明日へのメモランダム

2017-11-18 小澤征爾指揮、ボストンフィル マーラー『復活』 89年12月日本公演

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 クラシックギターセゴビアもそうだが、とびぬけた演奏家は、やはり巨匠になる前、若い頃に迫真のものがあるのだと思う。YouTubeのおかげで、そういう映像や録音に、簡単に触れることができるようになった。


マーラー 交響曲第2番ハ短調「復活」

Sop シェレンベルク Aluto 伊原直子 合唱 晋友会

ボストン交響楽団 指揮 小澤征爾

1989年12月5日 大阪フェスティバルホール

https://www.youtube.com/watch?v=QH5Q4qfrvqs&feature=youtu.be


 大学時代に、小澤征爾指揮、ボストン交響楽団の演奏CDで、この曲をよく聴いたものだ。彼が、こういうテンペラメントで実際に指揮をしていたのか、と、今回通してみさせてもらい、非常によくわかった。特に愛好していた2楽章の踊るような指揮振りは、そうだったのか小澤、と感激ものである。全5楽章で、1時間半の映画なみの長さだが、久しぶりにクラシック音楽動画を食い入るように見入ってしまった。第1楽章が終わった後で、おもむろに小澤征爾が指揮台をおり、前にある椅子にすわってしまったので、これは何なのか不思議に思ったが、もともと、「1楽章の後で5分以上の休憩をとる」というマーラーの指示があり、それに忠実に従っていたものだとわかる。こういう所も、非常に新鮮に感じた。

 演奏のみならず、カメラアングルが、黒澤映画ばりに昭和の迫力にみちているなと思ったら、最後のエンドロールで、演出が「実相寺昭雄」とでた。どこかで聞いた名前だなと思ったら、ウルトラマンシリーズの監督である。彼は、クラシック音楽にもかなり入れ込んでいたらしい。小澤と、アルトの井原と、実相寺、当時の日本人の才能が、1世紀前のマーラーと、当時のいまだ光輝いていたアメリカ国のボストンフィルと、リンクしあった、迫真の日本公演だったのだろう。

 小澤征爾は、私が成人する頃には、すでに世界的な日本人指揮者として持ち上げられていたのだが、どこがすごいのか、今一つよくわからなかった。大野和士は、FMでモーツァルトオペラ序曲を聴いたときに、「これこそオペラというべき品と艶と歌うようなリズムが息づいた演奏だ」と感じ入ったものであり、山田和樹も独特の精密さとやさしさのある音楽で、一聴一見してよさがわかった。小澤征爾は、何がすごいのか、特にマーラーのCDを何枚か愛好して聴いていたとしても、なかなかよくわからなかったのだが、この実相寺演出マーラー『復活』をみて、はじめて彼のテンペラメントの並外れたものをみさせてもらった気がする。

 それは、みて聴いて美しいという、品のある美、というよりも、それを超えたところに力点があり、それをつかんでそこから湧き出づるような音楽である。最終楽章にみるように、なにかを浄化するような力をも持ちあわせるような迫真の音楽であるし、2楽章にみるように、柔軟性のある喜びでもある。それに呼応するように、アルト井原の4楽章の独唱の迫真の美しさがある。合唱もそうだが、マーラーインスパイアされたクロプシュトックの詩が、そのまま飛び出てくるような、意味をもった歌になっている。おそらく、パブロ カザルスのバッハ無伴奏チェロ組曲の演奏にも通じるような、「凄み」が小澤の指揮がつくりだす音楽場にはある。それは、エネルギーの満ち溢れていたこの時期の演奏に、特によくみられるのではないだろうか。日本でなされた公演だが、数あるマーラー『復活』の録音、録画の中でも、指折りのものではなかろうか。

 この小澤征爾の才能は、日本国内では開花しなかった。当時のアメリカにわたってこそ、あの独特で自然で、自由奔放な指揮振りが、おおらかに認められ、当地の名門オーケストラの指揮台を得て、オーケストラをかのように鳴らすことができるに至ったのだ。小澤は、1959年ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝し、帰国N響指揮者として迎えられ活動を開始しているが、1961年には、さまざまな理由があったのだろうが、N響からボイコットされるという事件がおきた。


Wikipedia 小澤征爾 N響事件 より

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%BE%A4%E5%BE%81%E7%88%BE

毎日新聞 原田三朗「しかし、ほんとうの原因はそんな立派なことではなかった。遅刻や勉強不足という、若い小澤の甘えと、それをおおらかにみようとしない楽団員、若い指揮者を育てようとしなかった事務局の不幸な相乗作用だった」


その因縁は生きていて、89年のこの日本公演は、NHKが放送することは決してできず、毎日放送開局40周年 記念特別番組ということになっている。

 

 今、小澤征爾は82歳、2010年の食道癌をどうにか克服し、「セイジ・オザワ松本フェスティバル」(旧サイトウ キネン フェスティバル)、「スイス国際音楽アカデミー」で、後進の指導にあたっているようだ。私が注目している山田和樹も、小澤征爾にみいだされた才能である。現役指揮者としては、若い頃のようには活動できなくなってしまったが、小澤の音楽に向き合う破天荒なまでに真摯で天満な姿勢は、今もってしても、世界各地の若い演奏家インスパイアをあたえている。



【参考動画】音楽ドキュメンタリー小澤征爾ボストン交響楽団と共に20年

      1993年小澤征爾さん58歳の頃のドキュメンタリー

https://www.youtube.com/watch?v=h0pOr1kTX-s

 

 小澤征爾が、ボストンという街で本当に歓迎され、音楽を通して素晴らしいものをもたらしてくれる「よき人」として受け入れられ、かつ、影響を与えていることが、よくわかる番組。青年時代の指揮映像もある。

 ベルリオーズ作品に出演する、2人の女性歌手のインタビューがあるが、私が『復活』をみて受けた小澤の音楽に関する印象と同じようなことを、うれしそうな顔で語っていた。あの当時、あの場所での彼の存在が、ボストンフィル全体に、一体感をもたらすような場をつくっていたのだろう。深い音楽というのは、芸術の世界のみならず、学術的、倫理的、政治的にも、大きな影響を及ぼす潜在力になるものだ。ハーバード大学のある街、ボストン1979年から1989年の20年間の、メンタリティーを、小澤が支えていた部分があるかもしれない、とまで思わせた。人と街と時代との、一期一会である。