『外天楼』(石黒正数/KCデラックス)

外天楼 (KCデラックス)

外天楼 (KCデラックス)

 「外天楼」というのは作中に出てくる奇妙な集合住宅です。無計画な増築と改築を重ねた結果、すぐそこに見えている部屋でも行き方が分からないという常識の通用しない造りをしている建物。それが「外天楼」なわけですが、本書全体がまさに「外天楼」であるかのごとき奇妙でねじくれた作品であるといえます。
 第1話「リサイクル」第2話「宇宙刑事VSディテクト」第3話「罪悪」第4話「面倒な館」第5話「フェアリー殺人事件」第6話「容疑者Mの転身」第7話「鰐沼家の一族」第8話「キリエ」最終話「アリオ」というのが本書の目次ですが、一見するとミステリ、あるいはミステリのパロディといった作品群であるかのように思えます。それはそれで間違いではありません。
 第1話「リサイクル」は書店でいかにしてエロマンガを恥ずかしくなく購入するかといった倒叙ミステリ風の出だしからゴミ捨て場に捨てられていたエロ雑誌を巡って意外な真実が明らかになるという何ともいえないミステリです。第4話「面倒な館」はタイトルどおり、とある館トリックものを思わせるパロディですし、第6話「容疑者Mの転身」は『容疑者Xの献身』が、第7話「鰐沼家の一族」は『犬神家の一族』が元ネタなのは明らかです。他にも叙述トリック(メタ・ミステリ)やダイイング・メッセージを扱った作品もあったりします。迷推理と奇妙な論理と意外な真相。ミステリ読みであれば十分に楽しめること間違いなしです。
 ですが、その一方で、本書はSFとしての面白さも多分に含まれています。アシモフの「ロボット工学三原則」が暗黙の了解として実現しているかのごとき設定。ロボットが人間のパートナーとして当たり前の存在として存在し、さらにクローン技術の開発過程で生まれた「フェアリー」と呼ばれる人型人工生命体が倫理的問題や法的規制の問題といった物議を醸している世界観。果たして本書はミステリなのかSFなのか。両方、といってしまえばそれまでですが(苦笑)、ジャンルとしてのスタンスが極めて曖昧な作品です。
 また、本書全体のフィクション・レベルも極めて曖昧といいますか振幅が激しいです。ミステリとしてはパロディ色が強く、そうしたジャンル的志向が物語を支配しているときにはギャグに近いレベルなのですが、一方でSFとしては極めてシリアスです。一言でいえばシュールです。
 このように、ジャンル的にもフィクション・レベル的にも極めて曖昧な作品なのですが、その曖昧さが、本書全体に独特の緊張感と切なさを生じさせています。そうした実に危ういバランスを保ちながらも本作が一つの作品として成立しているのには大きな要因があります。それは、本書が連作短編形式であり、一つひとつのお話がともすれば独立したお話のようでありながら全体を通して読むとひとつの作品として成立しているという「連鎖式」*1の構成が採用されているからです*2。大胆にして緻密な構成といった裏打ちがあるからこそ、本作のような独特の雰囲気を持った世界観の作品が成立しているのだといえます。多くの方にオススメしたい一冊です。

*1:【参考】大きな物語と小さな物語と連鎖式 - 三軒茶屋 別館

*2:連鎖式であること自体は、第1話の登場人物であるキリエとアリオがそれぞれ第8話と最終話の章題となっていることからして第1話を読んだ時点で予測可能ですからネタバレには当たらないでしょう。