ぶろしき このページをアンテナに追加 RSSフィード

2015-11-27

続・「空気」の研究 続・「空気」の研究を含むブックマーク

登場するのは明治期を代表する法制官僚・井上毅である。井上による明治憲法草案の第一条は「日本帝国は万世一系の天皇のしらすところなり」だった。この“しらす”という古語を漢語的表現の“統治”にかえて「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」という条文になった。では“しらす”とはどういう意味を含んでいるのか、井上の解釈が紹介されている。

“「しらす」は知らすである。上に立つ者がおのれを鏡として、下の者たちのありのままを映し出す。(中略)上に立つ者の心はただひたすら鏡そのものでなければならない。極端に言えば自らの考えは持たない。(中略)さまざまな人の考えや行いをつとめてあるがまま認めつつ、破局を来さないように調整していく。あとは自ずとなるようになっていくしかない。(鏡には)たくさん大きく映るものがある。それがそのときの日本の空気であり雰囲気であり、一番角が立たない落しどころである。そうやって進行するのが「しらす」の政治であり、日本人が古来認めてきた国土人民をとりまとめる唯一の正しい仕方ということになるのでしょう。 ”

著者はこの“しらす”の井上流語釈に疑問を残しながらも、法制官僚の中心で明治国家を法的にデザインし、いくつもの法律を立案した井上の影響として、「明治憲法体制全体に“しらす”の精神がゆきわたっているように思われる」「端的には権力の分散化・多元化の工夫」がみられるという。

no title

面白い。

山本七平はこれを知っていたのだろうか。

多分知らなかった。

『空気の研究』では「自ずと」空気の支配が強くなり責任者が不明になり破局へと向かっていった、というストーリーになっていた。

しかし違ったのだね。勝手にそうなったのではなく、そもそも明治憲法が明確な意志をもってそうデザインされていたのだと。

「あとは自ずとなるようになっていくしかない」

「それがそのときの日本の空気であり雰囲気であり、一番角が立たない落しどころである」

これが明治憲法の草案を書いた人物の思想であり、山本七平の分析と驚くほど一致している。

ただしストーリーはまったく違ったものになってくるし、次の疑問はではなぜ明治憲法はそのようにデザインされたのか、になるのだろうが思い当たることがあるので書いてみる。




江戸「無血」開城の意味

日本史・あの事件の意外なウラ事情 - 長尾剛 - Google ブックス

思うにすべての始まりはここにあるのではないかと思う。

西郷隆盛徳川慶喜を討つつもりだった。そしてその首を掲げることこそ新しい時代の幕開けを世間に告げるものになるはずだった。

これは世界史的常識に照らせば圧倒的に西郷が正しい。中国の王朝交代時など常に凄惨極まりないが、別に中国が特殊なのではなく世界中あらゆるところでそれは儀式のごとく執り行われ、そもそもフランス革命でさえそうだった。

なのになぜ日本ではこのような奇跡が成ったのだろうか。それには色々な人間が動いており複雑ではあるが、ごくおおざっぱに言えば日本は平和だったということではないだろうか。江戸は250年も続いた。その間特に大きな内乱もなく外敵もなく、武士はその存在価値を見失いおおいに軟化していたことだろう。たかだか60年そこらで平和ボケとかいわれるのに250年である。

江戸時代後期の経世論家である林子平は、「勇は義の相手にて裁断の事也。道理に任せて決定して猶予せざる心をいう也。死すべき場にて死し、討つべき場にて討つ事也。」としている。

http://www.7key.jp/data/bushido/yuu.html

いずれにせよ奇跡は成った。150万という江戸の住人は戦火を免れた。

その後なし崩し的に新政府軍は勝利をしたが、問題は残った。

新政府軍の権力の正統性はどう保障されるのか。

権力の正統性というのは実際のところはかなり曖昧なところが多く、例えば中国共産党においては「侵略してきた日本軍を打ち負かし国を守ったこと」をもってその正統性としているが、しかしそれが極めて曖昧であるからこそ台湾問題が生じているし、戦時中の日本の残虐を強調し続けなければ国が持たない。仔細あって溥儀は生き残り、徳川慶喜と同じように普通の市民となって生涯を全うしたし、敵対していたそしてより正統性を持っていたかもしれない国民党も打ち破れず生き残ってしまった。だからこそ日本なのだ。

もちろん最終的には暴力がものを言うというのはあるだろうが、しかしそれもその正統性への支持があってこそ力強いものになる。その為にその圧倒的な力を誰にも分かるように誇示しなければならず、そういう手続きが本来は必要なのだ。

薩摩長州による新政府軍はそこをかなり曖昧にしたまま、つまり見ようによっては幕府側が単に日和っただけともとれるやり方によって不戦勝と相成った。


これが新政府の権力の成り立ちの物語である。まるで神話の国譲りのように西郷隆盛と勝海舟の「話し合い」によって権力を譲り受けた。

上に立つ者の心はただひたすら鏡そのものでなければならない。極端に言えば自らの考えは持たない。(中略)さまざまな人の考えや行いをつとめてあるがまま認めつつ、破局を来さないように調整していく

西郷隆盛は聖人とされているが、そこでの振舞いはまさにこのようなものだろう。結果「そのときの日本の空気であり雰囲気であり、一番角が立たない落しどころ」に実際落ち着いた。

それが明治憲法の精神として表現された、というのは実に自然な流れであるように思う。

そして戦火を免れた江戸が後に焼け野原と化すというのはなんとも言えない歴史の皮肉と言える。




アイデンティティ戦争

しかしいったい明治政府の権力の正統性は何によって担保されているのか。徳川慶喜はその後も普通に人生を全うしたので朝敵を打ち破ったというわけでもなさそう。憲法が規定してたとしても作ったのが明治政府では意味がない。まだ民主主義以前なので選挙が行われたわけでも当然ない。その前の大政奉還によって戻ってきた統治権はそのまま天皇が持つことになったわけだから、天皇から委任されたわけでもないだろう。

結果的にそれは対外的な戦争によって、日清日露戦争によって初めて明治政府の真の力量は試され、誇示された格好になる。戦争景気も相まって人々はそれを熱狂的に支持した。

戦争が国家のアイデンティティに関わる、という事態は戦後のアメリカに似る。




平和時の政治哲学としての「空気」

山本七平の研究によれば太平洋戦争末期に空気の支配は極に達し、その後も日本人の意思決定の方法になったということだけども、それが平和時のそして内政の方法論としては実に優れたものだということは歴史の証明するところだろう。

しかしその「空気の支配」はどこで醸成され生じたものかというなら、江戸の250年の平和がその出所なのではないのか。その永い平和こそが江戸「無血」開城を実現し、明治憲法の精神になった。

もしそうなら現在の人と江戸の人々は同じ空気で生きているというしかない。


『未完のファシズム』は少なくとも戦争という異常事態においてはファジズムのほうがまだしもマシである、という結論になるようだが。












 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151127

2015-11-24

[]多義的な義 多義的な義を含むブックマーク

『「義」の字は「我」と「羊」である。「羊」とは「美」と同義である。ゆえに、「義」とは「我を美しゅうする」との意となる。

繰り返す。「義」とは、正に「己にとって美しく生きる」ということなのである。』


「義風堂々2」(原哲夫・堀信彦・武村勇治、2009、新潮社)

http://ameblo.jp/agathon-consulting/entry-11421997265.html


義は「義(ただ)しい)と訓読みされる。

「正義」はだから同じ意味を重ねた言葉になる。

一方原義、教義、定義、などは原理、教理、定理におおむね置換可能。

なので「義理」もまた似たようなものと考えられる。

義理の母、などの表現が典型だが本当の母親でなく社会的に母と見なされているに過ぎない。そこで期待されているのは同じような振る舞いであって、本物の愛情まで期待されているわけではない。そういう意味で義理チョコとは中々うまい表現だ。

今では大体めんどくさいものの象徴だろう。オレの母親は70過ぎているがとっくに年賀状など辞めてしまった。どうしても必要なら仕方なくやる。義理を果たすのは嫌々する義務と成り下がった。

大戦後、様々なかたちで当時の本音が語られた。負けると思っていたとか、特攻隊も本当は嫌だったのだとか。そこからなぜ負けると分かっていた戦争に突き進んでいったのか、と問う形になったりするが特におかしなことだとは思えない。本音と建前を分けること、精神(内容)と肉体(行為)が食い違うことは日本人にとっては自然なことだ。


ところでプラトンアリストテレスの時代の古代ギリシア人にはこの種の分裂がまったくなかったらしい。

肉体賛美の源流は言わずもがな、真・善・美を追い求めた古代ギリシアにさかのぼります。

肉体(外面)の美しさは精神(内面)の美しさであり、また精神の美しさは肉体の美しさとされていました。

つまり内と外が分裂していないのです。

悲しいのに笑う、などという私たちの生活上あたりまえのことは、彼らにとっては理解できないに違いありません。

彼らは悲しみを感じたとき、自らの衣服を引き裂き、自らの身体を叩き、またあるときには灰を被ったりもしました。

内面の痛みは、かならず外面にあらわされたのです。

〜中略〜

ゲーテは古代ギリシア人についてこう述べています。

「自己が世界と一つであることを自覚し、したがって客観的な外界を人間の内的世界に対立する異質なものとして感じることなく、むしろこの外界のうちに自分自身の感情に相応する原像を認識する分裂を知らぬ人間」

日本美学研究所 『日本と西洋の肉体表象』ヌードが生まれた理由

ゲーテがそう評していたということは西欧人にとってもそれは異質なものなのだった。

アリストテレスの考えを読んでいて、うまいこと神を持ち出さずに説明してるなと思ってたんだけど、そもそも当時は一神教が蔓延する以前であり、そんな発想自体がなかったのである。その代わりに「哲学」があるが、それはあくまで人間の究極であり、最終であったり人間にとっての現実が問題となっている。

逆に言えば一神教の発想から生み出される「唯一客観的な現実」が出てきた時に、西欧人も分裂したのかもしれない。

内と外が分裂していないということは外がないことを意味している。




蘇るイデア論

アリストテレスが師事していたのはプラトンであるが、その中心的なアイディアである「イデア」の現代的、ないし科学的意味はよく分かると思う。

http://www.psy.ritsumei.ac.jp/~akitaoka/kieru.html

それは錯視で知られることになった脳の機能だ。脳は入ってきた情報(入力)以上のものを現実として再構成している。実際に見ている視点から離れた周縁の景色は記憶や推察などから再構成され貼り付けられている。

面白いのは線の長さや色などが違って見えるのも、それが同じであるといくら理解したところで同じようには見えない、コントロールできないことだろう。無意識的かつ自律的な解釈なのである。

しかしそれらが「同じ」長さや色である、という物差しは客観的現実に相応しているが、それが正しいとは限らない。例えば色についてはクオリアの問題もあって、ある色をそれぞれの人がどのように感じているかは不明で、要するにそれぞれの色の間の関係性や区別がつけば問題はない。色の錯視はこのような関係性を利用しており、それを同じ色だとする視点には意味が無く、自分が見ているその間に違いを見てとる現実のほうが正しい、とがんばることはできる。つまり人間にとっての現実とはその中で生きるべき意味を持ったものでなければならず、そういった意味の失われた客観的現実はとりあえず関係がない、と。

イデアは明らかに脳が機能として持つこの補足的、理想的な自律的解釈機能をその源泉としている。あらゆるものにイデアがある、のでなくあらゆるものにイデアを見てしまう、といった方が正確だろう。最もコントロールできないので意識から見れば同じことかもしれないけども。

なぜイデアがあるかについてプラトンは天界でうんぬんと宗教的物語で説明したが、現代なら根拠は脳に求めることができる。そしてそこには人間的意味があらかじめ内包されていると見るべきだろう。




社会的義、宗教的義、日本的義

以下ウィキぺディアより。

儒教における義は、儒教の主要な思想であり、五常(仁・義・礼・智・信)のひとつである。正しい行いを守ることであり、人間の欲望を追求する「利」と対立する概念として考えられた(義利の辨)。孟子は羞悪の心が義の端であると説いた。羞悪の心とは、悪すなわちわるく・劣り・欠け、あるいはほしいままに振舞う心性を羞(は)じる心のこと。

キリスト教における義という訳語は、ギリシア語でΔικαιοσυνη dikaiosynee ディカイオシュネーと呼ばれるもので、罪の対立概念とされる。これは他者に対して義(ただ)しい、誠実な、偽りのない態度で臨むこと、またそのような態度が可能である魂の状態をいう。義しい人を義人と呼ぶ。

福音書、パウロ書簡などで主題化される。

神によって「義とされる」(義とする:ディカイオオー)ことも同じ問題圏に属する。

真に義であるのは神のみである(「義人はいない」)が、人間は神を信じることにおいて義さに近づくことができる。信じないことは不義と同義であるとされる。『ヤコブの手紙』によれば義しさは、神への信仰を表明することのみならず、他の人間に対する行為において現れる。

ルターは人が行動において義とされること(行為義認)を否定し、信仰によってのみ人が義とされる(信仰義認)と考え、それまでのキリスト教で行われていた苦行、断食などを否定した。

日本での義の元は儒教であるが、キリスト教の教義にも義と翻訳される概念が存在する。それは元々ギリシア語で「ディカイオシュネー」と呼ばれるものでどうやらそれはプラトンが重要視した概念であるようだ。

ということでなぜか奇妙に話は繋がった。がだいぶややこしい。

とりあえず「利」に対立するか「罪」に対立するかの違いがあるが、共通点を見るならば非常に禁欲的だということだろう。人間が自然に持っている欲望と対立する時に始めて「義」は立ち上がる。それは内と外の分裂に他ならない。宗教的なルールか社会的ルールかはともかく、それによって正義とされているものを己の欲望に逆らって行為されることによって義は貫徹される。

孟子の言っていることも中々面白い。「悪すなわちわるく・劣り・欠け、あるいはほしいままに振舞う心性を羞(は)じる心」が義の生じる原因であると。特に「劣り」「欠け」は現代的イデア論の立場からよく理解できる。人間が理想状態を構成せざるを得ないからこそそれが見につき鼻につく。そして「羞じる」とは一種の美意識である。

義の字義には羊=シンメトリーな唯一の動物を表す字があり、そこに「美」という意味が予め備わっている。儒教でもキリスト教でも美意識は前面にはまったくでてこないが、日本的義を考えるにおいては美意識と切り離すことはできない。

アリストテレスは政治に関わるものとして「真・善・美」のうちの「善」に最も価値を置いたが、日本的にはそこにかなりの割合で「美」が関わっているということになる。

またギリシアでは、美と善とは合して、「美にして善なるもの」kalokagathonという合成語となり、自然的、社会的、倫理的な卓越性をさすことばであった。

https://kotobank.jp/word/%E7%9C%9F%E5%96%84%E7%BE%8E-538151

ただしその合一は決して評価されているとは言いがたい。

戦争(政治)に美意識など持ち込んだことは敗因であり、本来徹底的な合理性(真)によって行われるべき(戦争をしないという判断も含めて)であった、というのが日本の敗戦へのおおよその統一見解である。付け加えるなら日本軍の行った様々な「悪」は徹底的に糾弾されている。まぁこれは勝てば官軍に過ぎないと思うけども、一応「善」も問題化されており、つまりより善くなされるべきだったという反省もあるだろう。

が、より美しく為されるべきだったとは誰も考えていない。

戦後最もその価値が低落し抑圧されている感性が「美」であるのは間違いないだろう。




日本的美

それを主題化した作家が太宰治三島由紀夫だろう。

一方はいかにも女々しく一方はいかにも男らしく二人はとても対照的だ。

三島:私は太宰とますます対照的な方向に向かっているようなわけですけど,おそらくどこか自分の根底に太宰と触れるところがあるからだろうと思う。だからこそ反発するし,だからこそ逆の方に行くのでしょうね。おそらくそうかもしれません。

http://lfk.hatenablog.com/entry/20070225/1172382313


もっとも太宰治は好きでなく三島由紀夫に至っては読んでもいないので残念ながらたいしたことは言えない。

とりあえず名文として名高い『斜陽』の導入部分、貴族的理想像としての「お母さま」の描写を以下長くなるが引用。

 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、

「あ」

 と幽かすかな叫び声をお挙げになった。

「髪の毛?」

 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。

「いいえ」

 お母さまは、何事も無かったように、またひらりと一さじ、スウプをお口に流し込み、すましてお顔を横に向け、お勝手の窓の、満開の山桜に視線を送り、そうしてお顔を横に向けたまま、またひらりと一さじ、スウプを小さなお唇のあいだに滑り込ませた。ヒラリ、という形容は、お母さまの場合、決して誇張では無い。婦人雑誌などに出ているお食事のいただき方などとは、てんでまるで、違っていらっしゃる。弟の直治なおじがいつか、お酒を飲みながら、姉の私に向ってこう言った事がある。

爵位しゃくいがあるから、貴族だというわけにはいかないんだぜ。爵位が無くても、天爵というものを持っている立派な貴族のひともあるし、おれたちのように爵位だけは持っていても、貴族どころか、賤民せんみんにちかいのもいる。岩島なんてのは(と直治の学友の伯爵のお名前を挙げて)あんなのは、まったく、新宿の遊廓ゆうかくの客引き番頭よりも、もっとげびてる感じじゃねえか。こないだも、柳井やない(と、やはり弟の学友で、子爵の御次男のかたのお名前を挙げて)の兄貴の結婚式に、あんちきしょう、タキシイドなんか着て、なんだってまた、タキシイドなんかを着て来る必要があるんだ、それはまあいいとして、テーブルスピーチの時に、あの野郎、ゴザイマスルという不可思議な言葉をつかったのには、げっとなった。気取るという事は、上品という事と、ぜんぜん無関係なあさましい虚勢だ。高等御おん下宿と書いてある看板が本郷あたりによくあったものだけれども、じっさい華族なんてものの大部分は、高等御乞食おんこじきとでもいったようなものなんだ。しんの貴族は、あんな岩島みたいな下手な気取りかたなんか、しやしないよ。おれたちの一族でも、ほんものの貴族は、まあ、ママくらいのものだろう。あれは、ほんものだよ。かなわねえところがある」

 スウプのいただきかたにしても、私たちなら、お皿さらの上にすこしうつむき、そうしてスプウンを横に持ってスウプを掬すくい、スプウンを横にしたまま口元に運んでいただくのだけれども、お母さまは左手のお指を軽くテーブルの縁ふちにかけて、上体をかがめる事も無く、お顔をしゃんと挙げて、お皿をろくに見もせずスプウンを横にしてさっと掬って、それから、燕つばめのように、とでも形容したいくらいに軽く鮮やかにスプウンをお口と直角になるように持ち運んで、スプウンの尖端せんたんから、スウプをお唇のあいだに流し込むのである。そうして、無心そうにあちこち傍見わきみなどなさりながら、ひらりひらりと、まるで小さな翼のようにスプウンをあつかい、スウプを一滴もおこぼしになる事も無いし、吸う音もお皿の音も、ちっともお立てにならぬのだ。それは所謂いわゆる正式礼法にかなったいただき方では無いかも知れないけれども、私の目には、とても可愛かわいらしく、それこそほんものみたいに見える。また、事実、お飲物は、口に流し込むようにしていただいたほうが、不思議なくらいにおいしいものだ。けれども、私は直治の言うような高等御乞食なのだから、お母さまのようにあんなに軽く無雑作むぞうさにスプウンをあやつる事が出来ず、仕方なく、あきらめて、お皿の上にうつむき、所謂正式礼法どおりの陰気ないただき方をしているのである。

 スウプに限らず、お母さまの食事のいただき方は、頗すこぶる礼法にはずれている。お肉が出ると、ナイフとフオクで、さっさと全部小さく切りわけてしまって、それからナイフを捨て、フオクを右手に持ちかえ、その一きれ一きれをフオクに刺してゆっくり楽しそうに召し上がっていらっしゃる。また、骨つきのチキンなど、私たちがお皿を鳴らさずに骨から肉を切りはなすのに苦心している時、お母さまは、平気でひょいと指先で骨のところをつまんで持ち上げ、お口で骨と肉をはなして澄ましていらっしゃる。そんな野蛮な仕草も、お母さまがなさると、可愛らしいばかりか、へんにエロチックにさえ見えるのだから、さすがにほんものは違ったものである。骨つきのチキンの場合だけでなく、お母さまは、ランチのお菜さいのハムやソセージなども、ひょいと指先でつまんで召し上る事さえ時たまある。

ここで描写された「お母さま」の所作は孔子の理想とする『心の欲するところに従えども矩(のり)をこえず』にふさわしいとすら言える。完全な徳性というものを体現しており、そして可憐で美しい。

『斜陽』はこのような美しさをもったものが時代の必然によって破滅していくさまを描いたものだが、偶然かいなか、もし現代においてこのような貴族的美しさを備えている人が存在するかを考えた時、たった一人だけ思い浮かぶ人がいてそれは美智子様なのだよね。どういうわけかそれは「女」なのだ。

そもそも世界最古の小説とも言われる『源氏物語』が女の手になり、かつ主題が真でも善でもなく「美」であるということからしても推して知るべし。

日本的美とはかなり女々しいものなのである。










 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151124

2015-11-19

[]儒教道教 儒教と道教を含むブックマーク

アラスデア・マッキンタイアは『美徳なき時代』でそうした「不一致」をおおよそ次のように分析する。

マッキンタイアによれば、私たちが実際に住んでいる世界の道徳言語は無秩序に陥っている。伝統的道徳概念の断片を寄せ集めたにすぎないものを各々が手に取るため、道徳的な一致を確保するための合理的な方法がない。実際に道徳的判断がなされる際には「個人」の好みやその時の気分次第になっている。そうした判断は確固たる基準があってなされたものではないため、その態度を合理的に保持することはない。マッキンタイアの主張によると、このような情緒主義が近代社会に蔓延している。情緒主義は倫理思想としては破綻しているのだ。さらにマッキンタイアはこうした多元的な価値観を生んだ背景として啓蒙主義の存在を指摘する。啓蒙主義は、自然的事実から理論を展開したアリストテレスの目的(テロス)を拒否し、道徳を合理的に正当化することを試みる。ディドロとヒュームは情念によって、カントは理性によって、キルケゴールは選択によって人間を基礎づけるが、人間の目的を取り去ってしまった啓蒙主義の企ては首尾一貫性に欠けていたため、失敗せざるをえなかったのだ、とマッキンタイアは述べる。「神の死」によりその混乱はより強くなり、人間は「超人」的態度で道徳的判断を下すことを迫られる。こうした「野蛮と暗黒の時代」を生き抜くためにマッキンタイアは共同体主義(コミュニタリズム)を提唱する。

http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/akishino(11-1-29)

アリストテレスの話の最も大きな現代的意義は人間の目的を設定したところにあると考えたが、そのような観点からの論考はすでにいくつかあるようだ。上記の記事はその意味で非常に興味深かった。

  • アラスデア・マッキンタイアは『美徳なき時代』
  • アンドレ コント=スポンヴィルの『資本主義に徳はあるか』

等は参考になりそうだ。

面白いのは有名なサンデル教授の理論もアリストテレスから繋がっているらしいことで、そしてここに登場したマッキンタイアと同じく「共同体主義(コミュニタリズム)」に解決をみているのも同じ。サンデル教授によれば現在我々の取りうる立場には、功利主義リベラリズムリバタリアニズム、そして共同体主義しかなくまぁ共同体主義が一番いいよね、ということで「最高善」ならぬ「共通善」というものをその理論の中心としているらしい。

とりあえずこのような大きな流れがあるということを頭の隅に留めて、ここでは別な観点から考えてみる。


アリストテレスと孔子の共通点は中庸の徳だけではない。

そもそも彼らが「ニコマコス倫理学」「論語」において考えているのは理想的な政治の実現であり、そしてそれによってこそ人は幸福に生きられるという問題意識自体が一致している。

ただアリストテレスにとって理想的な政体が現前している「ポリス」にあり、その中でどのように実現するかという問題設定だったのに対し、孔子の時代は春秋戦国時代末期の乱世にあり、理想的な政体は今は失われてしまったかつての美しい国「周」に求められていた点だ。そのため孔子は自分の理想を実現できる国を求めて諸国を放浪し結局見つけられずに死んでいったが、当時どころかその後も儒教の理想を実現した国など結局一度も成立したことはない。このあたり孔子はいわゆる「引き返せない楔」に挑んで敗れた感がある。

1正しい行いをしようと思い、葛藤なしに行える状態。

2不正への誘惑を感じながらも、葛藤するも正しい行いをする状態。

3不正への誘惑を感じ、葛藤しつつ誘惑に負け不正をする状態。

4自ら不正を行い、葛藤がない状態。

http://www.cc.kyoto-su.ac.jp/~konokatu/akishino(11-1-29)

例えばアリストテレスはこのような分類を行い、1を性格の徳として最もすぐれたものと考えたが、これなどは論語の「不惑」「従心」等に近く、このような特性が後天的な修養によって、かつある程度年齢がいかなければ習得できないものと考えていた点も一致している。アリストテレスは子供に幸福は関係なく、若者は情念に従っていて徳など聞く耳を持たず、人生経験を重ねた人間にしか自分の言っていることは分からないと言っている。(他にも家柄や血筋、容姿なども必要とアリストテレスの考えは実に限定的で一部の人間にしか達成されえない)

他にも「素材が許す以上の厳密性を求めるべきではない」とアリストテレスは思索に大きな制限を設けているが、孔子でいえばこれは「怪力乱神を語らず」に当たる。この制限というものは現代においてなんらかの理想や目的を設定するにあたって非常に重要なものだと思われ、結局はどのような制限を設けるか、に行き着く問題だとオレは思っている。


そして両者の関係を別な視点から浮かび上がらせるのは老子によるとされる「道徳経」だろう。

「無知無欲」「無為自然」などの道教の中心的な考え方は、儒教の人為的なコントロールによる政治に対する批判的精神からでてきたものとも言われる。

アリストテレスが徳を人間の動物に対する卓越性として意味づけし、人間的な部分にこそより価値を感じ例えば最高の徳を知的活動(観照)に置いていることを考えると、老子が間逆の考えを持っていることは明らかだろう。なにより老子にとっての理想は赤子や幼児のように世界を体験することであり、アリストテレスが子供に幸福は関係ないと言っているのと実に対照的。

老子にとって人間の幸福とは腹が満たされて頑強な肉体を持っていればそれでいい、という実にシンプルなものだ。政治的には一種の無政府主義アナーキズムなのだろうが、ただアリストテレスもそもそもあらゆる人間の行動に善への希求があるとしてるので、このような教育などの方向付けのない自然状態という立場を否定するものでもないと思う。つまりほっといてもある程度の善は達成されうる。アリストテレスや孔子が求めたのはより素晴らしく理想的な人間のあり方である。

さらに「善」について老子は面白いことを言っている。

お酒の名前にもある「上善水の如し」だ。最も良い善とは水のような「働き」をするものであると。水は一見当たり前のように存在しているが、おおむね人間にとって良い働きしかせず、反作用や副作用がないに等しい。善が時として他の誰かにとって迷惑極まりない行為に至ることを考えるとこの意味するところはよく分かるし、なによりこれは非常に中間的な定義だ。最も良い善がここではまるで中庸の徳に適ったものとして提出されている。水は多すぎれば洪水大雨などの天災ともなり、少なければ飢えて死ぬ。


これは最初のアリストテレスへの疑義である「なぜ善は最高善を目指し、ちょうど良い善ではいけないのか」に通ずるのだが、おそらく東洋人もしくは日本人にとって善は人間の目的とまでいえる地位がないのである。アリストテレスの考えは過剰で着いていけない面が多々あるが、それは最初の大前提になる「最高善=究極の目的、幸福」に無理があるからだ。

今の段階で善に替わりうるものとして、オレに考えられるのは「義」ないし「誇り」である。どこまで射程のあるものかは分からないが、少なくとも日本人でも動かしえるものとして「義」はあり、例えばある意味究極の目的を設定し邁進した第二次世界大戦における日本人の感性にも「義」は見られると思う。植民地にされ好き放題されていたアジアのため、などのロジックがそうだろうが少なくとも善ではなかっただろう。

そこに見られる大きな違いは積極性の有無である。善が積極的に選択され行為されるのに対し、義はあくまで起こったことへのリアクションとして行為される。忠義であれば恩義ある人の命令に従うか否かという局面で問題となる。義勇軍なら、何らかの紛争や動乱がまず起こって、それに対する自発的組織化として立ち現れる。

日本の歴史から考えると「義」を成立させ、それによって駆動していた存在は武士だろう。アリストテレスの考えはある意味エリート主義であるが、武士は大体人口の5パーセントぐらいで、貴族とは違った様々な徳性が認められる。その最も大きなもので民衆からの支持、敬意の前提となっていたのは、彼らが実にあっけなく死んでいく様だっただろう。

最高善、究極の目的はそれがなんであるにせよ、結局はその為に命を掛けられるか否かによって判別される。アリストテレスは病気になれば健康がその人の幸福で目的になる、と言っているがそこで問われているのは「生き残ること」と「幸福」の対立だろう。「生存」が脅威に晒された時に失われてしまう程度のものに究極の目的たる資格はない。

逆に言うなら生き残ることが目的であるならばこのような話は一切必要ない。アリストテレスや孔子がある程度年齢を重ねなければ無理だと考える一因でもあるだろう。若いうちは生きることそのものに忙しすぎる。この話は老境に差し掛かった人かあるいは若いうちから人生に意味も価値も感じられない人に対して向けられている。これもまた必要な「制限」であるだろう。















 

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151119

2015-11-16

[]人はなぜ山に登るのか 人はなぜ山に登るのかを含むブックマーク

「そこに山があるからだ」

と登山家が答えたという話はあまりにも有名。

これが名言として名高いのは、それ(ここでは山に登ること)が他の何者にもよらずそれ自身として価値があることを、極めて簡潔に言い表すことに成功したからだろう。


『二コマコス倫理学』とはアリストテレスの言葉を息子のニコマコスが編纂したものらしいが、この中でアリストテレスは善や幸福、愛や魂といった今となっては安っぽいドラマか宗教でしか語られることのなくなった諸々について考察している。

なかでも最終の目的があるとするならば(実際なければならない。もしなければ目的の系列は無限に進むことになり、私たちの欲求は空虚なものになるから)、それこそは最高善でなければならない。

最高善は政治(ポリス)の領域にある。善こそが政治の目的でなければならない。したがって、ここでの研究は一種の政治学的なものといえる。

〜中略〜

他方、最高善は究極の目的だ。究極ということの定義は「常にそれ自身として望ましく、決して他のもののゆえに望ましくあることのないようなもの」である。この条件を満たすと考えられるのは幸福(エウダイモニア)である。

幸福が究極の目的である理由、それは私たちが幸福を望むのは幸福それ自体のためであって決して他のためではないからだ。私たちが名誉や富を求めるのも、確かにそれらのためでもあるが、同時に、それによって幸福となると考えているはずだからだ。

https://www.philosophyguides.org/decoding/decoding-of-aristoteles-ethica-nicomachea/

人間の行うあらゆる行為や選択に「善」への希求を見て、それらの求める最終の目的は最高善にあるとする。

そして最高善とは究極の目的と考えられる幸福そのものである、というのが『ニコマコス倫理学』における最初の大前提だ。

現代人ではもにょもにょと口ごもってしまいそうなことをずばり言い切っていて痛快。

科学は始点にはトートロジーを認めてるのに、終点としてはなぜか認めない。というか終点を打とうとしない。

アリストテレスはここでする話は政治に関するものであり「素材の許す以上の厳密性を期待すべきではない」と制限つきの話であることを断わっている。さらに最高善は共同体として最終形態の「ポリス」に属する、と本人はそう信じていたのだろうけども今となってはそういう時代だったという他ない、意図的ではない制約もあった。

要するにそのような様々な制限があることを前提にすれば、最高善やら究極の幸福を規定することは可能なのだ。

そして「常にそれ自身として望ましく、決して他のもののゆえに望ましくあることのないようなもの」はトートロジカルに表現するしかないものなのである。




中庸の徳

なぜかアリストテレスの考えは「徳」「中庸の徳」と儒教の言葉で訳されている。

儒教における「中庸の徳」は結構難しい概念で単純ではないらしいが、一般的な理解に近いのはアリストテレスの考えのほうだろう。

苦痛への感受性が不足していると「無謀」過剰だと「怯懦(おくびょうで気の弱いこと」適度にあれば「勇敢」、というような感じで過不足のないものこそがすばらしいと考える。

面白いのは「徳」に対する考え方で、卓越性とも訳されているそれは、他の動物にない人間固有の能力、機能であるとしている。

そしてそれを共同体のために発揮し役立てることがすなわち善であると。

このあたりの言葉の関係を自分なりに要約するとこうなる。

人間の体は細胞からなっているが、それらは集まって特定の機能を果たす役割を各々担っている。例えば心臓は一定のリズムで収縮し、血液を全身に循環させる役割を持っているが、心臓が他の臓器にない「卓越性」をもって体の中でその機能を十全に果たしていること、がその人にとっての「善」である。一方体を激しく動かしたりすると鼓動は早くなったりするが(それは全身に酸素が「不足」することなどによって起こるが)そういった事態は速やかに収束させ、早すぎず遅すぎない一定の適度なリズムをなるべく保つことが心臓にとっての「中庸の徳」となる。

そしてこのスケールにおける最高善とは、そのように様々な臓器などが適度に活動連携することによって統一性をもったある人間が「人間的活動によって」幸福を目指すことそのものである。

ここでは「なぜ山に登るのか」に替わって「なぜ心臓は脈打つのか」と問わなければならないだろう。


と大体このような理解をしたが、アリストテレスの考えはそのまま現代に応用するわけにもいかず、そこには様々な疑義がある。

  • なぜ「善」は明らかに中庸の徳ではない「最高善」を目指すのか。ちょうど良い「善」ではいけないのか
  • 幸福を目指す政治という観点から民主制は最も良くないものとされている。現代ならポリスに替わって民主主義国家に「最高善」がある、というしかないがこれは現代人でも無理がある。民主主義ではなぜだめなのか
  • 当時は奴隷制であったことと関係してると思うが、幸福以前に生き残るために必要な諸々に対してほぼ言及がなく、明らかに低劣なものとして切り捨てている。それらを奴隷などが担っていたからこそ、貴族は「真」「善」「美」など生きるのに必要ないことを追求できたし、アリストテレスもそうだ。こういったものはとても許容できるものではないが、一方で現代日本の貴族的心性のなさ、はいかにもつまらない。人間を奴隷にすることなしにはこのような心性は確立できないのか
  • 今は「生き残ること」と「幸福の追求」が激しく対立している。どちらかを取るとその分だけ片方が失われてしまうことが多いが、なぜこれらは一致しないのか

アリストテレスに引っ掛けてこんなような普段言挙げされることの少ない善やら幸福やら愛などについてこれからちょくちょく考えてみることにする。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151116

2015-11-10

[](3)人間にとっての温度とは何か (3)人間にとっての温度とは何かを含むブックマーク

  1. 指定されたページは存在しません - NAVER まとめ
  2. お前ら「温度」って何かきちんと説明できるの?
  3. no title
  4. 温度とは何か:負の絶対温度をめぐる疑問など - Active Galactic : 11次元と自然科学と拷問的日常

温度とは何かという話は科学的には驚くほど難しい。

分子の振動が熱になって、この熱から温度に到達するまでの道のりは果てしなく、4に至っては何一つとして理解できない。

しかも最終的には温度とはこれだと指し示せるものはないという結論のようだ。

こういう話はどこまで人間的に理解できるだろう。分子の振動が熱になるというのは、人間も運動すれば代謝が上がって暑くなる程度に理解してるけど、分子レベルはもうすでに人間の実感を超えていると思う。

生物を見るときの最小単位は細胞なので、そこが実感的に語れる限界だろう。

http://enokidoblog.net/sanshou/2013/08/9616

『温度』というものは、分子の運動から現れる二次的な概念でした。基礎理論の段階では存在しないので、私たちの幻想であるといってもよいでしょう。


物理学が幻想と結論づけたところで、人間にとっての温度が死活問題であることに変わりはない。

恒温動物の人間にとって温度の調節は生きていく上で必要不可欠な要素なのに、なぜか五感の中に温度への感受性がない、なんとなく触覚に含めてしまっているのはどういうわけだろう。

風邪を引くと熱が出る、というのはウィルスがもたらした症状ではなく、高温にしてウィルスの活動を抑え同時に白血球を活発にし殲滅する、というミツバチがスズメバチを撃退するやり方に近い驚くべきシステムだが、けっして意識してやっているわけでなく勝手に熱は出るし、かきたくもない汗もかいてしまう。

つまり温度に対するリアクションの大部分が無意識下で自律的に行われているから、というのがその理由の第一。

もう一つは温度の感受性が暑い、寒いという高低だけでバリエーションがない(ように思われている)というのもある。音なら同じ音程でも質感はまったく異なるしそのバリエーションの豊かさ、それを聞き分ける聴覚の繊細さは言語を成立させてもいる。(ちなみに「高低」という概念があるのは視覚と聴覚と温覚だけだ。これはなぜなのか)

でも考えてみるにうっすらとなら温度にも質感はあるんだよね。

例えば同じ温度でも気温と水温はまったく違った解釈がされる。お風呂は40度前後で体温の限界に近い数値がちょうどよくそれ以上は熱くて入ることもできないが、気温ならまだまだ全然余裕。

というか日本語で「熱い」と「暑い」を書き分けるのは質の違いをまさに表しているわけだ。

ただし同じ温度、というのは客観的尺度としての温度計があるから分かるわけで、人間の内部的温度計にとって重要なのはそれが生命維持にどのように関わるかなので、水温を高く感じるのは発汗による放熱ができないからとかそういう理由がある。つまり同じぐらいの生命的危機を同じ熱さとして感受する必要があるわけでこれは質の違いというより物差しの違いといったほうが的確かもしれない。

さらにいうと大気と水の違いは触覚で感受できるものなので、温度のみからこれらを区別できるかは不明。できそうではあるけどね。熱の移動スピードとかで。

こういう感じに温覚と密接な関係を持っているのは触覚以外に味覚もある。味は冷たいと薄く感じ温かいと濃く感じる。冷めるとまずく感じる料理はたくさんあるし、逆に冷たくないとおいしくないものもある。明らかに人間は温度を味わっているわけで、他の感覚器と独立に結びついている時点でやはり触覚と温覚は分けて考えるべきものである気がする。

で質について考える上で面白いのは「温もり」という感覚だ。これは要するに自分と同じぐらいの温度の、それも同じような生き物に対する感覚だろう。哺乳類などという科学的分類など知らなくても、温もりを感じた時の、ある種の一体感というか、安心感というか、ああ同じ生き物なんだなと実感するあれにはかなり特別な意味づけがされているのは間違いないだろう。

というわけで一応温度にも多少の質感、バリエーションは感じ取ることはできると思う。




***




五感に入っていない以上にあるいは問題かもしれないのは人間の三大欲求にも入っていない、ということではないだろうか。

三大欲求とは生命維持に不可欠な、それをしなければ生命として死んでしまうという本能的な、そして最も大事な欲求ということになっているが、オレには部屋で好きなだけぬくぬくしていたいという強い欲求がある。

そんものないよという人にも住処はある。巣を作る生き物にとってはそこがその生物にとっての最適な温度に保たれている必要があり、安心感と最適な温度は密接に関係している。くつろげる空間や瞬間は人間が生きていく上でとても大事な要素だ。

そんなことしなくても死なない、という人は人間が自殺する生き物であることを忘れている。生命維持について考える時、体温を一定にする必要性とそのための複雑かつ多岐に渡る機能も大事だが、人間が社会的動物であり、その中で生きていくほかない存在であることも同じぐらい大事なことで、社会的死は生命としての死に直結しやすい。

人は温もりを失って死ぬ。

これは字義通りの意味であるし比喩でもある。


というわけで「ぬくぬくしたい」には「食いたい」「したい」「寝たい」の三大欲求に十分並び立つ資格があるとオレは思うのだが、なぜこの欲求がはっきりと確立されていない、価値が認められていないかと考えるに、それは温覚と同じように他の欲求にまぎれてしまっているせいだろう。

寂しい時に温かい物を食べると心が温まる。恋人と抱きあっても、ベッドでぬくぬくしていても同じ。

温度は三大欲求のそれぞれに密接な関係を持っている。

このことは見ようによっては並び立つ以上の意味がある。

人間は温まるものをこそ欲しているんじゃないだろうか。


温度への感受性は明らかに過小評価されている。

人は好きな時にいつまででもぬくぬくできる場がありさえすれば自ら命を絶つなんてことはしないように思うし、人間的な欲求の基礎は温度にこそあると思う。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151110

2015-11-06

[](2)文化人類学的の不能 (2)文化人類学的の不能を含むブックマーク

こないだテレビ観てたらなぜか放送大学でチャンネルが止まって、それが文化人類学の講義だった。

インディアンの古老に話を聞きにいった様子が映し出され、やはりというかなんというかホントに好きだね。インディアンの古老が。

それで食べているプロの古老とかもういるんじゃないかと疑うレベル。

で、ふんふん聞いてたら最後に講師の人が

「最近この界隈では文化という相対主義的な手垢にまみれた言葉でなく『存在論』というのが流行ってます」

というような意味のことを言っていて、もはや哲学になってるな、と思う。


講義「なぜ帰宅後にすぐ手を洗うのか――文化人類学の効用」 小田亮 - garage sale

 さて、家の外から帰ってきたとき手を洗うという日本の習慣も、トレーラーの外で排泄したり体を洗うという英国のジプシーの習慣も、居住空間の内と外とを象徴的に区切るものだということを見てきましたが、それらは、合理的根拠のない「迷信」などではなく、空間を区切るという「表現行為」なのであり、自分たちの環境をそのように区切って表現しつつ、自分たちの世界そのものを作り上げていく行為なのです。したがって、その世界の区切り方に根拠がないからといって、それは「迷信」だからやめるべきだということにはなりません。もともとどのように自分たちの世界を区切るか、そして世界を意味あるものに作り上げるかといったことに、このように区切らなければならないという根拠などないのです。大事なことは、根拠のない「迷信」を捨て去ることではありません。そうではなく、同じように根拠がないのに、自分たちの区切り方や世界の作り方は合理的な根拠があると思い込み(上の例で言えば、帰宅して手を洗うのは衛生学的な根拠があることだと思い込み)、そのようには世界を表現しない文化や人びとに対して、「迷信」に囚われた人びとだとか衛生観念がない不潔な人びととラベリングをすることこそ、「迷信」に囚われていることだということに気づくこと、これが大事なのです。

日本人が帰宅後すぐ手を洗うことの文化的意味についての講義、ということだけど主題はともかくとしてこの部分が気になった。

文化人類学的な考え方を身に着けるということが『個別の文化としての自文化の相対化』であることは理解できる。

理解はできるが自文化を相対化する視点、立場に立つことは極めて危うい。

いったいそれは「どこ」から見た視点なのだろうか。

自文化と異なった衛生観念を持つ人々を不潔と見なす感性こそを「迷信」と切って捨てる。

これは日本人が日本人に対して言っているからそれほど違和感がないが、もし日本人の文化人類学者がジプシーの人々に対して同じことを講義し「啓蒙」したらどうなるだろうか。

つまり「あなたがたは白人の生活習慣を自分たちの考え方と異なるからなどといった理由で汚らわしいと言うが、それは非常に良くないことで、迷信に他なりません」と言ったとしたら。

もちろん文化人類学者はそんなことは決して言わない。いや言えない。

インディアンの古老の話がいかにスピリチュアルで、近代人から見ればばかばかしい話だったとしても、決して否定することはないし、相手の立場に立って理解しようと最大限努める。

その様は精神病患者に対する精神科医の立場にとてもよく似ている。

違うのはその「症状」を無くすために精神科医が薬を処方するのに対し、文化人類学者はタバコやライターなどをお礼に差し出すことぐらい。

文化人類学のやろうとしていることは文化交流や相互理解ではなく、観察者からの影響を最大限最小に抑えたなるべく純粋なサンプルの採取である。

もしジプシーの人たちに「自文化を相対化する視点」など与えてしまったら、その価値観、世界観は大きく揺らぎ変質してしまう。

だから文化人類学者は薬に相当するような相手を変えるすべを何も持たず、ただ黙って話を聞く以外何もできないが、実は精神科医だって事情は同じであったりする。


『理不尽な進化』によると科学とは、特定の人や文化からの視点を離れて、そして人間的視点からすら離れて対象を「絶対的に」捉える営為であり、方法である。(完全な視点=あらゆる視点からの描写、と対照的)

精神病理学もまた科学であるゆえ「症状」について正常を定義することはできない。つまりは自らの精神状態もまた一つの症状に過ぎないという、文化人類学者にとっての文化と同じような相対化した視点を基本とする。

なので本来的には精神医学という異常を正常に戻す営為は成り立たないのであるが、ある特定の症状を持った人が社会で生きていくことが非常に困難で本人(もしくは社会側)が困っている、という状況が薬を処方して相手を変えていい根拠となっている。

だがドラッグを取り上げてしまえば、精神科医にいったい何ができるというのだろうか。

ヒトはなぜ衣服を着るのか 小田亮 - garage sale

専攻が文化人類学だと、世界の珍しい衣服などについて教えてほしいという依頼や問い合わせを受けることがある。人類学者ならば、例えばマルケサス島の人々の身体装飾など風変わりな「衣」の話ぐらい知っているだろうということなのだろう。けれども、そのような話の大半はいまや過去のことになっている。そこで、今はどこでも洋服を着ているし、若者たちはどこでもTシャツにジーンズですよ、と答える




***




そもそも絶対的視点に立つ、立ち続けることは極めて困難であり、それは長年の修練とそのための多大なコスト(一人の学者を作るのにかかる教育費など)による方法論やスキルがあって始めて成立するものだ。しかもそのようなきちんとしたスキルを持ったプロの学者にして中沢新一のように「あっち側に行ったっきり」になってしまう人もいる。

その「どこからのものでもない視点」は一人の人間としての立場を危うくさせ、不安にさせる。

文化といわず『存在論』などと哲学みたいなことを言い出すのは、対象でなく科学者自身の存在論的不安の表れ「症状」なのではないかな。


今ではその科学的成果は社会の良識になっている。

「色々な価値観や文化を認めよう」「多様性はとても大事なことだ」

学問的修練や方法論のない普通の人にとってのそれは、何の内実のあるものではない空疎なスローガンであるが、実は修練を積んだ学者にとってもそれが空疎であることになんら違いはない。

そこに人間的な価値や意味を与えることは科学の仕事ではないのだ。


「説明と理解」問題に照らせば面白い事実がある。

精神病者にその病気の学問的説明をどれだけして、相手がそれをどれだけ詳しく知ったところでそれだけでは症状はなんら改善されないということ。

これは説明=科学的分析と理解=人間の世界体験との間の断絶を示すもっとも良い例だと思う。


http://turedure4410.blog32.fc2.com/blog-entry-1121.html

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151106

2015-11-02

[](1)哲学的問題 (1)哲学的問題を含むブックマーク

http://www.fbs.osaka-u.ac.jp/labs/skondo/saibokogaku/kairoudouketsu.html


哲学は非常に難解であるにも関わらず、なんとか理解してようやく辿りついた結論らしきものはたいてい「当たり前」なものでしかない。これはもうすでに哲学的結論を前提にした世界観の中に人々が生きているから、ということのようだ。

哲学って一見するといかにも人間的行為にみえるが、そこでは非人間的努力が必要とされる。厳密で揺らぎのないよう定義された言葉をもちいるが、それは生きている人間の言葉ではない。フローなところの一切ないストック型言語、というべきか。

吉川浩満著『理不尽な進化』の中で物理学者マックス・プランクの「自然科学の思考は、あらゆる人間的要素を除去しようとする恒常的な努力にほかならない」という言葉が紹介されているが、哲学もやはりこの系譜に属しているのだろう。

『理不尽な進化』の終章、生物学者グールドを主人公とする「理不尽に対する態度」の部分がとても興味深く、しかし哲学的で難しい部分を含むためなかなか読み進められないでいる。

なのでまずは哲学によって解明が進んでいるらしい「説明と理解」問題について自分なりに色々考えてみる。

ここでの「説明と理解」は哲学のそれとは似て非なるものである可能性大なのであしからず。




芸術作品をいくら分析、評論してもその芸術作品が与える感動を超えることはできない

説明と理解とは端的にはこのような問題である。分析評論が「説明」、芸術作品が与える感動が「理解」。

以下思いつくのは


・理性と感情

・言語化できるものとできないもの

・客観的記述と主観的経験

・脳の発火の軌跡とクオリア

・変わらないものと変わるもの


よくある問題ではあるが、これが進化論とどう結びついてるのかがこの本の肝で、さらにここに新たに「偶発性」という概念がどう織り込まれるのかというところで止まっているのだが、一先ず芸術について。


あらゆる芸術作品は人間によって人間のために作り出されている。

そして芸術作品はそれそのものに価値があるのではない。

それを見たり、聞いたりした後、ないし途上の人間の内部的変化こそが価値である。

従ってその良し悪しは観る前と後の変化の差分、その大きさで測られるもので、すべてはそのきっかけであり、契機となっているに過ぎない。

その意味では例えばドラッグがもたらす人間の内部的変化も芸術となんら変わるところがない。

現にドラッグカルチャーとして一大ジャンルを築いているが、ある人がゴッホの作品に感銘を受けたこととドラッグで劇的な高揚感を得るのとに、貴賎は存在しない。


ただ一点、しかし極めて重要な違いがある。

それは芸術作品が「人を選ぶ」のに対して、ドラッグは否が応でも誰にでも「効いてしまう」という点である。

ゴッホの作品はオレにとってその辺の飯屋の壁に飾られているのとなんら変わることのないただの絵だ。何の感慨も感動ももたらさず、それはただの紙と絵の具によるひまわりの絵であり、そういう人と絵があるという「情報」である。

一方ドラッグはやったことがないのが残念だが(ゴッホの絵にかんどうできないのと同じく)それは確実におれにも効くし、おれの内部に大きな変化を及ぼすのは間違いない。

このことを基礎工事のない建築に例えてみる。

基礎工事がされていようがされていまいが、家を建てることはできるし、できた家の違いは一見して素人には分からない。

だが時間が経つにつれ、その違いは明白になっていく。

その加重で年々ゆがみが生じ大きく傾いていき、地震や大雨などの環境の変化にたいして極めてもろく、場合によってはあっという間に崩れ去ってしまう。

つまり芸術的な感動は基礎工事という「準備が整った状態」の上にしか成立せず、それの無いところには建築されない。

だからこそ安心してその内部で快適な生活を営んでいくことができ、生活を豊かにするものでありうる。

逆にドラッグが時に人の人生を破壊する事態になるのは(その中毒性を別として)それが無条件に暴力的に強制的に建築されてしまうせいで、内部的統一性やバランスを崩す要因になってしまうからだろう。


この特質をもって、芸術はドラッグに対して圧倒的な優位性をもっていると言っていいと思うが、ただし、暴力的強制的という性質は人間の変化としては当たり前で、決して選択的ではありえない。

ドラッグを飲むかどうかと違い、ゴッホに感動できるかどうかを人は選ぶことができない。もちろん教養は必要な場面もあって選択的に教養を積むことはできるが、「芸術作品をいくら分析、評論してもその芸術作品が与える感動を超えることはできない」わけで教養があれば理解できるというわけでもない。

それは結局のところ、人間の持つ欲望が関係している。

何を食うか、は選択可能だが何かを食いたいという欲望は勝手に生じてしまうし、女に欲情するのに意味など必要ない。ハイヒールに欲情する人間もいる。

だから結局はゴッホにたいするフェチズムも身を持ち崩す要因になりうるわけだが、ともかくも人間の内的変化の要因は対象がなんであるかを問わず、そして起こるかどうかは非選択的であるが、同時にその人にしか起こらない個別具体的な経験でもある。


「説明と理解」が問題でありうるのは、説明体系たる科学の方法論による進歩(それも急速な)がなんでもどんどん説明し、主観的経験とその意味を脅かすからである。

ゴッホの絵画を歴史的文脈やその技法でその意味と価値を「誰もが分かるように」語れば語るほど、それを観た時の私の内部で生じたあの感動、その経験の意味が減ずる、もしくは外部に流出してしまうかのように感覚される。

それはあなたという鑑賞者がいて、その内部を大きく変容させ、そしてそのことによって始めて価値が生じたはずなのに(売れない画家のまま生涯を閉じたゴッホはそれを見て感激したに違いない)それは今や私という鑑賞者なしで、無関係に客観的に価値が成立している。誰もが認めざるをえないという形式によって。

ゴッホはこれほど有名なので、それは個人のみならず、人類の認識さえあるいは変容させたといって良いかもしれないが、すでに現在はゴッホによって変わった世界にあり、変わる前の世界は失われている。

なのでそもそも変容の最中の感動にはほど遠い、という事情もそこにはある。




アリにとっての情報と知識

http://www.antroom.jp/cms/page/ant004/

アリは様々な手段でコミュニケーションをとっていて、人間に勝るとも劣らない社会的な生き物だ。

どこどこにエサがある、という情報はなんらかの形で仲間に伝達される。

その情報を受けたアリはそれによってその後の行動が変化する。

情報はアリの脳?で解釈されなんらかの行動として出力される。

エサがあるという情報もアリを変えたといって良いが、それら一連の行動後のアリと、その前のアリとの差分はほぼない。

ところがこの繰り返しのなかで一匹のアリが、どうもエサの見つかりやすい場所とそうでない場所がありそうだということで、人海戦術的な探索をやめて、予測的に行動し始めたらどうか。

そしてそれがうまくいきそのアリの種の行動様式として定着したら、それは「知識」といってよく、そして知識を得る前と後ではアリはその存在様式とでもいうべき何かが変容していると考えられる。要するに情報を解釈するアリの内容それ自体が変わったのである。

以下「情報」と「知識」はこのような意味で使い分ける。


何がおれにとって情報となるか知識となるか、はおれ次第である。

芸術体験と同じく選択はできないが、かといってあらかじめ何かが情報であったり知識であると決まっているわけではない。

今までの人生経験なり記憶なりの積み重ねてきたもの次第、というべきか。

一時的に観れば何だって変化させている、とも言えるのだが、結局は何らかのきちんとした基盤なく起こった変化は、歴史の風雪に耐えられず元に戻る。

人間の内部は驚くほど環境的であり複雑怪奇であり、それらがバランスと統一性をもって、いつも変わらぬ「オレ」を立ち上げているのは奇跡のようでもある。

が、結局のところ自分の変化に自分で気づいてないだけの話でもあったりする。

これは有名なバレリーナの影絵の錯視に通ずるが、一度そのように見えたら、かつて違うように見えていた感覚は失われてしまう。

つまり選択できないだけでなく、どう変化したかを自分で把握することさえ困難なのだ。

まぁ人間の内部なんてものはチューリングテストよろしくその出力から推察されるだけのものでしかないのかもしれないが。


問題は科学的成果である知識である。

個別的には気に入らなければ情報として扱って構わないが、科学の方法は社会に対して無条件に強制的な変化を及ぼす。

その変化の軋轢がガリレオを死刑にもするし、美女を断頭台に立たせたりもするが、とにもかくにも一旦成立したらどうにかしてそれに人間は適応しなければならない。なんせ歴史や個別性を超えていつでもどこでも成立してしまうのだからね。それは予め歴史の風雪に耐えるように設計されている。

それは社会にとってはドラッグに近い。社会の準備など待たずに効いてしまうので、例えば核兵器の開発のように危機的な状況も生み出す。

「自然科学」とはよく言ったもので、それは非文脈的な自然災害のような理不尽さをもって社会を変えうる。

なんとなく前から、このトータルなバランスを考えない、優先順位という発想のない知識の発展は迷惑極まりないと思っていたのだが・・・

しかしこの本はその先、理不尽さや偶発性こそが生物の「歴史」そのものであり(グールドの主張)あるいは人間性というものの最後の砦である、という話になりそうな展開。

だがもう少しこの「説明と理解」について考えたいのでまた改めて。

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/santaro_y/20151102