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さめたパスタとぬるいコーラ

2016-09-25

『レッドタートル』の安直な感想 人生という冒険は続く

| 03:16 | 『レッドタートル』の安直な感想 人生という冒険は続くを含むブックマーク

 『レッドタートル ある島の物語』を見てきました。予告編がネタバレに配慮した内容となっているので、作中のある出来事にとても驚きました。そこを起点にストーリーが一気に把握できた気がして、アハ体験的な気持ちよさがあった。あと蟹が可愛かった。

 以下ネタバレ感想になります。

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 上で「ある出来事」に驚いたと書きましたが、正確には2つありました。まず「赤い亀」が人間の女性に姿を変えたこと。次に主人公に子供ができたことです。

 序盤で主人公が作るイカダがことごとく海の藻屑となるシーンで、あまりの理不尽さにイライラしました。しかし後に、それが赤い亀の仕業だったことがわかります*1。この段階で、「赤い亀」は「社会」を象徴したものだと解釈しました。

 やっとの思いで作った船を容赦なく破壊する憎たらしい赤い亀。しかし亀は、その後世話をされる内になぜか人間の女性へと変貌します。そして二人の間に子供が生まれます。ここまで見て、「赤い亀」が「社会」ではなく「他者」の比喩だったのだと、解釈を改めました。「社会」はむしろ「海」の方だった。

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「ザメク本体が放つ王の柱に自ら飛び込んでくるとは、愚かな若者よ……

一面の青い闇の中で 自分の居場所も 進む方向も分からぬまま砕け散るがいい!」←要は『スタードライバー輝きのタクト』最終話にあったこれですね。思えば『スタドラ』も島に流れ着いた主人公のお話だった。

 

レッドタートル』が実質『スタドラ』であることを裏付ける証拠の数々

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※『スタドラ』は現在dアニメストアにてテレビ版と劇場版が共に配信中。手軽に見れるので見てない人は是非見ましょう。

 

 つまり、映画の最初で主人公がボートに乗っていたのは、彼の人生において学校を卒業して会社に就職したあたり。しかし就職した先(あの島)は夢抱いていた仕事とは程遠く、孤独な日々を過ごすことになります。そして「もっと良い場所があるはずだ!」と、大したイカダも作れないのに、現実を直視できずに旅立とうとしてしまう。もしかしたらイカダは赤い亀が壊していたのではなく、主人公が認知できない社会の荒波に潰されていただけかもしれません*2。あるいは本当に赤い亀が壊していたのだとしても、「俺、会社をやめてHIPHOPで食っていこうと思うんだ!」と、ボロボロのイカダで無謀な旅に出ようとする主人公を、憎まれ役になる覚悟で止めてくれただけだったのかも。

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 赤い亀の優しさが分からず、主人公は木片で赤い亀の頭を思い切り殴ってしまいます。ハリネズミのジレンマ、つまりATフィールドということです。ちなみに本作と同時期に触れた『怒り』や『聲の形』もATフィールドの話だったので、世の中の物語はだいたいエヴァンゲリオンに分類できます。……閑話休題

 結局主人公は海の向こうへの夢に見切りをつけて、あの島で生涯を終える道を選びます。家族と暮らす日々に幸せも感じていたようですが、死ぬ間際に水平線の向こうを見ていたのは、息子のことを案じたのか、あるいは自分にあり得たかもしれない他の人生に思いを馳せていたのか……。個人的には半々くらいだったのではと思います。

 

 赤い亀には「泳ぎが得意」という特技がありました。特技は子供に引き継がれ、子供はそれを活かして島の外へと旅立っていきました。「泳ぎが得意」というのは「専門職の資格」「絵や音楽の才能」「語学力」など、適当に解釈するとしっくりきます。つまり、「海=社会」を渡り歩く武器です。赤い亀だった女性は、最後に亀の姿に戻り、海へと帰っていきます。あれは結婚したことで家族のサポートや専業主婦の道を選んだ女性が、夫との死別をきっかけに再就職先を探しにいく姿……と考えるとあまり夢が無いですね。じゃあ、例え主人公が死んでも、いつの時代も社会には「他者」は存在していて、同時に様々な可能性も広がっている。とかそんな意味でしょうか。あのラストを見て、そんなことを感じました。

*1:本当に亀が壊していたのか? という疑問は残りましたが。

*2:10月6日追記:先日再度観てきましたが、やはりイカダに直接的に攻撃を加えるカットはひとつもありませんでした。赤い亀はただ主人公を見つめていただけ。 赤い亀が明確にイカダに体当たりする描写ってありましたっけ?

2016-08-27

『君の名は。』感想 夢の残骸の眼差し

| 01:08 | 『君の名は。』感想 夢の残骸の眼差しを含むブックマーク

 『君の名は。』観てきました。隣に座ってたペアが30秒おきに喋るので、耐え切れずに10分で劇場を出て、その足で別の劇場に向かい観てきました。『シン・ゴジラ』(3回目)を品川IMAXで鑑賞した際には、隣に座ってた女性がゴジラが登場するたびに猫ひろしの「ニャー」のようなしぐさで怪獣登場の喜びを表現していましたが、それを寛容な心でスルーし通した僕が10分で席を立たざるを得なかった。それほどまでに余裕の無い状態での鑑賞を強いる、強いプレッシャーを放つ作品を作り続ける作家が新海誠なのです。

(以下、ネタバレ

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君の名は。』入場直前に撮影した土曜の新宿ピカデリーの人でごった返したロビー

 

 結論から言うと、新海誠監督の総決算のような、「ずっとこれが見たかった」という作品でした。

 過去の深海作品ではどちらかというとSFファンタジーエッセンスが入ったものが好きでした。しかし『ほしのこえ』は絶妙だったものの、『雲の向こう約束の場所』や『星を追う子ども』は相当散漫な印象を受けました。『秒速5センチメートル』と『言の葉の庭』は美しい作品だと思いますが、せっかく大風呂敷を広げたい欲求もあるのに、ミニマルな視点に終始した作品では勿体無いのではという思いが強かった。そんなわだかまりをずるずる引きずったまま、それが解消される日が来るとはあまり思ってなかったので、素直にびっくりしました。

 

 『ほしのこえ』のように時間軸をずらすというネタを仕込みつつ、『雲の向こう』から夢から覚めたときの切なさを継承して、『秒速』のラストシーンを思わせる演出を最後で使い、『星を追う子ども』のようなファンタジーや神話性を盛り込んで、おまけに『言の葉の庭』のようなおねショタ(広義)的関係性を時間軸ずらしネタとの複合技でキメてくる*1という畳み掛け方で、もう参りましたというほかないです。

 これまでの新海作品を足し算して、足し算して、足し算した結果突き抜けた感があり、おかげでラストが何倍も清々しい。ばらばらのピースとしては新海さんの中にずっと前からあったもののようなのに、過去の作品の夢の残骸が無ければ絶対に誕生しなかった作品で、余計に感動があります*2。このことを象徴してるように感じたのが、瀧(三葉と入れ替わった状態)と三葉祖母の対話に出てくる先祖たちの遺影。三葉の祖母が「自分も若いころに同じように不思議な夢を見たことがあると」発言したことをきっかけに、瀧は先祖代々の写真を見渡し、「このこと(彗星の落下)を知らせるために、先祖たちはみんな過去同じような体験をしてきたのではないか」的な台詞を口にします。そこで映る先祖たちの遺影の眼差しが、過去作られた深海作品たちの眼差しのように見えてなりませんでした。『星を追う子ども』のアガルタでの旅は無駄ではなかった。ありがとう……ありがとう……。

 

 深海監督、これほど集大成的な作品を作ってしまったので、今後どのような作品を作っていくのか気になります。動員数としてはロケットスタートを切ったようなので、次回も大作を任されそうな感じがしますが。あと、『君の名は。』でプロデューサーを務めた川村元気さん、実写でもヒットメーカーですが、この1年で細田守(『バケモノの子』)、松本理恵(『血界戦線』)、新海誠と組んでるやばさはやばいですね。

*1:バイト先のお姉さんでおねショタ成分は発散済みかと油断していたら、最後に主人公2人の年齢が時間軸がすれたことによって3年分開くというギミックを発動させていて感服いたしました。

*2:過去作をまとめて夢の残骸呼ばわりしているようで深海ファンに殺されそう。

2016-07-29

『シン・ゴジラ』ネタバレ感想 まさかの超高濃度庵野秀明

| 11:53 | 『シン・ゴジラ』ネタバレ感想 まさかの超高濃度庵野秀明を含むブックマーク

TOHOシネマズ新宿にて、7月29日午前1時上映の『シン・ゴジラ』を観てきました。

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ロビーにスタッフサイン入りポスターが。左下にお馴染みの庵野監督サイン

まずネタバレを書くと、本作は映像の編集があまりにも庵野印でした。これが最大のネタバレと言っても過言ではないと思う。確かにゴジラ自体の魅力や怪獣対策に当たる人々のドラマも抜群に良かったですが、それよりもまず編集術にびっくりします。映像が常に異様なハイテンポでキレッキレです。なぜこれがネタバレかというと、鑑賞時の感触が通常の劇映画とは別ジャンルに分けてしまいたいほど異なるからです。ゴジラシリーズという大舞台にも関わらず、反則スレスレの魔球を投げている。キャスト陣が様々なインタビューで証言している通り、本作では登場人物たちが異様なまでの早口で喋りまくります。現実の官僚たちの早口な喋り方を再現する意味合いもありますが、これがハイテンポなカットの切り替わりに乗って、そのまま作品のテンションに直結していきます。開始後すぐに連想したのは、庵野監督の初実写長編作品『ラブ&ポップ』でした。

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『ラブ&ポップ』では撮影に家庭用のコンパクトなビデオカメラを使用することで、「着替えをする女子高生の一人称視点」「電子レンジに置かれた皿の視点」といった珍しい画面が多用され、編集もかなりのハイテンポでした。『シン・ゴジラ』でも「海難救助隊員の視点」「会議室のキャスト付きの椅子視点」等々、奇抜なアングルが多発します。このスタイルでゴジラ映画をやるということがまず衝撃でした。

【7月31日追記】 7月27日発売の「特撮秘宝vol.4」に掲載された編集・VFXスーパーバイザー担当の佐藤敦己さんのインタビューによると、『シン・ゴジラ』では全編分のプリヴィズが制作されていたとのことです。プリヴィズとはCGで組んだセットをバーチャルカメラで撮影した映像とかで作った仮映像のことで、それを元に本番の撮影がされていったそうです。『シン・ゴジラ』の映像の切れ味は間違いなくこの工程があったからですね。ちなみにプリヴィズの制作に入る前には脚本準備稿を元にプリレコ(声優さんに庵野さんの望むスピードでセリフを読んでもらう)をして、庵野さんと佐藤さんの2人で、劇場アニメでよく作られるライカリール的な“プリヴィズの準備稿”を作ったとのこと(シーン番号とト書きだけがあるものだったらしい)。 追記ここまで

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参考までに『アイアンマン3』のプリヴィズ。プリヴィズは「アニマティック (Animatic) 」などとも呼ばれる

 

また、庵野監督といえば熱烈な岡本喜八作品のファンとして知られています。例えば庵野監督はこちらの岡本監督との対談で、

テンポは岡本さんの影響を直撃してますね。あれこそアニメに向いてると思うんですけどね、あのテンポ。カットを割る時の面白さです。カットの内容じゃなくて、カットが切り替わる瞬間の快感というのが、岡本さんの写真にはすごくあると思うんです

庵野秀明監督と岡本喜八監督の貴重な対談 - 1年で365本ひたすら映画を観まくる日記

と明言しています。『シン・ゴジラ』を鑑賞する前に予習として岡本監督の『日本のいちばん長い日*1と『激動の昭和史 沖縄決戦』を観ましたが、特に『日本のいちばん長い日』は『シン・ゴジラ』が気に入った人は関連作として押さえて損は無いと思います*2。同作ではポツダム宣言が受諾される1945年8月14日〜15日にかけての天皇政治家、軍関係者、放送局職員の緊迫したやりとりがドキュメンタリー風に描かれますが、カット割りのテンポに限らず、『シン・ゴジラ』や『エヴァ』でも見られる会議シーンを山場とする庵野演出のルーツが感じられます。また、『シン・ゴジラ』のスタッフロール(と以下のツイート)を見て驚いたのですが、『シン・ゴジラ』に出てくる、『劇場版パトレイバー』の帆場暎一的な役回りのキャラクターとして、岡本喜八監督が写真出演していたようです。完全に影の主役だこれ(笑)。

シン・ゴジラ』は単体で観て面白い傑作ですが、あえて関連作として『ラブ&ポップ』『日本のいちばん長い日』をオススメしたいですね。もう1作加えるなら1954年公開の初代『ゴジラ』しょうか*3

とにかく、『シン・エヴァンゲリオン』を後に回してまで作られただけある作品で本当に良かった。冒頭のゴジラが予想外な可愛さでびっくりしたので、今週中にあと3回は観にいきたいですね。

*12015年に製作された映画ではなく、1967年版です。念のため。

*2:【7月31日追記】 「特撮秘宝vol.4」に掲載された准監督・特技統括を担当した尾上克郎さんへのインタビューで、「庵野監督は岡本喜八監督が好きということですが、影響があると思いますか?」との質問に対し「少なくともこの映画は岡本監督の『日本のいちばん長い日』と『沖縄決戦』の雰囲気を目指すと言ってましたから、少なからず受けてるんじゃないかな」という逸話が明かされていました。試験のヤマ当たった気分です(笑)。

*3:7月中は予習として国内で製作されたゴジラ映画全28作品、ハリウッドで製作された1998・2014年版の『GODZILLA』、岡本喜八監督の『日本のいちばん長い日』『激動の昭和史 沖縄決戦』、庵野監督の実写長編作品『ラブ&ポップ』『式日』『キューティーハニー』を観ました。逆にこれを観てないのは勿体無い!という作品がありましたらアドバイスほしいですね。本当は実相寺作品とかも観たかったんですが、ちょっとそこまで手が回りませんでした……。

佐藤佐藤 2016/07/29 12:14 日本のいちばん長い日 は、昭和版の方ですよね?昨年上映された方では無く。名称が決まってないから混乱しました。笑

samepasamepa 2016/07/29 12:20 ですです。いちおう脚注にて追記しておきました!

BigHopeClasicBigHopeClasic 2016/07/30 08:56 個人的にはこれを機会に84ゴジラがもっと見られたらなあと思っています。テーマ的にはかなり共通のところもありますし。

みやびのみやびの 2016/07/30 22:55 失礼します。
今日シン・ゴジラを見てきましたが、偶然にもその数日前に「日本のいちばん長い日」をみていました。NHKのBSでやっていたのですね。何の気もなしに見始めたのですが、あのスピーディなカットやテンポ、玉音放送の録音と飛行基地からの特攻機の出撃を見事に対比させるなど、とにかく衝撃的で三時間弱みいっていました。

この時点ではもちろん。シン・ゴジラを見ているときも岡本監督との関連性にはきづかなかったのですが、
キャストロールで「岡本喜八(写真)」の一行を見たとき、すべての線がつながって、そういうことかと思わず膝を叩きました。
とにかく圧倒されました、同じ一週間でこんな思いを二度もできるなんて、ありがたいことでした。

2016-05-21

『ガルム・ウォーズ』初日舞台挨拶行ってきた 押井監督次回作はIG制作のアニメ映画?

| 19:02 | 『ガルム・ウォーズ』初日舞台挨拶行ってきた 押井監督次回作はIG制作のアニメ映画?を含むブックマーク

『ガルム・ウォーズ』をTOHOシネマズ六本木で観てきました。初日舞台挨拶付き。押井監督を初めて生で見れて嬉しかったです(厳密には『攻殻2.0』を劇場で観た際、直前の上映に押井監督が舞台挨拶で来ていて、廊下の遠くの方を歩いていくのを見たことはあった)。

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エントランスにサイン入りポスターと作中に出てくる空母の模型が展示されていました。

 

本編は『アヴァロン』系統のこってり加工された映像美と、ファンタジーと言いつつSF意匠をたっぷり含んだ内容で楽しませていただきました。上映終了後には押井守監督、日本語吹替版でカラ役を演じた朴璐美さん、キャッチコピーを担当した虚淵玄さんが登壇。中でも印象的だったのが以下の押井さんの言葉(記憶を頼りに書いてるので言い回しは不正確です)。

「今回はファンタジーという方法で世界がどう始まり、どう終わるのかということを描いた。自分の作品の中でも珍しい大上段に振りかぶった作品。それを実現させてくれたIGの石川とバンダイバンナム)の鵜之澤には感謝してます」

「鵜之澤」というのは旧『ガルム戦記』時代にプロジェクト凍結を押井監督に直々に言い渡した鵜之澤伸プロデューサーのこと。『ガルム・ウォーズ』としてプロジェクト再開を決定したのも鵜之澤さんでした。「石川」はプロダクションIG社長の石川光久さんです。普段二人に対して憎まれ口を叩いてばかりの押井監督だけに、17年越しの映画実現に際して真っすぐな謝辞を送っていて、大変ぐっときました。

 

石川社長は当初、『ガルム・ウォーズ』を作ることになった押井監督に対して「やるのはかまわないんだけど、我が社的には1円も出したくない」というスタンスだったそうなのですが、製作資金が尽き、作品が頓挫しそうになったときに大量のお金を投入する英断を下したそうす。という話を押井監督が舞台挨拶直前にLINE LIVEで行われた動画配信で語っていて、その辺も面白かったので以下に紹介します。動画の最後に乱入する石川社長の話も面白い。話を聞く限り、押井監督の次回作はアニメ映画になるっぽい? 実現すればアニメ作品としての新作は2008年の『スカイ・クロラ』ぶり。楽しみですね。

 

ガルム・ウォーズ 5/20公開!押井守×虚淵玄 喪われた物語 / LINE LIVE (動画の25分過ぎから)

 

押井 今でも覚えてるけど、石川は「(『ガルム・ウォーズ』を)やるのはかまわないんだけど、我が社的には1円も出したくない」って言ったのよね(笑)。最終的にはかなり出してくれたので、それだけは褒めても良いと思う。撮影中、やめるかってところまで3回くらい行ったから。これ以上予算の出処が無くて、どうすんだっていうさ。

 実写の怖さは日々お金が出て行くこと。ひと月待って、とかできないので。今中止にするのか、お金をどこかから工面するのか、今日中に決めなきゃいけないというときに石川が「やろう」っていうさ。だから結果的には相当なお金を出したわけだけど。よく(IGが)潰れなかったなって。仮払いとはいえ、普通こんだけ出してたら会社潰れるよなっていうような額だったから。それだけは大したもんだって言える。

 だからさ、博打と一緒なんだよ。どんどんコールして賭け金を上げていって、降りた側が負けちゃうわけだよ。映画ができなければゼロ。今やめればこれだけの被害で済むけど、出し続ければもしかしたら儲かるかもしれない。でも完成するまでにいくらかかるのか、正確には誰も分からない。それが監督の仕事と言えばそうかもしれないけど、そうは言っても銭勘定しながら映画は撮れないから。

 だから本当の大博打だったと思う。その意味で言えばこの映画が完成にこぎつけたのはお世辞でもなんでもなく、石川という男の英断というか決断というか……もしかしたら暴走だったかもしれないけど(笑)。ただそういう人間が最低一人か二人いないと映画ってできないんですよ。監督が暴走しようにも、ガソリンが無ければ走れないわけだから。だから世に言う「監督の暴走」っていうのは厳密には存在しない。それを許したプロデューサーがいるんだから。

 

配信の最後で石川さんも交えて一言ずつメッセージを、という流れになり石川社長も登場。当初出演予定はなかった石川社長、急遽呼ばれて登場を渋っていると押井監督から満面の笑みで「いいから来いって」と催促される。

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「いいから来いって」と満面の笑みの押井さん

押井 自分の思いとしては『ガルム』が完成してから随分経ってるから、早く次の作品に向き合いたい……ということなんだけど。(ツンツン)」

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石川社長を嬉しそうにツンツンする押井さん

 

石川 ある人に営業ってなんですかって聞いたら、「営業する人は気を使うのは大事だけど、遠慮はしちゃいけないんだ」って言われました。できない営業マンは気を使うし遠慮もしちゃう。そういう意味で押井さんとどうするかと言えば、これまで押井さんには相当気を使ったし、金も使ったしね、ただ遠慮しちゃいけないってことを『ガルム』で知ったんだよね。だから次で押井さんと組むときには、もう実写じゃなくてアニメーションを作って欲しいし、押井さんにアニメーションで映画を作ってもらうために今回の『ガルム』ではお金も最大限「気を使った」、ということを皆さんに伝えたいです。

 『ガルム』は最初は本当に押井さんの首を締めようかというくらい、夢にまで出てきたんだけど。まあでも段々出てくると味になるし。最終的に鈴木敏夫さんも企画に参加してくれて。どういう形でも、次に押井さんのこれだっていうアニメーションを皆さんにお届けすることがこの作品にとっても、皆さんにとっても、押井さんにとってもね、そして虚淵さんにとってもね!*1 ということをこの場で契約処理させてもらって……。

石井 ちょうど視聴者も65万人になりましたので、65万人の視聴者が証人になると。

虚淵 おっかないな(笑)。

 

というわけで押井監督、次は是非ひさびさにアニメを撮ってください。最近の実写作品だと『東京無国籍少女』などは結構楽しめたんですが、やはりそろそろ押井さんのアニメ作品が観たいです。

*1:石川社長、最近IGの企画(非押井監督作らしい)に虚淵さんを誘っていたらしく、それが頓挫(?)したばかりだったらしく、やけに虚淵さんに絡みたがる。

2016-04-14

アニメ『文豪ストレイドッグス』1、2話感想 あたりまえのように朝を迎えるということ

| 07:47 | アニメ『文豪ストレイドッグス』1、2話感想 あたりまえのように朝を迎えるということを含むブックマーク

 アニメ文豪ストレイドッグス』が面白いです。主に原作との差異に着目して感想を書いてみます。

 まず1話目。いきなり川辺で体育座りをしている主人公の敦。終盤でも同様に、自らの殻に閉じこもるようにうずくまる姿が見られました。

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  孤児院を回想するシーンも含め、社会から阻害されている敦の様子が伺えます。こうした孤独を強調した演出を見て、自然と『ウテナ』や『ピングドラム』を連想しました。孤児院の回想シーンでは背景に教会にあるようなステンドグラスも描かれるので、余計に『ウテナ』を思わせます。

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 このように、アニメ版の『文豪』はかなりシリアスなトーンで始まりますが、そこですかさず登場するのが太宰です。太宰の声優宮野真守。宮野さんは過去の五十嵐・榎戸作品において『桜蘭高校ホスト部』の環役や、『スタードライバー輝きのタクト』のタクト役で無くてはならない存在でした。個人的には特にタクトの印象が強いのですが。そのタクトの声で「起きろ少年!」と、孤独に沈む敦を叩き起こすまでが第1話です。

 「起きろ少年!」とはアニメオリジナルの台詞です。原作では白虎の正体が敦であることが分かり、太宰が敦を探偵社に引き入れようとするまでは同じですが、敦は気絶したままで、そのことをまだ知りません。第1話とは往々にして作品のテーマ性が打ち出される大切な話数です。僕はアニメ『文豪』で扱われる主なテーマは敦の持つ孤独、そしてそこからの救済であると受け取りました。

 

 つづいて第2話です。いきなり「見知らぬ天井」から始まるので笑ってしまいました。

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 しかし問題なのは天井ではなく、むしろこちら↓

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 手。

 敦は1話ラストの出来事を回想し、自分の右手が虎の手になっていたことを思い出して、慌てて飛び起きます。そして手が人間に戻っていることを確かめ、ひとまずは安堵する。右手を見つめることで自分と世界との距離感を見つめる、という行為は極めてエヴァ的です。ついでに言うと、『新世紀エヴァンゲリオン』の第2話(上のキャプで言うと最初の3枚あたり。キャプは『序』からとってきてますが)は庵野さんと榎戸さんの共同脚本です。

 説明不要かもしれませんが、エヴァにおいて手というモチーフは本当に重要で、シンジが大きな決断を下す際などにも必ずと言って良いほどクローズアップされます(というと少し大げさですが)。

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 『文豪』は主人公が内向的な性質を持つ少年である点ではシンジと共通しますが、大きな違いが先ほども指摘した太宰の存在です。2話で福沢に敦を一任すると言われた太宰は、「お任せ下さい」と返事をします。これも原作には無かった台詞で、主人公を導く役目を担う覚悟がより鮮明に見えます。

 

 2話を観ていて、最重要だと思った台詞が2つありました。まず、太宰が敦と話していたときに思わずこぼした次の台詞。直後の物憂げな敦の表情が意味深です。また、この台詞はその後Bパートでも谷崎が繰り返すことになります(おそらく太宰による台本)。

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太宰 まったく、異能力者って連中は皆、どこか心が歪(いびつ)だ

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谷崎 ほんっと、異能力者って奴らはどこか心が歪(いびつ)だ……*1

 そして、太宰と福沢が敦について話し合っているときの台詞。

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太宰 社長。社長はもしここに世界一強い異能力者が現れたら雇いますか

福沢 そのことが探偵社員たる根拠とは成り得ない

太宰 だから私は彼を推すんです

 これらの台詞から、本作は「強さ」「異能力」「探偵社」といった言葉・要素に注意を払いつつ視聴した方が良いなと感じました。そもそも「探偵社」とは、社会から阻害されていた敦を受け入れてくれた場所です。そこで評価されるのは世間一般で歓迎される強さではない何かということになります。

 

 太宰のいう「心の歪さ」について考えていて、ふと榎戸さんが過去に書かれた『少女革命ウテナ』の解説文を思い出しました。以下、少し引用します。

鳳学園は、時空間の拘束すら受けない特殊な原理が支配しているようだ。

では、それはなにか? この学園を支配する原理はなにか?

ポイントは弱さである。

(中略)

鳳学園という舞台は、弱さを軸にすべてが展開していく心象風景なのだ。

徳間書店 アニメージュ文庫「少女革命ウテナ脚本集・上 薔薇の花嫁」巻末収録 第22話「根室記念館」の解説

デュエリストって、なんかみんな思い込みが激しかったり、片寄った人ばかりですね、という手紙を書いた君。

その通り。

才能とは、欠落であるという。

彼と彼女らは、生徒会メンバーであるという特権に守られてこそ、その特殊性を損なわずに学園生活をおくれるのだ。だが、崇拝の対象である彼らの才能は、いつでも、逆に疎外の理由にも転化しうるものである。

けれど、環境から疎外されて人が人間になったように、周囲にとけこめない彼らであるからこそ、一般生徒とは異なり、デュエリストになりえたのだ。

 

周囲との共同生活という点で言えば、幹よりは梢の方が、樹璃よりは枝織のほうが、うまくやれているし、実際そうしている。黒薔薇編は、一般の生徒が環境から疎外されて、デュエリストになるまでの過程を描いた物語だ。(それは“世界”と出会うまでの物語だ)

第23話「デュエリストの条件」の解説


 読み返してみたらアニメ『文豪』に当てはまりすぎワロタ感しかなかった。才能とは欠落であり、崇拝の対象であると同時に疎外の理由にも転化しうるというのはまさしく敦の置かれている状況そのものです。そんな危うい状況にあってなお世界と向きあおうとする態度こそ、探偵社で求められるのではないでしょうか。そういう意味では敦は身を挺して爆弾に覆いかぶさるまでもなく、爆弾魔に対して口をついて出た言葉だけで十分探偵社員の資格があったのではと思います。

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  生きていればきっと良いことがある

谷崎 良いことって?だから良いことってなに?

  ち、茶漬けが食える!茶漬けが腹いっぱい食える!天井があるところで寝られる。寝て起きたら朝が来る。当たり前のように朝が来る!……でも、爆発したら君にも僕にも朝は来ない。なぜなら死んじゃうから

 しかしそうすると、明るく敦を救い出してくれた太宰の「自殺マニア」という側面がなんとも不気味です。明らかに敦の持つ、負の側面を持ちながら前向きであろうとする態度とは真逆。アニメでこの要素をどう料理していくのか、じっくり見守りたいところです。

 ところで太宰エヴァついでに。1話で太宰が読書をするシーンで、以下のようなアニメオリジナルの台詞があります。

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  太宰さん、何を読んでるんですか

太宰 良い本

  こんな暗い中でよく読めますね

太宰 目は良いから。それに、内容はもう全て頭に入ってるし

  じゃあなんで読んでるんですか

太宰 何度読んでも良い本は良い

 この繰り返し何かを行うというところが、『Q』のカヲルの言葉と重なって見えました。

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シンジ どうしたらもっと上手く弾けるのかな?

カヲル 上手く弾く必要はないよ。ただ、気持ちのいい音を出せばいい

シンジ じゃあ、もっといい音を出したいんだけど、どうすればいい?

カヲル 反復練習さ。同じこ事を何度も繰り返す。自分がいいなって感じられるまでね。それしかない

 思えば『Q』ではカヲルがシンジを導く役でした(行き着いた先は散々でしたが)。アニメ『文豪』の太宰には是非、敦くんを幸せにしてもらいたいですね……。

*1追記(20160414) 本エントリ公開当初、谷崎の台詞しか取り上げておりませんでした(恥ずかしながら、単純に太宰の台詞を聞き逃していたため)。twitterで「あの台詞は2ヶ所出てきており、谷崎の台詞は太宰の台本によるものなのでは?」と指摘をいただき気づくことができました。教えてくれたななまるさんありがとうございます。それに伴い、前後の文章に修正を加えました。