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アルゴンのディープサウス通信 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2011-10-24 こんなもので一年半ぶりの再開、といっていいんだろうか このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

上海。

三年前の香港に次いで二度目の中国旅行となった。少なくとも、昨日の夕方、この地に着いてから目にしたこの都市の状況からすると、あらゆることが香港の都市的刺激の何割(何倍?)増しかといった印象であった。今回はモリさんとマルフジ君、それに明日からはマルフジ君の先輩にあたる現地在住中国人の方が案内してくれることになっているが、もしそうでなければ、私のような抵抗力のないひ弱でデリカシーに満ちた人間(本当に!)は、ただただホテルに着くなりベッドに昏倒し、たちまち息を引き取っていたことだろう。

それほどまでに、こと建築を中心とした都市的状況や景観に関する限り、観るのにおよそただごとではないといった気恥ずかしさと、よもやそんなことはあろうはずもないけれども、もし仮に同じ設計条件を与えられれば自分だって、といった疚しさを感じずにはとてもいられない類いのものであった。

つまり。

前大戦前後に租界や魔都と呼ばれていた頃の懐旧的ヨーロッパ文化の馥郁とした香り、というか、むしろいまではとても貴種となってしまった高級スパイスの無残な残り香。そして、こういいかたをするのは少し気が引けるけれども、それらを圧倒的に凌駕してしまうかのごときあらゆる新奇、即席の人工甘味料、珍種のスパイス群。加えて、それらの間にかすかに垣間見える欧米や日本から出張してきたにちがいない世界的流行りの建築家たちによるであろう流行りモードの建築群。

つまり、全体としては、私の住む大阪などとは比較にならないほどに混沌、混乱、混雑、混濁した超巨大都市。

夜中に目覚めて書き綴ったホンの僅かな文章。これでも一年半ぶりのブログ更新としてはよほど無理をしたのです。

疲れました。できれば明日、この続きを書きます。

今日は憧れの上海蟹を食べました。タイ米によるチャーハン、空心菜の炒め物がとっても美味しく、価格も香港に較べれば随分と手頃でした。

何と明日、私は、今回の最大目的、簡易水力発電機を購入しに参ります。

吹替版に愛の手を吹替版に愛の手を 2011/10/29 03:01  しゃん,はい。ジャ〜ン。
 麩っ麩っ麩っ。千葉横浜を突き抜けた再開おめでとうございますです。
 地味に地道に書く事も貯めて煮詰めて書く事も良しと思います。
 そしてお元気で帰って来て下さいませ。

argonargon 2011/11/10 00:20 Neon様。
いつも有り難うございます。ずっとほったらかしにしていたようで本当に申し訳ありませんでした。
実は今、イスタンブールのホテルでこれを書いています。六日にこちらに来ました。明後日、ビザを持っていないので入国可能かどうか分かりませんが(うまくいけば空港でアライバル・ビザなるものを手に入れることができるようで、それに賭けてみるつもりです)、イランに行く予定です。ヤズドという地方都市(日本では金沢や高山に相当するような伝統的な小都市のようです)に、死ぬまでには絶対に見ておきたいと学生の頃から憧れ続けていた建築の見学に行きます。でも誰に尋ねてもこの建築のことを知らないのです。私自身、当の建築の名前はおろか、イスラムの寺院だったかゾロアスターの寺院だったかさえ覚えていないのです。英語が通じればその特徴を伝えて現地の人に教えて貰うしかない、というとんでもなく無謀な旅です。
いくら人間が不純でも動機がこんなに純粋なのだからきっと無事入国して見学できるものと信じています。

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2010-03-08

ことの次第(3)

02:22 | ことの次第(3)を含むブックマーク ことの次第(3)のブックマークコメント

その足で私は彼を訪ねた。パスポートを落としたその日、彼は大阪市に隣接するある市に仕事で出かけていた。前後の状況から考えてパスポートをなくしたのはその時であったはずだと彼はいっていた。確かに大阪府警の拾得物のリストには、その市にもパスポートが一冊届けられていた。だがそれは彼のいう緑色ではなく、紺色と記されていた。リストに記載されたすべてのパスポートのうちで緑色のものはただ一冊、それがまさに彼の行動圏にある昨夜の警察署に届けられていたのだ。だから彼は勘違いをしているだけだと私は思っていた。

イエス、イエース、マイ パスポート ワズ ディープ・ブルー。オンリー コヴェル ワズ グリーン。何のことはない。紺色のパスポートに緑色のカバーがかけられていたというのであった。

翌朝、今度は彼も伴ってその市警に趣き、拾得物の係に用件を告げた。しばらくすると、まるでTVドラマのような刑事が三名、血相を変えて現れた。私たちは別室に連れ込まれた。だがもう私は慌てることもなく事情を説明し、彼は入管の出頭証明書を呈示した。こともなくパスポートは彼の手に返還された。

だがそれはまたもや私たちが出発点に引き戻されることになるだけのことであった。

戻ってきたパスポートは中身がばらけ、その中身はふやけていた。くすんだ緑色のカバーが破れ、その破れ目から紺色の表紙が顔をのぞかせていた。そのパスポートが使い物にならないであろうことはそんなことの専門外の人間である私の目にも明らかであった。

刑事たちもそのことについて多少は気懸かりそうな様子も見せたが、もうそれは自分たちの責任外のことであった。彼らにしてみれば労なくして大阪から一人の犯罪者を減らすことができるという訳であった。彼らは上機嫌であった。そして帰り際、私にこんな言葉を投げかけた。

ダンナさん、ちゃんと面倒見たってやぁ。

あの日はひどい雨だった、彼は言い訳するように私にいった。途方に暮れる間もなく、私たちは領事館に向かった。少なくともこの前より持ち駒は増えたのだ。

彼はぐしゃぐしゃのパスポートと入管の出頭証明書を受付けに見せ、すがるように説明しようとした。今回の受付けは男性であったが、にべの無さでは前の女性と変わりはなかった。前回とまったく同じ内容のメモ用紙が彼に手渡された。

今晩もう一度叔母さんに電話で確認するように。こう彼に告げるのは何度目のことであったろう。恥も外聞もなく白状するが、一日も早く厄介払いをしたい、とっくに私はそんな気分になっていた。その夜から、思う存分私は途方に暮れることができた。

実は最初に入管に出頭した翌々日の12月20日から1月4日まで、フィリピンという国は長い休暇に入っていたという。大分たってから私はそれを聞かされた。そんなことを彼が知らなかったはずはなく、だが彼自身も焦るあまり念頭からすっかり消えてしまっていたのだろう。その日は1月13日。休暇が明けて8日目のことであった。

1月15日の昼過ぎ、やっとそれは届いた。私は、ときには叔母さんの手際の悪さを想い、役所や教会の融通の利かなさを呪い、フィリピンの郵便事情を蔑んだ。だが叔母さんに最初の連絡が届いたのが休暇に入る2日前の夜。彼女が動き始めたのは実質的には休暇明けのことであったろう。だとすればそれからちょうど十日目。叔母さんも役所も教会もフィリピン郵便も、みんな実にてきぱきと行動してくれたにちがいないのだった。

どの書類も驚くべき麗々しさであった。特にその一枚はいままで見たこともないようなゴージャスなものだった。表彰状のような厚手の用紙に、巾3センチほどの赤いリボンがかけられ、そのリボンが真っ赤な蝋で封緘されていた。

いうまでもなくその足で私たちは領事館に行き、3時間ほど待たされ、ついに彼はトラベラー・ドキュメントなるものを手にすることができた。それを持ってすぐさま私たちは入管に向かった。

担当官は、この一ヶ月間の私たちの悪戦苦闘をまるで意に介することなく(当たり前だが)、こともなげにそれを受けとり、何やら書類を用意し始めた。

出国は一週間後の22日。それまでに航空券を購入し、その領収書と便名をこちらにファックスすること。出国の前日の午前9時、必要書類を揃えて必ずもう一度ここに出頭するように。

以降、一切の滞りなく、1月22日、彼は故国に旅立っていった。

その前夜、私は最初は空港まで見送りに行こうと思っていたのだが、なぜかそんな自分に抵抗するかのように彼にこう告げた。

空港までは自分でシャトル・バスで行くように。少々私は疲れすぎた。

深々と彼は腰を折ってこういった。センセー、ホントーニアリガトーゴザイマシタ。

彼の口から出た、初めてのセンテンスとしての日本語であった。



今日のYoutube

ハリー・ニルソン   「噂の男」

D

ken犬ken犬 2010/03/09 17:59 >この一ヶ月間
argon センセー、ホントーニオツカレサマデシタ.
 引越しをされるとのことでしたが、十分な休養はとれましました?
3月5日(金)のことですが、ここんとこバイクに全く乗っていなかったので、積み替えたエンジンの慣らしを兼ねて南港までチョイ乗りしました。なるほどと入国管理事務所、SIVAさんの事務所のビルは何処かいなと少しうろついてみました。良いロケーションぢゃないですか。腕があれば「埠頭ライブ」なんてカッコイイですね。「小生のトランペット」なら『迷惑行為』として港湾関係者にこっぴどく怒られそうな気もします。しかし海にラッパ吹くの気持ちいいですよ〜♪
 夕方、6時前にローソンの前でとすれ違ったバイク乗りと思しき人物は、ヒョットしてSIVAさんだったかもしれません。

argonargon 2010/03/09 22:54 ken犬さん。
早速有り難うございます。
引っ越しの片付けがまだ沢山残っているのに、すでに雑巾のように疲れ果てています。しかも目の前に確定申告と、事務所の決算(3月末)が聳え立っています。絶望感にうちひしがれています。果たして私は無事に生還できるでしょうか。固唾を呑んでお待ち下さい。

ken犬ken犬 2010/05/22 10:45 センセおひさです。
sivaさんとこで、頭やらお尻をみかけたので此方に書き込みいたします。

  沖縄いいですね!  

    ほいでもってポンと後押し
せんせが前に巡礼をされてるおりに描いた物を思い出したのでどうぞ!!
http://ameblo.jp/franken532100/page-2.html#main


http://ameblo.jp/franken532100/page-2.html#main

ken犬ken犬 2010/05/22 10:57    ↑↑↑↑↑↑↑↑

古いお絵かき、5点ですどうぞ!

argonargon 2010/05/22 23:49 ken犬さん。
お気遣いを有り難うございます。
でも、ただでさえ涙もろくなっている私に、なんてことを!
6月7日まで、いくつかの外せない予定があり、その後、名古屋の若い友人とピレネーのバスクの村に向かうことになっています。本多先生は残念ながら予定が合いませんでした。帰国後、必ず沖縄に向かいます。

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2010-02-23

ことの次第(2)

01:54 | ことの次第(2)を含むブックマーク ことの次第(2)のブックマークコメント

入管の係官は、領事館に行けばトラベラー・ドキュメントはすぐに発行してもらえるだろう、そういっていた。だから私たちはそれを持ってすぐにまた入管に戻るつもりだった。彼は、パスポートはなくしたけれども、身分証明書は持っていた。トラベラー・ドキュメントなるものを発行してもらうに必要な事項はすべてそこに記されているはずであった。

領事館は寒風吹きすさぶ高層ビル街にあった。受付の女性は紙片に何やらを書き込み、こともなげにそれを彼に手渡した。彼は身分証明書を取り出してしきりに訴えかけようとした。だが女性は取り合う素振りも見せなかった。入管の係官がすぐに発行してもらえるだろうといっていたのは、期限切れのパスポートを所持していた場合のことであったのだろう。

メモには、彼女の剣呑な態度から想像されたよりはるかに酷薄なことが書かれていた。出生証明書、義務教育修了証明書、所属教会の洗礼証明書。

こんなものが揃うのに、いったいどれだけの時間がかかるのか。私自らの責任において招き寄せた事態であったとはいえ、早晩終わるであろうと思っていたその早晩が、一挙にこの国と彼の国を隔てる距離にまで遠のいた。

だが入管の係官はすぐにでも彼を出国させたがっていたはずだ。不法滞在者を減らすことは入管にとって手柄になることだとエンドーさんもいっていた。だから入管の方から何らかの手を打ってくれるかもしれない。

本来なら携えているべきであったトラベラー・ドキュメントもないままに、再び私たちは入管に向かった。だが、いうまでもなく、けんもほろろであった。ところがこのとき、当の本人が驚くべきことを打ち明けた。自分がパスポートを落とした日、それが誰かに拾われてどこかの警察署に届けられたというニュースをTVで観た、日本語が分からないのでどこの警察署かは知らないが、あれは確かに自分のものだった。

それを取り戻すことができれば、そんな煩わしい証明書類、というよりトラベラー・ドキュメントそのものが必要なくなる。彼のパスポートはまだ有効期限内であった。それさえあればすぐに出国の手配に入ることができる。だが、係官はまたもや冷たくいい放った。彼が警察署に顔を出せば逮捕される可能性があります、ここに出頭したとはいえ、あくまでもまだ不法滞在者のままなのです。

すぐに叔母さんに連絡し、急いで書類を揃えて送って貰うように。こんなありきたりのことしか私は口にすることができず、マンションの住所を彼に教えた。うまくいけば一週間で届くでしょう、落胆する私を逆に慰めるように彼はいった。

待てど暮らせど書類は届かなかった。ただでさえ私を憂鬱にさせる正月が過ぎても、それは届かなかった。私は意を決した。

まさかと思いながらも、大阪府警、拾得物、パスポートで検索をかけてみた。彼のいっていた緑色のパスポートが、まさに彼の行動圏にある警察署に一冊届けられていることが判明した。

1月12日の夕、私はひとりでその警察署に向かった。受付で、彼の名前はおろか国籍も告げず、事情を話してみた。担当者はすぐに別の部署に連絡し、二人の刑事らしき人物が現れた。私は二人に挟まれた状態で詳細を尋ねられた。

呆気なくことは解決に向かった。行政(入国管理)と警察は別です、あなたは不法滞在者を出頭させたのだから警察としてはそれはむしろ喜ばしいことです、明日にでもすぐに本人を連れてパスポートを取りに来て下さい。その際、警察は余計な手出しをすることはありません。

ところが念のためと拾得物を確認に行った若い刑事が、戻ってきて、届いていた緑色のパスポートは別人のものだったと報告した。

またもや私は振り出しに連れ戻されのだった。



今日のYoutube

ホリー・コール 「Calling You」

D

SIVAPRODSIVAPROD 2010/02/26 18:27  大変なことになってたんですねえ。
先日見たセミドキュメンタリ番組での、不法移民排斥論者の男が移民たちの故国での暮らしぶりを見て「生きるのをやめろとは言えない。」と呟いたのが印象的でした。マスメディアのオリンピックの扱い方や相撲協会の”非日本人”に対する扱いに対してさして非難が起きないのを見てるとますます暗澹としています。

argonargon 2010/02/26 23:02 SIVAさん。
いつも有り難うございます。
コメントの返礼を訂正したりしているうち、SIVAさんの2度目のコメントをうっかり削除してしまいました。私としてもぜひ残しておきたい内容だったのに、本当にスミマセン。
自分でこんなことをいうのは何ですが、もし私が手出しをしなければ、彼はいつかは警察に逮捕、拘留され、相当手荒い処置を受けた上での送還となっていたことでしょう。入管、警察の態度からそれはひしひしと感じられました。予定していたより遥かにことが進まなかったので、途中から余計なことをしなければよかったと後悔することもあったのですが、これもディープ・サウスならではの貴重な経験というべきものだったのでしょうね。
この件で入管には計6度、通いましたが、おそらくSIVAさんの入っているビル(調べはついているんです)で、2度、食事もしました。顔を出そうかとも思ったのですが、そのときはとてもそんな気分ではありませんでした。

ken犬ー;▲ken犬ー;▲ 2010/02/27 14:26 >argonセンセ

 頭にトランペットのお花畑を咲かしてるオッサンが今日、晴舞台に立つのですよ!

じつは月一レッスンを受けていてお稽古の発表会が今日、今からなんですよ!
結果はまたのお楽しみ!

argonargon 2010/02/28 20:54 ken犬ー;▲さん。
もうきのうのことになってしまいましたが、発表会はいかがでしたでしょうか。それにしても、レッスンまで受けておいでとは恐れ入りました。
とかいいながら、私も実はある秘策を練っているのですよ。

ken犬ー;▲ken犬ー;▲ 2010/02/28 23:55  美人のプロのピアニストが伴奏!!!!
巧く吹けませんでしたが気分は最高♪
 アンサンブルがこんなにも素晴らしいものだと知りました。
しかし3月からまた一人。。。。なんだか燃え尽き症候群が心配。。

ところでSIVAさんはもう10本ものトランペット修理の経験があるそうです。

是非SIVAさんに火をつけちゃいましょ!!♪

SIVAPRODSIVAPROD 2010/03/02 05:36 島之内での中国人や日本人や韓国人が入り交じった光景もそうでしたが、最近見つけて時々出入してるシャープ本社の近くにある中古自転車屋の主人が内モンゴル人(ほとんど日本語しゃべれないんですよ)でして、そこの店頭で出物を物色しているとやってくる若い客が彼を内モンゴル人ではなくて自転車屋の大将として普通に値切ったり修理を頼んだりしてるわけです。そういう光景を見てると若い奴らには私たちオヤジを置き去りにしてくれるような希望を感じます。

ご気分が晴れやかな時に是非ラッパ狂のおじさんあたりもお誘い合わせにてサックス持参で南港のフェリーが見えるところにおいでくださいませ。

argonargon 2010/03/03 23:31 ken犬ー;▲さん、SIVAさん。
返事が遅くなりスミマセン。
実は、鬱真っ盛りの中にありながら、訳あって明日また事務所を引っ越しすることになり、その準備に追われていたところです。そのストレスがさらに重荷となって心も体も思うように動かず、かなり大変な思いをしました。でも漸く明日、そのストレスから解放されそうです。
また私も練習開始です。近いうちにお二人とお会いできるといいですね。

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