瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

閉じ込められた女子学生(14)

 川奈まり子実話怪談 出没地帯』では、昨日引用した事件の概要に続いて、当時、川奈氏が「黒ずんだ染み」を見て「今にも我とわが身を焼かれるよう」な感じがして「悪友たちと面白半分に見に行ったことすらたちまち後悔した」ことや、一方で「同級生の中には心霊写真を撮りに行った猛者もいた」こと、そして「屋上に幽霊が出るという噂」が「焼身自殺事件の直後から」立ち「神経が繊細な者が多い」「美術を学ぶ少女ら」と云うこともあって「幽霊を見る者が続出した」ことなどが、29頁5行めまで述べてあります。
 しかし、どうも妙な気分がするのです。――すなわち、内部進学とは云え卒業間近の、そして4月から進学することになる大学での衝撃的な自殺事件、それはこれからの短大2年間・学部4年間に対する漠然とした期待感に、暗い陰を差すことになったと思うのですが、そのような人生の節目に於ける感慨のようなもののない、妙に一般的な感想であるように、思われるからです。
 この違和感は29頁6行め、1行分空けて次に記述される別の事件について読み進めると、より深まって行くのです。これについては全文、30頁12行めまで抜いて置きましょう。

 その少し後、今度は寮で事件が起きた。
 夏休み中に寮生の一人が自室内の金属製ロッカーに自ら閉じこもり、そのまま飢死/してしまったのだ。休みが明ける直前に管理人が発見したときには遺体は腐乱して顔/も崩れ、すぐには誰だかわからなかったという。
 夏休み、皆が帰省するなか独りだけ寮に残り、なぜロッカーに入ったのか。
 死ぬまでには、相当、飢えと渇きに苦しんだはずだ。事故なのか自殺なのかは不明/である。殺人の可能性はないとされたが、あるいは本当に閉じ込められたのかもしれ/ない。
 とにかく彼女は息絶え、亡骸は静かにじわじわと腐っていった。*1
 人気の無い寮の建物に充満してゆく腐敗臭。遺体発見時、ロッカーの戸は閉まって/いたということだ。棺と化した鉄の箱を開けたときの、管理人の驚愕と恐怖はいかば*2【29】かりか。
 付属高校から短大にあがると、件の寮に住む友人ができた。*3
 彼女から聞いた怪談は、こんなものだった。
「死体が入ってたロッカーが部屋に戻ってきちゃったんだって。処分したはずなの/に」「学校側は部屋をまた利用しようとしたんだけど、色々おかしなことが起こるか/ら諦めて、その部屋は使用禁止にしてある」「トイレや廊下で死んだ子の幽霊を見た/寮生が大勢いる」「ときどき、フッと、とても厭な臭いが、どこからともなく漂って/くる」
 実際、遊びに行ったときには、問題の部屋はリフォームが済んでいるにもかかわら/ず空室になっていた。
 これが、冒頭で紹介したまとめサイトにあった寮の怪談の大元だろう。
 こちらは事件性は無いとされ、不幸な事故として内々で処理されたと聞く。


 ここまで何日か、「閉じ込められた女子学生」とは関係なさそうな大学校舎屋上での焼身自殺についても縷々述べて来ましたが、私はその真相に迫りたい訳ではなくて、この川奈氏の本で初めて知った、女子美術大学の寮で起こったとされる「閉じ込められた女子学生」の「事故なのか自殺なのか」の「事件」の時期考証に絡むので、一通り見て置いたまでなのです。
 それはともかく、2016年9月29日付「「ヒカルさん」の絵(08)」の後半に述べたように、携帯電話のなかった時期なら、長期休暇に子供が帰省しなかったとして、アルバイトだか勉学だかで忙しいのだくらいに思われて、等と云うこともあり得たと思います。とにかく個人が連絡手段を持ち歩いている、と云う状態ではありませんでしたから、実家暮しでなければ直接連絡する手段がなかった訳で、友人たちも、故郷の人たちは東京にいるのだろう、東京の人たちは帰省しているのだろう、仮にそれで連絡が付かなくとも旅行しているのだろう、と、まさか死んでいるとは思いませんから、そんな風に都合良く(?)解釈して済ませてしまうことになったろうと思うのです。――しかし、帰省しない学生もいそうなものですが、発見状況が川奈氏が述べている通りだとすると、長期休暇中の寮は閉鎖されていたと云うことになりそうです。
 それはともかく、ここで私が疑問に思うのは、この「事故なのか自殺なのか」が「焼身自殺事件」の「少し後」とされていることです。――「付属高校から短大にあがると、件の寮に住む友人ができた」と云うのは、通える範囲に住んでいる内部進学者は寮には入らないでしょうから、地方から出て来て女子美術短期大学に入学した人と、短大に内部進学してしばらくして、親しくなったのだと読めます。従ってこの「件の寮」の「事件」は「付属高校から短大にあがる」前のことのように読めるのですが、川奈氏は昭和61年(1986)3月高校卒業、4月に短大進学ですから、1月26日の焼身自殺から「後」の「夏休み」とすれば、昭和61年、川奈氏が短大1年生の夏と云うことになってしまいます。
 もちろん夏休みのうちに「内々処理された」ので、川奈氏ら在学生たちの間にはあまり広まっておらず、「件の寮に住む友人ができた」のは秋以降で、この話が出たときには既に過去のことのような按配だったのかも知れません。
 しかしながら、初出のニュースサイト「しらべぇ」連載の2015/02/18「【川奈まり子の実話系怪談コラム】母校の怪談【第九夜】」にて、当該箇所を見ると、

しかし、その少し後、さらに怖い事件が、今度は寮で起きてしまった。
これが冒頭に書き写した、まとめサイトにあった怪談の元である。
こちらの出来事は、事件性は無いとされ、不幸な事故として内々で処理されたらしい*4が、話を聞いて想起されるビジョンの気持ち悪さは、焼身自殺の上をいく。
――夏休み、寮生の一人が自室内の金属製ロッカーに閉じこもり、そのまま亡くなってしまったという。夏休み明け直前に、寮の管理人が腐臭に気づいて発見されたが、そのときにはすっかり腐乱しており、誰であるかもわからないほどに顔も崩れてしまっていた――。
 
夏休みで皆が帰省する中、1人残って、なぜロッカーに入ったのか。壮絶な心理状態だったには違いない。
餓死したのか脱水症状が亢進したのか、彼女は間もなく亡くなり、そして亡骸は静かにじわじわと腐っていったのだ。
人気の無い寮の建物に充満してゆく腐敗臭。ロッカーの戸は閉められていたというから、戸の隙間からは、強烈な臭気を放つ体液が滲みだし、ポタリポタリと床に滴り落ちていたかもしれない。
棺と化したロッカーを開けたときの管理人の驚愕と恐怖はいかばかりか。
……と、このようにリアルに想像すればするほど、グロテスクで怖いのである。
 
女子美短大にあがると、件の寮に住む友人ができた。彼女から聞いた怪談は、こんなふうだった。

「死体があったロッカーを捨てたのに、翌日には戻ってきちゃったんだって」
「学校側は、ロッカーを処分して、部屋をまた利用しようとしたんだけど、色々おかしなことが起こるから諦めて、その部屋は使用禁止に……」
「トイレや廊下で死んだ子の幽霊を見た寮生が大勢いる」
「ときどき、フッと、とてもイヤな臭いが、どこからともなく漂ってくる」


そうした話のすべてが本当だったとは思えないけれど、実際、遊びに行ったときには、問題の部屋はリフォームが済んでいるにもかかわらず空室になっていた。他の部屋は全て埋まっているのに、だ。
がらんとした無人の部屋には冷気が満ちており、好奇心から覗いてみたことをたちまち後悔しながら私はドアを閉めたのだった。

と、寮を訪ねたときのことが具体的に述べられていることにも注意されますが、単行本の記述よりも一層強く、「事件」が川奈氏の女子美術短期大学進学前の出来事のような印象を受けるのです。しかも、友人から聞いた話が「部屋をまた利用しようとしたんだけど、色々おかしなことが起こるから諦め」た、と云う、夏休みからさらに時間が経過したことを窺わせるものになっているのが、ここは単行本でもそのままなのですが改めて、印象付けられるのです。――ロッカーの中で死亡した人と同時期の寮生たちがこの部屋に入りたがるとはとても思えませんから、部屋の再利用は新年度を迎えてから、と云うことになろうかと思うのです*5。……こうなると焼身自殺との前後関係は川奈氏の説明通りで良いのだろうか、と思わざるを得なくなって来るのです。(以下続稿)

*1:ルビ「なきがら」。

*2:ルビ「ひとけ ・ひつぎ」。

*3:ルビ「くだん」。

*4:単行本では前の段落からここまでを末尾(30頁11〜12行め)に移し、ここに「殺人の可能性はない」の段落(29頁11〜13行め)が増補されているが、「殺人の可能性はない」と「事件性は無い」は重複するようである。

*5:この「事件」が昭和61年の春休みのことだとすれば、私の想定した諸事情を、一応はクリア出来るのですけれども。