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2013-02-02

[][][][]大団円と『バクマン。』が残したもの。 『バクマン。』20巻書評

バクマン。 20 (ジャンプコミックス)

バクマン。 20 (ジャンプコミックス)

 この巻を持って大団円となる『バクマン。』。

 20巻という切りのよいところで完結しましたが、ここまでの単行本各巻できっちり「引き」をするところなども含め、小憎らしいまでにしっかりとした構成です。

 フジモリは「きちんと物語を畳める」ことを作品の評価の枢軸としていますので、「きちんと終われたこと」という一点だけでもこの作品に拍手を送りたいと思っています。

 そしてまた、『バクマン。』という作品はストーリーそのもの以上にその立ち位置が非常に面白く、今回は総括として『バクマン。』というマンガそのものについて語っていきたいと思います。

邪道の王道、マンガの陰陽

 前巻のラストでサイコーとの交際をカミングアウトした亜豆。心ないファンに叩かれもしますが、「清い交際」が多くのファンに認められ、無事「REVERSI」のオーディションに望むことになります。

f:id:sangencyaya:20130127214518j:image*1

 前巻の書評でも書きましたが、『バクマン。』は読者に必要以上のストレスを与えないよう、困難の解決が非常にサクサク進みます。『バクマン。』が他の「マンガ家マンガ」ともっとも異なる点は、「マンガ家」を題材としながらも「マンガ家マンガ」特有の「陰」をほとんど描かず、「スポーツマンガ」のメソッドで描いているところです。

 この点についてはこれまでも指摘してきましたが、この手法は「マンガ家マンガ」というジャンルに対しては非常に「邪道」です。マンガ家サイドから『バクマン。』を批判する人が多かったことも『バクマン。』という作品の異端さが現れています。一般的な「マンガ家マンガ」が「マンガ家は楽しくなんてない」という「アンチ王道」に基づく「陰」の土台で描かれているため、「マンガ家で夢をつかもう!」という「陽」が「邪道」になってしまう逆転現象が起きているのです。

 当然ながら、マンガ家という職業は誰でもなれるわけがなく、またマンガ家で「在り続けること」がつらいと言うことはtwitterなどでの漫画家の方々の血の叫びを見るまでもなく自明ではあるのですが、それでも少年ジャンプの読者に「マンガ家」という「夢」を見せたと言う点が『バクマン。』が後世に「良い意味でも悪い意味でも語られるべき作品」として残り続けていくのではないかと思っています。*2

清々しいまでのジャンプの方程式

 「REVERSI」オーディション本番。インターネットによる公開投票となりましたが、亜豆の演技が多くの観衆に評価され、見事にヒロインの座を「実力で」ゲットしました。

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 『バクマン。』は少年ジャンプにおける「ジャンプシステム」そのものを赤裸々に描き、ともすれば読者の賛否両論を招くフックを多数仕込んではいるものの、作品そのものはいわゆる「努力・友情・勝利」をベタに描き続けてきた作品です。

 ストーリーそのものだけ取り出してみると、「主人公二人がマンガ家を目指す」「ライバルと出会い成長する」「困難の末に夢をつかむ」という王道中の王道、まさに古き良き「少年ジャンプ」のマンガそのものであり、清々しいまでにジャンプの方程式に乗っ取っています。

 まさに「原点回帰」とでもいうべきストーリー展開をてらいもなく描ききったところもまた、『バクマン。』が評価される点ではないかと思っています。

新たな切り口での「マンガ家マンガ」

「REVERSI」アニメ化決定。そして当初の予定通り、短期間での完結を進める亜城木夢叶。

完結に向けての服部と編集長との丁丁発止は、「これぞ『バクマン。』」という、ある種懐かしさを覚える展開でした。

そして新妻エイジをはじめとするこれまで登場した漫画家たちが、「REVERSI」完結に感化されさらなるレベルアップを目指す、という展開でひとまずの区切りとなります。

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個人的には、このシーンは最終巻のリアクションをとることではこれまでの仲間や敵を振り返るお約束なシーンではあるものの、やはりグッとくる名シーンだと思います。

『バクマン。』では、数多くの作中作が登場しました。

先日発売された『バクマン。ファンブック パーフェクト・コミック・プロフィール』ではそれらの作品の詳細が載っていますが、主な作品だけで22作、タイトルが出ただけの作品も含めるとなんと118作に及びます。

『バクマン。』そのものはこれまでの語っていたようにスポーツマンガのストーリー展開を根底に流していますが、さらに言うと登場するキャラたちが自身の作品同士をぶつけあう、「バトルマンガ」の要素も盛り込まれています。

これはそれぞれのマンガを器用に描き分ける、作画:小畑健の手腕があってこそですが、それぞれのマンガ家がそれぞれの作品を「スタンド」や「ペルソナ」のように乗り移り戦わせ、ときには付け替えるという非常にキャッチーな要素だったと思います。

以前twitterで戯言しましたが、それこそカードゲームにすれば一儲けできるぐらいのアイデア。『バクマン。』はマンガ家マンガでありながら、いわゆる王道の漫画家マンガ以外の要素を多分に取り入れた漫画だったといえます。

つまるところ、『バクマン。』は漫画家という題材を「スポ根マンガ」や「バトルマンガ」で味付けするという邪道な手法をとりながらも、ストーリーそのものは主人公二人の成長や挫折、恋愛などの「青春」という「王道」を描く*5、これまでの「漫画家マンガ」の「真逆」を意識した作品だといえるでしょう。

メタからベタへ

 亜豆がヒロイン役をゲットし、サイコーは伯父である川口たろうの残したノートに沿って彼がやり遂げられなかった「夢」を自身が叶えようとします。

亜豆さん

僕達のマンガがアニメになって

そのヒロインを亜豆さんがやる!

その夢が叶った”から”

結婚してください!!!

 一巻と同じセリフ。そして今度は夢が叶った後の言葉。

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 亜豆は改めてプロポーズに答え、『バクマン。』は見事に大団円を迎えます。

 この最後の展開が、『バクマン。』そのものを象徴している気がします。

「メタからベタへ」は槙田雄司『一億総ツッコミ時代』で提唱された概念です。

槙田雄司『一億総ツッコミ時代』星海社新書 - 三軒茶屋 別館

本書で著者は、「ツッコミ過多な時代だからこそ、勇気をもって”ボケ”に転じよう」「メタではなく”ベタ”を愛そう」と、「あえてツッコまれること」の大切さを訴えかけますが、『バクマン。』もまた、連載当初の「ジャンプシステムというルールをうまく使っていかに成り上がっていくかを描く、マンガ業界を「メタ」に見る漫画家マンガ」というスタンスから、「マンガを題材に少年二人が夢をつかむ「ベタ」な青春マンガ」へとシフトしていきます。

この「ベタ」に舵をきることでNHKで原作最終話までアニメ化されたり、ジャンプへの持ち込みを増加させる「バクマン効果」を生み出したりとより多くの人に影響力を与える存在となってきました。もちろん、「「ベタ」に向かうこと=「メタ」好きな読者を切り捨てること」にもつながるわけで、連載当初の味が好きなファンは離れていったことと思います。

そういう意味ではこの『バクマン。』というマンガの通った道筋そのものもまた『バクマン。』とリンクする、きわめて面白い存在であるのかな、などと思っています。

 これにて『バクマン。』20巻完結。

 途中、新妻エイジとの「これからのライバル関係の継続」をしっかりと描き、また「亜城木夢叶」というペンネームをつけた香耶に対する感謝を描くなど、途中、やや間延びした部分はあるにしても、きっちり描ききった感がある堂々の完結でした。

 『バクマン。』内でも新妻エイジの「CROW」や亜城木夢叶「REVERSI」など、「間延びせずに完結させることは美しい」と『バクマン。』読者に刷り込んだ上でのきっちりとした幕引き。これもまた作者のしたたかさを感じさせます。

 前作『DEATH NOTE』に比べ、『バクマン。』は単行本含めた構成やストーリー展開、伏線っぽく見せる手法など、作者構成力が向上したような気がします。

 だからこそ、「地味な題材」*7かつベタで単純な物語がジャンプの中堅マンガとして20巻まで続いたのだと思います。

 「物語」よりも「マンガそのもの」をメタに評価することは邪道だとは認識していますが、それでもやはり、『バクマン。』というマンガそのものが邪道な王道としての「マンガ家マンガ」としていろいろな意味で「残って」いくのではないかと思います。


 当blogで一つのマンガを1巻から完結まで追いかけていくということは非常に稀ですし、毎回毎回よくもまあ「作品以外」のところから話題をひっぱってこれたと人事のように感心してしまいます。つまるところ、『バクマン。』というマンガは毎巻毎巻「語りどころ」があった作品であり、そのフックがまた作品の強度を上げていたのではと思います。

 自身も描いている「計算型」であるがゆえに「名作」という域には達しないかもしれませんが、まさに『DEATH NOTE』に続くスマッシュヒットを飛ばした「佳作」だと思います。

 「信じれば夢は叶う」というベタな内容をてらいもなく描けたのは、やはり当作品が「少年ジャンプ」で連載されていたからでしょう。

 『バクマン。』大団円に、心から拍手を送りたいと思います。大場つぐみ・小畑健の次回作にもおおいに期待します。

 そしてここまで『バクマン。』書評におつきあいいただき、誠にありがとうございました。フジモリの次回作にも乞うご期待ください。

 俺たちの戦いはこれからだ!(←台無し)

『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評

『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評

編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評

漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評

病という「試練」。『バクマン』6巻書評

嵐の予兆。『バクマン』7巻書評

キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評

「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評

「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評

第一部、完。 『バクマン。』11巻書評

「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評

スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評

七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評

「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評

天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評

リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評

W主人公マンガとしての『バクマン。』 『バクマン。』18巻書評

叶った夢と最後の試練 『バクマン。』19巻書評

*1:P71

*2:実際、『バクマン。』連載後、ジャンプへの持ち込みが増えたそうです。

*3:P88,89

*4:P130

*5:まあ、漫画家マンガの「元祖」である『まんが道』は王道中の王道ですから原点回帰といえるのかもしれません。

*6:P170,171

*7:少年ジャンプ弟1話の作者コメントより

2013-01-26

[][][][]叶った夢と最後の試練 『バクマン。』19巻書評

バクマン。 19 (ジャンプコミックス)

バクマン。 19 (ジャンプコミックス)

 この巻を含めあと2巻で完結となる『バクマン。』。

 前巻では『REVERSI』が連載開始となり、いよいよサイコーの夢でもあった「アニメ化→結婚」というエンディングが見えた状態。一方で平丸と青樹さんの婚約など、まさに「物語をまとめにかかっている」終盤戦とも言える状況ですが、そう簡単に終わらせてはくれません。

 この巻では再び亜城木夢叶に試練が発生します。この試練を乗り越えていよいよエンディングですが、フジモリの書評も今回を含めあと2回。

 せっかくなので、19巻の書評に加え、『バクマン。』で「物足りなかったところ」なんかをつらつらと述べていきたいと思います。

マンガと愛情

 互いが互いを意識することで生まれた、王道の邪道マンガである亜城木夢叶『REVERSI』と邪道な王道マンガである新妻エイジ『ZOMBIE☆GUN』。ジャンプのアンケートではしのぎを削っていますが、単行本の売り上げでは『ZOMBIE☆GUN』に水をあけられています。

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 「単行本の売り上げで抜いてこそ真の一番だ」とサイコー・シュージンの二人はさらなる高みをめざします。


 『バクマン。』というマンガそのものが「マンガ家マンガ」ではなく「少年ジャンプという戦場におけるスポコンマンガ」ということは過去に何度も述べてきました。

 連載に至る過程やアンケートの票の稼ぎ方など「少年ジャンプ」という「土台(=ゲームフィールド)」を最大限に生かした『バクマン。』はこれまでのマンガ家マンガにはなかった、いかにも「現代的な」マンガ家像を描くことに成功しました。

 第1話の象徴的なセリフ、

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シュージン「日本一のマンガ家になろう」

サイコー「日本一は無理だ この少子化の時代 今更 ドラゴンボールやワンピースは越せない」

にあるとおり、「マンガ家」を「職業」として選んだ二人。アンケートの結果やコミックスの売り上げをどうやって上げるかというビジネス的な目的「のみ」がフォーカスされ、「マンガ」が一つの「手段」となっていました。

 作中で「マンガが好きで好きでたまらない」というキャラの役割はライバルである新妻エイジが担っています。これまでのステロタイプな「マンガ家像」をライバルが担っているところが『バクマン。』のウリであり、他のマンガ家マンガと決定的に異なるところなのでしょうが、それでも『バクマン。』は途中から「ジャンプで一番を目指す」という王道展開にシフトしていきました。邪道な王道で王道を目指す、という方法論だけでジャンプで一番に上り詰めてしまったのですが、フジモリのような「マンガ好き」な読者にとっては「えっ?そんなんでジャンプNo1になれるの??」と肩透かしを受けた印象があります。『ブラックジャック創作秘話』の手塚治虫のような狂気と紙一重のエピソードとまではいかないまでも、サイコー・シュージンの二人に、プロ意識「+α」な部分もみせてほしかったなぁ、などと思いました。

キャラクターとライブ感

 二人の努力が実を結び、ついに『REVERSI』にアニメ化の声がかかります。

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 編集長は亜城木夢叶に「このアニメ化で真の看板作家になってほしい」と考えたのです。

 苦節9年*1ついに亜城木夢叶の夢が一つ叶った瞬間でした。


 『バクマン。』は個性豊かなキャラを多数登場させ、彼ら彼女らの掛け合いが作品の一つのウリだったと思います。「ライバル」は多数登場させながらも、「敵」は実のところほとんど登場していません。これは「読者にストレスをなるべく与えない」という作者の意識の現れだと思っていますし、同様に「トラブル」「障害」「困難」もなるべく長い回(連載でいえば4回、1ヶ月以上)はまたがないようにという配慮がみられます。たとえば、序盤ではサイコーとシュージンが互いの意識の違いから仲違いをしますが、すぐに仲直りをします。

 読者のフラストレーションやストレスを溜めれば溜めるほど解決したときのカタルシスが大きいのは自明の理でありながらも、現代の読者の「ストレス耐性」を考慮した構成は、各単行本ごとに「ひき」を入れていたりきっちり20巻で完結することからもわかるとおり作者の計算通りな部分が大きいです。そして同じく、「ライブ感」を重要視し、「キャラクターの掘り下げ」をいっさい行わないところもまた、この作者の特徴でもあります。

 前作『DEATH NOTE』もそうですが、旬の話題や時事ネタをうまく取り込みライブ感あふれた連載をする一方、「伏線」をほとんど張らず(張れず)、よくあるキャラクターの過去回想などがほとんどありません。

 あえて厳しい言い方をすると、「物語の重厚さ」をあえて捨てることで「ライブ感」あふれる作品になっている、というのが『バクマン。』の大きな特長だと言えます。

 そういう意味では、『バクマン。』はまさしく「爆発力」、つまるところ「瞬発力」に特化した漫画だったのかもしれません。

論議と燃料

 『REVERSI』ヒロインを目指すシュージンの恋人の亜豆ですが、とある声優のblogから、シュージンと亜豆の交際の噂が広まってしまいます。

 スポーツ紙のゴシップ記事やネットでのあらぬ噂により追いつめられる二人。

 事情を知った福田の手助けなどにより鎮静化するものの、亜豆は事務所の社長より「交際を否定しろ」と命令されます。

 運命の生放送。彼女が発した言葉は、

f:id:sangencyaya:20130103192056j:image

 でした・・・。


 作者自ら

Q.『バクマン。』の原作を書くうえで心掛けていることは?

A.『DEATH NOTE』の時からですが、「良い・悪い」「正しい・正しくない」に関わらず、極端なものの考え方を入れることです。『バクマン。』でいうと、新妻エイジの「嫌いなマンガをひとつ終わらせる権限をください」とか、サイコーと亜豆の恋愛とかです。それを入れることで読者が、「これはないだろう」とか、「自分はありかな」と色々考えてくれると思うんです。これも漫画を楽しんでもらうひとつの手段になるのではないかと私は考えています。

(QuinckJapan2008年12月号P53、大場つぐみインタビュー)

 といい、作中で数々の爆弾を投げてきた最後の「障害」が、声優である亜豆のファンというなんともチャレンジャブルかつ、ライブ感あふれる展開です。

 まあ、声優とマンガ家の交際がスポーツ紙に載るなんてありえないよな、などという身も蓋もないツッコミはさておき、最後の最後まで論議を巻き起こす展開というのが非常に『バクマン。』らしいです。

 『バクマン。』はこれまでにもジャンプシステムにあえてツッコミを入れるかのような「編集者のエゴによる作者の意に添わない連載」「作者自らが連載に幕を引くこと」「ネット炎上を駆使した話題づくり」など「ジャンプというNo1少年漫画誌に掲載されるマンガ」としてはやや過激なテーマを盛り込んできました。

 そういう意味では『バクマン。』というマンガ自体、ジャンプシステムを赤裸々に説明するなど「ネットで議論にされることで話題を集める」ことを意識した作品でもあり、「話題」をうまく「人気」につなげてきたと言えるでしょう。

 とは言うもののここで描かれている声優ファンたちがあまりに悪意に満ちたデフォルメをされているなど、一部『バクマン。』読者とかぶっている層に対して攻めてきている感がハンパないです。

 人気が出てからもともとのファン層に背を向けるなどというのはどこかで聞いたような気がしたりしなかったりしますが(笑)、もう少しうまい落としどころはなかったのかなぁ、などと老婆心ながら心配してしまいました。


 というわけで19巻の書評と言うより「『バクマン。』反省会」に近い内容になってしまいましたが(笑)、当然ながら嫌いな作品だったら毎巻毎巻書評なんかしません。長い間読んでいたからこそのあえてのネガティブな意見でしたが、あえて最終巻の前に吐き出してスッキリしたところで、次回は『バクマン。』の総評を行いたいと思います。

 あと1巻、最後までおつきあいいただければ幸いです。

『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評

『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評

編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評

漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評

病という「試練」。『バクマン』6巻書評

嵐の予兆。『バクマン』7巻書評

キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評

「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評

「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評

第一部、完。 『バクマン。』11巻書評

「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評

スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評

七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評

「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評

天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評

リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評

W主人公マンガとしての『バクマン。』 『バクマン。』18巻書評

*1:ファンブック『バクマンPCP』によると、『この世は金と知恵』掲載が作中時間2009年、『REVERSI』連載開始が2017年なのでアニメ化は2018年です。

2013-01-19

[][][][]W主人公マンガとしての『バクマン。』 『バクマン。』18巻書評

発売から1年近く経っていますが、アニメが終盤に入っていてぎりぎり賞味期限切れには間に合ったかなぁ。。。遅くなりましたが、ご寛恕いただければ幸いです。

バクマン。 18 (ジャンプコミックス)

バクマン。 18 (ジャンプコミックス)

 2012年5月、6月、7月にそれぞれ18,19,20巻が発売され、ついに大団円を迎えた『バクマン。』。

 全体を通しての感想は最終巻の書評にとっておくとしますが、途中に中だるみはあったもののうまく幕が下ろせた作品だと思います。

 書評も3巻まとめて連続での内容で、本編のストーリーを通してフジモリなりの『バクマン。』評をつらつらと書いていきたいと思います。

W主人公マンガとしての『バクマン。』

 新妻エイジに対抗するために黒と白とのW主人公の物語『REVERSI』を読みきりとしてひっさげてきた亜城木夢叶。

 それは「邪道な王道マンガ」という新妻エイジを意識した作品であり、王道に邪道を取り入れた新妻エイジの読みきり『ZOMBIE☆GUN』と真逆な作品でした。

 お互いがお互いを意識し、新たな作品を生みだした二人(一人と一組)の漫画家。

 注目の、読切のアンケート結果は僅差で亜城木夢叶『REVERSI』の勝利。初めて、亜城木夢叶が新妻エイジに勝った瞬間でもありました。

 作中作『REVERSI』のW主人公という発想は当然ながら『バクマン。』というマンガ自体のW主人公を意識したものであり、さらにさかのぼると同作者コンビの『DEATH NOTE』第二部における「キラvsニア&メロ」という構図そのものだといえるでしょう。

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f:id:sangencyaya:20121023222530j:image*1

 Lという天才的な先人でも勝てなかったキラに対し、アプローチは全く異なるものの、最後に二人の力を合わせることでキラに勝つことができたニアとメロ。

メロはいつも一番になる 私を超え Lを超す

そう言っていましたが

・・・・・・・・・・・・・・・

わかっていたんです

私はLを超せないこと・・・

もしかしたら 私は行動力に欠け メロは冷静さに欠ける・・・

つまり 互いが互いの目標とする者を超せなくとも・・・・・・・・・・・・・・・

二人ならLに並べる

二人ならLを超せる

 それは、Lとキラとの戦い、キラの勝利という最高の形*2で終わった第一部を引き継いだ第二部そのものを体現している言葉であり、原作者と作画者の二人三脚で描かれた『DEATH NOTE』という作品そのものを表している言葉でもあります。

 『バクマン。』はこの「W主人公」をさらに物語の主軸に組み込んだマンガであり、原作者・大場つぐみと作画者・小畑健の二人組によって産み出された『バクマン』という作品の、亜城木夢叶というW主人公によって産み出された、これまたW主人公の『REVERSI』がライバルを倒す、というのはなんともメタ的であり、興味深いところです。

 実際、『バクマン。』そのものも「このマンガがすごい!2010」において怪物マンガ『ONE PIECE』をおさえ1位を獲得しています。

f:id:sangencyaya:20121023222558j:image*3

 作中作『REVERSI』は、「二人なら勝てる」という作者の意志が脈々と受け継がれた『バクマン。』の集大成といえる作品なのでしょう。

ジャンプにおける「編集者」

 アンケート新記録という偉業を達成した『REVERSI』。しかし現在ジャンプでは『PCP』を連載しています。

 当初は別雑誌「必勝ジャンプ」で『REVERSI』を連載するという話でしたが、編集者・服部の熱意で『REVERSI』をジャンプ本誌で、『PCP』を必勝ジャンプで連載ということになりました。

 『バクマン。』の助演男優賞を挙げるとしたら新妻エイジと服部のどちらを選ぶか非常に悩むところですが、フジモリはやはり服部を挙げたいと思います。

編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評

 『バクマン。』は、漫画家の物語であり、漫画家と編集者の物語でもありました。

 週刊少年ジャンプという媒体で掲載されている以上、当然ながら編集者を悪く描くことはできないとは思いますが、それでもジャンプの編集者の「熱さ」がこのマンガの売りでもありました。

 もともと、マンガ雑誌における「編集者」の位置づけを変化させたのは週刊少年ジャンプだったそうです。

 ジャンプ創刊当初は、「あしたのジョー」と「巨人の星」の2枚看板を持つ少年マガジンの力がきわめて強く、ジャンプは後発、かつ大物漫画家を確保できない極めて不利な状態から始まりました。

 こうした状況下で、『少年ジャンプ』編集部は大物漫画家が使えないという弱みを逆手に取り、新人漫画家を発掘し登用するという戦略に出た。そのうえで、漫画家は原則『少年ジャンプ』専属とし、「○○先生の漫画が読めるのは『少年ジャンプ』だけ」とうたい、差別化を図ったのだ。

 とはいえ、肝心の漫画が面白くなくては、このような差別化をしても意味がない。『少年ジャンプ』は、コンテンツの魅力を高めるため、ストーリー展開やキャラクターづくりなどを漫画家に任せきりにするのではなく、編集者を漫画家にマンツーマンに近い形ではりつけ、一緒に考えさせるという方式をとった。編集者に、それまで以上にプロデューサーに近い役割を担わせたのである。

(ダイヤモンド社『MBAマーケティング』P29より)

 他誌ではどのような手法をとっているのかは不明ですが、編集者と漫画家の二人三脚で作品を作るというやり方は他の「漫画家マンガ」に対し『少年ジャンプ』の色を反映しているのかもしれません。これもまた、漫画家と編集者という「W主人公」だと言えるでしょう。

 ダメ漫画家・平丸の幸せを心から願い、彼と青樹先生の恋愛の後押しをした編集者・吉田など、『バクマン。』はまた、編集者の物語でもあったのです。

これからの「ジャンプ」

 『REVERSI』と『ZOMBIE☆GUN』は互いを意識しながらジャンプの看板マンガとして人気を上げていきます。それはまた、「新妻エイジと亜城木夢叶の2大漫画家が引っ張る少年ジャンプ」という前編集長の夢が叶った瞬間でもあります。

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 この段階では”『バクマン。』の「ジャンプ」”と”現実の「ジャンプ」”とは解離し、”『バクマン。』の「ジャンプ」”には『ONE PIECE』も『トリコ』も『NARUTO』も掲載されていないんでしょう(笑)。

 実際のところは現実の「ジャンプ」では『ONE PIECE』『BREACH』『NARUTO』など長期連載の怪物マンガに支えられているのが実状で、中堅と呼ばれる位置のマンガが先に終わり、入れ替わっていくという状況です。

 マンガというビジネスに対し鋭いツッコミを入れている『なる☆まん!』では、「長期連載マンガの急増は雑誌側の都合とマンガ家側の既得権保持」とバッサリ切り捨てています。

f:id:sangencyaya:20121023222641j:image*5

 当然ながら長期連載マンガは長く愛されているだけあり面白いことは確かですし、『ONE PIECE』のようにストーリーが広大すぎて自然に長くなってしまい、かつ途中の中だるみはありながらもしっかりと「山」を見せてくれるマンガが多いことは確かです。

 それでも、「長期連載マンガに変わる新たなマンガ」への世代交代は必要でしょうし、「どうやって世代交代を行うか」という手法に雑誌側は頭を悩ませていることも事実です。

 『バクマン。』でも、新妻エイジと亜城木夢叶の二人三脚による「次世代のジャンプ」というファンタジーをてらいもなく描いています。また、亜城木夢叶は『REVERSI』の作品の質を上げるために50話程度での連載終了を服部に伝えました。

f:id:sangencyaya:20121023222700j:image*6

 「ジャンプ」という枠にありながら、現在の「ジャンプ」に対しやんわりともの申すところなどは連載当初から『バクマン。』のスタンスは変わらないなぁ、などと感心してしまいます。


 新妻エイジと亜城木夢叶による新たな「少年ジャンプ」。いよいよ、『REVERSI』のアニメ化に向けて突き進んでいく次巻でありますが、またまた大きな障害が発生します。

 あと2巻、この書評にももうしばしおつきあいのほど、お願いいいたします。(ぺこり)

『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評

『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評

編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評

漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評

病という「試練」。『バクマン』6巻書評

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「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評

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リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評

新版MBAマーケティング

新版MBAマーケティング

なる☆まん! (タツミムック)

なる☆まん! (タツミムック)

*1大場つぐみ小畑健DEATH NOTE』12巻P120,121

*2:フジモリ的に

*3:宝島社「このマンガがすごい!2010 P4

*4:P11

*5:山野車輪『なる☆まん!』P109

*6:P151

2012-03-20

[][][][] リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評

バクマン。 17 (ジャンプコミックス)

バクマン。 17 (ジャンプコミックス)

 現在ジャンプで連載中の本編ではいよいよ最後のまとめに入った感もある『バクマン。』。この巻でもまた大きなうねりとそして次巻への大きな引きが盛り込まれるたいそう濃ゆい一冊だと思います。

七峰ふたたび。

 副題は「七瀬ふたたび」にかけてみましたがどうでもよいですねすみません。

 「ベテラン漫画家」たちの読み切り攻勢は、14巻、15巻で登場し破れていった七峰徹が黒幕でした。彼は以前破れた「七峰システム」をさらに洗練し、しかも資本をつぎ込むという本気っぷり。

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 この「七峰システム」についておさらいしますと、自身はアイデアを出さず、複数のブレインのアイデアをもらって作品にするという方式。

七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評

ただし、これまでのやり方の根底には「編集者を意図的に飛ばす」という彼のポリシーが見られます。それが、この漫画では大きく否定されるところです。

 その粋ともいえるのが(4)の七峰システム。一人の編集者より、50人のブレインと割り切り他人のアイデアを使うやり方は、確かに画期的ではありますが、それこそネット上で本職の漫画家さんたちも含め、大きな話題となりました。

 このあたりのネット界隈のやり取りや七峰システム自体の考察については後の巻でまたじっくり語るとして今回は深く突っ込みませんが、結局のところ、自身がアイデアを出さず他人に頼る、という一点が「漫画家として」否定されるべきところであり、

 実際、アイデアマンたちを束ねきれずに自滅していきます。

 前回は、ネットで募った有志によるブレインでしたが、人気が落ちると裏切って離れていったという失敗をふまえ、今度はお金を出してブレインを「雇う」やり方に変更。まあ、前回が自滅でしたので今回は「裏切らない」ためのシステム強化ですが、確かに前回もこの「ブレイン複数制による原作づくり」というシステムは否定されたわけではありません。

 その点では、この「仕事場」を見せられた後にシュージンも言っています。

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 前回も書きましたがこの「七峰システム」、高品質な原作がコンスタントに作れる、という意味では非常によくできています。結局のところ、このシステムでできた作品を「面白い」「面白くない」で判断するのは読者なわけで、たとえば養殖と天然のどちらが美味いかという味覚テストにどれだけ正答があるかというのと似ているような気がします。

TV企画の養殖マグロと天然マグロの食べ比べで養殖マグロに軍配!?

no title

「たとえばブリなどは、天然ものは旬の時期を外すとパサついたりして一気に味が落ちてしまいます。しかし、養殖の場合は脂ののりなどをコントロールでき、年中一定水準以上の味を保つことができます。つまり、いつでも旬に近いものを楽しむことができるんですよ」(web R25)

 とはいうものの、「週刊少年ジャンプ」というフィールドでは受け入れられないのもまた事実ですので、この「七峰システム」を知った編集長から連載に当たって条件がでます。

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 七峰VS亜城木夢叶をはじめとする漫画家連合軍たちの最後の戦いが始まります。

漫画家と伏線

 七峰との戦いに亜城木夢叶が用いた題材は、「一話完結ではない一話完結」。すなわち、過去の「PCP」のエピソードをふまえちりばめた一話を描くことです。

 ここで登場するのが「伏線」。

 この言葉、ミステリ読者ならもちろん知っている言葉だと思いますが、

小説や戯曲などで、のちの展開に備えてそれに関連した事柄を前のほうでほのめかしておくこと。また、その事柄

 という意味です。

 設定や人物、あるいは何気ない一言。伏線はさらりと物語にちりばめられ、あとから「ああ、こうだったのか!」と読者を驚かせます。

 例えば、尾田栄一郎『ONE PIECE』。

 この作品はあらゆるところに伏線がまぶされ、ある伏線は回収され、ある伏線は回収されるのを待っています。

 この作品の伏線については『ワンピース最強考察』などでも研究されておりますが、作者が意図的に伏線を入れているのがわかります。

ワンピース最強考察

ワンピース最強考察

 このような伏線は物語に奥行きを与え設定やストーリーに深みを増すスパイスですが、伏線にもまたいくつか種類があります。

 同じく物語に様々な伏線がちりばめられ、広げた大風呂敷を見事に畳みきった名作『鋼の錬金術師』を描いた荒川弘は、伏線についてこう語っています。

「読者が2回読んだとき、1回目より面白さを感じてもらえる作品にしようと描いてますから、後々の展開のために、連載開始前から考えていた伏線もずいぶんあります」

「伏線もある」ということは、それ以外の伏線があるのだろうか。

「前の巻を読み直して、まるで最初から伏線があったかのようなストーリーを作っていく場合も結構あったりするんですよね(笑)」

そういうストーリーづくりをしているとは、読者としては意外。

「後付けの伏線みたいなものには2種類あるんです。一つは登場人物たちが勝手にしゃべりだしてしまって、つくり手としては不本意ながらも、そのセリフをとったときですね」

(中略)

では、もう一つの伏線とは何なのだろうか。

「あとで読み返してみると、”おっ!これは今回の話で使えるな”というものがあったりするんです。よくもまあ意味もなく、こんなものを描いておいたもんだ・・・・・・と自分で自分をほめたくなりますね」

(ダ・ヴィンチ2009年6月号「荒川弘ロングインタビュー」P196,197より)

 えらいぶっちゃけていますが(笑)、つまるところ伏線には

 (1)最初から回収するために意図的に張った伏線

 (2)とりあえず謎っぽく散りばめておいて後で無理矢理回収する伏線

 (3)描いたときには意図していなかったが後付けで伏線っぽく回収する伏線

 の3つが存在しているのです。

 とはいうものの「伏線」はあくまでスパイス。伏線が全くなくても名作と呼ばれる作品は多々ありますし、たまに見かける「前半と後半で食い違う世界観」などがあるマンガもまたその作品の「味」だと思います。

『バクマン。』と伏線

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「思い出した・・・・・・・・・おじさん この話描く前に 過去の「超ヒーロー伝説」をコミックスやそれに載ってない分は「ジャンプ」で読み直してた

 間違いない 1話目から全部・・・・・・」

「そうか・・・・・・ 過去の話を読んで伏線になるところを探してたんだ! 様々なエピソードに絡んでるから感心させられて気づかなかったけど

 伏線でもなんでもなかった事を伏線に仕立てあげてたんだ すげ−−−−っ」

(P126)

 亜城木夢叶もまた、「PCP」で(3)の方法を用い過去の事件を意味があるように見せた「一話完結ではない一話完結」を描き上げます。

 ミステリマンガなんだからもっと伏線ぐらいはっとけよというツッコミもありますが(笑)、もともと『バクマン。』も、また『DEATH NOTE』ですら伏線を全く張っていないマンガですのでその点をツツくのはやめときましょう。

 『DEATH NOTE』などは、スリリングな頭脳戦のマンガでしたからしっかりと伏線があるかと思いきや、作者も「5話先までしかネームを書いていない」などと言っていたように「デスノート」という設定(ルール)を配した上でLとキラとのやりとりをライブ感で描いていました。ある意味綱渡り的な危うさがこの作品のスパイスになったのかもしれません。

 そういう意味では『バクマン。』で唯一張った伏線が前巻で書いた

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 このシーン。しかしこのセリフもおそらくは(2)の「あとから無理矢理回収する伏線」だったのではと考えます。

 そういう意味では唯一の貯金を使った『バクマン。』、よくもまあ自転車操業で物語を回しているなぁ、と感心します(笑)。

リベンジする敵はかませ犬になるの法則

 亜城木夢叶渾身の一話で七峰と勝負。結果は、七峰の敗北に終わりました。

 敗因は、「七峰の作品には爽快感が欠ける」からだとか。まあ七峰システムが破れるためには無理くりな理由ですが、メタな視点からするとスポ根マンガのメソッドである「リベンジした敵役はパワーアップした主人公たちの格好のかませ犬になる」の法則が見事に発動したわけです。

 また、「努力・友情・勝利」のジャンプメソッドにおいては、「自ら汗をかかない七峰システム」は破れるべくして破れたのだと思います。

 ここからは私見ですが、実際のところ「七峰システムで作成している」というプロセスを見せずに作品を世に出せばこのシステムは巧くいくと思いますが、なんだかんだいっても読者は「料理や素材を作っているプロセス」も含めて料理の味を判断するように、「機械的に作られた作品」と知ったらそれだけで評価を落とされそうな気がします。「やっぱおにぎりは手で握った方がおいしいよ」「しかもむさいおっさんが握るより美少女が握ったおにぎりの方が絶対おいしいって!」というのと似たようなものかと。

 そういう意味では七峰システムが破れるのもまた意味や理由はあるわけで、精神論・根性論の一言では片づけられない気がします。このへんについてはまた別の機会に語ろうかと思います。

 というわけで再び七峰は退場。今度は「自ら立ち上げた無料のケータイ向け電子書籍雑誌」でもひっさげて「ジャンプ」そのものを潰そうと喧嘩を売ってほしいところですね(笑)。

そして新たな戦いへ

 七峰を下した亜城木夢叶。その戦いでつかんだ手応えをもとに、「PCP」を越える新たなアニメ化できるマンガ」の創作に取りかかります。

 奇しくもジャンプでは編集長の交代。そしてライバルである新妻エイジが新連載にむけ始動します。

 次の巻では再びライバル・新妻エイジとの戦いになります。これもまた、リベンジの戦いですが、今度はどうなっていくのか。次巻も楽しみに待ちたいと思います。

『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評

『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評

編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評

漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評

病という「試練」。『バクマン』6巻書評

嵐の予兆。『バクマン』7巻書評

キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評

「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評

「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評

第一部、完。 『バクマン。』11巻書評

「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評

スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評

七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評

「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評

天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評

ダ・ヴィンチ 2009年 06月号 [雑誌]

ダ・ヴィンチ 2009年 06月号 [雑誌]

*1:P40

*2:P52

*3:P106

*4:2巻、P46

2012-03-17

[][][][]天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評

バクマン。 16 (ジャンプコミックス)

バクマン。 16 (ジャンプコミックス)

 2ヶ月も放置してしまいました、『バクマン。』16巻のプチ書評です。

 本誌では(おそらく)物語の締めに突入ですが、単行本ではその山に向かってゆっくりと登っていくところ。次巻以降怒涛の展開になりますが、とにもかくにもこの巻は「エイジ無双」だったと思います。

亜城木夢叶の復活と新妻エイジの躍進

 15巻では「PCP」の模倣犯騒動がありましたが、サイコーとシュージンの「互いを信頼する気持ち」により無事復活。

 一息ついたかに見えて、この巻では新たな戦いが繰り広げられます。

 15巻でちらっと話が出た新妻エイジの「1位を獲る」発言。

 「1位を獲る」ということはすなわち、「あの発言」が実現されるということです。

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 『バクマン。』は、伏線をまったくといっていいほど張らず過去も掘り下げないまさに「計算された計算のなさ」という「ライブ感覚」な漫画ですが、そのなかで唯一ひっぱってきた新妻エイジの「トップになったら嫌いなマンガを一つだけやめさせられる権限」。この発動に向け、新妻エイジがさらに面白いマンガを描き続けます。

 これまでも書評で『バクマン。』という漫画そのものは「邪道という手段をとりながら内容は王道」と書いてきました。実際、主人公は「原作と作画」というコンビではあるものの、「才能は人並みよりやや上、しかし努力で頂点を目指す」という「努力型」(作中では「計算タイプ」と称されていますが)のキャラであり、ライバルは感性と才能で世代の頂点に君臨する「天才型」のキャラです。

 『バクマン。』では天才型の漫画家「新妻エイジ」というキャラを配することにより要所要所で主人公たちの「成長」や「挫折」を視覚化させます。

 新妻エイジが作中で初めて登場したのは、サイコーとシュージンが漫画家を志そうとしていたなか、ジャンプの手塚賞の準入選作として。

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 自分たちと同年代ながら遥か上を行く新妻エイジという存在に、自らの「井の中の蛙」を自覚し、そして目標を見出します。

 その後も、連載をつかむための赤マルジャンプでの戦いや『+NATURUL』連載など、ことあるごとに亜城木夢叶の前に立ちはだかってきた新妻エイジという大きな壁。

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 一方でサイコーが行き詰っているときに新妻エイジのもとでアシスタントを行い更なる飛躍のきっかけになったり、TVで「ライバルは亜城木夢叶」と宣言するなど、切磋琢磨して自らを伸ばす起爆剤でもありました。

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 この新妻エイジというキャラ、まさに王道な「天才漫画家」のキャラ造詣。

 一般に「天才漫画家」といえば「神」と称される手塚治虫が真っ先に思い浮かぶと思います。

 類まれなるセンスと感性で他のものの追随を許さない、超人的な存在。

 宮崎克・吉本浩二の『ブラック・ジャック創作秘話』ではその「神様」のエピソードがこれでもかと描かれていますが、たくさんの連載を並行して書き続け、更にアニメの絵コンテまで描いてしまうというバイタリティや、アメリカ旅行エピソードで描かれた自身の描いたマンガの内容を全て覚えているという「才能・技能」。

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 それだけでは単なる「すごい人」なのですが、その根っこを支えているマンガに対するあくなき向上心や純粋な好奇心。

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 それら全てが複合されて、手塚治虫という「天才」が成り立っています。

 また、二次元のキャラでは『ジョジョの奇妙な冒険』の岸部露伴を思い浮かべる人もいると思います。

 実際、新妻エイジには岸辺露伴の要素が組み込まれています。

 2巻のネームには原作の大場つぐみ自ら「岸辺露伴入ってるかも」と指定しています。

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 「天才=何を考えているか分からない=変人」といういわばベタなキャラ造詣ですが、ベタだからこそ効果的に作用しているのだと思います。

 序盤に亜城木夢叶の壁として登場したまま、亜城木夢叶と他の敵キャラとの戦いや個性的な漫画家たちの登場でしばらく影が薄くなっていた「天才」新妻エイジ。この巻で、再び圧倒的な存在感を見せ付けます。

vs新妻エイジ

 新妻エイジの「マンガを終わらせる権利」は、すなわち『CROW』を自身の納得させるかたちで終わらせることでした。

 この「作者が納得するかたちで連載を終わらせる」について語りだすと非常に長くなってしまうので割愛しますが、人気のある漫画は引き伸ばすだけ伸ばして人気が落ちたとたんに打ち切り、という「ジャンプシステム」に対し暗に喧嘩を売っているストーリー展開ですよね(苦笑)。

 あえて一言言うなら、「連載の自発的な終了」のために漫画家が戦うのは本来は「編集部」だと思うのですが、『バクマン。』ではこれを意図的に「他の漫画家との戦い」に摩り替えています。このあたりは、「一見、内幕をエグく描くかのように見せて実際は本当にエグいところはギリギリのところで巧く回避する」という『バクマン。』の巧みな構成がよく出ていると思います。

 まあ、こういったところが、一部の漫画家から「漫画家の世界はこんな奇麗事ではない。こんな展開ありえない」とことあるごとに批判される要因なのですが・・・。*8

 閑話休題。

 「逃げ切り」を宣言することで亜城木夢叶はもちろん、福田真太、高浜昇陽、蒼樹紅など多くの漫画家を奮起させます。

 とっておきのエピソードを使った高浜昇陽『正義の三肩』を破り、新ライバル、新マシンを惜しげもなく出してきた福田真太『ロードレーサーGIRI』を破り、そしてカラー扉絵に張り巡らせた伏線を見事に回収した亜城木夢叶『PCP』ですら『CROW』を止めることはできませんでした。

 打倒新妻エイジという目標により、結果的に世代の底上げを図り、それでも追いつけないという「格の違い」、孤高の存在であることを見せ付けたのです。

 まさに「エイジ無双」な展開なのですが、『CROW』連載終了の挨拶回りに出向いた新妻エイジが亜城木夢叶にこう語ります。

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 僕は青森から東京に出てくるまでマンガを描くのは楽しかったけど…

 いつも一人でした

 でも「ジャンプ」で連載するようになって……

 読んでくれる読者……

 それに何よりも亜城木先生という最大のライバルや

 競い合う仲間に出会えました

 本気で接してくれるライバル……仲間……

 幸せです……

 もう一人じゃないそれがものすごく嬉しいです

 いつもありがとうです(P125)

 天才が持つ「孤独」。これもまたベタなネタですが、ベタだからこそ新妻エイジと亜城木夢叶の「漫画を通した友情」が強調されます。

 3巻書評でも書きましたが、新妻エイジという「天才」は、ベタな「天才」という造詣でありながらも非常に現代的な「天才」です。

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評

 「倒すべき敵」ではなく「切磋琢磨するライバル・目標」として新妻エイジを配置したのがこの漫画の面白さの要因の一つだと思いますし、サイコーとシュージンという「亜城木夢叶」による二人で一つ、表裏一体の物語を描きながらも、「新妻エイジと亜城木夢叶」という「天才と凡才」もまた二人で一つ、表裏一体なのだろうと思います。

さらなる戦い。

 『CROW』の連載終了によりストーリー的にやや緩みが出るかと思えばそうでもなく、息つく暇もなく次の火種が起こります。

 ジャンプを戦力外通知となったベテラン漫画家たちが、強力なブレーンのもとジャンプに持込を行います。

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 ブレーンの正体についてはバレバレかと思いますが、次巻はリベンジャー・○○との最終決戦です。

 バトル漫画だとリベンジキャラは主人公たちをピンチに陥らせながらも最終的にはかませ犬として返り討ちにあうのがお約束なのですが、はたしてどうなることやら。

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 いや、ネタバレというか次の巻でちゃってますすみませんほんとすみません。

 というわけで次巻も楽しみに待ちたいと思います。

『バクマン。』と『DEATH NOTE』を比較して語る物語の「テンポ」と「密度」 『バクマン。』1巻書評

『バクマン。』と『まんが道』と『タッチ』と。 『バクマン。』2巻書評

『バクマン。』が描く現代の「天才」 『バクマン。』3巻書評

編集者という「コーチ」と、現代の「コーチング」 『バクマン。』4巻書評

漫画家で「在る」ということ。 『バクマン。』5巻書評

病という「試練」。『バクマン』6巻書評

嵐の予兆。『バクマン』7巻書評

キャラクター漫画における「2周目」 『バクマン。』8巻書評

「ギャグマンガ家」の苦悩 『バクマン。』9巻書評

「集大成」への道のり 『バクマン。』10巻書評

第一部、完。 『バクマン。』11巻書評

「創造」と「表現」 『バクマン。』12巻書評

スポーツ漫画のメソッドで描くことの限界について考察してみる。 『バクマン。』13巻書評

七峰という『タッチ』の吉田ポジション。 『バクマン。』14巻書評

「試練」と「爽快感」 『バクマン。』15巻書評

天才と孤独と孤高と。『バクマン。』16巻書評

リベンジと伏線と。 『バクマン。』17巻書評

*1:2巻、P46

*2:1巻、P143

*3:2巻、P19

*4:9巻、P126

*5:宮崎克・吉本浩二『ブラック・ジャック創作秘話』P180

*6:宮崎克・吉本浩二『ブラック・ジャック創作秘話』P42

*7:2巻、P48

*8:とはいうものの、個人的にはこういう「奇麗事」を描く漫画家マンガは必要だと思っています。「そんな簡単に甲子園にいけねーよ」といったリアルすぎて夢が全くない野球マンガばかりでは面白くないのと同じです。

*9:16巻、P125

*10:P187

*11:久米田康治『さよなら絶望先生』28巻P82