『長く冷たい眠り』(北川歩実/徳間文庫)

長く冷たい眠り (徳間文庫)

長く冷たい眠り (徳間文庫)

 北川歩実といえば本書の裏表紙でも述べられているように「サイエンスミステリー」を描く作家として知られていますが、本書もまた例外ではありません。
 本書には7つの短編が収録されています*1。お話自体はそれぞれ独立していますが、そのすべてに”冷凍睡眠”が関係しています。なので、”冷凍睡眠”というテーマで統一された連作短編集と捉えることができます。もっとも、本書は2007年に単行本で刊行されたものの文庫版ですが、単行本刊行時書下ろしの表題作「長く冷たい眠り」を除き、1998〜1999年に発表という少々古めの作品が収録されています。ですが、冷凍睡眠の技術は(私が知る限りでは)今でもそんなに変わってはいませんので、別段古びた内容になってはいません。
 冷凍睡眠という科学技術の可能性は、倫理的問題点もいくつか生じさせます。そうした点に言及するだけでもお話としては十分に際どいものではあるのですが、それでいて冷凍睡眠というテーマはフック(掴み)に過ぎなくて、メインではありません。冷凍睡眠についてはあくまでも極めて現実的なスタンスで語られます。なので、SF的な興味を抱いて本書を手に取るとガッカリされるかもしれませんのであしからず。
 ですが、冷凍睡眠にはそれが必要となるだけの理由があります。現代の医療技術では不治の病であってとしても、未来であれば治すことができるようになっているかもしれません(参考:人体冷凍保存 - Wikipedia)。あるいは、現時点では冷凍段階で死亡することになってしまうとしても、やはり未来の医療技術であればそれも治すことができるようになっているかもしれません。そんな命が差し迫った事情から冷凍睡眠に一縷の望みをつなごうとする人々の意思を一概に否定することはできないでしょう。また、冷凍技術には動物実験や人体実験が欠かせません。そうした人々は倫理的問題に直面することになりますし、また、簡単な実験であったとしても人体に何らかの障害が残らないとは限りません。さらに、現代の科学では冷凍睡眠それ自体が傷害罪や殺人罪に該当する犯罪行為です。冷凍睡眠というテーマからそうした様々なミステリーを紡ぎだす作者の着想の豊かさと、それらをひとつの物語としてまとめ上げている手腕はさすがです。
 もっとも、お話自体はお世辞にも趣味がよいとはいえないものばかりです。ただでさえ倫理的な問題を抱えているのに、そこで展開されるのはだいたいが後味の悪い嫌な物語です。心温まるお話が読みたいという方には間違ってもオススメできませんが、クールダウンがご希望であればオススメかもです。

*1:順に、「氷の籠」「利口な猿」「闇の中へ」「追う女」「素顔に戻る朝」「凍りついた記憶」「長く冷たい眠り」。