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さめたパスタとぬるいコーラ

2016-05-21

『ガルム・ウォーズ』初日舞台挨拶行ってきた 押井監督次回作はIG制作のアニメ映画?

| 19:02 | 『ガルム・ウォーズ』初日舞台挨拶行ってきた 押井監督次回作はIG制作のアニメ映画?を含むブックマーク

『ガルム・ウォーズ』をTOHOシネマズ六本木で観てきました。初日舞台挨拶付き。押井監督を初めて生で見れて嬉しかったです(厳密には『攻殻2.0』を劇場で観た際、直前の上映に押井監督が舞台挨拶で来ていて、廊下の遠くの方を歩いていくのを見たことはあった)。

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エントランスにサイン入りポスターと作中に出てくる空母の模型が展示されていました。

 

本編は『アヴァロン』系統のこってり加工された映像美と、ファンタジーと言いつつSF意匠をたっぷり含んだ内容で楽しませていただきました。上映終了後には押井守監督、日本語吹替版でカラ役を演じた朴璐美さん、キャッチコピーを担当した虚淵玄さんが登壇。中でも印象的だったのが以下の押井さんの言葉(記憶を頼りに書いてるので言い回しは不正確です)。

「今回はファンタジーという方法で世界がどう始まり、どう終わるのかということを描いた。自分の作品の中でも珍しい大上段に振りかぶった作品。それを実現させてくれたIGの石川とバンダイバンナム)の鵜之澤には感謝してます」

「鵜之澤」というのは旧『ガルム戦記』時代にプロジェクト凍結を押井監督に直々に言い渡した鵜之澤伸プロデューサーのこと。『ガルム・ウォーズ』としてプロジェクト再開を決定したのも鵜之澤さんでした。「石川」はプロダクションIG社長の石川光久さんです。普段二人に対して憎まれ口を叩いてばかりの押井監督だけに、17年越しの映画実現に際して真っすぐな謝辞を送っていて、大変ぐっときました。

 

石川社長は当初、『ガルム・ウォーズ』を作ることになった押井監督に対して「やるのはかまわないんだけど、我が社的には1円も出したくない」というスタンスだったそうなのですが、製作資金が尽き、作品が頓挫しそうになったときに大量のお金を投入する英断を下したそうす。という話を押井監督が舞台挨拶直前にLINE LIVEで行われた動画配信で語っていて、その辺も面白かったので以下に紹介します。動画の最後に乱入する石川社長の話も面白い。話を聞く限り、押井監督の次回作はアニメ映画になるっぽい? 実現すればアニメ作品としての新作は2008年の『スカイ・クロラ』ぶり。楽しみですね。

 

ガルム・ウォーズ 5/20公開!押井守×虚淵玄 喪われた物語 / LINE LIVE (動画の25分過ぎから)

 

押井 今でも覚えてるけど、石川は「(『ガルム・ウォーズ』を)やるのはかまわないんだけど、我が社的には1円も出したくない」って言ったのよね(笑)。最終的にはかなり出してくれたので、それだけは褒めても良いと思う。撮影中、やめるかってところまで3回くらい行ったから。これ以上予算の出処が無くて、どうすんだっていうさ。

 実写の怖さは日々お金が出て行くこと。ひと月待って、とかできないので。今中止にするのか、お金をどこかから工面するのか、今日中に決めなきゃいけないというときに石川が「やろう」っていうさ。だから結果的には相当なお金を出したわけだけど。よく(IGが)潰れなかったなって。仮払いとはいえ、普通こんだけ出してたら会社潰れるよなっていうような額だったから。それだけは大したもんだって言える。

 だからさ、博打と一緒なんだよ。どんどんコールして賭け金を上げていって、降りた側が負けちゃうわけだよ。映画ができなければゼロ。今やめればこれだけの被害で済むけど、出し続ければもしかしたら儲かるかもしれない。でも完成するまでにいくらかかるのか、正確には誰も分からない。それが監督の仕事と言えばそうかもしれないけど、そうは言っても銭勘定しながら映画は撮れないから。

 だから本当の大博打だったと思う。その意味で言えばこの映画が完成にこぎつけたのはお世辞でもなんでもなく、石川という男の英断というか決断というか……もしかしたら暴走だったかもしれないけど(笑)。ただそういう人間が最低一人か二人いないと映画ってできないんですよ。監督が暴走しようにも、ガソリンが無ければ走れないわけだから。だから世に言う「監督の暴走」っていうのは厳密には存在しない。それを許したプロデューサーがいるんだから。

 

配信の最後で石川さんも交えて一言ずつメッセージを、という流れになり石川社長も登場。当初出演予定はなかった石川社長、急遽呼ばれて登場を渋っていると押井監督から満面の笑みで「いいから来いって」と催促される。

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「いいから来いって」と満面の笑みの押井さん

押井 自分の思いとしては『ガルム』が完成してから随分経ってるから、早く次の作品に向き合いたい……ということなんだけど。(ツンツン)」

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石川社長を嬉しそうにツンツンする押井さん

 

石川 ある人に営業ってなんですかって聞いたら、「営業する人は気を使うのは大事だけど、遠慮はしちゃいけないんだ」って言われました。できない営業マンは気を使うし遠慮もしちゃう。そういう意味で押井さんとどうするかと言えば、これまで押井さんには相当気を使ったし、金も使ったしね、ただ遠慮しちゃいけないってことを『ガルム』で知ったんだよね。だから次で押井さんと組むときには、もう実写じゃなくてアニメーションを作って欲しいし、押井さんにアニメーションで映画を作ってもらうために今回の『ガルム』ではお金も最大限「気を使った」、ということを皆さんに伝えたいです。

 『ガルム』は最初は本当に押井さんの首を締めようかというくらい、夢にまで出てきたんだけど。まあでも段々出てくると味になるし。最終的に鈴木敏夫さんも企画に参加してくれて。どういう形でも、次に押井さんのこれだっていうアニメーションを皆さんにお届けすることがこの作品にとっても、皆さんにとっても、押井さんにとってもね、そして虚淵さんにとってもね!*1 ということをこの場で契約処理させてもらって……。

石井 ちょうど視聴者も65万人になりましたので、65万人の視聴者が証人になると。

虚淵 おっかないな(笑)。

 

というわけで押井監督、次は是非ひさびさにアニメを撮ってください。最近の実写作品だと『東京無国籍少女』などは結構楽しめたんですが、やはりそろそろ押井さんのアニメ作品が観たいです。

*1:石川社長、最近IGの企画(非押井監督作らしい)に虚淵さんを誘っていたらしく、それが頓挫(?)したばかりだったらしく、やけに虚淵さんに絡みたがる。

2016-04-14

アニメ『文豪ストレイドッグス』1、2話感想 あたりまえのように朝を迎えるということ

| 07:47 | アニメ『文豪ストレイドッグス』1、2話感想 あたりまえのように朝を迎えるということを含むブックマーク

 アニメ文豪ストレイドッグス』が面白いです。主に原作との差異に着目して感想を書いてみます。

 まず1話目。いきなり川辺で体育座りをしている主人公の敦。終盤でも同様に、自らの殻に閉じこもるようにうずくまる姿が見られました。

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  孤児院を回想するシーンも含め、社会から阻害されている敦の様子が伺えます。こうした孤独を強調した演出を見て、自然と『ウテナ』や『ピングドラム』を連想しました。孤児院の回想シーンでは背景に教会にあるようなステンドグラスも描かれるので、余計に『ウテナ』を思わせます。

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 このように、アニメ版の『文豪』はかなりシリアスなトーンで始まりますが、そこですかさず登場するのが太宰です。太宰の声優宮野真守。宮野さんは過去の五十嵐・榎戸作品において『桜蘭高校ホスト部』の環役や、『スタードライバー輝きのタクト』のタクト役で無くてはならない存在でした。個人的には特にタクトの印象が強いのですが。そのタクトの声で「起きろ少年!」と、孤独に沈む敦を叩き起こすまでが第1話です。

 「起きろ少年!」とはアニメオリジナルの台詞です。原作では白虎の正体が敦であることが分かり、太宰が敦を探偵社に引き入れようとするまでは同じですが、敦は気絶したままで、そのことをまだ知りません。第1話とは往々にして作品のテーマ性が打ち出される大切な話数です。僕はアニメ『文豪』で扱われる主なテーマは敦の持つ孤独、そしてそこからの救済であると受け取りました。

 

 つづいて第2話です。いきなり「見知らぬ天井」から始まるので笑ってしまいました。

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 しかし問題なのは天井ではなく、むしろこちら↓

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 手。

 敦は1話ラストの出来事を回想し、自分の右手が虎の手になっていたことを思い出して、慌てて飛び起きます。そして手が人間に戻っていることを確かめ、ひとまずは安堵する。右手を見つめることで自分と世界との距離感を見つめる、という行為は極めてエヴァ的です。ついでに言うと、『新世紀エヴァンゲリオン』の第2話(上のキャプで言うと最初の3枚あたり。キャプは『序』からとってきてますが)は庵野さんと榎戸さんの共同脚本です。

 説明不要かもしれませんが、エヴァにおいて手というモチーフは本当に重要で、シンジが大きな決断を下す際などにも必ずと言って良いほどクローズアップされます(というと少し大げさですが)。

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 『文豪』は主人公が内向的な性質を持つ少年である点ではシンジと共通しますが、大きな違いが先ほども指摘した太宰の存在です。2話で福沢に敦を一任すると言われた太宰は、「お任せ下さい」と返事をします。これも原作には無かった台詞で、主人公を導く役目を担う覚悟がより鮮明に見えます。

 

 2話を観ていて、最重要だと思った台詞が2つありました。まず、太宰が敦と話していたときに思わずこぼした次の台詞。直後の物憂げな敦の表情が意味深です。また、この台詞はその後Bパートでも谷崎が繰り返すことになります(おそらく太宰による台本)。

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太宰 まったく、異能力者って連中は皆、どこか心が歪(いびつ)だ

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谷崎 ほんっと、異能力者って奴らはどこか心が歪(いびつ)だ……*1

 そして、太宰と福沢が敦について話し合っているときの台詞。

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太宰 社長。社長はもしここに世界一強い異能力者が現れたら雇いますか

福沢 そのことが探偵社員たる根拠とは成り得ない

太宰 だから私は彼を推すんです

 これらの台詞から、本作は「強さ」「異能力」「探偵社」といった言葉・要素に注意を払いつつ視聴した方が良いなと感じました。そもそも「探偵社」とは、社会から阻害されていた敦を受け入れてくれた場所です。そこで評価されるのは世間一般で歓迎される強さではない何かということになります。

 

 太宰のいう「心の歪さ」について考えていて、ふと榎戸さんが過去に書かれた『少女革命ウテナ』の解説文を思い出しました。以下、少し引用します。

鳳学園は、時空間の拘束すら受けない特殊な原理が支配しているようだ。

では、それはなにか? この学園を支配する原理はなにか?

ポイントは弱さである。

(中略)

鳳学園という舞台は、弱さを軸にすべてが展開していく心象風景なのだ。

徳間書店 アニメージュ文庫「少女革命ウテナ脚本集・上 薔薇の花嫁」巻末収録 第22話「根室記念館」の解説

デュエリストって、なんかみんな思い込みが激しかったり、片寄った人ばかりですね、という手紙を書いた君。

その通り。

才能とは、欠落であるという。

彼と彼女らは、生徒会メンバーであるという特権に守られてこそ、その特殊性を損なわずに学園生活をおくれるのだ。だが、崇拝の対象である彼らの才能は、いつでも、逆に疎外の理由にも転化しうるものである。

けれど、環境から疎外されて人が人間になったように、周囲にとけこめない彼らであるからこそ、一般生徒とは異なり、デュエリストになりえたのだ。

 

周囲との共同生活という点で言えば、幹よりは梢の方が、樹璃よりは枝織のほうが、うまくやれているし、実際そうしている。黒薔薇編は、一般の生徒が環境から疎外されて、デュエリストになるまでの過程を描いた物語だ。(それは“世界”と出会うまでの物語だ)

第23話「デュエリストの条件」の解説


 読み返してみたらアニメ『文豪』に当てはまりすぎワロタ感しかなかった。才能とは欠落であり、崇拝の対象であると同時に疎外の理由にも転化しうるというのはまさしく敦の置かれている状況そのものです。そんな危うい状況にあってなお世界と向きあおうとする態度こそ、探偵社で求められるのではないでしょうか。そういう意味では敦は身を挺して爆弾に覆いかぶさるまでもなく、爆弾魔に対して口をついて出た言葉だけで十分探偵社員の資格があったのではと思います。

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  生きていればきっと良いことがある

谷崎 良いことって?だから良いことってなに?

  ち、茶漬けが食える!茶漬けが腹いっぱい食える!天井があるところで寝られる。寝て起きたら朝が来る。当たり前のように朝が来る!……でも、爆発したら君にも僕にも朝は来ない。なぜなら死んじゃうから

 しかしそうすると、明るく敦を救い出してくれた太宰の「自殺マニア」という側面がなんとも不気味です。明らかに敦の持つ、負の側面を持ちながら前向きであろうとする態度とは真逆。アニメでこの要素をどう料理していくのか、じっくり見守りたいところです。

 ところで太宰エヴァついでに。1話で太宰が読書をするシーンで、以下のようなアニメオリジナルの台詞があります。

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  太宰さん、何を読んでるんですか

太宰 良い本

  こんな暗い中でよく読めますね

太宰 目は良いから。それに、内容はもう全て頭に入ってるし

  じゃあなんで読んでるんですか

太宰 何度読んでも良い本は良い

 この繰り返し何かを行うというところが、『Q』のカヲルの言葉と重なって見えました。

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シンジ どうしたらもっと上手く弾けるのかな?

カヲル 上手く弾く必要はないよ。ただ、気持ちのいい音を出せばいい

シンジ じゃあ、もっといい音を出したいんだけど、どうすればいい?

カヲル 反復練習さ。同じこ事を何度も繰り返す。自分がいいなって感じられるまでね。それしかない

 思えば『Q』ではカヲルがシンジを導く役でした(行き着いた先は散々でしたが)。アニメ『文豪』の太宰には是非、敦くんを幸せにしてもらいたいですね……。

*1追記(20160414) 本エントリ公開当初、谷崎の台詞しか取り上げておりませんでした(恥ずかしながら、単純に太宰の台詞を聞き逃していたため)。twitterで「あの台詞は2ヶ所出てきており、谷崎の台詞は太宰の台本によるものなのでは?」と指摘をいただき気づくことができました。教えてくれたななまるさんありがとうございます。それに伴い、前後の文章に修正を加えました。

2016-04-11

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』感想 たのしいザック・イン・ワンダーランドに飛び込もう

| 23:21 | 『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』感想 たのしいザック・イン・ワンダーランドに飛び込もうを含むブックマーク

めくるめくザック・イン・ワンダーランドで最高でした。ヒーロー映画でこれだけ楽しめたのはノーランバットマンぶり。以下、ネタバレ感想。


ジャスティスの誕生」というタイトルを具現化したような冒頭&ラストシーンがとにかく最高でした。

まず冒頭の詩的なバットマン誕生シーン。少年時代のブルース井戸に落ち、コウモリに出会い、バットマンになるというお馴染みのやつ。本作の肝となるのがここの「落下と上昇」というモチーフ(と、勝手に思ってる)*1ブルース井戸に落ちたあと、飛び出てきたコウモリたちと共に上昇していく。ラストのスーパーマンの復活は、これと対になってるように見えました。すなわち、スーパーマンの死=埋葬=転落と、復活=上昇。棺の上に被せられた土が上昇して幕、というのが絵的にもリンクして見えて美しかったです。

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そういえばスーパーマンは前作『マン・オブ・スティール』でも飛行訓練で墜落した際、再度飛び立つ前に地面の土や小石を浮遊させていました。

壮絶な死を遂げたスーパーマンをラストで安易に生き返らせたら物凄く陳腐になってしまうのでは……と初見時にはらはらしましたが、そこが最大の杞憂でした。それまで散々繰り返しておいた“神”というモチーフを活かして、露骨なまでにキリスト教におけるイエスの復活に展開を被せてくるわけですね。また、落下/上昇モチーフはレックスの言う「悪魔は空から来る」という台詞にもかかってくる気がします。レックスが逮捕される際、レックスの部屋に飾られた絵画の悪魔が意味ありげにアップで映りますが、あれは次回作以降で地球に降りかかるであろう厄災の暗示でしょう。善なるものが天上天下どこから来るのかは知りませんが、地球に災いが起こるのであれば、どちらにせよヒーローは必要になる。その最強のヒーローの復活を告げてエンドロールに突入するラストが実に気持ち良かった。

ついでに、レックスはスーパーマンとの対面時に「チクタクチクタク、遅刻だぞスーパーマン」的なことを言ってましたが、これは『不思議の国のアリス』の白ウサギですね。白ウサギといえばアリスを穴に誘い込む(落下させる)役。冒頭のバットマン誕生シーンの落下で真っ先に連想したのが『不思議の国のアリス』だったので、実際に「アリス」絡みの台詞がでてきて驚きました。

 

随所でぶつ切り気味なストーリー展開に不満の声も上がっていますが、言うほどぶつ切りだったでしょうか。確かにブルーススーパーマンと戦争状態になった未来を幻視するシーンでは随分大胆な繋ぎ方をするなと思いましたが。あのシーンはレックスから盗んだメタヒューマンに関する情報にアクセスを試みたことで、『シュタインズゲート』で言うところの世界線の変動が生じた結果、起こりうる最悪の未来を幻視したと解釈できるし。謎の赤い服のキャラクターが「俺たちを探せ」と言いながら時空の彼方へ消えていったのが次回作への伏線であることも、仲間探しに乗り出す終盤のバットマンたちを見れば意味は理解できます(あれはフラッシュというキャラクターらしいですが、事前知識が無かったのでそれは後から知りました)。

バットマンに罪を被せようとする陰謀劇がなんだか分かりづらかったのは、もう少しやりようがあった気はしますが、まあそれはそれとして。

強いて言えば、バットマンスーパーマンを敵視する理由が個人的には掴みきれなかったかなあ。ただそれについてもアルフレッドに対して言っていた、20年間バットマンとして世間を見てきて、その間正義を維持できた人物がどれだけ居ただろうか、という言葉を聞けば納得できなくもない*2。まああとはベタだけど、抑止力としての武力をどう捉えるかってやつ。スーパーマンの存在を最強の武力=抑止力と考えることもできるけど、それこそが外敵(この場合は悪意を持った宇宙人)を引き寄せる要因にもなってるよねという。だからこそスーパーマンに消えて欲しいと考えるのがバットマンで、他方レックスは同等以上の力を持って覇権を握りたいと考える。


ヒロインのロイスが、バットマンスーパーマンにとどめを刺そうとするところに仲裁に入るシーンで吹き出す人もいるようですが、個人的には『マン・オブ・スティール』終盤での無理矢理な登場に比べたら問題なく許容内。ロイスは仲裁を目的にバットシグナルを目指してヘリコプターで飛んでいくわけですから、その場に居る必然性は観客に事前に知らされているわけです。一方『マン・オブ・スティール』ではスーパーマンたちが宇宙規模で飛び回って殴り合いをしてたのに、最終的な落下地点になぜか偶然ヒロインがいるので、あれは無理です笑います。ただ、『バットマンvsスーパーマン』もロイスが槍を水中に投げ込むシーンは本気で意味がわかりませんでした。きっと深い理由があるのでしょう。

母親の名前が同じだったからという理由でとどめを刺さないバットマンも、初見時には違和感がありましたが、よくよく考えればそれほど変な思考ではない。自分の母親の名前を突然呼ばれて取り乱していたところにロイスが現れ、実はスーパーマンの母親が自分の母親と同じ名だったと知る。そこからの逆算で、スーパーマンの母が人質に取られていること、自身がレックスに利用されていたことに気づき、スーパーマンへの復讐心が揺らいでいく。バットマンが槍を投げ捨てるまでの間に、そうした逡巡があるわけです。スーパーマンが最初に端的にそのことを話せば済んだ話と言えばそれまでですが、そうならなかったのはスーパーマンの自分の力を過信した傲りと、バットマンの狂人地味た復讐心による周到な準備があったからでしょう*3

 

映画館で2度観てきましたが、本当に面白かった。2回とも近くの席から気持ちよさそうな寝息が聞こえてきたけど、僕は本当に面白かったです。2回目は隣に座ってた女性が終盤でボロボロ泣きだして「(わかる……わかるぞ……)」って心の中で頷いてました。二つ隣に座ってた女性が中盤のザック・スローモーション・サイミンジツにやられて気持ちよさそうな寝息を立てて気絶してたわけですが。いや、寝る要素ないでしょ!BDが出たらまた観ると思います。

 

追記 本エントリを公開した直後になんだか嫌な予感がして、まさか……と思い『エンジェルウォーズ』のWikipedia記事を見に行ったら、「スナイダーによると本作は「マシンガンを持った『不思議の国のアリス』」と書かれていてやっちまった感が。いや、『エンジェルウォーズ』そこまで嫌いな作品ではないんですけどね。

*1:ノーラン版の「ダークナイト」三部作でもブルースの父の言葉「Why do we fall」が大切なモチーフとして出てきましたが。

*2:直近のノーラン版バットマントゥーフェイスという例があるし。

*3:と、自分に言い聞かせて無理やり納得することにした。

2016-04-03

シナリオ都合で言動の変わる『Re:ゼロから始める異世界生活』の主人公を見て『ヱヴァQ』のシンジを思い出した

| 04:05 | シナリオ都合で言動の変わる『Re:ゼロから始める異世界生活』の主人公を見て『ヱヴァQ』のシンジを思い出したを含むブックマーク

Re:ゼロから始める異世界生活』の1話を観ました。絵作りは頑張っているし、要所での残虐描写もピリっとアクセントになっていて楽しいです。ただわりと指摘されているように、前半で主人公が異世界転生をメタ視点で分析する察しの良い言動だったのが、ループ現象については全く理解できないのはどうにもシナリオ都合のように感じられてイライラしました。しかし総合的にはとても楽しめました。

Re:ゼロから始める異世界生活』の感想としては以上なのですが、合わせて『ヱヴァQ』のことを連想したのでそちらについても少しだけ書きます。

 

『Q』では、『破』におけるシンジの行動により世界が滅茶苦茶になっていますが、シンジ自信はなかなかそのことに気づきません。以前も書きましたが、鑑賞中、僕はこれに大変イライラしました。

また、終盤になり、シンジは「槍でやり直す」と言って聞かなくなり、思考力が信じられないレベルにまで下落します。終盤における思考力の低下はシンジに限ったことではなく、カヲルアスカにも言えることなのですが。これも観ていて大変なストレスでした。

しかし改めて『Q』が凄いと思うのは、あんなにイライラした彼らの言動が、ちっともシナリオ都合に見えなかったことです。あくまで「シンジの頭がおかしくなった」と感じるのであって、「シナリオの都合でおかしな言動をさせられている」ようには見えませんでした。

 

怒りの矛先がシナリオではなくキャラクターに向かうとは、キャラクターの実在感が際立っている裏返しなので、流石エヴァ。凄い。

という形で記事を締めくくれば構図としては綺麗だったのですが、よくよく考えたらキャラクターだけではなくシナリオにも制作陣にも怒り心頭だった初見時の気持ちを思い出してきました。着地点を失ったので、突発的に書き始めたこの感想はここでやめにします。私達は最初からヱヴァQが大嫌いで、最初からヱヴァQが大好きだった……。ガウガウ

2016-03-13

人間が対戦ゲームをやる意味についてのウメハラの見解が面白かった

| 07:40 | 人間が対戦ゲームをやる意味についてのウメハラの見解が面白かったを含むブックマーク

毎週土曜にtwitch配信されているプロゲーマー・ウメハラ氏の番組「Daigo the BeasTV」。先日放送分で、『ストリートファイター4』よりも『スト5』のゲームスピードが速くて面白いという話から派生して、ウメハラ氏がゲーム観や人生観を語りだしたのが大変面白かったので、その部分を文字に起こしました。ちょうどアルファ碁で盛り上がってるタイミングでもありますしね。

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動画の1時間17分40秒付近から

ウメハラ (『スト4』に比べて)俺はもう10:0でこっち(『スト5』)だね。結局格闘ゲームに限らず、テトリスでも、もっと言えば麻雀とかでもそうなんだけど、究極言っちゃえば人と人って速さで差を付けるしかないじゃんって思ってる。例えば将棋だって何秒以内に指さなきゃいけないってルールになったらもっと実力差出ると思うよ。若いやつにもチャンスが出てくるし。

 理論値を出すってことは結局機械がやってくれちゃうじゃない。理論値を出したいからゆっくり考えるわけでしょ。それいらないじゃんもう。理論値はどうせ機械の方が凄いんだから、ミスして良いじゃん。ミスが多ければ多い程良いゲームだと思ってるんだよね。2秒以内の選択肢だったから凄い、みたいな。麻雀もすぐに切らないといけないじゃん。格闘ゲームもスピードを下げれば下げるほど実力差は出ないと思うよ。考える時間も増えるしミスも減るから。

こくじん 野球じゃないもんね格闘ゲームは。

ウメハラ 野球じゃない。

こくじん 1点1点を読むゲームじゃないから。スピードで揺らすゲームだから。格闘ゲーマーは皆そう思ってるはずだよ絶対。

マゴ 格闘ゲームってリアルタイムで進行していくものだから、そっちの方が格闘ゲームっぽいなって感じがしますよね。

こくじん 人と人がやってるから面白いんであってね。

ウメハラ 人生がさ……

こくじん 急に話が大きくなったな(笑)。

ウメハラ ちょっと待って下さいって言って100年待てるんだったら凄え考え出せると思うよ。だけど時間内に結論出さなきゃいけないから難しいわけでしょ。そういうことですよ。