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さめたパスタとぬるいコーラ

2012-11-17

『ヱヴァQ』感想 シンジ君は『Q』で底を打ちました

| 21:54 | 『ヱヴァQ』感想 シンジ君は『Q』で底を打ちましたを含むブックマーク

初日に二回観てきました。これは荒れるでしょうね。でも、このシンジ君像は画期的ですよ。

初見時は自分が何を観せられているのかよく理解できず、感想を保留としましたが、二回目を観ながら、これって実は凄いことをやっているのではないかと思うようになりました。

ネタバレを避けて感想を書くのは至難であると思いますが、あえて言うなら「全く違うことをやっている」ということです。ある意味旧劇場版くらい画期的なことをやっている。その点において大いに評価したい作品です。次回の完結編は凄いことになりそうですね。

以下ネタバレ

 

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■どこが違うか

既存の「エヴァ」の「破壊」を目指して制作された新劇場版『破』ですが、鶴巻監督のインタビューでは、結局旧シリーズの構造に引き寄せられた部分もあったと愚痴る場面が見受けられました。それに比べ『Q』はよくもまあこれだけ「脱・旧シリーズ」できたものだと感動しました。

はじまってまず目につくのは、これまでシンジは「エヴァに乗りたくなかったのに乗せられていた」のに対し、今回は「乗りたいのに乗せてもらえない」というシチュエーション。この時点で、「今回は違うことをやりますよ」というメッセージと受け取りました。

今回見ていて一番「変わった」と感じたのは、シンジ君の立場です。ネルフ職員の容姿や性格以上に、シンジ君の描かれ方が変わっていたように思います。

これまで僕たちは、「不当に虐げられるシンジ君」をずっと見せられてきました。これはいわば前提のようなもので、彼は当たり前のように虐げられ、当たり前のように被害者ぶっていられました。ダメな大人に囲まれた不幸な現実の中で、いかに居場所を作り出して行けるかが物語の焦点でした。このミッションに対するテレビ版、旧劇場版、新劇場版のそれぞれの達成度は、僕の解釈ではだいたい以下の通りです。

テレビ版:最終話でシンジは現実で生きていくモチベーションを獲得した(ように見える)。その後現実でどう頑張ったかは描かれず。

旧劇場版:一旦モチベーションを獲得したものの、現実は思っていたよりもダメで、結局泣いてる内に終劇。

新劇場版『序』/『破』:着々と成長。シンジ君からシンジさんへ。リア充一直線。

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このように、「不当に虐げられるシンジ君」は新劇場版『破』においてほとんどミッション達成という所までたどり着きました。ところが今回は、「不当に虐げられるシンジ君」像に亀裂が入ります。

それまでは「被害者としてのシンジ君」が描かれてきていたのに対し、今回は「加害者としてのシンジ君」が強調されます。これは驚くべき変化です。


■「みんな」ダメ人間

僕はこれは、『エヴァ』が「シンジ君が社会に認められるまで」を描く物語だったものから、「シンジ君が社会に認められた後でどう生きていくか」を描く方向にシフトしたためであると考えます。

これまでシンジ君を取り巻いてきた環境を見ると、周囲の人間はだいたいダメでした。ただ、社会生活を送る中で、他人だけがダメであるという保証はどこにもありません。往々にして自分にもダメな部分があったりします。他人を一方的にダメと糾弾し、自分は棚に上げようとするのはフェアではありません。

シンジ君は『Q』で、自分のしでかしたことについて「そんなつもりはなかった」と、何度も自己弁護に走ります。カヲル君は優しいので、「こうすれば挽回できる」とか、「僕が代わりに罪を引き受ける」とか、実に献身的に愛妻ぶりを発揮してくれます。ただ、これは果たして彼のためになっていたのでしょうか。

結局シンジ君は自分の過去の行為と向き合おうとせず、楽な方へと「逃げて」しまいます。「逃げろ」とは『巨神兵東京に現る』にあった言葉ですが、明確な目的を持って「逃げる」戦略的撤退と、現実から目を背けるための「逃避」は違います。シンジ君の場合は後者でしょう。

 

■やたら飲み込みが悪いシンジ君

今回のシンジはひたすら間抜けです。観ていれば開始十五分でサードインパクトがシンジ君のせいで起こったことに察しがつくのに、シンジ君自身はいつまでたってもそのことに気づかない。『Q』の綾波が『破』の綾波(=ポカ波)とは別人であることは一目で分かりそうなものなのに、シンジ君はいつまでもポカ波と思っている。カヲル君がやめたほうが良いと言っているのに、聞く耳持たずにロンギヌスの槍を引き抜いてしまう。

“追記(11月23日):この点について、二回目の鑑賞時にはメタ視点が前面に出すぎて、本作のもうひとつの特徴を見落としていました。

『Q』の本編について公開に先立って開示されていた情報は極めて少なく、初見時の観客は前半の状況が飲み込めないシンジ君視点へと誘導されます。それだけに、中盤以降で「被害」/「加害」の逆転が描かれたときの衝撃度は増します。前半で意識を共有していたからこそ、状況を達観できるようになってからは、シンジ君の行動がより滑稽に見えてくるのです。そして、二回目以降の鑑賞では冒頭の行動からして滑稽に見えてしまいます。初見時では中盤以降、どこに視点を置けば良いのかが分からなくなり、ただただ呆然とするばかりでした。

 

今回シンジ君は、身も蓋もない言い方をすればバカです。前回の『破』でシンジ君の活躍ぶりを観ていた者からすると、もの凄い落差に戸惑います。僕は観ている間、ずっとフラストレーションを感じていました。これはそれまで感じてきていたような共感とは全く異なる感情です。

一般的に、旧劇場版でのシンジ君は「何もしないこと」を貫いたことで、批判や共感を呼んだとされています。それが新劇場版の『破』までは、「何かをすること」に挑戦するようになり、健全な成長物語としてうまく行っていました。ここで強調したいのは、旧劇場版のシンジ君と、(『破』までの)新劇場版のシンジ君が、両方とも一定の共感を集める存在として描かれてきていたことです。そんなシンジ君をあそこまであんぽんたんに描くとは、完全に虚をつかれました。

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シンジ君はこれまで迫害される側だったため、何をやるにもその行為は尊重されてきました*1(それが例え「何もしない」という選択であっても)。しかし今回のシンジ君に、それは許されません。

 

■「シンジさん」とはなんだったのか……

『Q』のシンジ君には、『破』での行動についての責任があります。「僕がどうなったっていい。世界がどうなったっていい。だけど綾波は、せめて綾波だけは絶対に助ける!」シンジ君は『破』において台詞ではっきりと、綾波>世界」という考えを表明しています。『破』を観た当初は、他の全てを犠牲にしてでも女の子を救おうとするとは、シンジ君も随分思い切った決断をしたものだと、感心したものでした。もしもシンジ君がこの考えを全うするのであれば、誰にも文句は言えなかったはずです。いえ、文句を言うことはできたかもしれませんが、シンジ君にとっては納得済みで行うことなので、誰から何を言われようと意に介さなかったことでしょう。

ですが『Q』のシンジ君は、「そんなつもり(世界を滅ぼすつもり)は無かった」と、責任転嫁を試みます。これでは彼の行いを劇中でたった一人支持してくれたミサトさんや、あの時胸を熱くした観客に対し、あまりに不実な気がします。

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■自分のダメさにだけ気づかない

今回シンジ君が良かれと思って取った行動は、ことごとく裏目に出ました。しかし行動が機能していた『破』と、裏目に出た『Q』で、シンジ君には具体的にどういった違いがあったのでしょう。正直、個人的には二者に大きな違いが見当たらないのです。

唯一にして最大の違いは、“結果的に”間違っていたのが自分か周囲かという部分なように感じます。これまでは結果的に周囲の人間のほうがダメで、シンジ君が被害を被っていた部分が多かったです。しかし今回は、シンジ君の方がダメで、周囲が被害に合います。にも関わらず、等のシンジ君は自分がダメという自覚が無いので、いつものように他人に迫害されている=自分が一方的に被害者と思ってしまうのです。

ラストで「これまで周囲に愚痴言ってばかりいたけど、案外自分もダメじゃね?」と気づいてしまったシンジ君は茫然自失となり、一切の行動を放棄します。世界に全く価値が見出せなくなった状態です。

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■『Q』のシンジ君の偉業

これまで見てきたような自分のダメっぷりを自覚したシンジ君は、今作のクライマックスで、ぶっちゃけ何もしません。活躍してたのはカヲル君とアスカとマリと綾波ミサトさん達です。シンジ君に比べれば、ゲンドウと冬月のほうがまだ活躍してたかもしれません。初見では呆気にとられていてこんな事にも気づきませんでしたが、シンジ君は本当に何も有意義なことをしていないのです。

これはある意味旧劇場版のシンジ君にすら達成できなかった偉業です。旧劇場版のシンジ君ですら、補完計画の最中、「でも僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは、本当だと思うから」と言って、補完計画を否定し、現実の世界に戻ろうという格好良い選択をしています。『Q』ではそれすらも無いのです。凄い!凄すぎる!!(ケンスケ)

 

■帰ってきたシンジさん

旧シリーズの終盤同様、何もやる気が起きない状況となっているシンジ君。ただ、今回の彼の傍には、旧劇場版にはいなかった二人がいます。ここで支えになってくれる(?)女の子が二人も残っているのが、これまで彼が頑張ってきた証拠な気がします。カヲル君も「とにかく何度も反復することが大事」みたいなことを言ってましたが、ここまで悩み、躓きながらも前に進もうとしてきた過程が、アスカ綾波との縁を育んだのです。

シンジ君の株は今回で地の底まで落ちました。これ以上は落ちようがないでしょう。ここからはもう、上がるしかないはずです。

次回の完結編が楽しみです。

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*1:少なくとも一部の視聴者からは

p_shirokumap_shirokuma 2012/11/17 22:44 大変面白く拝見しました。また、旧TV版などのエントリも順次拝見しています。ある部分では、アスカファンとしての共通点を見いだしつつ、ある部分では、あれっこんな見方もあるのかと驚いてもいます。この場を借りて、ジェットアローン絡みの時田さんの台詞「人の心などと言う曖昧なものに頼っているから、ネルフは先のような暴走を許すんですよ」を礼賛しておきます(当時は心理学ブームでげんなりしていて、ココロを開くとか馬鹿げたことをやった結果リストカットとかをかえって煽るような、そういう世情がありましたから)。
 
 さておき、Qのシンジくん像の変わりっぷりは確かにとても興味深かったですね。破とのギャップに戸惑いましたが、好奇心の目で眺める欲求が勝ってしまいました。「14年間閉じこもっていると、こうなっちゃうんだよ」なんでしょうか。それとも「自己承認欲求にもとづいて行動選択しても詰みにしかならない時代になったのに、キミだけまだそんなところにいるのかい」なんでしょうか。このあたり、解釈の筋道が幾つも立てられそうですね。そんなところがまたエヴァらしいな、とか思いました。

T_ST_S 2012/11/17 23:02 Q見たばかりで記憶の反芻も自分なりの分析もろくにしていない段階ですが、貴記事などを拝見して思ったのは「Qは映画1本まるごとかけて「調子に乗ってたら自分のミスでレリエルに飲み込まれました」を再現したのかな」ってことでした。
旧19話までの中に旧劇場版を入れ込んだ「破」のように、「Q」は旧24話までの展開の中にサードインパクト「後」を入れ込みつつ、新劇でやっていない「シンジくんが調子に乗っていたら凹まされた」をやったのでは?

houhohouho 2012/11/18 01:42 確かにシンジにも「加害者」としての立場が付加されはしましたが、とりあえずシンジを旧劇以上の絶望にたたき落とすことが目的であって、すこぶるエンタメ的な作品であると感じました。
難しく考えすぎる必要はなく、相も変わらずシンジの周囲は理不尽が満ち満ちています。というかTV版の頃の状況に酷似しています。
なお、シンジはTV版の時からアスカやトウジ、カヲルに対して加害者の側面を持っているので、何も今回が特別なわけではありません。

開始15分で色々察しがつくのは我々が旧エヴァなり漫画版なり予告なりの”エヴァ”に対する事前情報を微妙に仕入れている観客だからであって、14年間の強制記憶断絶状態にある彼に対してはあまりにも説明が不足しています。一方で、この浦島太郎状態は序盤において観客の上映前の”Q”に対する情報不足とあいまって強烈なシンクロを起こします。結果、今回の映画を観て、彼を屑だとが馬鹿だとか安易に非難できる人は旧劇の時より少ないでしょう(実際他感想ブログ等でもあんまり見ません)。
これは続きものの映画において、碇シンジを主人公として作品を存続させるための必要措置だと考えられます(旧劇と同様の印象を与えてしまうと、彼を主人公として物語を続けることがすこぶる難しくなります)。
シンジくんは言ってしまえば馬鹿な行動をとりますが、彼に対するミサトたちの正直対応も馬鹿の一言です。説明しないなら全くしない。完全拘束で眠らせ続ける(もしくは殺す)ことで今回起こった全ては回避可能です。黒幕然としたゲンドウや、友人であるカヲル、元々意味わからんマリ以外の人物は今回総じて観客にとって理解不能で不可解な行動をとります。言葉一つで回避できる状況を回避しない。やり方を少し変えれば回避できる状況を回避しない。ある意味TV版の周囲の環境を強化したような状況を作った結果、シンジに批難が集中するリスクは減り、”なんか違和感”を持ちモヤンモヤンした観客は、次回作を観たい欲求が高まります。

うまいやり方です。誰が見ても落としに落とし切り、エヴァ史上最大の絶望に沈んでいると思われるシンジは、確かに次回はもう復活する以外にありません。
つまるところ、次回が本番であって、今回はそのための種まき。前回前々回は今回のための種まきだったのだと思っています。

ところで、シンジの責任転嫁はひと押しをくれたミサト達に対して不実との見解がありましたが、エヴァで頑張りすぎると世界がやばくなるという予測は、これも旧エヴァの情報を持つ観客だから持ちえるものであって、劇中のシンジは「世界とかを救う気にはなれないけど、仲間は助けたい」と言っているに過ぎません。世界がどうなったっていい”から”ではなく、世界がどうなったっていい”けど”だと。「こんなつもりじゃなかった」は事実であって、彼にあの時点で自分が乗ってるスペシャルなロボでインパクトを起こせる可能性があるという情報は無いし、「世界こわして綾波助けるぜ」って考えは全くないでしょう。
が、結果論とはいえ罪は罪として消えることはなく、彼が無自覚に起こした罪とどう向き合うかも次回作への期待ですね。

なんか、シンジ死んじゃいそうで怖いなぁ。

samepasamepa 2012/11/18 11:32 p_shirokumaさん。
>「14年間閉じこもっていると、こうなっちゃうんだよ」

ああ、「シンジが引きこもっていた」という視点はむしろ新鮮に感じます。僕は『Q』は個人がネガティブ/ポジティブであるかに関係なく、視野狭窄が起こりうることに警戒を鳴らすものとして解釈したのですが。つまり『破』のようなポジティブに見えるシンジ君だって、間違いを起すんだぞと。これはそのまま個人や社会の問題に置き換えることもできる、なかなか射程の広い展開だと思ったんですよね。そこは手に余るので感想では触れませんでしたが。


T_S さん。
うーん、私的にはレリエルの場合とも違うように感じますね。レリエルのときは「戦いは男の仕事ww」とか言って、アスカを煽りながら使徒との戦いに凸りますが、あそこは純粋にその場の気持ち良さに身を委ねてますよね。ただ『破』でのシンジは、「他のものを犠牲にしても綾波を助ける」という、身を削った行動を行います。『Q』ではその点について言い訳こそすれ、別に調子に乗っているわけではないように思うんですよね。
「シンジ君にしては色々順風満帆過ぎるのではないか」というメタ視点としてであれば、「調子に乗っていたら凹まされた」というのは同意です。シリーズ構成上、一旦落としておく必要があったとw
ただ震災を機にコンテだか脚本だかを大幅にやり直していると聞きますので、それ以上にシンジの立場の逆転を描く「意図」があったのだと思うのですよね。その辺スタッフのインタビューが物凄く聞きたいのに、狙ったかのようにパンフのインタビューはキャストさんがたのものだけという!『破』のときは鶴巻監督が雑誌インタビューでも答えまくっていたのに、今回の制作経緯の情報の伏せられ方は意図的なものでしょうね……。

samepasamepa 2012/11/18 11:33 houhoさん
>なお、シンジはTV版の時からアスカやトウジ、カヲルに対して加害者の側面を持っているので、何も今回が特別なわけではありません。

問題なのは加害者であることそのものではなく、無意識に加害者となってしまっていることのように思うのですよね。劇中でシンジはなかなか自分の罪を認めようとせず、目を逸らそうとすることに問題があるように思えたので。

>観客の上映前の”Q”に対する情報不足とあいまって強烈なシンクロを起こします。

!!その通りすね。そちらの方が正しい見方な気がします。僕は二回観たせいで、よりシンジの鈍さに目が行ってしまったんだと思います。その視点が抜け落ちてました。
シンジに共感させてから、問題の根本がシンジ自身によって引き起こされていたことを明らかにすることで、観客の価値観を揺さぶることができる。「自身が加虐側となる可能性」に目を向けさせるための重要なステップだったように思います。
 
>言葉一つで回避できる状況を回避しない。

ミサトたちの対応が驚異的な馬鹿さなのは全力同意ですw その辺のモヤモヤは確かに感じるのですが、しかしよく見ると言葉一つどころか、カヲルは何度もシンジを静止しますし、アスカやマリは殴ってまで止めようとしてるんですよね。そうした情報を一方的に遮断してしまっていて、シンジは結局見たい現実しか見ようとしてないのではと思うのです。

あと、『破』のラストについてですが。確かにシンジには「世界こわして綾波助けるぜ」って考えは無かったはずです。ただそれでもエヴァを世界のためよりも、綾波のために使おうとしたことに変わりはないと思うんですよね。シンジは『Q』でその時の気持を責任転嫁に乗じて否定してしまっていて、そりゃないだろうとw

独楽独楽 2012/11/18 12:55 大変面白く拝見させて頂きました。
自分も Q を見終わったばかりですが、正直シンジがダメになるのもしょうがないなー。と思う部分が多くありました。
というのも、シンジが判断するための情報が不足しすぎているからです。見ている自分達よりもさらに情報が少なく、ミサトさん達は説明をしてくれない。これじゃ人間不信にもなりますわ。
綾波を助けるのを肯定してくれたミサトさんはもうちょっと親身に接して欲しいなーとも思ってしまいます。

しかし、Q は見るとフラストレーションが溜まります。この状態まま2〜3年新作をまたされたりしたらと思うと。。。
制作者の術中にはまってしまってますわ。

ryuusuijyoudouryuusuijyoudou 2012/11/18 16:24 自分のダメさに気づかないで、廃墟を作った人達がもう現実に現れましたね。
それを止められなかった私たちも同様です。

samepasamepa 2012/11/19 15:19 独楽さん
>シンジが判断するための情報が不足しすぎ

ブコメを見ているとこのエントリーに対する主な批判がこの部分なんですよね。個人的には上にあるhouhoさんのコメントを読んでから考えを微修正してまして。情報不足により観客に一旦シンジに感情移入させてから、シンジ(と観客自身)の問題点を炙り出し、観る人に何か気づかせたかったのではないかと。

ryuusuijyoudouさん
要は原発事故のことでしょうか。感想を書いていて当然そのことは頭をよぎりましたが、僕の手には余ると思い、あえてエントリー内では触れませんでした。
Qはこれまでに比べてあきらかにエンタメ性のバランスおかしいんですが、この形へと至った経緯が気になります。早くスタッフインタビュー読みたいですね。

taidataida 2012/11/20 12:14 非常に分かりやすくまとめられていて参考になりました!
観に行く時にはここに注目して見ようと思います。

samepasamepa 2012/11/20 12:17 taidaさん
どうもです!僕は既に四回観ましたが、二度目より三度目、三度目より四度目のほうが面白かったです。
きっとここで書かれていること以外の発見もあるはずなので、これにとらわれすぎずに楽しんできてくださいw

kaokao 2012/11/21 19:58 なるほど、と感心しながら読ませて頂きました。
シンジに対してのミサトさんたちの態度があまりにもアレだったのがもどかしかったですが、
カヲルくんの説明はしっかりしてたし、シンジにも唯一優しく、希望を与えてくれるようなものだったので、見ている方としてもカヲルくんが登場すると安心できた感があります(カヲルくんは全ての事情を知っているようだったし)。
シンジは、本当は心の奥では綾波を助けられなかった、世界がこんな風になったのは自分の行動のせいでは、と解っていたのに、それを認めてしまっては自分が壊れてしまう。だから「綾波を助けたんだ」を連発して、様子の違う綾波を助けた綾波だと信じこもうとしていたようにも思えました。
破の最後で流れたQの予告とは全く違っていたので、空白の14年があの予告だったのかなーと思います。観客にもシンジと同じ浦島太郎感を味わわせるためでしょうか。
何だかんだで楽しめた作品でした。続きが楽しみです。
長文失礼しました。

rs6000moers6000moe 2012/11/22 01:26 支えになってくれる女の子は、沢城声の方も含めて三人だと個人的に大歓喜です。

bralinbralin 2012/11/22 21:53 今日見てきました。このシンジ君、確かに世界を壊してしまった事にショックを受けてますが、「綾波を救えなかった上に世界を壊してしまった」事にショックを受けているように感じ、槍を周りに止められても問答無用で引き抜く姿はユイに執着するゲンドウとダブって見えます。絶対に助けたかった人ともう一度会えるチャンスが、目を曇らせていたのか、彼にとって「やり直した世界」は「自分の知っている綾波がいる世界」なんだろうなあ、と。そしてその結果が友人の死。この先の展開が気になりますね。

samepasamepa 2012/11/23 09:38 >kaoさん
>様子の違う綾波を助けた綾波だと信じこもうとしていたようにも思えました

そうですね。それにしてもシンジ君、たちが悪いなーと思ったのが、綾波を助けていなかったんだと分かるなりカヲル君の補完計画案にノリノリになるところw 藁にもすがる思いだったんでしょうけど、あそこまで思考力が鈍るものかと。そこにメッセージ性が込められてるのかなという気もします。
空白の14年に関しては何らかの形で描いて欲しいんですが、それも無さそうかなーw 元々はある程度「空白の期間」を描いた上で、シンジの目覚めまでを「14年後」といったテロップでポンと経過させる予定だったのではないかと妄想したりするのですが……(それこそ『トップ』みたいな感じで)。
ただ現在のような形になったのは、kaoさんが仰るように、観客の没入度を高めるためだったでしょうから。となるともう空白の14年間を描くメリットが無さそうかなと思うわけですw メディアミックスとしてゲンドウや加持あたりを主役にした小説があれば面白いかもしれませんが。


>rs6000moeさん
サクラちゃん良かったですよね!w 緊張が抜けると突然関西弁に戻る、という感じが絶妙に14年間の経過を感じさせて面白いなーとか思いました。
個人的にはマリとミサトさんも含めて五人だとさらに大歓喜です!^q^

samepasamepa 2012/11/23 09:39 >bralinさん
ゲンドウとダブって見えたというのはとても面白い指摘ですね。これ、今度『Q』の感想書くことがあったら引用させてもらうかもしれません。
ゲンドウって元々テレビシリーズでは「乗り越えるべき父」として設定されたキャラのはずなのに、これまでそこはあまり上手に描かれてなかったんですよね。その理由は、今まではただ漠然と、庵野監督に「父親」が描けなかったから、とか考えていたのですが。
しかしゲンドウが「万能感」(榎戸洋司用語w)を引きずった大人であったと考えると、これまで上手く描けていなかった理由や、これからどう描けば良いのかが見えてくる……気がするようなしないような……w
新劇場版における鶴巻監督&榎戸さんの役割にはスルーできないものを感じますので、なるべく早い時期に『トップ2』を見返して感想書きたいんですよね。正直テーマ的なレベルで『トップ2』などを交えて語っている人が少なくてモヤモヤしてます。

>その結果が友人の死

誰かを助けようとして他の人に迷惑を与えているという意味では、シンジは『破』と同じことをやってしまっているんですよね。この先どうなるのか早くみたいですね。

mnmn 2012/12/01 01:50 開始十五分でサードインパクトがシンジ君のせいで起こったことに察しがつくのに、と書かれていますが、シンジが十五分で気付けるという根拠は一体何なのでしょう。視聴者側の我々はエヴァの様々な知識・情報を持っているから、その事実を容易に想像できますが、インパクトそのものの経験もなく、仕組みも知るはずのないシンジが何にどう気付くというのでしょう。主観と客観を混同しすぎではないでしょうか。

samepasamepa 2012/12/01 02:31 >mnさん
仰ることは分かります。他の方のコメントも見ていても同様の意見がありましたし、自分自身、本編を再度鑑賞したりすることで、初日からは感想が微妙にずれてきました。
なのでその点につきましては、11月23日の追記部分で触れている通り、「メタ視点が前面に出すぎ」であったかなと、少し反省している部分でもあります。……しかしそれと同時に、「メタに見た場合、やはりシンジが鈍く感じられる」という視点も大切であると考えます。理由はエントリー内で説明している通りで、「鈍いシンジ」というのが本作において一貫して重要なモチーフとなっているように感じるからです。

実は振り返ってみてのその他のツッコミどころとして、そもそ「開始15分」はどのシーンを指して言ってたんだよという点もあったり……w 初日の鑑賞では体感時間が短く感じられたので、カヲルと会ってピアノを弾いたりしているあたりまでを「15分」と認識していた気がします。今思うと三〜四十分は経っていたなとw

spicyspicy 2012/12/11 17:41 楽しく拝見させてもらっています。
シンジ君、確かに悲惨でしたね...。
14年も経てば、アニメの世界でも世の中大きく変わるものですね。
なにやら新種の使徒が登場するなど謎は深まるばかりです。
また「Q」を観て気づいたんですが、テレビ版「Q」予告の内容が新劇場版「Q」の内容と全く合致していないんです。
さらにその内容が、カヲル君がセントラルドグマへ言っちゃったり、NERF職員が幽閉されちゃったりして、これはまさにあの「破」の続きになっていると思うんです。
そこにマリとレイの密談があったり、8号機に天使の輪があったりして、たぶんそこでいくつか謎が解けるのだと思います。
テレビ版「Q」で、あの14年間の空白を補完するのではないでしょうか?
そうだとすれば、テレビ版「Q」の放映(いつになるのやら...)非常に楽しみです!!
また完結編も非常に楽しみです!!

samepasamepa 2012/12/16 02:17 コメントありがとうございます。返事が遅れてしまい申し訳ありません。
ちょっと勘違いされてる気がするのですが、“テレビ版「Q」予告”というのはこちらのことですよね。
→http://youtu.be/TYdAEThwrhI
テレビ版の予告というか、これ、劇場でも流れた予告なのですよね。なので時系列的に
『破』→(「Q」予告の部分)→『Q』
となってしまっているんですよね。
空白の部分が今後実際に描かれるのかどうかは正直微妙な気がしています。何らかの形で詳しく描いてほしいんですけどねー。それこそ、いっそのことテレビシリーズとかでじっくり描いてくれれば良いのに!とか思ってしまうんですがw

H&KH&K 2013/01/08 15:36 はじめまして、いくつかのレビューで予習しつつ遅まきながらQを見て、その勢いでこのブログにたどり着きました。
個人的にQで思ったのが、なんだかんだ言いつつもテレビシリーズや旧劇場版を意識させる作りになっているという点で。
特に序盤の2号機と使徒の戦闘シーン、アレひょっとしてTV22話のアラエル戦を意識しているのではないかと。
あの戦闘、企画〜初期稿段階で上がっていたらしい「空飛ぶ使徒とエヴァの戦闘」の要素を宇宙に置き換えてやりつつ「ATフィールドを無効化する謎の光」で攻撃されるアスカをTV22話とは違い初号機が助ける……
ラストの「助けてくれない」がテレビシリーズでのアスカのセリフを意識させる、というメタ的な意味合いがあるとすると、あの戦闘にも同じくそういったメタ的な意味合い、あるいはTVシリーズとの一つの分岐という意味もあるのではないかと自分は感じたり。

ほかにもカヲルとの連弾からの下りでシンクロアタックを思い出したり、終盤も「まごころを、きみに」序盤での補完が発動したシーンだったりとTV版を思い出してばっかりでしたが、そうすると次回作はシンジがEOEで選んだ「人と傷つきながら生きていく」話なのかと思ったり。
つっけんどんである種シンジを一番傷つけながらも、シンジが求めた「自分を本気で一番必要」とする(であろう)アスカもいることですし……

なんだか取り留めのないコメですいません

samepasamepa 2013/01/10 02:35 はじめまして、コメントありがとうございます。
あー、そういえば企画書には空中戦の予定があったんですよね。でもそれは「男の戦い」で使われる予定だったとかで。それがアラエルとミックスされて…、というのはユニークな視点ですね。そうしたメタ的な視点の入り込む余地が意図的に用意されたか否かは判断しかねますが、これも一種の「エヴァの呪縛」なのかなという気はします。どう転んでも強固な過去の文脈に絡み取られていくというw
カヲルとの連弾についてはシンクロアタックもそうですが、どうも『破』でマリ&アスカによるダブルエントリーの没稿があったそうで。どちらも榎戸洋司による提案な気がするので(『破』での没稿は榎戸さんによるもの)、榎戸ファンとしてはむしろそちらの線で妄想てしまうんですよね。
終盤がEOEっぽいのはその通りですね。というか、シンジが槍を抜くためにリリスを登っていくシーンは『序』の陽電子砲を拾い上げる場面、槍を引き抜く所は『破』の綾波を引っ張り挙げる場面を意図的に反復してるっぽいのですよね。
ただ、今回これだけ意図的に過去作を反復していたのは、次回で新たなオチに着地させるためなのではないかとも思えますし。どうなってしまうのか気になりまくります。

H&KH&K 2013/01/10 18:13 コメント返しありがとうございます
榎戸洋司氏は個人的には「ラーゼフォン」第8楽章「凍る聖夜」の脚本だったのを思い出しますね。

ご指摘いただいた空中戦と「男の戦い」、自分は「空中戦=企画段階でのアラエル戦」と記憶していたので「あれ?男の戦い、てことはゼルエル戦だっけ?」と思ってちょっと調べたらevawikiに詳細な記述が。
http://evemedia.org/evawiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%82%A8%E3%83%AB
アラエル自体が最初は「男の戦い」に登場する使徒だったようで。


こちら→http://d.hatena.ne.jp/p_shirokuma/20121218/p1の記事などを見ていて思ったのですが、今回のシンジ君「呑み込みが悪い」というよりも、サルベージ以来周囲に冷淡に扱われ、自分の成功体験である「綾波を救出した」ことに縋り「自分は正しかった」と自分に言い聞かせるあまり「視野狭窄」に陥ってるんじゃないのかな、とか自分は思いましたね。
で、世界は滅んで綾波も助けられなかった、自分は間違っていた、受け入れがたい事実をつきつけられたときにカヲル君が「間違いをやり直せる」と言ったんでその案にホイホイついて行って(笑)
そこ考えると今回のシンジ君って今までみたいに「あなたが必要」じゃなくて「あなたは正しかった」って言ってもらえる人が欲しかったのかもしれない。
(深く穿つと庵野監督は今回「てめえらいつまで過去に縋って視野狭窄になってるんだ」と言いたいのかもしれない。「てめえら」「過去」が何を示すかはわかりませんし、多分何かを指定している訳でもないでしょう……多分)

あと自分はエヴァ板の「交互のストーリー説」に違和感を感じていたのですが、考察(妄想)をしているうちにサブタイトルの"YOU CAN (NOT) REDO"って「(カッコ内を省略して)やりなおせるように見えて実は(カッコ内を省略せずに)やりなおせない」という意味合いなのかな……と最近思ったりします。
そうすると序は「一人のようで一人ではない」話、破は「前進しているようでしていない」話(=旧劇同様サードインパクト発生?)という意味合いにも見えてきたり。
その辺の「作り手の答えが用意されていない、見えないどうとでも解釈できる余地」こそがエヴァ最大の魅力なのでしょうが。

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