Hatena::ブログ(Diary)

医者として・患者として

2017-07-30

Your side

23:10

末期がんの患者さんを診療していますが、別のご家族を遠い以前に担当したことを覚えていてくだり、患者さんのご家族からお手紙をいただきました。

患者さんを看取り、ご家族がその後をどう過ごされたかは知る由もありませんが、今回、20年以上の長い時間を経てしっかりしたお手紙をいただき、あの時まだ若かったご家族を気遣っていた担当患者さんを、病棟や病室のベッドの位置まで思い出しました。

命の危機それは誰にでも訪れることです。病気にしても、手術にしても、抗がん剤の治療にしても、予測できない危険性はあります。そんな時、とり得る治療の選択肢や期待できる効果や危険性について説明した後、どんな言葉が続けられるでしょう。ご高齢であったり、合併症があったり、化学療法の開始の目安からは少し外れていることもあります。

重い病気に直面した時、誰もが藁をもすがる思いになります。患者さんやご家族の完治を期待するお気持ちも理解したうえで、患者さんにとって今何が一番大切かを一緒に考えることになります。恐らくそうした状況から始まる時間は、患者さんやご家族にとってかけがえのない時間となるはずです。

画一的な診療基準も参考にしつつ、その後、細やかに経過を見てゆくことも重要なことです。施設的、経済的な制約もありますが、患者さんの目線に立つということは、向かい合ったとき同じ高さにあるのではなく、プロフェッショナルとしての知識や技術を持ちながら、同時に患者さん側の気持ちを理解することではないかと考えています。分子標的薬の可能性は否定するつもりはありませんが、先進的ではあっても、しばしば限定的な高額な医療が、現実的で基本的な医療を圧排してはいないか、私たちは正しい選択をしているのか足元を常に確かめる必要があります。こんな以前から当たり前に行われてきた基本的な医療が継続できる環境を切に望みます。



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2016-04-21

Fragile 大切な君へ

02:35

君はやさしい心の持ち主で、周りの気持ちを理解し、皆の期待に応えようとする。

今、君は気づき始めていると思うけれど、一番大切なことは自分である。これは自己中心なのではなく、自分の考えをもつことが、他人を理解し、家族や大切な人を守るためにも必要だからだ。

うわべだけの楽しさ、優しさや腕力の強さは一時のものでしかないし、そこからは薄っぺらな関係しか生まれない。

どの生き物にも与えられた、ただ一つの命は、非常に傷つきやすく、壊れやすいものだけれど、ときにしたたかで、強靭であったりもする。一生懸命な相手と対等に自分が向かい合うとき、たとえ意見の異なる相手だったとしても妙に理解できて、そこに人生の機微を感じることもある。

壊れやすさを知って、それを支えることのできる強さをもったとき、そして、また自分も支えられていることに気づいたとき、人は豊かな心になれると思う。目先の結果よりも、実は今はその過程にあって自分をつくっている時のように思える。

がんばれ、いつか笑って話せるときがきっと来る。(20140611)

sakurasasukesakurasasuke 2017/03/14 23:26 あるくさん

この記事やブログが多少なりともお役に立てたならうれしく思います。コメントありがとうございました。

sakurasasukesakurasasuke 2017/03/15 00:10 EMIさん

免疫の関わる炎症には、花粉症や蕁麻疹、喘息などのアレルギー性疾患のように身近な疾患もあります。この中で自分の構成する成分に対する異常な免疫反応により炎症を起こす場合を自己免疫性疾患として、炎症を起きやすなる、あるいは炎症を抑える働きが弱くなるなどの遺伝的な要因をもつ場合に自己炎症性疾患とよばれ、家族性地中海熱などが代表です。

自己炎症性疾患の定義には曖昧なところもあり、ベーチェット病にも「自己炎症的な」ところもあり、家族性地中海熱などでみられる遺伝子変異なども見られることがあります。

ベーチェット病でも、多くの「疾患感受性遺伝子」が同定されました。ベーチェットになりやすい体質を規定する遺伝子であり、その多くは、他の炎症性疾患にもみられるものでした。遺伝子の異常などといっても誤解しないでいただきたいのですが、ありふれた病気であっても、それぞれの病気になりやすい体質の遺伝子が背景にあると考えられています。

改めて炎症は、内部や外部の環境因子との時間的な関わりに加えて、個人がもつ体質が関わった結果引き起こされるものと考えています。

まずは、しっかりと検査をしていただき、診断されるのが重要かと思います。

2015-12-28

医療費抑制

22:30

最近の新しい抗がん剤には一本100万円近くかかるものもあります。これらが月に1回、2回と使用され、さらに年余に及ぶこともあります。高額医療の対象となり、自己負担とともに、社会的にも医療費の増大をみることは明らかです。

一方で、こうした新しい薬の有効性はといえば、これまでの治療薬に比べて1か月生存期間を延ばすことが確認されたことが承認の根拠になっているものも少なくありません。平均的に1か月生存期間を延ばすことの意味はもちろん重要なことには違いがありません。きめ細やかな点滴や栄養の管理、看護医学的管理によってもこの程度の生存期間の違いは生まれ得ます。無制限に医療資源を投入することは、かつては不適切と考えられてきましたが、現在では、より長い生命の継続や小さくとも医学的な根拠金科玉条のようにとりあげられ、逆に人の命や医療の輪郭がわかりにくくなっているように思えてなりません。

研究者や製薬メーカーの意図や活動、医療を受ける立場の患者、医療資源の配分を決める医師、官僚政治家など、それぞれの立場があります。

企業としては、たとえ1か月でも、ごく小さな違いであっても統計という手法を使って、より生存期間が長いという結果が得られれば、経済的には、それを根拠に既存の薬よりできるだけ高価な価格で薬の販売し、研究開発費を回収し、会社の利益につなげようとするでしょう。時にはその価格設定基準の指標の一つとして、これまでの治療を行っていた場合の総医療費が採用されることもあり、これには違和感を禁じ得ません。

薬の投薬を受ける私たちはどうでしょうか。医学的な知識のある私も、藁をもすがる思いに変わりはありません。個人差はあると思いますが、私は自分のことであれば正直多少は客観的に判断できるかもしれませんが、家族のことであればより患者に近いものになるかもしれません。一方で、両親など、一番自身が身近にいる家族であれば、医学を知る者であればこそ、時には強い意識をもって決断するでしょう。それまでの多くの時間を、誰よりもその人と長く過ごし、その人を一番理解しうる(したいと思っている)者として。でも一方で、この決断は本質的には医学の知識とは関係がないようにも思います。

生きているものの業のようなもので、社会生活には様々な思惑が入りまじり、単純な合意は見つかりません。一方で、生存期間に代表される数値化されやすいエビデンスだけが上滑りし、統計などの手法では計り知れない、より根源的な大事なことが覆い隠されているように思えてなりません。

生存期間が最も長い」、「最善の治療をお願いします」、「最善の治療をしましょう」、その「最も」という言葉の中にある欺瞞や傲慢に覆い隠されてしまう、「ほんとうに大切にしなければいけないこと」に目を向け、共有できるのかが自身の課題です。

今年も何とか超えられそうです。感謝いたします。

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