瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

閉じ込められた女子学生(6)

 昨日の続き。
 川奈まり子実話怪談 出没地帯』に引用されている「オカルト系のまとめサイト」の書き込みだけれども、典拠である2ch(5ch)のスレッド「大学にまつわる怖い話」の、2004年9月29日の書き込み「296」番とは異同があります。恐らく川奈氏が見た「まとめサイト」が既に削除していたのでしょうけれども、私などからすると、こう云う語り手の存在を窺わせる記述こそが興味深いのです。
 全文を眺めて置きましょう。灰色太字は川奈氏が単行本に於いて表記を変えた箇所で、太字は川奈氏の引用には見えない部分です。

10年ちょい前。がJ子美短大いってて寮に入ってたんだけど、/妙に暗い感じの建物で、ほんとよく電気製品が壊れる。ラジオ聞いて/てヘンな音混ざるとかもう当たり前
そんなのにも慣れて、ある日友呼んで自室でお茶しながらカセット/テープかけてたらいきなり凄い音がしてテープが溶けてたと…
古いデッキでもなく、ごくごくふつーに使ってただけだそうです。
霊とかオカルトとか全然信じない子だけど、さすがにこの話してくれた時は気味悪そうだった。寮安かったらしいけど、人間関係とか他にも色々あって、無理して出ちゃいました。
普通の故障でそんなことになるの? わかる人いたら教えてください。
 
寮から見える校舎の屋上で学生運動がらみの焼身自殺があってどうこ /うっていう話も聞いたけど、スレ見たら都市伝説ぽいな。
 
今はその寮はトランクルームだそうで。

 平成16年(2004)9月の書き込みで「10年ちょい前」と云うのですから、仮に12年前として平成4年(1992)辺りでしょうか。友達が入っていた「寮」は、「寮から見える校舎の屋上で‥‥焼身自殺」と云うのですから、和田寮と高円寺寮と2つあった寮のうち、杉並校舎に隣接してあった和田寮でしょう。「女子美術大学女子美術大学短期大学部」HPの「沿革」を参照するに、「1961年4月 (昭和36)」条に「和田寮完成」とあります。閉鎖の時期は Wikipedia に拠ると平成21年(2009)3月だそうで、「今はその寮はトランクルームだそうで」と合いません。高円寺寮は同じく Wikipedia 情報ですが昭和41年(1966)落成、平成3年(1991)閉鎖ですから「10年ちょい前」にもギリギリ間に合いそうです。しかしながら、正確な住所はネット検索では分からないのですが、高円寺寮から杉並校舎まではかなり歩くことになっていたようで、どうやら校舎は見えそうにありません。そうするとやはり、平成22年(2010)10月落成の体育館の位置にあった和田寮と云うことになりそうです。
 この書き込みだけを見ると、大変不気味な建物だったように感じられますが、平成17年(2005)11月15日に立てられた[mixi]の「女子美和田寮コミュの☆ごあいさつ板☆」を見るに*1、元寮生たちの熱い思い入れが多数語られており、合う合わないの問題のようにも思われるのだけれども、――川奈氏によると、実際にこの寮では、いろいろとあったらしいのです。(以下続稿)

*1:私はmixiユーザーではないので書き込みを全部読むことが出来ませんが。