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2006-05-27

お金=ごはん説 お金=ごはん説を含むブックマーク

祝!「リン・トゥイストが Big Picture にお金にまつわる神話と嘘の数々を語る」和訳公開! - アンカテ


オレもYouTubeであれ見てjkondoの「お金はごはんのようなもの。無ければ死ぬけど、いっぱいあっても全部食べることはできない」は面白いなーと思った。このお金ってなんですか?という質問自体おそらくネットの第二世代とされている堀江氏らのことが想定されていて、その違い(第三世代とされるはてな&mixiとの)をはっきりさせる答えになっているような感じ。

でこの答え自体ははっきりと間違いではある。「お金の無い世界」は過去にはもちろん、現在でも秘境という言われるところにはあるわけだし、未来においても絶対に成立しないとは言えない。ごはんを人の十倍食べることはできないかもしれないけど、お金は人の十倍でも百倍でも浪費することができ、そしていくら貯蓄しても決して腐ったりしない。

こういうところにお金の魔力の源泉はあるわけでお金はごはんのようなもの、では決してないのだ。

と、もちろんこんな事は当然分かってて、言わんとしてる意味、メッセージは別のところにあるんだと思う。


井沢元彦の本だったと思うんだけど、江戸時代の百姓はお米を食べることが出来ず稗や粟などしか食べられなかったという「神話」の嘘を考証した話がある。当時は9割以上の人が百姓で殆どの人が米などを作って生活していて、その収穫の何割かが「年貢」としてお上に取り立てられる・・・わけだけど当時は鎖国していたのでそれが輸出されたというような形跡はない。じゃあそこで取り立てられたお米はどこに行くのか? 一割にも満たない武士や都市生活者が食べたのか、というとそんなことは出来るはずがない。なんせごはんは人の十倍食うわけにはいかないのだから。

ということで結局お米は最終的には「みんな」の胃袋に収まっていたはず・・・というようなことを当時の色々な数字から弾き出した話。

とても興味深い話だなーと思う。ポイントはやはり人の十倍消費するわけにはいかない、と欲望にあらかじめ制限が設定されていることだろう。その制限の正体が「胃袋」という「身体」であるということ。


もう一つは養老先生の話。

不安とは恐怖に対する恐怖「メタ恐怖」であり、お金に対する欲望とは欲望の可能性に対する欲望「メタ欲望」であってこういうものには際限がない、というような話。

そこには胃袋のような身体的制限が存在しない。過食は食べたものを吐いてしまうわけだから無限の胃袋を暗示している。ついでにいうとひきこもりに眠りのアナロジーが成立するならひきこもりとは過眠症である。




ということで「お金はごはんのようなもの」は「身の程を知っている」という表明である。と見なせる。

で結論。

確かはてなポイントは現金化できなくなったと思うんだけど、あれお米に変えられるようにしたらどうだろうか。

米本位制にしてしまうというw

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2006-05-22

ウェブログ図書館の保管庫サービス ウェブログ図書館の保管庫サービスを含むブックマーク

http://d.hatena.ne.jp/moralaturgie/20060515/1147642242


ウェブログ図書館で「むなぐるま」というブログが保管されることになったという話。

ウェブログ図書館としても初めての試みのようですけどこの「むなぐるま」というブログは色々見聞きするに非常に評価が高いです。なんだかただならぬ人たちがただならぬ評価をしてて、そういうブログの過去ログが消されず残るのは重要なことだと思う。

でこの閉鎖とか過去ログ消去について書いてみようかと思ったけど、思考がいろんなところに拡散してまとまらないので一先ず関連エントリの紹介だけしときます。


自分の読んでたサイトが無くなってしまうというのはやっぱり悲しい・・・ということで何とか説得を試みてるエントリ。特に徳保さんところでもう大体言いたいことは言い尽くされてる感あり。

後半部分で「ミラーサイトの提案」を提案されてて、まさにウェブログ図書館はそういうサービスを提供してるんだけどこれは知られていなければあんまり意味がないんだよなー。ということで告知するならここが狙い目だと思いました>館長

ただ徳保さんのエントリに付け足すとしたら、こちらで書かれているようなブログならではの問題があると思う。ブログはPermalinkとかコメント、あるいはブクマとかとにかく色んな関係性の中にエントリが位置づけられている場合が多いので、元エントリの消失という事態の及ぼすダメージは大きい。


で再び徳保さんなんだけど、かつて一時代を築いたニフティパソコン通信のログが消えてしまう、という話。こういうものでさえ消えてしまうものである以上、個人がサイトを消すのを止めることなんてできないんだよなーと思うんだけども、どうやら最終的には「公的価値vs私的エゴ」ってとこに行き着きそう。そしておそらくは個人サイトが個人の所有物であるとするなら公的価値は分が悪いんだろうなという感じ。


とそこでこのdanさんの所有を疑えという「Value 2.0」に繋がる。ネットというのは誰のもの分らないけどどこにあるのかも分らない。一応サーバとかに位置はあるんだろうけど今俺が見て感覚しているネットの世界というのはやっぱりどこにもないんだろう。そういう世界に対する価値、所有という言葉はやっぱりどこかそぐわない気はする。


あと更にこのネット上のお墓という発想とか、

記録と記憶、そこにある保存本能みたいなものも含めて。

ネット上の死と現実の死は直接リンクしないというか実名と匿名、ハンドルとではニュアンスがだいぶ違う。この辺もうちょっと詰めてみたいかな。

とにかく何かあるんですよね。消失してしまうことへの言い知れぬ不安というか何か言いたくなる気持ちが。

んーーー

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2006-05-14

ひきこもりNPO化構想 ひきこもりNPO化構想を含むブックマーク

ゆえあってちょっと前にあったこの事件関連で思ったことを書いてみます。

引きこもりを支援するNPOの施設において男性が死亡し、代表含む職員が逮捕監禁致死容疑で逮捕された、という事件。

こちらで非常に詳しくまとめられている。

まずそもそもNPOという存在自体が何となくあやしい、というのは前から何となく思ってたんだけどそれは多分その名称、言葉の定義からきているんだと思う。「Non-Profit Organization」略してNPOは日本語では「特定非営利活動法人」とか訳されるようだけどこれが定義としてかなりおかしいというか実は何も指し示していない。非営利とは企業のような経済的利益を目的としない、という意味だろうがそういう集団や組織なんかいくらでもある。町内会とかあるいは政党なんかも社民党共産党ぐらいだったらNPOだと言ってもちょっと納得できそうだしw右翼団体なんかも入ってもおかしくない。あるいはオウム=現アーレフだって。要するに〜に非ずと否定形でしか語れないというのが何だかよく分からないという怪しさを醸し出しているんだと思う。

でとりあえず「NPOとは」で検索してでてきたのが以下のページ。

2に書かれているようにボランティアのようなものとして受け取られていることが多く「右翼のNPO」は違うんだろな、というのは何となく分かる。

3で「非営利」について書かれているけど『>NPOの場合には、たとえ剰余金が発生しても団体の関係者で分配するのではなく、次の活動や事業に投資するなど、使命実現を志向する組織だから非営利組織』というわけで「剰余金」の行き先が肝のようだ。

で。

何が言いたいかというとこういうNPOに入って活動するような人は「まとも」な動機、目的で動いているわけではない、ということだ。ボランティアであろうが何らかの社会的正義の実現のためだろうがこういう事を目的、動機として動いている人は「普通の」人からみれば相当程度に異質であるということ。NPO職員というのは一般にまともな職業とは見なされていないんじゃないだろうか。

そういう人がひきこもりを支援し、ひきこもりに対して「働かざるもの食うべからず」というような考えでまともな動機、目的を持たせて動かそうとしているわけである。これは見方によっては相当グロテスクな構図のように見える。

もし彼らに対して同じように人は食っていくために働くのだ、営利を目的とした仕事にちゃんと就くのがまともな人間なのだ、と言ったとして果たしてそれで納得するのだろうか。そういう人間がNPOなどに入って(作って)活動するだろうか。下手すると彼等自身、社会と折り合いがついてないんじゃないかという。

要するにNPOは境界線上に位置しているんだと思う。

  • まともな世界ーNPOー引きこもり

境界線上にある存在がひきこもりをまともな世界に導くというはどうしたって無理があって、というかそもそもひきこもりというのは経済的利益を動機、目的として動けない「非営利人間」なわけなのだ。

で思った。

ひきこもりの着地点にはNPOというのが最も現実的な解になるのではないかと。すなわちひきこもり当事者(元含む)によるNPOの可能性、ひきこもりのNPO法人化。

これは果たして可能なのか、というかそれでいったいどうなるのか。

上のリンク先による設立要件。

NPO法人になるための要件は、それほど難しいものではありません。まず、資金がなくても法人を設立できるようになっています。株式会社のように資本金が1,000万円要るとか、財団法人のように基本財産が数億円要るというようなことはなく、法人設立の手数料がかかることもありません。また、活動の実績がなくても大丈夫です。

NPO法人となるために法が要求することは、

(1)活動をする「ひと」が一定数以上いること

(2)活動の拠点としての事務所があること

(3)活動する計画・内容をもっていて、それが社会貢献活動であること

(4)活動のための組織があること、などです。


http://www.fvoc.gr.jp/npo/a_npo.html

設立自体は結構簡単で、お金も実績も必要ないようだ。これはなんとなく知っていて活動の実態のないかたちだけのものが乱立してたりするらしい。

(1)についてはネット上ではひきこもり当事者によるコミュニティ、及びネットワークがあるので一定数集めるのはおそらく可能だと思う。

(2)はちょっと難しいというか結局お金などが必要にもなるのだけどもそれぐらいのお金ならある程度以上の人数でアドセンスを行うなどすれば確保できそうだし、まあかたちを整えるだけならなんとかなりそう。

(3)は一先ずおいておくとして、しかしひきこもりというのは社会問題であるからしてそれにある種の解が与えられるという意味ではその存在自体が社会貢献的ではあるんじゃなかろうかとw

で(4)を含めてなんだけども、ここで「活動」といっている言葉、それがネットでの活動「だけ」でもいいのかという問題。これが認められないとおそらくまったく意味がない。このNPO法人を設立する第一の意義はひきこもりにある社会的位置を与えることにあるのだと思う。当たり前の話だけどひきこもりには社会的位置付けは与えられて(認められて)おらず所属もないわけだけども、引き篭もったままネットでの活動のみしかしていなくても、リアルに立脚した社会的位置と所属が同時に与えられるなら状況は相当変わるのではないかと。ここに一番価値を感じる。

第二にアドセンスのようなものにしても一人ではたかが知れているけども集めることができればある程度のパワーにはなるわけで、そういうパワーの集約点になるんじゃないかということ。リアルに立脚してるというのが信頼とか諸々含めやっぱり重要なのかなーという気がする。


ということでかなり突拍子もないあれだけどもこういう可能性を考えてみるのも面白いんじゃないかと思った。

katshikatshi 2006/05/15 16:52 面白いですね。かなり気楽に読めるのに、目のお付けどころ(変な敬語w)がとても興味深いので、いつも楽しみながら読ませていただいています。公のブログを記すということは自分は当面しないと思いますが、Favoretesに入れていただいているようなので、せいぜいsantaroさんと重ならないブクマをするようにこれからも心がけますw
今日のエントリーは、お互いチェックしている http://blog.japan.cnet.com/kenn/archives/002817.html での議論にもつながる大事な話ですね。このあたり→<「ニート」にしたって、彼らを国家の「穀潰し」として、国家社会主義的に非難するだけでは足りなくて、一種、のっぺらぼう的な「不気味な」存在として語ろうとする傾向は、職業とアイデンティティの癒着が今以て強い日本独特の一種の症例だと思います>
santaroさんの言葉とここでの用語を援用すると、くだんのNPOはひとつの症例に病的に囚われちゃった「まともな世界」のネガのような存在だったっていうことかな?
ともあれ、引きこもっていると体力・活力が落ちるだろうから(まぁ裏腹でしょうが)、そのモチベーションをどう引き出せるかですよね…

katshikatshi 2006/05/15 17:04 いや勿論、NPOという形があり得るということが分かれば、それ自体がモチベーションにもなり得るというのがこのエントリーの肝なのは分かっていますよ〜 ただ、それがなかなかイコールにはならないのが難しいところですね。

santaro_ysantaro_y 2006/05/16 03:16 katshiさんどもっす。いや目の付けどころというのが生命線だと思ってたりするのでそういっても貰えるとうれしいです。
ブクマは・・・ばれてましたかw あれはこっそり見れるがよかったりするとこなんであんま気にしないでください。重なるのも全然いいんすよ。この人も引っ掛かったのかーというのを知るのが意外に重要だったりするので。

>くだんのNPOはひとつの症例に病的に囚われちゃった「まともな世界」のネガのような存在だったっていうことかな?
まともな手段なり手続きなりを超えた部分があるのは仕方がないとこだと思います。でもその時に相当な哲学なり根拠なりを持ってないとあっさり取り込まれるというかミイラ取りがミイラになっちゃうというか。異常なのはどっちだということになってしまうんだと思います。そしてそれだけの根拠が彼等にあるようには見えない・・・という。

>いや勿論、NPOという形があり得るということが分かれば、それ自体がモチベーションにもなり得るというのがこのエントリーの肝なのは分かっていますよ〜 ただ、それがなかなかイコールにはならないのが難しいところですね。

ここはホント見抜かれてしまってる感じ(泣 そうなんですよ。そこが至難なのは例えばこういうエントリ書いても当事者の側にいる人からの反応がイマイチだったりすることがそれを暗示してたりするわけです。むしろ普通の人は面白がってくれたりして・・・ってまぁオレはそういう役割と割り切ってやってたりするんですけどね。こういうのやるにしてもそれを普通の人がどう受け取ってくれるのか、そこでどう眼差されるのか、がモチベーションにも関係してくるわけで、やれば認めてもらえるっていう状況が重要なんだと思ってます。何かやってもそこで「そんなことやってないでちゃんと働け」って思われちゃうんじゃ元も子もないわけで。

かうんせらーかうんせらー 2006/05/18 14:42 カウンセラーをしています。マイペースマイペース。
http://www.cmb-japan.com/index.html

某ライオン某ライオン 2006/05/18 19:19 やまいさん、ちょわっす。NPOって、防御につかえるんかなぁ…なんてことを考えたことがあります。

santaro_ysantaro_y 2006/05/19 07:40 うおっ当事者勢からやっと反応がw ダンさんどもっす。
NPOはそういう法律があるというか手段があるってことだと思うんであとはどう利用するかってことなのかなーと。
あとこれから村の方でもお世話になるかもなんでよろしくっす。

santaro_ysantaro_y 2006/05/19 07:43 上の「かうんせらー」さんはどうやらスパムの模様。ひきこもり勢にあらかたコメントしまくっててあからさまに本文読んでおらず。