2009-08-16 とおだいじっせん2日目
「頭が良い」とか「賢い」とか
僕は「頭が良い」とか「賢い」とか言われるとビクッとする、は言いすぎかもしれませんが、何とも言えない申し訳ないような、そんな気分になります。
だいたい「頭が良い」って思われてるんならそれでいいんだし、額面通りに受け取っとけよ、と言われればそれまでなのですが、僕は今まで自分のことを「頭が良い」と心から思えたことはほとんどありません。こういうこと言うと「そういう悩みこそ頭のいい人の悩みなんだよ。」とか言われちゃって議論が進まなくなっちゃうのですが(苦笑)。
そもそも僕たち高校生の間で「あいつは頭が良い。」という時、基本的にはそれはテストの点数が取れることである場合が多いです。勿論、それ以外のシチュエーションでも使いますが、だいたいの場合はそうです。模試で点数を取ったら、まして1位など取ろうものなら「あいつは天才や」なんて言われることもあります。
で、ここは模試などのテストに話を限定しましょう。テストの問題が解けるっていうのは、「与えられた課題に適切に答える能力が高い」ということです。自分で1から何かを構想しないといけないわけじゃありません。問題を読み解いて、できるだけテストを作った人に寄りそうわけです。オリジナリティーなんて一ミリも求められてません。ただ受動的に与えられた問題に対して、なるべく余計なことは考えず、ひたすら記憶の糸を探りながら解き進めます。
こういう能力はもちろん必要です。ってかそういうのを全否定したら受験生はやってられません。自分に足りない所を見極めて、しっかり教科書などで知識を貯めこんで、そして与えられた問題に沿うようにアウトプットする。多分、日常でこういうプロセスを踏まないといけないことは多いでしょうし、こういう能力は勉強以外のことをする際にも基本になると思います。
じゃあ、「受験勉強」に足りないものは何ぞや、と考えるとそれはまさしく「オリジナリティーを育む視点」ともいうべきものが全く欠けていることだと思います(単純な議論で申し訳ないw)。受験において、受験生が目指すことは極論すれば「模範解答と完全シンクロする」ことです。良い点を取れるっとことはそれが得意ってことです。模範解答と違うことを書いてたらそれはすべて却下されます。
「そりゃあ、明らかに間違ってるんやから仕方ないやん。」っていうかもしれませんね。数学とかは確かにいいわけできないし、記号とかもそうですね。僕が言いたいのは「別解があるやん。」とか「自分なりの解答も作れるよ」とかそういう枝葉末節ではなく、要するに「受験勉強」に熱中しすぎると、「何事にも正解ってものがあるし、それにシンクロしていきなさい。」っていう姿勢が身に染みついてしまうんじゃないかな、ってことです。
つまり「受験」というプロセスを経ることで、どこかに「俺は間違ってるんじゃないだろうか。模範解答は何だろう?」というような感情が巣食ってしまう気がするんですね。「間違えを恐れるな」なんて使い古されたフレーズです。でもね、やっぱり僕らは間違いを恐れるし、「正解だ」と言われたら嬉しくなりますよね。
僕の場合、やっぱり心の深い所に「間違いを恐れる気持ち」っていうのがあって、考えがまとまる前に適当にしゃべったりするのはどうもつっかえるような感じがして苦手だし、何より「僕の話を聞いてる人はあいつアホだなって思ってるのかなぁ」とか気にしだすとすごく気になるんです。世の中で「正解」が存在するのは模試とかそういう試験だけだな、と最近思うわけですが、僕の場合かなり症状が進んでいて(笑)かなり間違いを気にしちゃってるわけです、多分。
僕は「頭が良い」とか言われると内心穏やかでないのは、つまり自分がそういう「上手く型にはめこまれてる人間ですね。」と言われてるのと表裏一体で、僕の場合「自分ってオリジナリティーが無いよね。」と半ば呪縛のように思っているので、なおさら気分が優れないのです。いや、まぁ「頭が良い」と言ってもらえればそりゃあ嬉しいんですけど(それで不快だぜって反応をするほどひねくれてはいないよw)僕のイメージでの「頭が良い」というのは「頭が切れる」とか「論理が明快」みたいなタイプなわけで。そりゃ何やねん、というと、要するに自分の意見をはっきり言える人なんですね。僕はそれが苦手なんですよ。本来社会に出たら一番できないといけないことなのに。
僕の考えをまとめてみると、「受験で磨かれたのはもっぱら正解だとか他人の考えにシンクロすること」。これは僕は得意です。ただ僕はオリジナリティーが無い(気がする)そして、明確に自分の意見というものを言えない。なぜならそれは「不正解」かもしれないから。本来「正解」なんてないことは重々承知しているし、頭では理解している。でも、そういうのに慣れてないし、やっぱり心の深い所で「正解を求める呪縛」に囚われている。
そういう自分が凄く嫌で、「頭が良い」というのもやっぱりそういう風にしか解釈できなくて、どうも居心地が悪いようなそんな気がずっとしてシニカルに考えてました。「頭が良い」という定義は人によって色々あるんだと思いますが僕はそういう風に解釈していますので、ご了承下さい。
で、そう言う風に考えると、もはや「模試で点数が取れること」は誇るべきことであるどころか、全くどうでもいいことに思えてしまうのですね。これは多分僕が早くから受験勉強をしちゃってたせいなんだと思います。僕の場合他の人に比べて受験勉強の分野でばかり能力が肥大化してしまって、こういう風に考えるようになったんだと思います。だから「それが天才の境地」みたいな突っ込みは無しです。
僕が夏休みに勉強しなかったのも、無意識に多分こういう考えがあっていったんすべてクリアにしてみたかったからなんだと思います。そういう「何かに縛られた自分」を壊したかったのだろうと。そして映画という表現媒体の持つ魅力に魅せられて、「映画で自分を表現できたら、オリジナリティーみたいなものを出せたら」と思えたんだと思います。(映画製作の知識なんて何もないけど)
頭が良いとか、優等生だとか、日本の将来を担う人材、とか言う言葉が全部マイナスに響いてしまってるような印象を受けますが、そういってもらえるのはそりゃいいことで、多分そう言われた時に自信を持って「自分はそうだ。」って心の中で思えるように、受験勉強以外に自分を表現したり、色んなことにチャレンジするべきなんでしょう。
そう考えると割とすっきりする所があって、自分が物事を考える時にどこかでいつも「正解からずれてるって、批判されるんじゃないか」っていうのが基本に(無意識に)あるんですね。僕は批判されることをやっぱり恐れてます。「そこは論理が破綻してる。」「saltierの言動って何か不快やわ。とか言われるとすごくビクッとします。だから文章を書くにしてもなるべく反論する人の少ないような当たり障りのないことを書くし、対人関係にしても、嫌われないよう、相手にとって出来る限り居心地が良いよう接するようにしています。こうしてどんどん消極的になっていって、「自分」というものが死んでいきます。
頭ではわかっていても行動に移せないというのはやっぱりそれだけ深く体に染みついているということで、これは何らかの矯正を施さねばならないわけで・・・あれ、何か話が堂々めぐりしてるぞwww
うん、やっぱり「自分が好きになれるもの」をたくさん見つけてそれについては自分の考えをはっきり述べれるようにしよう。とりあえず実践面ではそういう方針でいきましょう。長くなりましたが、さようなら。
帰還
今日は模試終了後、滋賀県大津市堅田の実家へ向かうということでハードスケジュール。とにかく模試が終わって良かった。
ケータイから更新するので、全体感想は短めに。
数学:計算を間違えてて終了orz。ごめんなさい駿台。60点くらい。
国語:漢文で「聖像」合ってるし。しかし、6点デカすぎやろ。焦る。古漢はわりと間違えた。駿台の国語はよくわからんが、70点くらい。
世界史:ノー勉だと知識が抜けるわ。第3問は14点くらいしかない。論述はそこそこ。40点くらい。
地理:今回が1番出来は良かった気がする。でも40点かな。
英語:リスニング28/30。ありがとうオードリー(笑)。パラ整もできたけど、長文で死亡気味。90点はありそう。
結局
数学:60
国語:70
社会:80
英語:90
合計:300+α
3回の模試の中では1番手応えはいいかも。第2回は一位は取ります。以上です。じゃあつかの間の帰省をしてきます(^^ゞ

文一ですか?
文一ですか?
数学は75点くらいあると思ったんだけど・・・
教室は左の方の前から3番目くらいにいました。
いくつか感じたことを。
他者に受け入れられないことは、その性質をその人のパーソナリティにたらしめない理由にはならないと思います。
saltierさんの考え方(というか物事をそういう風に考える気質というかそのプロセスというか)は、灘や東大には多いかもしれませんが、一般的には非常に稀で希少なパーソナリティです。僕が出会った中ではあなたが初めてです。こういうことを悩む人は、勉強の得手不得手に関わらず、一般的には多くないようです。それ故不快感を与えたり理解されないことがあると思いますが、だからといってそれが間違えで、自分のためにもそれは押さえつけられるべきではないと思っています。確かにつらさも多いですが。
読んだ限り、現在の自分さえもある程度「間違い」として認識している印象を受けます。
ちなみにこれはsaltierさんを批判しているわけではなく、考えるネタにでもなればと思って書きました。
長文失礼しました。
灘トップというか全国トップじゃん・・・
どのような勉強してますか(してましたか?)
僕が思うことを少し。
僕は今、文系で灘のトップかもしれませんが、入学した時はギリギリ合格だし、今でも頭はキレない方です。要するに中学の時からコツコツ定期テストで勉強してきた積み重ねです。その意味では「天才」の心境というのはわかりません。適度に努力を続けるだけだと思います。一つ言えるとすれば、「灘校」という極めて良い環境で過ごせたから今の僕があるんだと思います。目標となる人が多いので。
世界史の勉強については、記述で悩むなら、まず闇雲にでも知識を詰め込むことかと思います。僕はわりとそういうタイプです。とにかく正確な知識さえあれば、記述なんてどうにでもごまかせますよ。覚え方については、教科書をしっかり読んで、あとは手を動かしましょう。山川が出してる書き込み式の参考書みたいなのを一冊やっても良いと思います。参考までに。
本質的な理解なきままに持論を押し進める者が多い昨今。
物事をよく考える人にほど、私の不安が及びます。
勿論、考えない人々に対しては不安を覚えないどころか、興味も湧きませんが。
あなたが大学受験の次元を越えるために今必要なことは何でしょうか。
あなたの将来の成功を期待しております。