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さめたパスタとぬるいコーラ

2017-02-26

『龍の歯医者』前後編感想 龍と歯医者って感じじゃなくて

| 01:39 | 『龍の歯医者』前後編感想 龍と歯医者って感じじゃなくてを含むブックマーク

 BSプレミアムで放送された『龍の歯医者』。人間の力ではどうにもならないように見える超自然現象を前に、それでもやりたいこととやるべきことをやろうともがく登場人物たちに胸打たれました。舞城王太郎原案ですが、共同脚本の榎戸洋司作品の「いつか訪れるであろう死。それまでにやるべきことをやる。その想いの強さが力になる(『キャプテン・アース』25話)」というテーマからの直系という印象を持ちました。しかしそれ以前に、クライマックスが単純に映像として美しすぎた。

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 柴名の言葉に、「生きている以上、いつも何事かを決めるんだよ。食うのか食わないのか。戦うか。それとも死んじまうか」というものがありました。ベルは最後にはっきりと、「龍の歯医者にはならない」という決断をして、自分の足でブランコのもとに向かいます。ベルは結果的に“親知らず”の盗難を防ぎ、龍と龍の歯医者たちを守ったことになりますが、本人にその自覚はないようでした。龍がベルを“黄泉帰り”として選んだ理由は、“親知らず”を守ってもらうためだったかもしれない。でもベルはそんな龍の都合とはまったく関係なく、もう一度生かされた理由に納得し、野ノ子への感謝の言葉を胸に死んでいきました。

 そしてベルの死とは無関係に、虫歯菌の暴走も止まる。ベルの「血液とは違う何かが僕の胸を満たしていく」というモノローグに乗せて、肺の毛細血管のように広がった虫歯菌が白く変化していく映像がただただ美しいと感じました。個人の関与の有無にかかわらず世界には輝くものが存在していて、世界の都合とは関係なく個人の幸せも存在している。そんな映像を見せられているような気がしました。

 

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 榎戸作品では『トップ2』の宇宙怪獣(幼児的万能感を持ったまま成長してしまった者)、『スタードライバー』のヘッド(楽しかった過去を永遠に繰り返したい人)、『キャプテン・アース』の遊星歯車装置(永遠の命を求めるあまりエゴが肥大した人たち)と、際限なく膨張する欲望批判的(必ずしもすべてを悪と断ずるわけではない)な視点で描かれてきた経緯があります。他方で、懸命に生きる日々の一瞬にこそ「永遠」が宿ることも描かれてきた。“キタルキワ”を受け入れ、その上で今日を生きようとする龍の歯医者は、過去作で描かれた「限られた生の中でやるべきことをやる」という生き方をあらかじめ体現した人たちだと言えます。

 ベルは死の間際、野ノ子に、かつて見た気高く美しかった馬の姿を重ねます。ベルは作中で、ほぼ一貫して「野ノ子を助ける」ことを行動原理としていました。それに対し、野ノ子はひたすら龍の事を第一に考えていた。前編のクライマックスシーンでも、ベルは野ノ子の“手”を掴もうとしますが、野ノ子は龍の歯をつなぎとめるため“縄”をベルに渡そうとしていました。

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 こうした野ノ子の奉仕の姿勢は、龍との主従から来るものというよりも、龍を拡張された自己の一部と認識していることから来るもののように見えました。龍と歯医者って感じじゃなくて、両方揃ってて龍の歯医者なんです。ベルは野ノ子に対して、 “キタルキワ”を回避しようとしないことに対する憤りはともかく、誠実に今を生きる姿を美しいと感じたのだと思います。

 

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「例えば、自分の右手を見て『自分と右手』とは考えない。

右手は自分の一部で、あって当たり前。僕と銃って感じじゃなくて、僕と銃は両方揃ってて僕なんだ」(『キャプテン・アース』23話)

 

 ところで、『龍の歯医者』はベルの拳銃をめぐる物語でもあります。ベルは初めて死んだ際にブランコに銃を奪われ、それがブランコの死後に階段を転がり、ベルの手元に戻ってきます。最後に歯から出てきた遺品の山からベルの拳銃が見つかるのは、ベルが歯の中に還ったことを示唆した演出でしょうか。拳銃が有栖川にポイっと捨てられてしまうのは儚くもあり、しかしベルの生きた証がしっかりと世界に記憶されているような感じもして、なんだか嬉しかったり。それにカヲル君の「魂が消えても、願いと呪いはこの世界に残る。意志は情報として世界を伝い、変えていく。いつか自分自身の事も書き換えていくんだ」という言葉を思い出したりもしました。

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 実は後編のアバンで登場する女性は、卓上の資料から“花垣ヤヅカ王ペトワムサ(龍の歯医者の住処)”の調査をしていることが示されていて、そこにベルの拳銃の写真も確認できます。あの拳銃がその後どのような運命を辿ったのかについても、想像を掻き立てられます。調査をしている女性が野ノ子とベルの外見的特徴を併せ持った造形になっているのもにくい演出ですね。

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 この他にもスローモーションで走る野ノ子の姿は、スローでジャンプしていた馬のシーンと意図的に重ねた演出だったのだろうか? とか、走る野ノ子が『I Can Friday By Day!』のスローモーションで走る少女と重なって見えたとか。柴名姉さんが歯に侵入するポーズが『ヱヴァ破』でシンジが綾波を救い出すため使徒のコアに侵入しようとするシーンに似ていたり*1。野ノ子が歯を射し込むシーンは、彼女が歯の中から出てきたシーンと対のようになっていたり。一秒も気の抜けない映像が90分間続くことがただただ素晴らしかったです。考えてみれば、鶴巻さんによるオリジナル新作で90分尺の単独監督作品は今回が初ですし、そこも新鮮でした。

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 放送前にいろいろあった清水富美加も、蓋を開けてみると大変にはまり役で、仮に何らかの形で続編が作られる際にはぜひ再度野ノ子役を演じてほしいと思えるお芝居でした。騒動があってからは宣伝で大きく名前が取り上げられることは無かったようですが、本編放送中にスタジオカラー公式Twitterが清水さんに対する好意的なツイートをしていたのも嬉しかった。また、3月後半には解説番組「同トレス」も放送される予定のよう。裏話がばんばん明かされることに期待したいところです。

 

【追記】解説ニコ生「同トレス」は3月29日に放送されました。鶴巻監督や、脚本の榎戸さんなどが出演。作品に込められたテーマや裏設定、庵野さんの裏話など期待以上の内容でした。5月7日までニコ生タイムシフトで見ることができます。

 → ニコニコ生放送 『龍の歯医者』同トレス タイムシフト

 4月2日現在、一部環境で途中の映像がチラつく不具合が出ていますが、問題解消に向けて番組側がニコニコ運営に問い合わせ中。 →復旧済みです。

*1私的な理由で周囲に破滅的被害をもたらすという点でも共通してますね。『Q』でのシンジと違い、その後、柴名姉さんが比較的暖かく迎えられているのは興味深い。

ようよう 2017/02/28 21:33 バックグラウンドも含めた素晴らしい感想・考察でした。なるほどーと思ってしまった。

通りすがりさん通りすがりさん 2017/03/05 13:02 こんなに深く感想を書かれている方がいて驚きです。
参考になります。ありがとうございます。
凄い映像美でしたよね。後半は今見ても泣けてきます。

野ノ子のキタルキワに出てくる金髪の少年。
最期助かったシーンではその時出来たばかりの顔のキズみたいだったから、野ノ子のキタルキワはもう少し先のお話になるのか、いやベルの行動が龍や人々の運命を変えたのか。結末まで描かれていない故、想像力をかき立てます。

とても魅力的なキャラクターがいっぱいで、個人的に超鈍感な有栖川が良かった。見つけた銃を無造作に放り投げるのは彼女にしか出来ない役かと。

どういう経緯で歯抜けになったか知りませんが、ブランコが龍に対して抱く感情は自分の歯に対するコンプレックスだったりとかな、もう想像してるだけで。

龍のディティールもいいしあの重量感描写がたまらない。NHK出版から設定集とか出ないのかなぁ。

まちやまちや 2017/03/20 23:47 素晴らしい感想、考察ありがとうございました。そうしたページをいくつか拝見しましたが、貴方様のが一番しっくり来ました。響きました。

taida5656taida5656 2017/03/30 21:14 榎戸洋司作品の文脈で書かれた考察は自分に無い視点でとても楽しめました。「キャプテンアース」は途中で視聴を止めてしまいましたが、さめぱさんの記事を読んで興味を持ったので今度見てみたいと思います。「龍の歯医者」はブランコに奪われたベルの拳銃がブランコの死後にベルの手元に戻るという拳銃を巡る話の他にも、虫歯菌から得られた石が虫歯菌を退治する薬になる事や、兵士の殺意が育てた殺戮虫が兵士を殺して新たな殺意を生む事などあらゆるものが循環する世界観が印象に残りました。

ひらっぺひらっぺ 2017/05/13 02:20 はじめまして。深い考察とても参考になります。エヴァに似た謎の多い作品で、一度見ただけでは難解で理解できないところが多いのですが、私が気になったのは野ノ子とベル、悟堂と柴名、ブランコと歯医者たちの対比であり、特にブランコの存在が気になります。
野ノ子を初めとする歯医者たちは、自らの運命を受け入れることが出来る者であるゆえに黄泉帰り、時が来るまで生かされる存在です。一方でブランコも死ぬときは死ぬのだと自分の運命を受け入れているからこそ戦場であれほど大胆に振る舞う事が出来る者。両者は同じ様に死を受け入れるけれど、歯医者たちは平凡な人生に喜びと使命を見出していくのに対し、ブランコは自我をさらけ出し、ある意味で己の命を限りなく燃焼させようとする。この対比は悟堂と柴名、野ノ子とベルの関係にも共通しています。そしてどちらが正しいのかという点については作者は何も語っていない。歯医者たちに使命があるというなら、ブランコにも使命があったのでは無いでしょうか。もちろん他人の命を奪ってでも、というのは許せないことですが。
 どのようにお感じになりましたか?

samepasamepa 2017/05/14 00:21 ひらっぺさん

はじめまして。ブランコは松尾さんの声の力もあって、とても魅力的なキャラクターですよね。ブランコは歯医者たちと同様、生命に対して達観した見方を持っていて、歯医者の対存在として配置されている印象が強いです。他方で、彼が作中で死ぬときのうろたえようは歯医者とは大違いでした。

>死ぬときは死ぬのだと自分の運命を受け入れている
実は初見時に、僕もこのように感じていたのですが、繰り返し観るうちに考えが変わってきまして。ブランコは「ここでは死なない」という思考が肥大化してしまい、いつしか「自分は死なない=不死身である」と、どこか本気で信じ込んでいたのではないかと。
先日まで視聴可能だったスタッフニコ生にて、脚本の榎戸さんがお気に入りキャラとしてブランコを挙げておりまして。そこでのキャラ解説で、「ブランコは自分が一番死なないラッキーな人間であるところにアイデンティティを持っていて、死んで生き返ったベルは自分以上に幸運なので憎しみの対象となっている」と説明していました。
「飛びぬけた幸運」という才能を持っていたとして、それを活かして「何をするか」が大切だと思うのですが、ブランコにはそれが見えておらず、幸運そのものをアイデンティティにしてしまっている。そういう点で榎戸作品に頻出する「残念な大人」(鳳暁生、ツナシトキオ等々)の系譜のキャラという気がして、なかなか愛おしいです。

Twitterでも指摘している人が数名いますが、ブランコのキャラ造形を考える上で「Comic 新現実 Vol.3」(https://www.amazon.co.jp/dp/4048538071)に収録されている榎戸さんのインタビュー(p.217部分)が大変参考になるので、ご興味があればぜひ読んでみてください。2005年のインタビューですが、「世界で一番足が速いことをアイデンティティにしてしまった人」の例が語られていて、ブランコ像の雛型がこの時点で存在していたのかと驚きます。

ひらっぺひらっぺ 2017/05/15 01:25 samepaさま
 丁寧なご回答ありがとうございます。なるほど、榎戸さんの解説やインタビューでそのあたりが明らかになるのですね。「自分が死なないラッキーな人間であるところにアイデンティティを持つ」、そんな人間が実在するとしたら驚きではありますが、自分は死なないと思える傲慢さが、自らの死期を知っている歯医者たちとの対比で描かれているという気もしてきます。
 私には歯医者たちは幸せな人生を送る可能性の高い人たちだと思える一方で、「与えられた人生を送る人たちである」という印象も抱きます。それが柴名などにとってはとても歯がゆいことであり、歯医者たちを裏切り非難を浴びようとも、自分の思い人に今一度会うための行動に走らせます。そのような行き方を評して悟堂は「勇敢だ」と言っており、それは相いれない者への皮肉ではありますが。否定する言葉ではありません。その柴名と類似点を持つ生き方をする者としてブランコが描かれているとすれば、彼の生き方もまた否定しきれないものだと考えられないでしょうか。何よりも彼は「親不知」を金に換えようとはしなかった訳であり、そこに何がしかの彼なりの生き方を感じてしまう事は果たして間違いなのかな、と思えてきます。
 あくまでも私の第一印象に過ぎないので、samepaさんのご紹介のインタビューなども拝見したうえで、物語をもう一度見直して見たいと思っています。有難うございました。