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2010-04-13

[][][]『3月のライオン 4巻』将棋講座

3月のライオン 4 (ジェッツコミックス)

3月のライオン 4 (ジェッツコミックス)

 『3月のライオン』単行本4巻がようやく発売されましたので、ヘボアマ将棋ファンなりにゆるく適当に解説してみます。

(以下、既読者限定で。)

4巻表紙絵*1

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 角換わり腰掛け銀(参考:腰掛け銀 - Wikipedia)の先後同型です。挑戦者決定トーナメントで後藤相手に一手損角換わりを挑んでいることからも、島田八段の戦法のレパートリーには居飛車角換わり系の将棋があるみたいですね(その他、研究会や獅子王戦第4局で矢倉を採用していることから、矢倉も得意にしていると推察されます)。

Chapter.37の詰将棋*2

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 二海堂と重田の論争を止めるために差し出された詰将棋。これは1巻p134の先崎八段のコラムでも紹介されている詰将棋集「将棋図巧(将棋図巧 - Wikipedia)」93番です。興味のある方は「将棋博物館」内の将棋図巧のコーナーで手順を確認できますので、ご参考まで。ただし、作中では四十五手詰と紹介されていますが、いろいろ調べてみますとそうとはいいきれないみたいなのでご注意を。

【関連】『3月のライオン』と『ハチワンダイバー』と詰将棋 - 三軒茶屋 別館

Chapter.37の研究局面*3

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 これは矢倉戦におけるいわゆる▲3七銀戦法、加藤一二三九段が連採し続けたことから「加藤流」と呼ばれる戦法における変化の一例で、1999年2月9日王将戦第4局▲森下卓対△羽生善治戦などの実戦例があります。矢倉戦において重要なテーマ図ですが、この局面について、「将棋世界」2009年12月号掲載の木村一基八段の講座「これで矢倉は指せる」第13回p175以下において最新の研究が説明されています。果たして木村八段の見解やいかに? 興味のある方は「将棋世界」のバックナンバーをぜひ。……だと少々不親切なので簡単に結論だけ紹介しますと、難解ながら先手が勝ちやすい流れとされています。もっとも、本当に難解なので先手と後手で見解が激しく対立して当然だと思います。

【関連】

『ハチワン』と『3月のライオン』の読者向けの小ネタを「将棋世界」から - 三軒茶屋 別館

将棋の棋譜でーたべーす:1999年2月9日王将戦第4局▲森下卓対△羽生善治戦

Chapter.37のVSの棋譜

 同じくChapter.37では島田八段と桐山のVS(1対1の研究)が行われていますが、その棋譜にも元棋譜があります。2007年王位戦第5局:羽生善治対深浦康市戦がそれです。

将棋の棋譜でーたべーす:2007年8月29日王位戦第5局▲羽生善治対△深浦康市戦

 p86の8八玉から同角が元棋譜の29手目から39手目、p87の3五飛上から4三歩が元棋譜の74手目から79手目に相当しておりますのでご参考まで*4

Chapter.42 宗谷名人対島田八段戦(獅子王戦第4局)

 獅子王戦第4局は相矢倉になりました。自玉を入城させずに不安定なまま積極的に仕掛ける島田八段。しかしその攻めは厳しく、宗谷名人の玉は一方的に追い詰められていくように見えます。しかし、そこは宗谷名人。攻防の一手が出ます。▲7一飛。

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 相手玉に王手をかけながら自陣の守りにも利かせた攻防手。この手を境に手番(主導権)が宗谷名人に渡ります。宗谷名人の反撃が始まって、そして問題の局面を迎えます。

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 この局面。桐山が大盤解説場で、宗谷名人が感想戦で示したように、△7九角としていれば島田八段の勝ちでした。

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 非常に難しい手ですが、指し手の意味はp176の先崎学八段のコラムで説明されているとおりです。

 ちなみに、この将棋には元棋譜があります。2005年度JT将棋日本シリーズ1回戦第2局:郷田真隆九段対三浦弘行八段戦がそれですのでご参考まで。


 以下、盤面以外の事柄について少々。

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 敗者の背後から焚かれるカメラのフラッシュの砲列。新聞やテレビ、あるいは専門誌の一面には勝者の姿のみが飾られますが、その背景には勝者と敗者・光と影の残酷なまでのコントラストがあります。ですが、それが勝負の厳しさであり美しさでもあります。

 対局の後に行なわれる感想戦。それは単純な指し手の検討とは少し違います。実戦について検討していく中で浮かび上がる読みの深さの差・力の差。大名人・大山康晴には「名人は相手を2度負かす」*9という逸話があります。対局で勝利し、その後の感想戦でも相手が気付かなかった好手を指し示すことによって実力の差を見せ付ける。それによって対局後に相手が受けるダメージはさらに深くなります。ついでに言いますと、感想戦において必ずしも正直な検討がなされるとは限りません。番勝負の途中であれば次を睨んだ検討となりますし、中には隠すどころか嘘をついたりといった駆け引きを行なう棋士もいるみたいです。その一方で、一切の妥協なく自らの読みをすべてさらけ出す棋士もいます。つまり、過去の検証であると同時に次の対局に向けての情報戦でもあります。感想”戦”もまた戦いなのです。

 さらに宗谷名人のこの表情。

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 羽生名人には「相手が悪手を指すと不機嫌になる伝説」というのがあるのですが、それについて羽生名人は次のように答えています。

梅田 あの……よく言われている、「羽生さんは相手が悪い手を指すと嫌な顔をする」という伝説があるでしょう? あれは、実際に、そういうことがあるんですか。

羽生 あははははは(笑)。いやー、たとえば、テニスのラリーがうまい調子で続いていたら、それはもうずっと続いてほしい、という思いは、ありますよねぇ?

梅田 「早く勝ちたい」ではなくて、ラリーがずっと続いてほしいと、そうか。やっぱり、相手がまずい手を指すと、羽生さんは無意識のうちに嫌な顔をしているんですね(笑)。

羽生 や、嫌な顔はしていないとは思うんですけど!(笑) でもそれは、もし自分が(同じように悪手を)指したらガッカリする、というのは、あるでしょう。同じことですよ。

梅田 相手が悪い手を指すと、普通は「おお、しめしめ、俺が勝った!」となるわけですが、羽生さんは「美しい均衡が続いてほしかったのになぁ」と思われるわけですね。

羽生 それで相手に落胆させられるとか、何か美学のようなものがある、というのではないんですよ(笑)。ただ、ちゃんと、ピシッと、そういうコースに帰ってくる将棋がいい。相手でも自分でも、どちらかが悪い手を指すと、もっとすごいものを作り出せそうなチャンスがなくなってしまった、ということですから。

シリコンバレーから将棋を観る』(梅田望夫/中央公論新社)p262〜263より。

 「どんなに登りつめても決してゆるまず自分を過信することがない」宗谷名人。相手が△7九角という好手を逃して喜んでるわけでもなく落胆しているわけでもなく、でも……。宗谷名人のこの表情には、そうした微妙な思いが表現されています。

 そして、勝者に注目が集まる中、敗者はその日のうちにひっそりと会場から姿を消します。

 さらに細かい点を少々。番勝負1局目の先手番・後手番は振り駒によって決まります。振り駒の結果、1局目が先手なら2局目は後手、3局目は先手、と交互に進められ、最終局までもつれ込んだ場合には再び振り駒によって先後が決まります。で、今回の獅子王戦7番勝負は宗谷名人のストレート勝ち(島田八段のストレート負け)に終わったわけですが、第1局114手目にて島田八段投了。偶数手なので島田八段が後手であったことが分かります。で、第3局は113手目で島田八段が投了。……細けぇことはいいんだよ!(笑)*11

 封じ手(参考:封じ手 - Wikipedia)はあまりしたくない派だという島田八段ですが、封じ手には自分が封じたい派、封じたくない派、どっちでもいい派に分かれます。羽生・佐藤康・森内・谷川・渡辺・藤井の6棋士の将棋観が述べられている『イメージと読みの将棋観』(鈴木宏彦/日本将棋連盟)p155以下において封じ手についての見解も聞かれていますが、その中では森内・谷川が封じたくない派に属してます。ちゃんと書いたかどうか気になる、相手にしてもらった方が気楽、といった理由からです。一方、渡辺・藤井は封じたい派ですが、選択肢の多い場面で封じれば相手はその夜考えられない、他の誰よりも1手先の展開を知っているのだから有利である、といった理由からです。とはいえ、実際に封じるか否かは定刻になったときにどちらの手番かによって決められます。なので、確実に封じたいと思ったら持ち時間を消費して封じることになりますが、こうした消費時間と封じ手を巡る駆け引きも2日制のタイトル戦を観る上での醍醐味のひとつです。

 インフルエンザが発覚した辻井九段が即刻退場させられていますが、将棋界には対局者の近親者が新型インフルエンザに感染したため、解説者の変更・対局者の欠場という措置がとられたことがあります。

【参考】JT杯(12日)の出場見合わせについて。 - 渡辺明ブログ

 JT杯は子供の参加者が多い大会なのもこうした措置がとられた理由だと思いますが、いずれにしても健康第一です。


 以上ですが、ご意見等ございましたらお気軽にどうぞ。ばしばし修正しますので。

【関連】当ブログ解説記事 1巻 2巻 3巻 5巻 6巻

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

シリコンバレーから将棋を観る―羽生善治と現代

イメージと読みの将棋観

イメージと読みの将棋観

*1:図は島田八段の目線に立つために盤面を反転させています。

*2:本書p79より。

*3:本書p81より。

*4itumonさんにTwitterで教えていただきました。どうもありがとうございます(ペコリ)。しかし、盤面がほとんど見えない棋譜記号だけなのに元棋譜が分かるとは……。恐れ入ります。

*5:本書p161より。

*6:本書p165より。

*7:p本書166より。

*8:本書p168より。

*9:【参考】将棋ペンクラブログ: 感想戦の個性

*10:本書p172より。

*11:この件についてのコメントは受け付けませんのであしからず。千日手絡みの手番変更とか考えられないことはないですが、面倒なので(笑)。

hiagonhiagon 2010/04/24 16:11 3月のライオン、最近初めて読みました。面白いですね!
ふと思ったのですが、この作品の監修が先崎学先生なのは、森博嗣先生つながりなのでしょうか?
作者の羽海野チカが以前森博嗣と対談されてて(内容は読んでいませんが)、先崎先生もなんかの本で対談(森先生と)している、というのを噂で知りました。ググっても詳細が分からなかったのですが、そんな話ってありますかね!?

アイヨシアイヨシ 2010/05/04 22:45 >hiagonさん
 私には知る由もありませんが、そういうこともあるかもしれませんね。

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