『エンド・アステリズム』

正式な題名は、副題がかなり長くて、『エンド・アステリズム なぜその機械と少年は彼女が不動で宇宙の中心であると考えたか』。
新人の、下村智恵理(しもむら・ちえり)先生による、第11回スーパーダッシュ小説新人賞・優秀賞受賞作(を改題・改稿したもの)。去年、2012年11月発行。
先月、と思ってたら先々月、2013年3月に、すでにシリーズ第2巻・『エンド・アステリズム 2 変転する二重運命系からの逃避行』も発売されています。
最近、ブログの更新頻度が落ちてて、だいぶタイミングを逃してしまって申し訳ないのですが、ともかく以下、『エンド・アステリズム』第1巻の感想です。


(残りの25行、ネタバレあり)

唖然とする五雁に、彼女は身体を寄せた。漂う香りは、分子の一片まで計算され尽くされた完璧な官能。耳にかかる吐息は、まるで少女の唇が触れているかのように甘い。

七星茉莉衣:「連れて行ってあげるわ、世界の中心へ」

招き寄せられるようにして訪れた見知らぬ町で、不可思議な少女と出会い、時を同じくして現れた怪物からこの世界を守るため、巨大ロボットに乗って戦うお話。
主人公は子供の頃、突然、左眼が赤くなり、そのせいでいじめられ、あげくに起こしたトラブルで、ますます周囲から疎外され……といったトラウマを抱えているのですが。
彼を招き寄せた張本人であるその巨大ロボットは、そんな主人公を受け入れる環境を構築するために、あり得ざる出来事を捏造し、周囲の人間の記憶を操作してしまいます。
そんな超越的な機械に対し、生身の人間である主人公は、恐ろしさを感じ、また、彼が居心地のいいように作り変えられた世界への負い目も感じることになり――。

灯麻伊織:「五雁くん、もう一度言うよ」

灯麻伊織:「君は君自身の過去のために、どんな未来を作る?」

自身の力ではどうすることもできない世界の回転に巻き込まれ、期せずしてその渦の中心になってしまった主人公。そんな彼が、それでも、生きるべき理由とは――?
アウトプットの同等性は、そのものが持つ情報量の等価さを示すわけではなく、「初めから何もないゼロと、プラスとマイナスが打ち消しあったゼロは、同じじゃない」。

こんなところで敗れるわけにはいかない。この戦いは、真実を得るための序章にすぎない。周りと対立してすり切れて、倒れそうになっても支えてくれる相手を、五雁は見つけた。

これは青さだろうか? 条理に押し流されることが正しく、それに抗おうとすることは、いつか無意味だと気づく愚かな行いなのだろうか?

――異邦人。『クレオパトラの夢』。蝶(バタフライ)。『一九八四年』。「辻褄が合っているなら、君の想像は真実と区別がつかない」。そして、幻のような少女。
物体の運動を考えるとき、しばしば重心というものを仮定します。物体の重さの中心、つまり物体の各部に働く重力が、全てその一点に集まって作用すると見なせる点。
でたらめではなく、きちんと計算して、そんな仮想の点を設定すると、物体の運動が、さらにはそのシステム全体が、把握しやすくなるのです。
なかった過去を作ることができ、あった過去をなかったことにできる、黒い竜の中で。思い出したくない、必死で目を背け続けてきた過去と向き合って。
主人公は、全てを見晴らす世界の中心、不確かな意識に眠る確かな中心、自分一人のものじゃない本当の世界へと、果たして辿り着けるのか――。
自分の気持ちが偽物であることに気づいていて、それでも好きだという本当の感情に衝き動かされる、メインヒロインの熱情や。
「今時ビリー・ジョエルは流行らないぞー?」と、潤んで震えた声で言う、サブヒロインのいじらしさなど、キャラクター造形は魅力的ですし。
「エスプレッソは一気にいくものよ。風呂上がりの発泡酒みたいに!」「ビールでなく?」「そこをけちる程度には儲かってないのよ。ハイネケンは売り物専用」――とか。
「じゃあ、誰が作ったっていうんですか」「造り主なら」ゴンドラが開けた空間に出る。更間野は背後を――その空間の向こう側を親指で示した。「ここにいる」――とか。
まるで映画の1シーンのような、気の利いた会話や、絵になる場面転換など、情景描写も巧みです。
特に巨大ロボット関連の、SFっぽい設定は、全部文字通りに受け取ろうとすると、頭の中が疑問符だらけになりますが。
「戦闘中の言葉に気を遣うととてもそれらしくなるね。アニメみたいだ」的な雰囲気もあって、たぶん「わかんなくてもいいんだと思う」。
なんかいろいろ、自分の好きな要素がてんこ盛りな感じで、すごく読み応えがあって面白い作品でした。今後も楽しみなシリーズです。