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11(Thu), 05, 17

アガルワール:自由なインドのためのガンディー主義憲法 第11章

(p.101)

XI

選挙制度

 前の章でも明らかにした通り、この憲法案が提唱する選挙制度は、むらパンチャーヤットでは直接制、タルカ、地区、州、全インド中央政府に関しては間接制を採っている。この制度は、直接選挙間接選挙両方の、いちばんの長所を結合するものだ。村の選挙は直接制で、それが最大限の地方自治をもたらす。また上位組織の機能は助言や調整が主なので、間接選挙が適切なやり方である。それは、とくにインドのような広大な国で、直接選挙に莫大な労力や時間、お金が浪費されるのを防ぐ。また政党宗教的排他主義の不健全な成長をかなりの程度、自動的に抑制する。間接選挙を行なうのは少数の責任ある個人に限られるため、買収や賄賂の入りこむ余地はない。のみならず、上位組織の代表者を、選挙民を忘れる立場に置かない。なぜなら、かれらはその地位を下位パンチャーヤットからの委任に負っているからだ。この憲法案では、下位パンチャーヤットの長はその職務として、一つ上位のパンチャーヤットの構成員を兼任する。だから、全インドパンチャーヤットの長でさえ、自分の村のパンチャーヤット長でもあり、どうじにタルカ、地区、州それぞれのパンチャーヤット長でもある。だから、かれは人びとの困難や要求を知り抜き、また感知できることになり、たんなる「肘掛椅子に収まった」政治家ではありえない。いかなる上位組織の構成員も、人びとに対して市民としての責務を満足に果たせなければ、つぎの選挙で当選する見込みはなくなる。それどころか、自分の村のパンチャーヤットから解職請求されることもありうるが、そのときは、より上位のすべての組織でも資格を剥奪されることになろう。そして村の選挙民は少数で、選挙への立候補者を直接にかつ詳しく知っているため、選挙詐欺の可能性は根絶されるであろう。

参政権

 参政権や投票資格が問題となるのは、むらパンチャーヤット選挙に限られる。村の選挙は、カースト、信条、性別、宗教、社会経済的立場、学歴に関していっさい差別しない、成人の参政権に基づく。読み書き能力も、投票人の資格として必須ではない。ガンディーが言うには、

「私がおよそ耐えられない考えとは、『選挙権は富裕なものが持つべきで、人格が優れていても、貧しいか読み書きできないものは持つべきでない』あるいは『日々額に汗して正直に働く者は選挙権を持つべきでない、なぜなら貧しさという罪を負っているから』といったものだ・・・私は読み書き能力に関して、選挙人たるには最低『3つのR(読み・書き・計算)#1』を知っていなければ、といった教説には惹かれない。私も、人びとに3つのRは知っていてほしい。しかし同時に分かっているのだが、かれらが3つのRを知り、それから選挙人資格を与えられるまで待たなければならないとしたら、その日は『ギリシャの朔#2』であろうし、それまでずっと待ち続ける自信はない。」*1


#1 =Reading, wRiting, aRithmetic

#2 原文ではGreek Kalends。古代ギリシャ時代には西暦が始まっていないことに鑑み、「決して来ない日」の例え。

*1 円卓会議での演説から。

特別資格

 パンチャーヤットの構成員や役員[の資格]に厳格なルールを嵌めることはできないが、以下に挙げるような特長を重視して、選挙人はどの候補者に票を投じるか選ぶべきだろう。

(a) 読み書き能力と全般的な教育程度。

(b) 市民生活におけるじゅうぶんな経験。

(c) 財政的な独立(収賄の機会を除くため)。

(d) 堅実で無私な、むら共同体への奉仕の実績。

 この道理で行けば、票の勧誘などはすべて欠格事項と見なせる。パンチャーヤットの構成員になることは重い責任を負うことであり、単なる名誉職とか役得の類と考えてはならない。

統一選挙

 この憲法案が保証する基本権はたいへん明確なので、分離選挙あるいは宗教選挙の必要は消滅する。じっさい、イギリス人官僚がこの国に導入した分離選挙は、宗教的な苦難や不和の根本的な原因の一つである。この点は後述する「少数者問題」の章で徹底的に議論されよう。ここでは差し当たり、統一選挙こそが、この自由インドのための憲法における代表制の根底をなす、と述べるにとどめる。

くじ引き選挙

 以下のような、たいへん興味深い古代の選挙制度が、ウッティラメルール#1の二つの有名な碑文から明らかになっている。

「村には12本の通りが走り、選別のために30の住区、あるいは選挙単位に分けられた。集会がそれぞれの区で持たれると住人は集まらねばならず、各人は札に投票したいと思う者の名前を、集会で定めた委員としての適性に照らしてよく考えたうえで記入しなければならない。それから札は30の住区別に包まれた。それぞれの包みにはその住区の名前が、施された『封緘札』に記された。これらの包みは壺に納められた。それから壺は『大集会の総会』の場に引き出されたが、そこには(構成員の)老いも若きも、その日たまたま村にいた僧侶たち全員も『いかなる例外もなく』大集会の開かれる内陣に集まった。『僧侶たちの中から、そのいちばんの年長者が立ち上がり、その壺を持ち上げ、みんなに見えるよう掲げた。』『その中に何が入っているのかも知らない幼い少年がひとり、包みの一つを取り出すよう命じられた。この包みの中の札はそれから「別の空の壺に移し替えられて振られた」』すなわち、入念に混ぜられた。それから少年は壺の札を一枚引き、仲介者(madhyastha)に渡した。『こうして与えられた札を、仲介者は五本の指を開いた掌で受け取る。こうして受け取った札に書かれた名前をかれは読み上げる。かれが名前を読み上げた札は、内陣に控える僧侶全員も読み上げる。こうして読み上げた名前が、書き留め、承認される。』こうして30の名前が選ばれ、それぞれの住区を代表する。」*1

 このくじ引きによる選挙方式は真に民主的とは言えないかもしれないが、村の社会生活に透明さと善意をうながすだろう。それらを欠いている点で、現代の選挙にともなう苦痛や憎悪は際立っている。この古代のやり方は、必要な修正を施した上で、場合によっては復活させてよいだろう。たとえば、さいしょに一群の候補者を記名あるいは無記名投票で選出すれば、その中から一人をくじ引きで選ぶこともありうる。なぜなら、その候補者群の人びとはみな、ほぼ同様に優れた資質を備えているだろうから。こうした「候補者群からくじ引き」方式は民主的かつ調和の取れたものであろう。#2ゆえに、この選挙手法を、統治のなるべく多くの分野で採れるようなやり方の研究が望まれる。

*1 “Local Government in Ancient India” by Dr. Radhakumud Mookerji, pp.171-172

#1 原文ではUttaramallur、タミルナードゥ州の町で、チョーラ朝の10〜12世紀に作成された碑文がヒンドゥー寺院に残されており、当時の地方自治の様子を伝える重要な史料となっている。

#2 少数者問題に関連している。

10(Wed), 05, 17

アガルワール:自由なインドのためのガンディー主義憲法 第10章(2)

むらパンチャーヤット

 むらパンチャーヤットは法の執行を委託されているから、司法パンチャーヤットを別に設ける必要はない。貧しい農民に村から出て、苦労して得たお金を費やしながら数週間や数か月を町で訴訟のためにむだに過ごす必要はない。必要な証人はすべて村にいるのだし、自分じしんの係争で弁護士からしぼり取られる必要はない。もし法的にややこしい点が生じたばあいは、タルカあるいは地区から副判事が村に来て、パンチャーヤットを補佐し、難しい事件に判決を下せるようにすればよい。副判事の役割は、ガイド、友人あるいは哲学者として、無知な村人たちに国法を理解させることでもある。こうした司法制度は、簡潔で迅速かつ安上がりなだけでなく、「正義」でさえある。なぜなら民事や刑事事件の詳細は、多かれ少なかれ村では公然の秘密であり、そこに詐欺や法的マジック余地はないからだ。

*1 ‘The Hindusutan Times,’ October 22, 1945.

(p.99)

地区裁判所

 むらパンチャーヤットが、民事や刑事にわたる幅広い司法権力をもっている以上、タルカ裁判所は不要だろう。特殊な事件で、村むらから訴えがあった場合は、直接地区裁判所が受け付ける。町での争いごとも、地区裁判所が初審となる。その裁判官は地区行政官とは完全に独立で、地区パンチャーヤットが任命し、任期中は品行方正である限り罷免されない。

高等裁判所

 たいへん例外的な事件で、地区裁判所が提訴した場合は高等裁判所に預けられる。高等裁判所裁判官行政から完全に独立で州パンチャーヤットが任命し、任期は品行方正である限り終身とする。

最高裁判所

 インド最高裁判所は国で最高の司法的権威をもつ。その機能は次の通り;

(a) 高等裁判所からの提訴を受理する。

(b) 憲法判断に関わる、連邦単位どうしの紛争から発生した事件を、初審として裁定する。

(c) 宗教に関する少数者の利益を、憲法が定める基本権を厳しく守らせることを通して保護する。

 ここの裁判官は全インドパンチャーヤットが任命する。かれらは最高の能力と人格を備え、宗教的排他主義や党派政治とは完全に無縁の人びとでなければならず、その任期は品行方正である限り終身とする。

法律見直し

 現行の民法刑法は、インドの土壌にとっては外来種である。つまり複雑で難儀にすぎる代物だ。したがって、この新しい憲法のもとで、それらを徹底的に見直す必要がある。専門家による特別委員会を、この目的のためインド憲法制定会議は任命するであろう。

09(Tue), 05, 17

アガルワール:自由なインドのためのガンディー主義憲法 第9章(3)

連邦の構成単位

 全インドパンチャーヤットは州や国ぐにの自発的な連合であり、それら連邦の各単位は、最大限の地方自治を行なう。地理や文化に立脚すればインドはひとつにして不可分なのだから、すべての州とインドに属する国ぐには、国民の福利を増進するそうした連合には喜んで加わるだろう。あらゆる努力が、親密な協同、および共通の国民生活の発展に必要な環境づくりに対して払われねばならない。

 しかし、いかなる単位領域も、その成人が表明し、確定した意思に逆らってまで全インド連邦への加入を強いられることがあってはならない。従来、分離独立に触れることは意図的に避けられ、自発的に参加することが暗黙の前提とされてきた。その適切な例としてソヴィエト連邦を挙げると、分離独立の権利は11の「連邦共和国」に限り与えられている。すなわち、数多くの他の単位、たとえば「自治共和国」などには保障されていない。その上、連邦共和国にとってさえ、分離独立権は名ばかりのものだ。現在よく知られているように、分離独立を引き起こすような活動を、ソヴィエト裁判所は反逆ないし反革命とみなしている。

 しかし、武力を背景に何かを強要するといった問題は、非暴力主義の国家では起こりえない。連邦に加盟するのもしないのも連邦単位の自由であれば、分離独立権を合法的に留保する、といったことは起こるはずがない。しかし、「ガンディー主義憲法」のもと、寛容、善意、協同の空気が全体に満ちあふれるところでは、どんな分離独立への要求あれ、ありえない仮定、ということになるだろう。

言語

 全インドパンチャーヤットのあらゆる業務ヒンディー語、またその表記はナーガリーデーヴァナーガリー]またはウルドゥー文字による。

アガルワール:自由なインドのためのガンディー主義憲法 第10章(1)

(p.97)

X

司法

 英国政府インドに導入した司法制度は、この国の社会経済生活にもたらされた一大惨事であった。かつてパンチャーヤットは、民事・刑事の裁判を即断即決でやっていた。ニセの証人や偽証は、パンチャーヤットに対する最大の罪とされてきた。だから正義は安価かつ公正だったのだ。いっぽう現代の法廷は反対に、非常に高くつく。まったく平凡な訴訟でさえ、処理に数年とは言わなくとも数か月はかかる。司法の混み入った手続きは、不正直と虚偽を助長する。たくさんの弁護士が村に客引きの網を張りめぐらし、純朴そのものの村人に、毎年数千万ルピー下劣で無用な訴訟のためにつぎ込ませ、搾り取っている。偽証とニセ証人の方がここでは正貨で、真実や正直さは価値を失う。こうして英国式司法制度は、公衆道徳を、高めるどころか果てしなく堕落させる、まさにその道具となってきたのだ。だから、この制度に別れを告げるのは、われわれや民族にとって早ければ早いほど善い。モーリス・ハレット卿のような極めて反動的な総督でさえ、さいきんはこう述べている。

「しばしば思うのだが、インド総督府の政策が誤った方向に舵を切ったのは、統治の中央集権化を押し付けた時ではなかったか。そのため村は、古い制度のもとでは多かれ少なかれ自らの組織に負っていた責任を見失い、それにともないインドは病んできたように思う。総督府は、その紋切り型の発想から統制の効いた制度を願うあまり、西洋式の行政裁判所のような制度を作り上げたのだが、そのとき忘れていたのは、じつはこうした仕事の多くは、村じしんが内部で処理するほうがより良く、かつ適切に行われうる、ということだった。私は、あらゆる村あるいは小さな村むらの連合では、パンチャーヤットが権力を振るい、小さな争いは、刑事であれ民事であれ収益にまつわることであれ、すべて解決するようであってほしい。」

26(Tue), 05, 15 土居健郎「漱石の心的世界」(弘文堂)雑感

本書が異文化・外国語との格闘を経た著者(それは漱石イギリス体験とも重なる)ならではの優れた漱石論であることは言を俟たないが、冒頭の「坊っちゃん」に関しては一点読み誤りがある。

それは、清が坊っちゃんが大きくなってから彼の家に奉公を始めたと措定していることで、ていねいに本文の時系列を追うと、坊っちゃんの母親が亡くなった直後、勘当されかかったところで「十年来奉公している」ことになっていて、その5、6年後に父親が死去し、坊っちゃんも中学を卒業しているから、遅くとも坊っちゃんが物心付いた頃にはすでに家にいたことになる。寝小便の思い出話をして坊っちゃんを困らせるあたりもそれを裏付けていよう。

そう考えると、清がほとんど坊っちゃんの育ての親的存在で「まるで自分を製造したように」誇っても不思議はないわけで、また坊っちゃんの心的パターンもお見通しであろう。

いや、むしろ著者が指摘するように清と共依存で一体になっているからこそ、坊っちゃんもそれ以外の親密な人間関係を求めず、また安心?して破壊的な人間関係を家族・同僚・生徒との間に繰り広げることができた、とも言えそうだ。その意味でも、小説「坊っちゃん」の影の主人公は清なのだと思う。

ちなみに、坊っちゃん江戸っ子漱石が自身を投影しているとすれば維新で没落した名主の家系)で戸主相続権を持たない次男、清は「瓦解」(=いわゆる明治維新)で没落した武家の娘、山嵐会津人と、坊っちゃん側にはみごとに維新明治体制の「負け組」が勢揃いしている。出版当時の読者であれば、そこに維新から引きずって来た鬱屈と爆発を読み取ることも容易であったろう。また清の坊っちゃんへの溺愛・同情も、明治民法下の家制度と無関係ではないと思う。

また、「坊っちゃん」が1906年、日露戦争講和の翌年、戦勝ムードの一方で日比谷焼打事件などで騒然としていた頃の作品であることにも気をつけたい。「それから」の代助の台詞、

「何故働かないつて、そりや僕が悪いんぢやない。つまり世の中が悪いのだ。もつと、大袈裟に云ふと、日本対西洋の関係が駄目だから働かないのだ。第一、日本程借金を拵らへて、貧乏震ひをしてゐる国はありやしない。此借金が君、何時になつたら返せると思ふか。そりや外債位は返せるだらう。けれども、それ許ばかりが借金ぢやありやしない。日本は西洋から借金でもしなければ、到底立ち行かない国だ。それでゐて、一等国を以て任じてゐる。さうして、無理にも一等国の仲間入をしやうとする。だから、あらゆる方面に向つて、奥行を削つて、一等国丈の間口を張はつちまつた。なまじい張れるから、なほ悲惨なものだ。牛と競争をする蛙と同じ事で、もう君、腹が裂けるよ・・・

を想起すると、坊っちゃんが依存し、金も平気で借りており、破壊的人格の育ての親、かつ大甘な実の保護者である清を明治日本のスポンサーであり日清日露戦争に駆り立てたイギリスに準えることも可能ではないか。そう考えると「坊っちゃん」は漱石による明治日本、およびそれが作り上げた男性像のやや辛辣な自画像、という気がしてならない。

03(Tue), 02, 15

自己責任考

「海外取材は?」「自己責任です」

「海外旅行は?」「自己責任です」

「海外出張は?」「自己責任です」

「海外赴任は?」「自己責任です」

「国内の安全は?」「自己責任です」

「老後の備えは?」「自己責任です」

「子供の教育は?」「自己責任です」

「納税は?」「それは義務です」