予感

http://d.hatena.ne.jp/matsunaga/20060318#1142639892
ということでこちらに過去のことを色々書いていくことになった模様。
前回エントリへのmatsunagaさんのコメント読んで色々考えてたんだけど、そこへの2ちゃんねるの人のレスが秀逸だったので引用。


http://news18.2ch.net/test/read.cgi/news2/1142416588/

515 :朝まで名無しさん :2006/03/17(金) 12:59:49 id:w7ezMLJH
>>498
>何やら非難めいてしまいましたが、私は少なくとも現在の「福*利*」さん
>自身が負い目を感じる必要はないと思っています。
>しかし「松永英明」さんにはそうは思わない。
もし追求するにしても、これって、逆じゃね

552 :朝まで名無しさん :2006/03/17(金) 15:36:11 id:w7ezMLJH
>>516
いや、松永名義でどんなことをしようが、それは「している/した」ことだけで
判断すべきで、そいつが元信者だったってことは関係ないんじゃないかと。
逆に、たとえ犯罪(的)行為に関わっていないとしても(あくまで仮定の話で留保付)、
福*利*ご本人には、かつても、今も、道義的な責任があるでしょうと。

つまりそのことと、
>自分の執筆活動の結果得られた報酬の一部がサリンの購入資金になり
>あなたの求めるような「生活」をあっけなく断ち切られた人がいた
>と想像してしまうのは乱暴なのでしょうか
という疑念とは、切り分けなくてはならない別の話なんじゃないかということです。
こっちはあくまでも感情的なレベルの問題なんであって、それはそれで
追求されざるを得ないだろうけれども、その視点をもってして、
>それはもしサリン被害者の方が自分のblogや本を読んだらどう思うのだろう、
>という簡単な想像が欠如しているからです
と言い、それがために、現在までのすべての松永は認められない、許せない
いう所にまで突き進むのは、為にする議論ではないかと思うんだよね。

無論、松永英明としての説明責任がまだ足りないというのは自明のことで、
実際そうだと思うし、それは今後もひたすらやっていけばいいのだと思う。

要は、松永としての活動を続けるための社会的ハードルが、今回のことで
高くなってしまったけれど、それは本人が解決すべきことで、まわりが
あれこれ言うのは無理(無駄)な部分があるということ。まぁ、言うのは自由だけどさ。

このスレで賛同が得られるとは思わないけど、>>515を書いた時に思っていたのは
そーゆーことです。

562 :朝まで名無しさん :2006/03/17(金) 16:13:21 id:w7ezMLJH
>>555,558
それは分かってるんだけど、それを言うと堂々巡りになるっていうか、
社会全体が松永英明を許さない限り許されないというトートロジー、あるいは、
社会全体がオウムを許さない限りは松永英明も許されないという
あり得ない論理に陥るので、
>福*利*ご本人には、かつても、今も、道義的な責任があるでしょう
という話として問題を切り分けた方がいいんじゃないかと。

もちろん現実的には感情論がないまぜになって、きちんと切り分けられないことは
分かってる。ただ議論の論理としては、そういう風に理解すべきではということ。

#「福*利*(別名松永英明)」という新名義に先祖帰りして、
#すべての過去を引き受けますというのが一番はっきりしてていいんだろうけどね。

603 :朝まで名無しさん :2006/03/17(金) 18:24:53 id:w7ezMLJH
>>562
>「福*利*(別名松永英明)」という新名義に先祖帰りして
ttp://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20060316/p1
>「河上イチロー」名義でされなければならない
という部分は微妙に食い違うけど、割と似たような思考回路・論理
に基づいた話なので、参考として挙げときます。

コメント欄の
>戸籍名は宗教モードのときにつかってたので、使いたくないというのもある
というのが、個人的にはやはり最大の問題だと思う。そこをスルーしていいのか、と。
そこと松永名義の物事が100%イコールで結ばれないのは確かだが、だとしても、
松永名義でのみぐちゃぐちゃ言い続けても(また周りがそこにつっこんでも)、
本来的な信用回復にはならんでしょうと......

言わんとしてるところは殆ど同じ。2ちゃんねらーおそるべし。
前回エントリでは『「河上イチロー」名義でされなければならない』としたけどよくよく考えてみて、ここはやはり新名義の方が良いなと俺も思った。これまでの全ての「名前」との紐付けを想定した全人格的なものとしての新名義。これは前回最後のとこに書いた『実名によらずとも現実に存在する「私」を指し示す』方法論でもあるんだけど、それによって書くことが結局過去をどれだけ引き受けられるかというところに繋がるんだと思う。今のまま「松永英明」名義で書くならそれはむしろ過去をいかに切り離すかという作業になるのではないかと思うわけで。
もちろん最終的にどちらにするかを選ぶのは本人だし何より「切り離し」を支持する「急進的近代主義者」は決して少なくない。それに乗るのだって一つの手ではあるんだろう。ただ・・・そんなもんに乗るぐらいだったら始めからオウムなんかに引っ掛かるわけないよなーと個人的には思う。
まあとりあえず新名義として「河上イチロー」と「松永英明」をミックスした「河上英明」か「松永イチロー」がいいんじゃないかと思うので一応提案。


あともう一個優れたレスがあったので引用。2ちゃんってマジあなどれねー

523 :朝まで名無しさん :2006/03/17(金) 13:34:54 ID:+Yr+UW4v
>……なんてことは誰も興味がないでしょうね。蛇足でした。

521が指摘してるように、松永は本当に勘違いしてるようだが、
内面の推移変遷をこそ含めて説明してほしいところだ。
脱会の時期だけが純粋に知りたいわけがなかろう。
オウム事件を受けて(?)脱会したお前がなぜもう一度もどって行ったのか、
抜ける前から松永名義で活動をしているとき、
自分がアレフの人間であることを隠して活動することをどう思っていたのか、etc...

たしかにそんなこといくらでも嘘をつけるだろう。
だからそれを信じるやつもいるかもしれないが、信じないやつもいるだろう。
でもそれだからやるだけムダって思うんだったらアホだ。
一般に(つまりオウムとかいう問題でなく)、説明を増やすことと
信頼度をあげることは(「信頼」はする/しないの0/1ではない)、比例の関係にある。
オウムうんぬんの問題はその比例関係の係数に関わるというだけだ。
いつまでたっても少しも信じないやつだっているだろうが(オレかもしれん)、それはそれだ。
子どものように純真なオレですら信じてもらえないことが多々あるというのに、簡単に信じてもらえると思うな。

それから、これまた521が述べてるように、チョビチョビつけたしするのはやめろ。
松永にとってもナイーヴな問題だからか、
落ち着くことができずにこういうことになってるんだろうが、一度ゆっくり考えろ。

予感

それと今俺は二つ予感のようなものを感じてる。
一つ目。
これはひょっとしてブログ版『電車男』になるんじゃないかっていう予感。上のようなこと書いといてなんだけどはっきり言って今の状況ではどうも温度差がありすぎる。果たしてその行き着く先に「信頼」なんてものが生まれるのかどうか。それはこれからのmatsunagaさん次第であるんだけどまあ今のところそれは至難だなーと言う感じ。なんだけどそこでは同時に「受け手」が凄く重要なんだろうなという。果たしてネットの世界がどれだけの力を持ってるか、それが試されるんじゃないかなというようなそういう予感。


で二つ目。
matsunagaさんはどうやらここまで殆ど何の総括もしないできた、そういう状況のようだ。というのは前回エントリのコメント欄とこのエントリの文章読んでの感想。(だからこそ至難だと思うわけだけど)
でそこは責められて当然だと俺は思うんだけど、ただそれを責める資格のあるやつがいるのか、とも思ったのだ。日本人に。
今回色々知ったmatsunagaさんの遍歴。そしてこの件に関しての賛否両論というか批判と擁護の言説。
そこに今俺は強烈なアナロジーを見ている。前回突っ込んだ「経済モード」という表現ももっとずっと奥の深い言葉なんじゃないかという。


で思うのだ。これはもしかしてとんでもなく大きな意義のあるものになるんじゃないかって。へたをすると、いやうまくすると・・・それこそ日本人にとっての通過儀礼のようなものにもなりうるんじゃないか。
そういう予感。


ということでmatsunagaさんは何だか身体を悪くされているようだけど、ぜひともこの大事業を成し遂げてから死んで欲しいです。