三軒茶屋 別館 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2010-06-07

[][]『レインボーズ・エンド』(ヴァーナー・ヴィンジ・創元SF文庫)

レインボーズ・エンド上 (創元SF文庫)

レインボーズ・エンド上 (創元SF文庫)

レインボーズ・エンド下 (創元SF文庫)

レインボーズ・エンド下 (創元SF文庫)

 裏表紙のあらすじを読んだ限りでは、まさかこんなお話だとは思いもよりませんでした。いい意味でも悪い意味でも裏切られました(笑)。

 タイトルである〈虹の果て〉レインボーズ・エンド。それは退職者コミュニテイのことです。

 登場人物の一人である少女ミリの理解によれば、レインボーズ・エンドはお金持ちの場所であり、そのお金の使い道を他に知らない人たちが暮らしている場所です。その住民の大半は、事業もしくは治療に失敗し、日がな一日ぼんやりとバイオ技術の未来にすがって生きている。そんな場所です。つまり、レインボーズ・エンドとは、様々な人生を歩んできた人たちの終着点なのです。

 先に、”治療”と書きましたが、作中の近未来世界において、肉体的な老化は文字通り”治療”することができます(うまくいかない場合もあります)。そのため、本書の世界では現実よりもさらに高齢化が進んでいます。本書の主人公は誰かとなると候補が何人かいて判断に迷いますが、私としてはまずはロバート・グーを推したいです。元大学名誉教授であり天才的な詩人であった彼ですが、アルツハイマー病によってその自我は崩壊していきました。しかし、奇跡的な治療法の確立によって生還します。しかも外見まで若返って、です。ところが、どういうことか詩作の能力は回復しませんでした。加えて、高度に発達したネットワークとウェアラブル・コンピューティングの技術に彼はついていくことができません。そのため、彼はそうした基本的なスキルを習得するためにフェアモント校の職業訓練クラスに入学させられます。

 その職業訓練クラスでは、彼のような老人と中学生とが一緒に勉強をしています。一見すると奇妙なことに思われるかもしれませんが、しかし、例えば今の日本の大学では3年生から就職活動をするのが当たり前になってきています。今の若者にとって就職がそれだけ難しいことであるということがいえるのですが、一方で、中高年にとっても就職・再就職は切実な課題です。老人にも自立が求められますし、そのための職業訓練も行なわれています。

 若者にも中高年にもそうした支援が必要で、しかもどちらも贔屓せずにそうした課題を解決しようとした結果として、老若男女を問わずにそうした職業訓練クラスが生まれてしまうというのは、思考実験の帰結として決しておかしなことではないでしょう。そんな職業訓練クラスを舞台にした、老人ロバート・グーと、中学生のフアン・オロスコや孫娘ミリとの世代を超えた交流。それこそが本書の肝です。つまり、レインボーには「架け橋」という意味も込められているのだと思います。高齢社会における老人と若者に交流が生まれ、双方の人生が豊かになる。そんなおとぎ話がSFの手法やガジェットによって描き出されています。ともすれば専門用語頻出の難解な物語にも思えますが、実のところはそれは照れ隠しなのではないかと個人的には思うくらいに甘やかなお話です。

 下巻の裏表紙で語られている、本をすべてデジタル化するために本をすべて細断する暴挙(SFが真っ先に細断されてるのが自虐的で面白いです。)への反対運動云々というのも、これまた本書の主な読みどころではありません。また、下巻巻末の解説でも述べられていますが、正体不明のハッカー”ウサギ”の正体やそれに絡んだ世界的謀略の真相といった事柄は、本書の主な読みどころではないのではないか、という読み方には同意できます。いや、読み始める前にはそういうお話を期待していたんですけどね(笑)。

 とはいえ、同じく巻末の解説で語られている”ウサギ”の正体についての仮説は面白いです。”ウサギ”の正体と”特異点(参考:技術的特異点 - Wikipedia)”についてのそうした考え方は、もしかしたら小説にも、特に三人称視点の描写・語り手の問題について当てはめることができるようにも思うのです。だとすると、そうしたアイデアを持っている(かもしれない)作者の次回作にとても興味が湧いてきます。是非とも次の作品を読んでみたいです。もっとも、本書は実に7年ぶりの作品とのことで、次回作も7年後というのは勘弁して欲しいですけどね(笑)。