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2016-02-13

我々は何をしてしまったのか? 『スター・ウォーズ フォース覚醒我々は何をしてしまったのか? 『スター・ウォーズ フォースの覚醒』を含むブックマーク

スター・ウォーズ フォース覚醒』観賞。

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というか、今のところ計8回劇場に赴いているワケだが……

カンタンに感想を述べれば「おもしろかった!」と無邪気に答える。面白かったよ! しかし、オリジナル3部作からリアルタイムで付き合い、プリクエル3部作はもちろん、スピンオフやコミックなどの出がらしも平らげるほどスター・ウォーズ世界を愛してしまった私には、「おもしろかった!」の一言では表現しきれない想いが当然ある。

スター・ウォーズ』とは何なのか?

そもそもスター・ウォーズオリジナル三部作は「古臭いものを再提示する」というコンセプトで作られている。

オープニングの「A long time a go in a Galaxy Far, Far Away」が、古典的おとぎ話の語り出し「むかーしむかし、あるところに」のもじりであることは良く知られている通り。

劇中でも、チャンバラターザンスウィングなど古臭い香りを芬芬と漂わせている。SW独特なワイプの場面転換も、30年代に多用された、言ってみれば「古臭い手法だ。

しかし、登場する様々な乗り物などのデザインは非常に先鋭的なものだった。X-ウィングファイターの可動式翼や、タイファイター宇宙船とは思えないデザイン。アシンメトリーミレニアム・ファルコン。月ほど巨大な宇宙基地。

加えて独創的な宇宙人たちもいた。ハンソロ相棒愛嬌のある巨大なチューバッカを始め、モスアイズリー港のバーにたむろする様々な形態宇宙人たちなど。

“ドロイド”もふるっている。役割ごとに違った形状で、翻訳ロイドとして公式の場にも出るC-3POはゴールドの人型。宇宙間航行をアシストする“アストロメク・ドロイド”R2-D2は足の生えたドラム缶の様で、これはSF小説のクラシックレンズマン」のトレゴンシーが元であろう。

スター・ウォーズオリジナル三部作とは、古式ゆかしい芯を持ち、なじみの深い姿形を連想させながら、全く新しい外見を持っているシリーズだった。

我々は何を求めてしまったのだろうか?

オリジナル3部作を鑑みればプリクエル3部作が目指した方向性も解ってくる。

アールデコ調の戦闘服や乗り物。暖炉の前で愛を語るジェダイ騎士惑星代表の代議士。50’sスタイルのカフェを経営する4本腕の事情通宇宙人とウェイトレス・ドロイド

ジョージ・ルーカスが先導したプリクエル3部作のコンセプトもオリジナル3部作同様「古臭いものを再提示する」だ。しかし、その上で「オリジナル3部作とは違った見た目にする」という、映画作家であれば当然の志も含めていた。ただ、出来上がった映画テンポの悪い代物であったことも手伝い、そんな、ルーカス意図は汲まれることなく批難の狼煙があがった。

プリクエル3部作に対する言説の多くはオリジナル3部作との「違い」を言及したものだ。デザインがつるつるしていてキレイ過ぎる。フォース生物的な属性になってしまっている。複雑な政治的背景が説明口調の台詞だらけで展開していく。などなど。意図された新しさに対し「ソレジャナイ!」と突き返してしまった。

これは間違いなく我々が望んだ『スター・ウォーズ』だ

新3部作の1作目『スター・ウォーズ フォース覚醒』はそれら語られ過ぎたプリクエルへの不満が全て解消されている。

デザインはオリジナル3部作を踏襲したものになっている。「し過ぎ」と言ってもイイだろう。X-ウィングはエンジン部分が半円になっている以外はほぼ同じフォルム。タイファイターに至ってはカラーリング以外大きな違いは見つけられない。ストーム・トゥルーパーは「i-トゥルーパー」とでも名付けたいシンプルなデザインへマイナーチェンジがされている。

フォースは「生きるモノすべてを繋ぐもの」としてオリジナル3部作の設定を引き継ぎ、ミディクロリアンの影は消えている。劇中ハン・ソロがノールックでトルーパーを撃ち殺すのも“フォース”であろう。

物語説明のいらないシンプルものとなり、SW好きなら1度ならず見た事のある展開をしていく。

帝国軍に強襲されて秘密の何かを託されるR2-D2に対し、ファースト・オーダーに強襲されて秘密の何かを託されるBB-8。

田舎町のモイスチャー・ファームで過ごすルークに替わり、廃品回収で日銭を稼ぐレイ

追われるようにミレニアム・ファルコンに乗り込み宇宙へ旅立つルークとオビ=ワンに対し、追われるようにミレニアム・ファルコンに乗り込み宇宙へ旅立つレイとフィン。この場面、墜落したスター・デストロイヤーの間を縫って飛ぶミレニアム・ファルコンの挙動は、オリジナルで見せた隕石群の合間を縫って飛ぶミレニアム・ファルコンと全く一緒だ。

その他、中盤のピンチや終盤の決定的な死の展開、細かなディテールなど、もはやパロディと称しても良いほどのソックリぶりである

我々は本当にこれを望んだのだろうか?

物語オリジナル三部作の出来ごとや登場人物を多少入れ替えて書き直しただけ。ローレンス・カスダンの起用は、訴訟されないための予防策であろう。

デザインもミレニアム・ファルコンが同じなのはしょうがないとしても、主力戦闘機はX-ウィングとタイファイターのみ。反乱同盟軍(レジスタンス)のB-ウィングやY-ウィング、帝国軍ファースト・オーダー)のタイ・ボマーやタイファイターの上位機種であるハズのタイインターセプターは出てこない。

スター・ウォーズ フォース覚醒』は古いスター・ウォーズ物語と、古いスター・ウォーズのデザインで作られた、驚くほどに新しさの無い新作である

困ったことに、これがつまらないワケが無いのだ。シンプルで洗練された物語展開。ロケ撮影の生むダイナミズムや重量感を活かしながら、CGで補完された画像は迫力満点なモノに仕上がっている。戦闘機ドッグファイトも洗練されたスピード感溢れる演出になっており、過去のSW作品と比べても遜色の無いスリルあふれた場面になっている。

これはいったい何なのだろうか?

例えば、今の今『フォース覚醒』は「大変面白い映画」だと言っても良いと思える。しかし、来年、再来年、5年後、10年後になったらどうだろうか?

新しい3部作が全て出そろい、9本の『スター・ウォーズ』を並べた時に、この『フォース覚醒』はどんな位置にいるだろうか? 傑作EP4と並列に並んだ時に、今はまだ新しいが「古くなった」EP7はどんな存在感をもっているだろうか?

例えば公開時は高い人気を誇った『ダークナイト ライジング』を、今、当時と同じ様に高く評価する人はそう多くないだろう。アカデミー作品賞まで取った『恋におちたシェイクスピアだって、今は振り返られることはほとんど無い。『踊る大捜査線 The Final』を見た人は、そのことを思い出したり、たまに見返して「あぁ、面白かったなぁ……」と郷愁に浸っていたりするのだろうか?

繰り返しになるが、今日、今、この瞬間は本当に素直に「SW ep7面白かった!」と答えられる。『ダークナイト ライジング』や『恋におちたシェイクスピア』を見た時と同じ様に。

そんな、本当に複雑な思いを抱いて年末来年頭)のスピンオフ『ローグ・ワン』やEP8、EP9を本当に楽しみに待っているのである

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