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2005-03-04-Friday 雪でした

[]丸山茂雄氏

404 Not Foundにあるように「コンテンツビジネス未来」というシンポジウムに行ってきた。

なんといっても印象に残ったのは、元ソニーミュージック、現247ミュージック代表取締役の丸山茂雄氏だ。久々にオーラを発する好々爺というのに出会った。以前から新聞記事のインタビューなど読んで面白いじいさんだと思っていたが、人を惹きつける話し手だった。現場を知っている人が長年かけて提示するフレームには力がある。ちなみにno titleというのは丸山氏が作ったインディーズレーベルの会社だ。

音楽のダウンロードはただで良い。とにかくたくさんの人に聞いてもらわねばはじまらないから。

という結論に至る彼の話はこんな感じだった。

ビニール盤のLPの時代は、アルバムというのはコンセプトアルバムだった。それは曲や曲順を含めたアーティストの作品をリスナーが受け止める時代だった。ビニール盤というのはRCA発明したが、音楽盤以外に用途がないから、レコード会社が内製していた。つまり設備投資が必要なのが音楽産業でメジャーレーベルの時代でもあった。

ところが、CD80年代初頭に登場した。するとCD記憶媒体として汎用性があったため、生産コストが下がり、また外部委託が可能となったため、インディーズレーベルが登場してきた。リスナーにとってはウォークマンという革命があったため、自分でチョイスの増えた曲を編集して持ち歩くようになった。

そしてついに去年、iPodでとんでもない変化が起きた。もはや余剰となった記憶媒体に、ぼんぼんリスナーが曲を放り込む時代になった。数の増えたインディーズレーベルによって、さらに多様となった曲のつまみ食いだ。iTunesのおかげで音楽パッケージの自己編集習慣が加速した。

こうなるともう、音楽は作品ではない。それは情報になった。人は作品には価値を感じてお金を払う。が、情報というのは原則お金を払わない。なぜならば情報は万人にとって価値があるものではなく、ユーザーがその文脈しだいで価値を決めるものだからだ。

自分は供給者側の構造変化からインディーズに移ったが、そこに所属するアーティストの作る音楽はほとんどが情報である。まだ作品として認められていない。情報だったら、基本的に無価値であるわけだから、どんどん聞いてもらうしかない。だからダウンロードしてもらってもただで良い。コンサートなどで収益を上げて、人気が出てきたらはじめてCDとしてパッケージ化すればよいのだ。

ちょうど、この次の話者がOLCライツエンターテイメントというバリバリの著作権保護者の話だったので、対比が面白かった。OLCの岡田さんは「価値のあるものがプロパティであり、価値のあるものには対価が行くべきだという点では丸山さんと同じ考え方」と主張していたが、OLCが扱っているのは「カネのなる木」となったプロパティであり、アーリーステージ投資する丸山氏のビジネスとはわけが違う。