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2005-06-17

[]「東アジア共同体」は幻想なのか? 「東アジア共同体」は幻想なのか? - ぶろしき を含むブックマーク

ソーシャルブックマークについてもうちょっと書く予定だったのだけど靖国問題に関する話で書きたい事が出てきてしまったので一先ず保留。


内田樹の研究室

内田樹の研究室 2006: 国際感覚について

内田樹の研究室 2006: 靖国再論

という二つの記事で首相の靖国神社参拝問題について語られている。これを見る限り内田樹氏(実名派は「氏」で統一する事にしました)の立場は国益になる方を選べ、という事のようだ。ただここでは賛成とか反対とかいう事については書かない。二つ目の「靖国再論」の方に書かれた話がisaの同時代フィールド・ノート

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この二つの福沢諭吉の『脱亜論』に関する記事と繋がっているように見えるという事について。




まずこのisa訳『脱亜論』は「現代の状況に強引に引き寄せて訳した」と自らおっしゃっているのでその点に注意が必要ではある。しかし非常に興味深い話なのでこれについてはぜひ元記事を読んでみてください。

で次の記事で福沢諭吉がこの文章を書いた経緯が解説されているのだけどちょっと引用させていただきます。

当初の諭吉の問題意識では、アジア全体が連帯して近代化することこそが、列強のアジア進出に抗するための不可欠の条件をなしていた。したがって、日本が徳川を倒したように、シナは清朝を、朝鮮は李氏を、それぞれ倒さなければならないし、これらの連続革命こそが日本の安全を保証する基礎となるだろう。しかもこの連続革命は充分に可能である。日本人にやれてシナ人、朝鮮人に出来ないわけがない。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」というではないか。みな同じ「人間」なのである。差があるとすれば、それは文明に触れて「学問」を知っているかどうかだけなのだ。こうして諭吉は李氏朝鮮から逃れてきた改革派の金玉均を匿ったりするなど、一時期、半島の政治情勢にかなり深くコミットすることになる

「脱亜」は極めて現代的な課題である (2)

これが福沢諭吉の当初の思惑であったようだ。が、この期待は結局裏切られる事になる。そして・・・

そして諭吉は、李氏朝鮮の刺客による金玉均虐殺という経験から深く学んだ。朝鮮人やシナ人は日本人とは民族として異質であるということを。すなわち諸民族の「同一性(アイデンティティ)」の基礎にある「差異」を、諭吉は金玉均虐殺から学んだのだった。こうして学び取った民族的「差異」と「同一性(アイデンティティ)」を前提に、諭吉は、日本がアジアと西洋と、どちらにつくべきかを提言した。『脱亜論』とは、一時期は日本はアジアにつくべきだと考え、半島の現実政治にまでコミットしたことさえあった諭吉の反省文として書かれたのものなのである。言い換えれば「人間」としての「同一性」という平板な認識論から、諸民族による文明受容の「差異」という動的な認識論への転換である。

「脱亜」は極めて現代的な課題である (2)

つまりはアジア全体の連帯こそが列強に対抗する上での一つの理想としてあった。当時においても。がそれは一つの幻想に過ぎず結局叶わなかった・・・。これが『脱亜論』が書かれる事になった経緯である。

次に内田樹氏の文章を引用。

帝国主義国家の伝統的なアジア戦略は「分断統治」である。
アヘン戦争のときからあまり変わっていない。
アジア諸国のあいだに利害対立を持ち込み、当事者による調停が不可能な状況を作り出して、外国の「干渉」を当事者たちが呼び求めるというかたちにしつらえることについて彼らには150年の外交史的蓄積がある。
日中韓の三国のあいだに調停のむずかしい「きしみ」があり、その調停役として絶えず三国がアメリカの干渉を要請せざるをえないという事態をキープしておくことは、アメリカにとって伝統的なアジア戦略に照らしてごく標準的な政策である。

靖国再論

多分そうなのだろう。この「分断統治」はアヘン戦争の時から変わらぬ西洋の「やり口」であり今も基本的な構造は同じ・・・。つまり戦争は終わったが状況は何も変わってはいないという事だ。

だがおそらく当時の日本はアジアにおいて唯一その構造に気付いていたのであり、だからこそアジアの連帯が必要だと考えていたのだろう。だが結局その事に中韓は気付かなかった、もしくはまだ近代化するには早すぎた(同じ事かもしれない)がゆえに福沢諭吉の「アジア的ロマン主義」は挫折せざるを得なかった。

では内田樹氏のアジア的ロマン主義はどうなのだろうか。氏がそこに大きな可能性を見ているのは次の文章を見ればよく分かる。

21世紀に入ってから、日中韓の三国の経済的・文化的リンケージは急速に(おそらくアメリカの予測を上回るスピードで)深まった 「日中韓東アジア共同体」ブロックの創成が具体的な政治日程にのぼってきた。 今年の12月には「東アジア共同体サミット」が開催され、ここで政治的な合意が果たされ、共同声明が発表された場合、地域内での共同体をめざす世論は一気に加熱する。 それは南北朝鮮の統一や台湾の「プレイヤー」としての承認を含む劇的な東アジア秩序再編という「不可避の」トレンドの水門が開くということを意味している。

靖国再論

非常に理想主義的な見なしである。・・・だが全然腑に落ちない。このように理想的な「日中韓東アジア共同体」を考えておりかつこれが決してアメリカの望むものではないという事。ここまで分かっていながらなぜ靖国問題に関してあのような認識なのだろう?

何が言いたいのか。

その理想的な日中韓の共同体が成るという事はそれぞれの国が150年変わらぬアジアにおける西洋(ここではアメリカ)の影響、もっと言えば「支配」を脱する事でありそれが「大義」として一致する事であるように思う。少なくともそれが共同体を成さねばならない最も大きな根拠になるのだろう。

もしそうであるとすればそれがいったい何を意味するのだろうか?

自明ではないかと思う。つまりそれは中韓がかつての日本の戦争の「大義」を多少なりとも認める、という事になるのではないのか。唯一その構造に気付き行動したその大義の部分を、である。




もちろんそれがいかに至難であるか、というか殆ど可能性のない事であるのはよく分かっている。中韓にとって反日がそのアイデンティティにとって不可欠な要素になっているというのもまぁ不勉強ではあるがおおよそは分かる。

だがこれが理想的な「日中韓東アジア共同体」にとって決して避けて通る事のできない一つの条件であるともオレは思う。あるいはこれ抜きの共同体などやはり嘘っぱちの幻想であってそこには何の意義も見出せないのじゃないだろうか。


もう一つ岸田秀に『日本がアメリカを赦す日』という著作がある。といってもあいにく未読なのだけど(笑)

だが精神分析家である岸田秀が何を言わんとしているか、勝手な想像ではあるがおそらくは今だ敗戦のトラウマを引きずっている日本がどうすればそのトラウマを乗り越える事ができるのか。そういう話なのではないかと思う。果たしてこの本でどんな結論が出されているのかオレは知らない。

しかしひょっとするとこのトラウマを乗り越える上での大きな鍵となっているのもアジアの国々、その中でも特に中国、韓国にかつての戦争の「大義」の部分を認めてもらう事、なのではないかとも思う。




靖国への参拝は小泉首相にとって「踏み絵」であると言われていた。今でもそうなのかもしれない。

がおよそもっとも大局的な視点から見るとその踏み絵が差し出されている相手は小泉首相ではなく中韓の方ではないのだろうか。そしてその踏み絵を中韓が踏み続ける限りにおいて日本に選択肢などないのではないかと思う。isaさんの言うように結局新たな「脱亜論」が上程される事になってしまうような気がする・・・。

ではそれでいいのか、というなら全然良くない。まさしくそこには何の理想も感じられない。

だから「自称」ナショナリストでありまた「現実主義者」でもある内田樹氏にはぜひとも「日中韓東アジア共同体」というこの理想を現実的なものにする策を聞きたい。というよりこの問題を「国益」になるかどうかなんてレベルで語るべきでない。ここには今後の日本の進路がひょっとすると掛かっている。案外大きな岐路になっているかもしれないのだ。

もしその策が共同体構想を害するがゆえに参拝すべきでない、という程度のものであるとしたらそんなものははなから幻想であったのだと言わざるをえない。と思うのだがどうなのだろうか。

もっとも既に「納得がゆく」と支持しておられるようなのでそんな理想などないのかもしれないが・・・。


という事でまぁ返答はないとは思うけど一先ずトラックバック






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アジアの真実:・靖国問題 〜首相が靖国神社へ参拝する理由〜 - livedoor Blog(ブログ)

大体近いな〜と思うのだけどアメリカに対する言及が殆どないというのが不満といえば不満。

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天皇の参拝問題?について。非常に興味深いです。でも記事に関係は殆どないのでリンクのみにしときます。

ララビアータ:東アジア共同体構想

めちゃ鋭い分析。面白いです。お勧め。

大ブロ式:右翼に思想があるか

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