西尾維新『不気味で素朴な囲われたきみとぼくの壊れた世界』講談社ノベルス

えーっと、皆さんもご一緒に、さんはい。
「タイトル長げーよ!」
まあ、作者自らあとがきで「タイトルが長かったので背表紙に無事収まっているのかどうか心配(p181)」と言っていますから確信犯(誤用のほう)でしょう。
この作品は「世界シリーズ」と呼ばれ、『きみとぼくの壊れた世界』『不気味で素朴な囲われた世界』『きみとぼくが壊した世界』に続くシリーズ4作目であり、『きみとぼくの壊れた世界』『不気味で素朴な囲われた世界』のタイトルが合成されていますが作品の位置づけとしては『不気味で素朴な囲われた世界』の14年後にあたります。
当時13歳の串中弔士は倫理教師となっており、彼が勤める名門私立女子校で連続殺人事件が発生します。
赴任してきた新たなる病院坂一族の人物を巻き込み、探偵ごっこが再開されるが・・・というお話です。
まあ、『不気味で素朴な囲われた世界』の続編であり、かつ内容は何を書いてもネタバレになりそうで未読者に向けた書評が非常に難しいのですが、「不条理な条理」を描いた『きみとぼくの壊れた世界』、「ミステリというお約束を知らない「世界」」を描いた『不気味で素朴な囲われた世界』、「実験的なミステリ語り」を描いた『きみとぼくが壊した世界』に比べると構成はシンプルで、かつ内容は「本格ミステリ」っぽいです。この「ぽい」というのが曲者で、例えば作中で見立て殺人が行なわれる中、串中弔士は

「ええ。数ある推理小説のコードの中でも、最も現実から距離のある、リアリティから程遠いと言われるテーマです」(p140)

と言及しています。これは、米澤穂信インシテミル』に通じる部分ではあるのですが、「作中で登場人物が自身を作品内の人物だと悟らずに作品について言及する」という「半メタ」な構造かと思われ、非常に興味深かったです。*1
このシリーズならではの(3作目除く)読後の陰鬱さもあり、あまり万人にはオススメできませんが、個人的にはこのシリーズ、ミステリとしては実験的、挑戦的であり、もっと話題に上がっても良いかなぁ、と思っておりますので興味ある方は是非。
(以下、既読者向けに。当然ネタバレあり)

*1:戯言シリーズ」でやってますけど。

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『銀河英雄伝説外伝2 ユリアンのイゼルローン日記』

 銀英伝は、神の視点と後世の歴史家の視点という二つの視点からの三人称描写による架空歴史小説ですが、本書はその中にあって極めて例外的な存在です。なぜなら、副題のとおりユリアンの日記形式でつづられているからです。そこには神の視点や後世の歴史家の視点の入り込む余地は一切ありません。
 「望遠鏡で時間と空間の彼方を見つめている」(本書p55より)ヤン・ウェンリーの側に仕えるユリアンの筆によって語られる個人的記録ですが、本書ではアムリッツア戦役の終息からクーデター発生までが、ユリアンの目線と言葉で語られています。
 作中でも優等生で通っているユリアンの日記は14才とは思えない程に大人びていて、あまりにも良い子過ぎるので少しイラッとすることもありますし文才あり過ぎだろとも思いますが(笑)、この日記が後にどのようなものに変化していくのかを考えると感慨深いものがありますね。

「それはそうさ。その時代その場所にいあわせた者より、何十年も何百年ものちに歴史を研究した者のほうが、冷静に、客観的に、正確に、多面的に、事件の本質を把握できるものだ」
(本書p87より)

 これはユリアンを通して語られるヤンの言葉です。昨今の歴史認識問題などに触れますと必ずしもそうとはいえないようにも思うのですが(苦笑)、完結した物語である銀英伝にとって、その歴史を研究する者といえば他ならぬ私たち読者があるのみです。

「真実ってやつは、誕生日とおなじだよ。個人にひとつずつあるんだ。真実と一致しないからといって、嘘だとは言いきれないね」
(本書p36より)

 これもやはりヤンの言葉ですが*1、この言に倣えば、ユリアンの日記というのもまた真実のひとつということになるのでしょう。このように、日記という大胆な形式を採用することによって歴史の多面性というものが表現されています。架空歴史小説に厚みを加える一冊としてオススメです。
 ちなみに、本書の解説はSF作家の円城塔です。どんな解説をするかと思っていたら、成る程、こうきましたか。凝ったことをするな、と思いながらも考えてみれば、私自身がこうしてブログにて日記というか読書録みたいなことを語っているのも似たようなものですね。何だか不思議な感じがしますね(笑)。
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プチ書評 銀英伝とライトノベル

*1:ちなみに、この会話のキッカケとなる食事を作ったお店の名前が『電気羊亭』(いうまでもなくP・K・ディックの某作が元ネタ)というのも洒落てますね。また、この台詞に関連したブルース・アッシュビーのエピソードは外伝4巻にて詳細に語られています。