左巻健男&理科の探検’s blog

左巻健男(さまきたけお)&理科の探検(RikaTan)誌

ベトナム戦争で浮かび上がったダイオキシン−あるシンポジウムから(10数年前に書いたもの)

 左巻健男など編著『ダイオキシン100の知識』(東京書籍)から:


 ダイオキシンが一躍世に知られるようになったのは、ベトナムにおける奇形児出産のニュースでした。
 ベトちゃん、ドクちゃんのシャム双生児(体は一つなのに頭は2つ)の写真は衝撃的でした。
 今では、ベトちゃん、ドクちゃんについては、ダイオキシン類の影響かどうかについては専門家の間では否定的かあるいは懐疑的です。
 だからといって、ベトナムで異常出産、奇形児出産がふえたというベトナムの科学者の報告はウソと無視することはできません。
 ベトナム戦争は、一九七五年米軍の敗退で幕を引きました。
 一九八三年に実際にベトナムでその実態を見、ベトナムの科学者の報告を聞いてきた科学者がいます。その報告に耳に傾けることにしましょう。
 その年、ベトナムの首都ホーチミン市で、国際シンポジウムが開かれました。その国際シンポの名称は、「戦争における落葉剤・枯草剤:人および自然におよぼすその長期的影響」というものです。ベトナム戦争のとき、米軍が森林を破壊するためにまいた「枯葉剤」の影響について議論するためです。
 参加者は、ベトナムをふくめて二一カ国、一三〇人(内ベトナム五五人)の科学者、他にオブザーバー資格の国連関係者などが五〇人近くでした。わが国からは生態学者の本谷勲さんと臨床奇形学者の木田盈四郎さんの二人が参加しました。
 シンポジウムでは、奇形児の発生率をめぐって議論が紛糾しました。枯れ葉剤がまかれた地域とまかれない地域で、まかれた地域では五%オーダーの発生率、まかれない地域では〇.五%オーダーでした。主として先進国の科学者には、先進国の平均値が五%オーダーという常識があるのです。「データのとりかたがおかし!」というところに議論が集中したのです。ただ、いくつかの項目(癒合胎児、胞状奇胎、口蓋裂、脊椎二分症、無脳症といったもの)では、明らかに高い発生率であることは確認されました。事実として奇形児発生はあるのです。
 これについて、木田さんは、「先進国は、もう百年にもわたって、いろんな形で化学物質に接している。それで、奇形率五%なのであって、ベトナムではそういった化学物質との接触経験がない。一〇年間枯葉剤がまかれたところが先進国並になったと考えられないか」という仮説をたてていました。
 この仮説には、もちろん賛否両論があります。もし、この仮説が正しいとすると、さらに上乗せして化学物質に接触経験があるだろうわが国のこれからの人たちのことを案じてしまいます。(左巻健男

*参考文献『技術と人間』1983.7月号 本谷勲「ベトナム戦争による枯葉剤汚染の現状」