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2007-11-03 文化的な文化の日

[]『パンズ・ラビリンス

超面白い!

滅茶苦茶面白い!!

そして、オフィリアが可愛い!

オフィリア可愛いよ、オフィーリア!!

あと、メルセデスがかっこいいなあ。


舞台は1944年のスペイン*1

軍人と再婚した母親とともに山奥へと引っ越す少女、オフィリア。

彼女は、妖精に、地下迷宮の入り口へと連れて行かれる。そこには牧神パンが待っていて、オフィリアは地下の王国の姫だと告げる。オフィリアが地下の王国に戻るためには、試練をクリアしなければならない。

一方で、現実では、ゲリラとの戦いが繰り広げられていた。


現実世界の戦争とファンタジー世界の試練が巧みに織りあわされる。

それらの展開に、ハラハラドキドキしながら見ていくことができる、良質のエンターテイメントだ。

それでいて、単なるエンターテイメントには留まらない奥深さがこの作品にはある。

現実世界もファンタジー世界もともに過酷であり、結局のところ、僕達はこの世界の残酷さから抜け出すことはできない。

しかし、オフィリアは最後に希望を得たのだ。

このラストシーンに、見る者はみんな愕然としてしまうはずだ。

とあるブログで、嗚咽を止められなかったと書いている人がいた。

僕もまた、泣きはしなかったが、泣きそうになった。そして、クレジットが流れている間、震え続けていた。このラストを如何に受容すればいいかに戸惑って。

現実世界からファンタジー世界へと旅だって再び現実世界へと戻ってくる、そういうファンタジーはたくさんある*2

だが、この作品は、確かに現実からファンタジーへと旅立ち現実へと戻ってくるともいえるが、むしろ現実とファンタジーを同時に見せてくれる作品だ。現実世界とファンタジー世界が等価に扱われている。その間に、何の差もなく、現実世界とはファンタジー世界のことであり、ファンタジー世界とは現実世界であることを教えてくれる。

怪物に追いかけられるシーンに息がつまり、フランコ軍に追いつめられるゲリラを見て手に汗を握るのだ。世界の残酷さに打ち勝つために、オフィリアは戦うし、メルセデスはゲリラに身を投じる。

ああ、しかし、それにしたって、あの拍手喝采に、あのオフィリアの血にどう答えればいいというのか。


PG12指定がかけられているのだが、とにかく痛いシーンが多い*3ので、そういうのが苦手な人は気をつけた方がいいかもしれない。

オフィリアの父となった大尉のサディストっぷりがすごい。

オフィリアがすごいかわいらしい*4のに対して、この大尉のマッチョたるや。

マッチョでもありダンディでもありサディストでもある。

髭剃りシーンが丹念に映し出される様に*5、監督のこだわりを感ずる。

しかし、大尉の時計に関してはちょっとよく分からなかった。父親のエピソードを否定したのは何故なんだろうか。


現実世界で大尉がサディスティックに振るう暴力も苛烈なんだけど、

ファンタジー世界の住人もこれまた不気味。

オフィリアを導いてくれる妖精もなんだか気味悪いし、そもそもパンが怖い。あんなのが後ろにぬっと立ってたらほんと怖い。

オフィリアはお伽話に(いい年して)耽溺している少女で、現実の戦争や新しい父親から逃げたくてたまらないわけだけど、ファンタジー世界も別に綺麗ではない。彼女にとって唯一の逃げ道でしかない。

目玉の怪人に追いかけられるところとか、怪人の造形がもう素晴らしく怖い。


監督のギレルモはメキシコ人。

パンフレットを読んで知ったことだけど、メキシコ映画界が今熱い!

ギレルモ、キュアロン、イニャリトゥというのが、今、メキシコ映画監督として活躍していて、「スリーアミーゴズ」を名乗り、今年は3人で共同の製作会社を作ったらしい。

キュアロンは、本作のプロデュースをしているが、『トゥモロー・ワールド』の監督でもある。『トゥモロー・ワールド』はこれまた極上の作品だった。

そういえば、この作品は1944年、『トゥモロー・ワールド』は2027年を舞台としているけれど、描かれていることはよく似ているかもしれない。ファンタジー映画でもあり戦争映画でもあり、ラストシーンで希望と絶望が同時に描かれているという点で*6

イニャリトゥは、『バベル』の監督。『バベル』は見ていないけれど、これは見た方がいいかもしれない。イニャリトゥは他に『21グラム』も撮っている。これも気になっていたけど、見ていない作品だ。

彼らの面白いところは、雇われ仕事*7も精力的にこなしていること。

例えば、キュアロンは『ハリーポッターアズカバンの囚人』を撮っているし、ギレルモは『ミミック』『ブレイド2』などを撮っている。

また、『バベル』『トゥモロー・ワールド』『パンズ・ラビリンス』は全てアカデミー賞にノミネートされている。ただし、とれたのは『バベル』作曲賞、『パンズ・ラビリンス』撮影賞、美術賞、メイクアップ賞だけらしい。アカデミー賞は映画を見る目がないんじゃないか!


『パンズ・ラビリンス』公式サイト

*1:舞台がスペインだって分かってるのに、何故かずっとイタリア映画だと思いこんでた。スペイン語イタリア語って似てるんだもの。でも、オラーとかグラシアスとか明らかにスペイン語だよね

*2:というよりも、ナルニア以来ファンタジーとはそういうものだ。

*3:文字通り、身体的な意味で痛い

*4エナメルの靴が汚れるにもかかわらず泥まみれになるところとか、少女のエロティックさがやばい

*5:そしてこの丹念さは、自分の傷口を丹念に縫うことの伏線になっているのだろう

*6:どっちにも出産シーンがあるんだな、そういえば。『パンズ・ラビリンス』は出産シーン自体を直接映してはいないけど、胎児が映っているシーンがあったりする

*7:どこまでが雇われな仕事でどこからが作家性のある仕事なのか区別するのは、もしかすると難しいかもしれない

MuichkineMuichkine 2007/11/04 01:14 見にいってみてーと思ってサイトを開いたがFLASHでまじむかついた、本気でいらいらする。どこでやってるかわからん。

sakstylesakstyle 2007/11/04 12:26 恵比寿ガーデンシネマないしシネカノン有楽町1丁目
俺は恵比寿に見に行った。

ChinChin 2007/11/04 16:38 父親のエピソードを否定したのは、彼の自尊心のためではないでしょうか。ファシズムという幻想に生きていた彼は、父から子へ、というある意味甘ったるい幻想を許せなかったのではないかと。最期のシーンでメルセデスが、大尉の「いつかその子に……」というセリフを切って捨てるシーンは、ラストを有終の美 (親子の幻想) で無理やり締めようとする大尉の醜い自尊心を (つまり大尉は幻想にしか生きていなかった、延いてはこの映画の主題でもある現実と幻想との相関性を)、浮き彫りにさせたのではないかな、なんて思いました。

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