瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

恠異百物語(2)

 旧作を持ち出したのは、別に出来栄えを誇ろうとしてではない。以下に潤色して書いた「四つ」の怪異談のうち、3つはもとになった話の記録があるのだが、最後の1つは中学時代にそれまでに聞いた話を思い出して纏めた際に何故か忘れていて、ここに小説仕立てに書いたものしか資料がないのである。大学時代になると小学生の頃に聞いた話は忘れ始めていて、大筋は覚えていたけれども、細部は曖昧になっていたので、小説仕立てにしないと話にならなかったのである。
 しかし小説っぽくし過ぎた。今の私にはこんなのは書けない。とにかく参考までにここに上げても悪くないと思ったのである。
 それでは1話め(100話中の25番めという設定)を抜いて置く。

 
 さて、わたくしの番でございます、わたくしの郷里/の話でございます、つい一昨年ばかりのことでしょう/か、大阪の会社専務でまだ四十にもならない男が、六/年前に女を殺したと自首を致しました、その男はわた/くしの郷里の近在の者でございまして、内縁の妻と云/う者がございました、それが、随分に真面目な男でご/ざいまして、社長に見込まれて娘のムコにと望まれま/した、こうなると欲と二人連れと申します、小さな会/社で社長のマナムスメのムコと云うのは会社を継ぐと/同じことでございます、斯くなる上は知られぬうちに/始末せんものと思う訳でございます、さて、瀬戸内は/雨が少のうございます、溜め池はいくらもありまして、/夏の間は水を満たしてありますが、差し当たって冬は/水の用がございません、雨も少のうございます、よっ/て池は泥沼のようになってしまいます、そこへ睡眠薬/を飲ませて亀甲に縛って女を連れて参りました、明け/方のことと申します、自動車で池の端に乗り付けまし【15下】て、女を背中に負いまして、両手で肩をつかみまして、/投げ込みました、そのとき、朝日がさっとさしまして、/女の顔を照らしました、薬が少なかったのでございま/しょう、女は目を覚ましまして、男を見たと申します、/けれども頭から沈んでしまいました、
 さて、男は大阪に出まして、郷里とは縁を切って暮/らしておりました、ところが郷里に宅地造成があると/聞きまして、池のある丘陵地一帯が住宅地に変わると/云うので不安になりましたけれども、工事の範囲には/立ち入りがなりません、そのうち工事は終わりまして、/人骨が出たと云うことも聞きませんでしたので、安心/しておりました、
 それでも気に懸かるものでございます、妻が懐妊致/しまして、それがつわりがひどくて、ついには妊娠中/毒症となってしまいまして、一命は取り留めましたが/入院してしまいました、見舞いに休み毎に出掛けても/一日いる訳に行かず午後は暇を持て余します、そこで/住宅地に出掛けた訳でございます、ところがすっかり/変わっておりまして、捜しあぐねておりますうち、も/う日の暮れ方でございます、公園がございましたので、/便所で用を足してうがいを致しました、そうしてふい/と見ますと、砂場に砂山がございますし、地面に〇や【16上】四角で囲ったところがございます、昼の間は大勢の子/供がいたのでしょう、今は誰もいないと思ったのが木/にもたれ掛かるようにして男の子が一人しゃがんでお/ります、ほうっておいても良かったのでございます、/けれども、もとが田舎者でございます、声をかけまし/た、
――ボウヤ、ドナイシタン、――、――ボウヤ、ナン/ボヤ、――ムッツ、――ボウヤ、ヒトリカ、――ウウ/ン、――オカーチャントオトーチャント、イッショニ、/キタンカ、――、――ホンナラ、オカーチャンハ、/――オルゥ、――オトーチャンハ、――オマエヤ。
 その子供は、――オカーチャンガヨンドウ、と言っ/て木の陰に回り込んで、そのまま見なかったそうでご/ざいます、男は恐ろしくなりまして、警察に駆け込み/ました、その木の根元を掘りますと、ウロがございま/して、骨が出たそうでございます、懐妊しておったそ/うでございます、妻は流産したと申します、
 灯心を一すぢ抜きました、お次願います、


 ここに亀甲と云うのは、彼女との破局が決定的になったとき、別れ際に捨て台詞として「君を縛りたい」と言ったとか云う奴がそのサークルにいて、もちろんいよいよドン引きされて綺麗に別れられたらしいのだが(文藝サークルには変な奴が多いのだ――人のことは言えぬが)それをネタにしたのである。まぁ楽屋落ちで余り宜しくありません。
 この話は小学4年生の3学期、昭和57年(1982)2月頃に隣のクラスの担任の、まだ20代に見えた女性教師(N先生)から、もう外が暗くなった夕方のプレハブ教室で聞いた。大筋はこの通りで、適宜潤色させた。「内縁の妻」などと云う表現を小学生に対して使わないので「秘密で結婚していた」と言っていたように記憶する。まぁこの辺り、どうして交際も殺害もどこまでもバレずに済んだのか、疑問の残るところではある。――それはともかく、「お前やっ!」と大声で聞き手を驚かせる仕組みの話で、N先生もそこで私らを大いに驚かせてくれたのだが、文章にしてもそこは伝わらないし、淡々と「お前や。」と言わせた方が良いと思ったのである。
 もちろん先生は全て方言で話したのだが、実話として、かつ冬になると水のなくなる溜池と云うのが瀬戸内の気候区に属する土地の風土とも合致したから、本当に時期も土地も近いものとして聞いていたのである。(以下続稿)