その形質が生存を目的としていたわけじゃない。


心があるとかないとか

石黒先生、前野先生が顕著なんだけど、「心はない」「意識は幻想」というような主張がたびたび出てきて、筆者が次第にそれに同調していく展開が見られる。

まあ別に、そういう立場をとること自体はなんら問題ではないんだけど、なんとなくこのあたりの概念整理がおざなりにされているような気はしないでもない。

石黒先生はこの本に限らず繰り返し、「心はお互いにあると思い込んでいるだけで、本当はない」ということを主張しているけれど、自分はこの「本当はない」という主張が何を意味しているのかいまいち分からない。

「本当はない」という主張は、「本当はある」の否定だと思うのだけど、この時の「ある」として何を想定しているのかなーと。

実体的な何かを想定しているのであれば、そりゃないでしょうねという話であるが、「心」というのは別に実体的な何かではないのでは、と。

今更ギルバード・ライルかよって話なのだけど、しかしやはりこの手の問題においては、個人的によく納得したということもあり、ライルを持ってくるのがよいのではないかと思う。

有名なカテゴリーミステイクという奴。

大学につれてこられた人が、講義棟、図書館、体育館などを見学したあとに、「で、大学はどこにあるんですか?」と聞いたら、これはカテゴリーミステイクだという話。大学というのは、講義棟や図書館のように目に見える建物ではなくて、そうした建物の集合であり、教員や学生たち、それらをとりまとめる制度などをひっくるめたもの。

なので、大学という建物がないからといって、「大学なんてない」というのは明らかにおかしい。

別の章に、「心はどこにあるんでしょうか? 脳? 心臓? お腹?」というようなことを言ってるところがあるのだけど、これもレトリックとしてではなく、文字通り脳か心臓に心があると思っているのであれば、カテゴリーミステイクにあたるだろう。

大学の喩えは、心にわりと当てはまると思うのは、大学は普通は物理的な建物によって構成されているけれど、心も普通は脳神経による物理的な基盤がある。だが、大学は単に建物の集合なのではなくて、そこで教員と学生による活動が行われていることが必要だし、またそうした活動が社会的制度として成り立っていてることも大事。心も、脳内での活動もそうだし、人間がどういう振る舞いをするか、それが他の人間とどのように相互に関わっているかといったことによって成立している概念だと思う。

これは個人的な考えに過ぎないので、そういうこと書いてないから間違っているというわけではないのだけど、「心」ってだいぶ広く緩く色んなものを包括している概念であり、「心はあるかないか」というのは非常に茫漠としていると思う。

お互いに心があると思い込んでいるだけというけど、そういう思い込みが生じていること自体、ある意味で「心がある」と言っていいのではないか、と。大学っていう名前の建物がなくても、毎年一定数の学生が入ってきて、一定数の学生を育てて卒業させる仕組みがあれば、それは大学であって、大学がないということにはならない。

ただ、ライル持ち出されたからといって、単純に行動主義に与しているわけでもないし、また、誰かが石にも心があると思えば石にも心があることになる、とも思わない。例えば、大学と同じように毎年学生が入ってきて卒業する仕組みを備えて、見た目同じように見えたとしても、内部でどのような活動をしているか、どのような施設を備えているかで、大学と専門学校が区別されるように、心と心でないものを区別するような内実はあるだろうし、またある種のセミナーとかを「○○大学」と呼んだりすることもあるけれど、それによってそれが本当に大学になるわけでもない。

なので、「心はない」ってそう簡単には言えないと思う。

ただし、霊体とか魂とかそういった意味での「心」はまあ多分ないと思うし、脳のこの活動が「心」だとかそういうことも言い難いとは思う。


で、心という曖昧な概念の中に、「自己」とか「意識」とか「自由意志」とかいったものが構成要素としてあるのだろうと

そういった個々の構成要素については、科学的探求によって、あるとかないとかそういう話は出てくるかもしれない。まあ、自由意志は社会的な仕組みだと思うけど。


閑話休題

話が、単なる自分の考えの方にいってしまった。でもまあ、こういうふうに考えてるから、読んでいて隔靴掻痒な感じはあった。

もう一つ気になったのは、意識とデカルト的自己と自由意思を、なんとなく同じようなものとして扱っているようなとこ。いや、それ全部別概念なのでは、と。

リベットの実験って、行動の準備電位と行動を行う自覚に時間差があるという実験であって、意識やデカルト的自己の有無とは関係ないだろうし。

(もっと踏み込んで個人的な考えをいうと、準備電位も含めて自由意思だということにすればいいだけなのでは、とも。自由意思の時間的スケールをどこかの瞬間に求めてしまうから消えてしまうのであって、ある長さを持っているとすれば十分あるはず、と思うのはデネットからの影響)


あと、本能って言葉ももうNGワードにしたい

*1:本書では、プラトーン、プローティーノス、アリストテレースなどのように書かれている