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2010-06-08

ヒーローショー」普通「ヒーローショー」普通論を含むブックマーク

ヒーローショー」鑑賞。

この映画について「賛否両論」というウワサを聞くんだけどボクの視界に入る範囲ではほぼ大絶賛のみ。ボクは貧乏くさい映画キライで見る気は無かったんだけど、時間と機会があったんで見てみました。

結論としては、普通くらいに面白かった。

痴情のもつれでヒーローショーに出演する「ヒーロー側」と「悪者側」の対立が陰惨な暴力事件に発展していく。中盤あたりまでかけて語られる戸梶圭太が言うところの「激安犯罪」のインフレが加速していく様は素晴らしい。薄ら寒く、恐ろしいのだが一方であまりに安い動機や行動はどうしようもなく笑えてしまう。

異様さを無造作に切り取ったような井筒監督特有の乾いた演出も相性が良く効果的だし、生々しい暴力描写も昨今の一滴の血も出ない時代劇に比べ誠実で、その心意気は大いに買える。その点においては良い出来だと言える。近年に公開された邦画(ボクはほとんど見てないけど)の中で、相対的に見ればかなり出来の良い位置にくるであろう事も想像に難しくない。明確に悪いところといえば、劇伴が安っぽくてものの見事に興を殺いで行くあたりか。

おおむね面白いと思っては見ていたがラスト解釈が絶賛している人とボクとでかなり違うようだ。

以下、ラストシーン解釈について書いています。

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元自衛官の腕っぷしを買われ“ヒーロー”側の助っ人に来た『ユウキ』と、過剰過ぎる自意識を抱えながら何一つマトモに出来ない、お笑い芸人を目指す“悪者”側の『ユウキ』。同じ名前の2人の『夢』を対比しながら話は進む。

元自衛官のユウキは配管工をしながらコックになる勉強をし、バツイチ子持ちの彼女と一緒に石垣島で店を持つという、それなりに大きいがつつましい夢を持つ。一方お笑い芸人を目指すユウキライブをやればネタが飛び満足に終わらせる事すらできないクセに不釣り合いに高いプライド邪魔をしてバイトはすぐにやめてしまうというダメ人間である。

元自衛官のユウキは今まで映画で何度となく描かれてきた小市民キャラクターだ。ささやかな夢を抱きながらも無知蒙昧さをいいように利用され泣きをみる。『貧しくとも明るく楽しい我が家』といった、多くの人が目指さざるをえない目標にしがみつこうとする姿は、鑑賞者に共感を覚えさせる設定だ。

一方、お笑いのユウキはここ最近になってワラワラと増殖したキャラクターだ。身の丈に合わない夢を抱き、ふくらみきったプライドにガンジガラメにからめとられて何一つ満足になし得ないまま、夢と現実の大き過ぎる差に焦燥し続ける事しかできない人間。実際、中盤までお笑いのユウキは圧迫的な暴力の前にただただ言われるがまま何もできないでいる。チャンスが有っても逃げる事すらしないで従い続けている。これは作り手側からの説教である。「オマエら、口ばっかり達者で景気のイイ事ヌカすけど、実際にはこの程度のクズ野郎でしかないんだよ!」と見せつけているのだ。

ところが、そのクズ野郎が転機を向かえて、ある種の“成長”をしてしまう。自分はお笑いでメジャーになりM-1で優勝して一千万を稼ぐ人間になる予定なのに、今は悪い境遇にいるだけだと思いこんでいるのが序盤。

中盤で、のっぴきならない理由で30万の金が必要となった“ヒーロー”側はお笑いのユウキを脅しサラ金で金を借りてこさせようと目論む。サラ金店舗に連れてこられたお笑いユウキは高いプライドゆえに『自分が大人物なのに、今だけ悪い境遇にあるので金を借りる』という事を自分自身に言い聞かせるように、サラ金の窓口のねえちゃん相手に語り始める。その流れでネタを披露する事になる。このネタはお笑いユウキにとっての一世一代の大勝負であっただろう。

見事にダダ滑りし、お寒い空気に包まれお笑いユウキは我に返りパニックを起こす。これは自分のたった一つの拠り所を失ったゆえである。薄々感づいていたが本当に自分がお笑いに向いていない事を極限状態のただ中で知ってしまったのだ。

その直後、自衛官ユウキ監視から無謀なまでの逃走を試みるのは「失う物が何も無くなってしまった」からである。その後で、自衛官ユウキ彼女とその子供の絆や子供のために泣きはらす彼女の姿を自分母親に重ねあわせ、当面の存在意義をみつける。

その後のお笑いユウキは初めて、ごくシンプルながら行動原理を持つにいたる。『自分はお笑いには向いていなかった。金があるワケでも無いのに学費を出させたのに母ちゃんには悪い事をした。とりあえず母ちゃんに会いたい。謝りたい。』というものだ。検問にひっかかり、言い訳をする時に真に迫って「母親に会いたい!」と吐露するのは本心からの言葉である。

ラスト、デカくて立派な富士山を臨む駐車場の脇に、つつましく建つタイ焼き屋のバラック小屋に現れ、両親に店番をかって出るお笑いユウキが客に対してするように見せかけ、両親へ深々と頭を下げた後の顔が晴れやかに微笑んでいるのは当座の目的を果たした達成感からだ。

そこで映画は終了となり、エンディングピンクレディーの「S.O.S」が流れる。この曲が選ばれたのは単に「S.O.S!誰か助けて!」というだけの意味では無い。注目すべきは2番の歌詞である。

うっとりするよな夜に ついついおぼれ

そんな気になるけれど 考えなさい

瞼をとじたら負けよ 背のびをしたら

何もかもおしまいよ そういうものよ

本来は「大人を夢みてマセてると狼たる男にヤラれちゃうわよ」という女性の貞操危機を歌った歌詞だが「ヒーローショー」に当てはめると「お笑い芸人になってM-1で優勝して一千万!というような甘い夢を見たって誰でもなれるワケじゃないんだよ!死ぬ(瞼をとじたら)事こそ負けだよ!」という警句と捉えられる。

これは、口うるさい説教オヤジが繰り返し語ってきた「マジメに働け!親より先に死ぬな!」というあまりにオーソドックスで実も蓋もない話だ。

インタビューなどから推測するに、井筒監督が目指したのは一連のアメリカンニューシネマのような、夢が破れていく映画だったのであろう。「イージーライダー」の2人のように無知田舎者に撃ち殺されたり、「真夜中のカーボーイ」のラッツォのようにしょうべん漏らして死んでいくような無情感。ただ、井筒監督自身はそこまで世の中を悲観しつくせるほどクールでは無くて、もっと泥くさく弱者側に寄った演出をしてしまっているように思うのだ。

『見終わって最低の気分になる青春映画』と本人が語っているのも、井筒式リップサービスの一環に思える。確かに「パッチギ!」のさわやかな光と希望に満ちあふれたラストに比べれば*1、自衛官ユウキが向かえるラストは血まみれで暗澹たる様子に見れる。それでもコフリと血を吐きださせ死んでいない事を見せるし、お笑いユウキは地に足をつけ歩み始めたと見れる。

そして、お笑いユウキラストネガティブ解釈すると、全国のタイ焼き屋にケンカ売る事になると思うんだが。まぁ、そう感じてしまった以上しょうがない。今の世の中、職業に貴賤は無いとは言い難いが、おおっぴらにネガティブ言葉で表してしまうデリカシーの無い人間こそ安い。5円くらい。

ということで、またもや人気者にケンカを売る形になっているが、異論・反論オブジェクション!ならびに『まったくその通りだぜ!』といった意見のある方もまとめて明日、18:30から阿佐ヶ谷ロフトAに来るとイイですよ。

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Bootleg Live at asagaya」

6月9日(水)阿佐ヶ谷Loft A

18:30開場/19:30開演

前売り¥1,500円/当日¥1,800円(共に飲食代別)

ウェブ&電話にで予約受付中!

阿佐ヶ谷Loft A

03-5929-3445

ウェブ予約

http://www.loft-prj.co.jp/lofta/reservation/reservation.php?show_number=389

*1:でも、あいつ北朝鮮にむかっちゃったよね?

古泉智浩古泉智浩 2010/06/09 11:00 2回見たけど結末はぼんやり見ていて、こんなにきちんと解釈できませんでした!

samurai_kung_fusamurai_kung_fu 2010/06/10 13:09 わっ!どうもです!絶賛派急先鋒!
あ、いや、たぶんこうじゃないかなぁ?というボクの印象です。ブログを書く時に断定口調にするのはその方がモテるからです・・・