瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

阿知波五郎「墓」(5)

 「墓」が応募した懸賞の募集期間や発表について、広島桜2(通行探偵)氏が今朝方昨日の記事に投じたコメントにて、教えてもらいました。広島氏は2時間ほど掛けて、少しずつ、ご自身が調べ得た結果をその都度、4度に分けて投稿しています。私は10月4日付(1)に示した、森下祐行のサイト「海外ミステリ総合データベース MISDAS(Multi-Information System of Detective And Suspense stories)」にある掲載誌の細目と表紙の書影、川口則弘のサイト「文学賞の世界」の「宝石短篇賞 受賞作候補作一覧」及びWikipedia「宝石賞」の項を参照しただけで、懸賞の行われた当時の文献には直接当っておりません。森下氏や川口氏のサイトによって分かった事柄が、広島氏のコメントにより、より分明になりました。

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 主人公がこのようなことを企てるに至った経緯について、見て置きましょう。
 主人公「しま」は、415頁14行め「女子大の英文科を出る」頃「世界女性史の編集を思い立った」くらい学問好きだったものの、15行め、学問の「無限に続く奥行」に尻込みして16行め「ミッションで身に浸みた献身精神の魅力と夢」から、都内にあるらしい「青葉保育園」に就職して住込みで「保母」をしています。
 そして、415頁6行め「新しい規則」のため「保育園から図書館学講習に出席させ」られ、そこで7行め「重厚で、幾重にも教養に包まれた」ように見える6行め「司書の渋谷」を知ります。12行め「講習が済んでからも、よく渋谷を訪ねて」書庫通いをするうち、その書庫で、処女だった主人公は渋谷に18行め「他愛もなく」犯されてしまいます。今では有り得ない展開でしょうが、昭和期には、確か筒井康隆文学部唯野教授』でも、頭の古い老教授が、対立する派閥に属する女性教員を襲ってモノにしてしまえ、と云う指示を主人公に発した、との回想が出て来たように記憶しています(もちろん唯野教授は実行しません)が、傷物にした責任を取って結婚しろとか、そんな飛んでもない発想が普通に(?)行われていました。昔の奥床しい女性はそもそも何をされているのか分からないような状態なので416頁2行め「嵐のような渋谷の情感に圧倒されて了った」ということにもなり、もちろん3行め「その後の渋谷へのにくしみと、軽侮の複雑な感情」を抱きながらも、4行め「ふと心の一点に点いた灯」は7〜8行め「払っても/払っても、払い切れぬ渋谷への思慕」となり、それが8行め「春から夏、夏から秋へと、加速度的に加って行」き、ついには5〜6行め「雨の日も、雪の日も、保育園に居られないう/ずきのまま」書庫に「通いつめ」るという状態になってしまったところで11行め「渋谷には違った女性が」いることを知ってしまいます。
 主人公が渋谷と関係を持ったのは423頁16行め「恋を知らなかった一年前まで」ともありますから、昭和25年(1950)春でしょう。ちなみに主人公が女子大を卒業したのは423頁1行め「終戦直後の欠乏のときの話を園長や園長の奥さんから聞く」とありますから、昭和22年(1947)か昭和23年(1948)でしょう。そして保母として対応した422頁1行め「一昨年の流感」とは、インフルエンザの流行のピークは例年1月か2月ですので、新聞記事等で確認していませんが昭和24年(1949)冬と見て置きましょう。
 それはともかくとして、416頁10行め「渋谷の裏切り」を知った主人公は、死に場所を渋谷の管理する書庫に求めるのです そしで、冒頭の段落(414頁2〜6行め)に繋がります。

 渋谷の顔を見てから、死にたい――と思った。しまは渋谷の顔を見れば、すぐわかる。あの青味が/かった眼の色から、自分を裏切って居るものを感知できないことはない……一夜中まんじりともせず/思い悩んだ挙句、夜も白々明ける頃、やっとこうした晶華した思念に辿りついた。もうそうなると、/矢も楯もたまらない。一刻も早く渋谷の顔が見たい。あの青味がかった瞳――その瞳が、今まで、し/まの心を泉のようにうるおし、活気を与え、生き甲斐を感じさせたはずである。


 しかし、実際に裏切りを確信させたのは渋谷の「眼の色」ではなく、その日、渋谷の出勤前に414頁6〜7行め「顔見しりの小/使」が「驚」くくらい「余りに早」く「入館」して、419頁5行め「渋谷の抽斗*1」を改め、案の定「渋谷に宛てた、もう一人の愛人の手紙の束をみつけ」てしまったためでした。419頁7行め、

 これで、しまの肚はきまって、今日園を出るときの決心が、しっかりついて了う――


 ところが、その自殺の方法が、計画として書かれているものと実際に行ったもので、異なっているのです。(以下続稿)

*1:ルビ「ひきだし」