『エスケヱプ・スピヰド』(九岡望/電撃文庫)

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫)

エスケヱプ・スピヰド (電撃文庫)

 意思とは脳による思考の産物。自律判断とは機械の電脳が弾き出す計算結果。
 鬼虫の者たちは、そうした両の特性の中間にある存在だった。
(本書p159より)

 第18回電撃小説大賞大賞受賞作品です。
 昭和一〇一年夏。廃墟の町《尽天》の地下深くで暴走した機会兵に襲われた叶葉は、棺桶に似た槽のなかで眠る不思議な少年と出会う。命令無しには動くことができないという少年に対し、叶葉は少年と主従の契約を結ぶことで命を救われる。その少年は、かつて最強の兵器として知られた九体の《鬼虫》のうちの一体、九番式《蜂》・金翅の九曜だった。兵器としての運命を全うしようとする九曜であったが、叶葉たちと共に暮らし交流を深めていくうちに徐々に変わっていって……といったお話です。
 『エスケヱプ・スピヰド』というのは不思議なタイトルです。いや、カタカナ言葉に旧仮名遣いであるヱやヰが混じっているという字面自体は、昭和の延長という世界観を端的に表わすよいアイデアだと思います。ですが、”逃げる速さ”という意味合いがどうにもしっくりきません。なぜなら、主人公のひとりである九曜は戦うことに自らの意義を見出しています。いかなる強敵を目の前にしようとも逃げることはしません。たとえそれが最強の相手、”鬼虫”壱番式《蜻蛉》・四天の竜胆であったとしても。しかしながら、与えられた選択肢に縛られたまま戦い続けているのであれば、もしかしたらそれは”逃げている”ということになるのかもしれません。
 何のために戦うのか? それは生きる意義を問い直すための再生の一歩です。本書で繰り広げられる九曜対竜胆戦は、『聖闘士星矢』の氷河対カミュ戦(←古っ)に代表される弟子対師匠戦といえます。それは弟子のモチベーションを真剣勝負の舞台に相応しいものにまで導き、その実力を限界まで高めるためのものです。厳しく苛烈なものではありますが、師弟の信頼と理解がそこにはあります。戦闘シーンの描写と加速感については選評でも高い評価を得ています。熱くて篤いお話です。
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