瑣事加減

2019年1月27日ダイアリーから移行。過去記事に文字化けがあります(徐々に修正中)。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(194)

・朝里樹『山の怪異大事典』(2)
 前回「出し過ぎ」と批判しましたが、本書も取り上げている怪異や妖怪などは出世作の『日本現代怪異事典』に出しているものと重なって来るだろうし、本書の「構成」が「地方ごとになって」いると云うのも、同時期に刊行が始まったより網羅的な地方別『日本怪異妖怪事典』全8巻との重複を避けられないでしょう。正直、屋上屋を架すような印象は否めません。しかしそこは、既に取り上げましたけれども東雅夫も便乗して『文豪山怪奇譚』と『山怪実話大全』の2冊を出した『山怪』ブームがあったからで、本書も私の見た図書館蔵書では外されておりますが Amazon の書影を見るに、帯に「山怪事典の決定版」或いは「ベストセラー『日本現代怪異事典』著者が綴る/待望の「山」篇」等と云う、少々突っ込み所のある惹句*1が躍っておりまして、――これも『山怪』関連本の1冊として捉えるべきもので、改めて『山怪』の影響の深刻さ(!)が窺われるようです。
 とにかく、私にはわざわざ出さなくても良さそうに思えるのですが、そこは確かに工夫をしております。まづ山に特化しているところ、『山怪』から始まって山の怪異に魅せられているような人には訴えるものがあるでしょう。それから『日本現代怪異事典』との違いとしては、帯の裏表紙側*2に「本事典の特色」を6つ列挙したうちに「怪異の舞台となる時代は/神話時代から現代まで網羅」とあるように、現代に限っていないことが挙げられます。
 こう云った辺りは2~5頁「はじめに」を読めば良いのですが、概説に当たる部分は2頁2行め~3頁15行め、ごく簡単なもので、本書は朝里氏が意欲を持って編纂したのではなくて、版元の方から企画を持ち掛けて、山に特化したものを作らせた、と云う背景が察せられそうです。3頁16行め「 事典の構成は地方ごとになっており、各項目は山のどこに出現したかによって分類されています。」として、17行め~5頁3行めまで、各話の見出しの下に黒の正方形に白抜きで示された20箇の分類について説明しています。この分類、それから377~389頁「五十音順索引」に全見出しに都道府県・頁を添えて示している辺り、私は朝里氏の事典が成功した理由の1つには、分類と索引があると思っているのですが、本書でも控えめながら発揮されております。但し6~7頁「目次」が都道府県名のみで、各都道府県にどれだけの数の、どのような題の話が載っているのかを見渡すことが出来ません。検索の便宜のためにも、見出しと場所(山名)を列挙する形の目次を巻頭に付けて置くべきでした。それから山を舞台に限定していながら地名索引がないのも、頂けません。どの山の話が載っているのか、本文を細かく見て行かないと分かりません。かつ、山は県境になっていることが多く、2つの県を跨いでいる場合、どちらかの県に記載があってもう一方には載せてない、と云うこともあるでしょうし、1つの山の話が2つの県に分散して載せてある場合もありましょう。そうなっていたとして、これでは直ちに検出することが出来ません。
 その他にも弱点としては、網羅主義のために「創作した」らしい「体験談」を排除していないこと、中にはたまたま「山」で体験した、他に色んな場所での類話・体験談が報告されているような話も含まれています。こういう話まで「山の怪異」にしてしまうと際限がなくなってしまいましょう、それから「山」或いは「トンネル」と云うことで品川区の権現山や渋谷区の千駄ヶ谷トンネルまで入っております。
 出典はほぼ全ての話に示されておりますが、正直、もっと早い時期の、もっと確実なものがあるのに俗書のようなものから採っているものもあり、あまり厳密なものではありません。それから、各都道府県の代表的な伝説集に載っているような一般的な伝説を、とよだ時『日本百霊山』と云う、『山怪』で当てた山と溪谷社がヤマケイ新書で出した本から採っているのも、少々演出じみていてどうかと思います*3
 156~233頁「中部地方」171頁中段5行め~195頁上段8行め「長野県」には55話、見出しの50音順に収録されております。細目の目次がないので数えて行ったので数え間違いがあるかも知れません。その25話め、182頁上段6行め、2行取りで灰色地にした見出し「白馬岳のおんぶ幽霊」に[山]の分類、7行め、明朝体太字でやや大きくリード文「殺人者にしがみつく被害女性の霊」とあって左にある縦線とともに2行取り、8行めから182頁下段3行めまで本文。
 さて、この白馬岳の話、2018年8月23日付(040)に抜いたように、既に出世作『日本現代怪異事典』でも取り上げられていました。そこでは『日本怪異妖怪大事典』を介して「あしなか」に載る話に触れております。私はこの「あしなか」の話が実は青木純二『山の傳説』の剽窃で、『日本怪異妖怪大事典』とそのベースになった「怪異・妖怪伝承データベース」は、このような素姓の怪しい報告を無批判に載せていることを批判したのでした*4が、朝里氏はこの「あしなか」の報告に当たるのではなく(私の指摘を参考に避けた、と云う訳ではなさそうですが)別の本に依拠しているのですが、それがどうも、何故この本を選んだのか、と云わざるを得ないような本なのです。(以下続稿)

*1:「山怪事典」と云うジャンルをいつの間にか拵えていることや「事典」なのに「綴る」なのか、と云った点。

*2:HN「アマゾン」の Amazon レビュー、2021年6月26日「最凶心霊スポット満載」に貼付された写真に拠る。

*3:この場合の「霊山」は「霊」の出る「山」と云う意味ではないにしても、そのような「怪異」気分を出すためにわざわざ選択したかのように見えてしまいます。

*4:以前は詳細を検討した過去記事を一々リンクで示したものでしたが、リンクを踏む人が殆どいないので止めておきます。検索窓に「あしなか」或いは「末広昌雄」等と入れて辿って下さい。

「木曾の旅人」と「蓮華温泉の怪話」拾遺(193)

 怪異妖怪愛好家・作家の朝里樹が「蓮華温泉の怪話」の類を「おんぶ幽霊」と呼ぼうとしていることについては、2018年8月18日付(035)以来縷々批判を加えたのですが、全く気付いていないのか、それとも気付いていても黙殺しているのか、とにかく私の云うことなぞまるで通じておりませんので、その後に出た本でも繰り返されております。
・朝里樹『山の怪異大事典』2021年6月25日 第1刷発行・定価2000円・宝島社・399頁・A5判並製本

 この本については、出た当座に図書館で一覧して、どうかと思ったのですが、朝里氏はその後も矢鱈と、怪談の要約を羅列した事典を出し続けております。何点かは既に取り上げていますが、流石に追い切れないのでここに書影だけ分散させずに並べて置くこととしましょう。 この他にも読物やアンソロジーが若干ありますが、流石に出し過ぎでしょう。監修と云う形で、恐らく名前と材料を貸して関わったらしい出版物も少なくありません。それにしても、売れ筋と云うことなのでしょうが、出版社も安易に出し過ぎと云わざるを得ません。(以下続稿)