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【超サーランピー】インド民族楽器サーランギーほか研究開発ブログ


前代未聞の怪研究・珍開発の数々を脱線常習ごちゃ混ぜに発信する異常ブログです。題材はインド伝来の多弦胡弓「サーランギー」、謎のプチ甲殻類「コツブムシ」「ヘラムシ」など不可思議なるものばかり。造形作家にして生物学者にしてケモナーにして羊飼いの要注意人物【川崎ピースケ】が執筆運営しています。
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2018-03-31

実物学を修めむと 生まれてこのかた武蔵野は カチカチ山の廃品救済業者です


農協とか学校とか役所が発行する通信紙にイラスト任すと、

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大概こういう “ゆにぃ〜く” な顔ハメ合成あげてくるの愉快よな。
写真のトリミングは雑だわ首も繋がってねえわで「ガンバるぞ!」。
合成される側は恥ずかしいったらねえんだ、あっはっはっは。



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さて、

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90歳で亡くなった大叔母の遺品整理でここしばらく忙しかった。
おかげで2月3月の活動予定が殆ど吹っ飛んだけど、
いいんだ、お世話になった親戚だもの。

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役所の手続きの都合で換価物の有無を確かめる必要があったが、
必要最低限な生活に使う品ばかりで宝飾や骨董の類は概ねゼロ。
ほぼ全てを不用品回収業者に引き取ってもらうことになった。

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諸行無常、諸法無我、 仏の教えが頭をよぎる。
せつない話ではあるが遺族にはこの方が格段に明快かつ楽なのだ、
蒐集マニアが知らんガラクタ遺して逝くほど後始末の手に負えぬものはない。

…かく宣って、ふと我思う。俺が死んだ場合の始末はどうなる。
知らんガラクタを溜め込んだ手に負えぬ蒐集マニアそのものではないか。


今日は価値の不確実性について少しぼやきます。
無価値とされるものの価値を見出し、理解されぬものへ理解を寄せ、
無意味とされるものの真を見抜く、その苦行について。

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ああ、この白衣(びゃくえ)観音は捨てずにお預かりしたさ。
叔母さんはこの像を居間の棚に置いて、お花で綺麗に飾って拝んでたから。

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あとこの、月? バナナ? 乳児向けのオモチャの一部分とみられる、
ニッコリ笑って黄色くひねりあがった者もお預かりした。
何の用事か腰にエプロンを着用している。なんだろうねこれ。

こういう小さい可愛いふんわりした物件に関しては、
小さい可愛いふんわり専門家に鑑定を任せるのが最善といえよう。

  f:id:saran-p:20180330125051j:image ←専門家


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小学生の頃から楽器とベッドインしていたエロ話をこないだ白状したので、
ついでに幼稚園児の頃の恥ずかしい話も白状しておきます。


下の絵は幼稚園の授業ん時に描かされた【しょうらいのわたし】
みんなが「およめさん」「しょうぼうし」「けーきやさん」と夢を描く中で、

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あっはっは、なんだよ『じつぶつがくしゃ』って。
私が最初からおかしい奴だった、これが動かぬ証拠です。
こんなもん提出されちゃ幼稚園の先生も困惑だろうにな。
謎の物品を扱う孤独な男をよく描けていてコッ恥°ずかしい限り。

が、よく見ると表題の部分、
「じつぶつ」に線を入れて消しているのはどういうわけか。

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これよく憶えてるんだが、幼稚園の先生に消したらと促されたのです。

「《じつぶつがくしゃ》って、どんながくしゃさんかな?
 どうぶつがくしゃ? しょくぶつがくしゃ? かがくしゃ?」


うまく答えられず結局「そんな分野は無い」という理由から消すこととなり、
まぁ何かの学者になりたいんだねこの子はという解釈で先生の腑に落ちた次第。

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先生が困るのも無理ない、だって「じつぶつがく」なんて学術分野、
当時の俺が勝手に考えた新ジャンルだからね。
あっはっは! あれからオッサンになりました今だから言える。


 『じつぶつがく=実物学』とは、哲学のような観念に終始する思考ではなく、
 あくまで実存の物体と対峙し、世の真実と人生の意味を問う学問なりけり。
 葉の1枚、虫の1匹、錆びたネジの1個に至るまで、こりは一体何かと考え、
 そこからこの宇宙たる存在の意味を紐解かんとする崇高なる学問なればなり。
 敢えて既存の分野になぞらえれば、自然科学・道具学・民俗学を内包しながら、
 形而上学的存在論あるいはメタ存在論に斬り込んでいく分野といえるのである!


↑なんてことを恥ずかしげもなく信じて。つまり幼少の私は、
古代ギリシアの哲学者がようやくひねり上げた思索のようなものを、
教わるでもなく夢想するいわば生まれつき既存分野ド外れ園児でしたわけです。


何者かになりたいがために既存の分野へ自己を押し固めていくではなく、
混沌より真を見抜く自己を屹立し、ひいては己が分野を確立すべきではないか、
そういう視点の重要性を当時から感覚的に体得していたような気がします。

《 自分を分野にあてはめるな、分野が無ければ自分で創れ》。

これに限っては親や先生に何を教わったわけじゃないしな〜、
園児のくせに腹立つが、そう生まれたのだから仕方ない。

でも園児だからバカなので概念をきちんと言葉にできないし、
園児の分際で大人のコ難しい思考展開に溺れていたんだと思います。
そりゃ消しましょうネ言われるよな、先生にはホラ吹き園児としか映らないから。
詰め込み&平均化教育の現場においてこんなハミ出し園児は害悪です。


…あれから三十余年こつこつと、自分ではごく自然な発露のつもりだのに、
やれ才能自慢ひけらかし野郎だの、偉そうに批判野郎だのと罵られ妬まれ、
お前だけどうして雰囲気が違うんだ集団に馴染めと苦虫を噛み潰されても、
どっこいそのまま初心を忘れず歩き続けてきました。

「実物教授」「開発教授」という言葉と概念を知ったのはずっと後、
wikipediaを読んでからのことです。同じこと考えてた人いたんだなってびっくり。



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遺品を分別しながら考える。
いま思えば闘いは当時から始まってたんだな。

どれだけ実物学者を気取り、必死に重要性を訴えたところで、
死んでのち共感されねば持ち物は全て不用物。回収業者も難儀するだろう。
わけのわからぬガラクタに埋もれて独り淋しく死ぬか?
断捨離ミニマル気取りで無駄を排し心豊かに死ぬか?


どうせ死ぬなら死ぬ前に、俺に縁のあった道具の行き先は決めてやりたい。

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特におんぼろサーランギー達50台超については全くもって最初から、
一時的に譲り受けただけ=いずれ手を離れるのを承知で入手している。
俺様のコレクション凄いだろう誰にも譲らんぞガハハ的執着がまるで無い。

欲しいから買ったんじゃなく俺が何とかしなきゃの責務感というか、
手の離れるその前に出来る限り手をかけてやりたいと願っているだけだ。
救済の念… でもなけりゃ壊れた楽器なんて大した粗大ゴミだろう。


結局、価値をどこにどう見出すかで価値なんかどうにでもなるんだよな。
私はもうサーランギーを「本場インド」「本物の理解」やら、
「日本では珍しい」「貴重な存在」などという目線では評価しない。
『何をしようとしてきたか、これからどうなっていくか』で観ています。

ま、実践者なら「そんな事より地道に音を磨きたい」域には到達してると思うけど、
じゃあ何故その音具を選んだ? 楽器捨ててボーカルやれば? と返されたら、
人生選択の整合性に無理が生じて二の句を継げなくなってしまうだろ。
自分のアイデンティティー確立の為にサーランギーを利用するんではなく、
サーランギのアイデンティティー確立の為に自分を利用する域へ、みんな届け。

その道程において、この道具はいったい何者かという《実物学》が必須だ。
僕らは巨大な潮流の中で、ほんの一抹、光って消えるだけの泡粒にすぎない。


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例えばこれは別段珍しくない量産モデルの1個体、
世田谷ボロ市で発掘したから『ボロ号』と仮称してるサーランギーだけど、
愉快なのは前オーナーが三味線の皮でどうにか修理してるのな。
これを「インド人が直したのではない素人レベル」とあざけり蔑むか、
「日本人が頑張った痕跡じゃないか」と面白がり有り難がるかの違い。

少し前まで… 今でもか、この国の民族音楽業界というのは、
本場・本家を理解し完コピしなければ半端物というコンプレックスで自らを拘束し、
自己ひいてはこの国での自由な展望を妨げてきた面があります。
そんな先達がボロ号の在り方をどう考えるかは、言わずもがなです。

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とはいえこのヘンテコ状態を俺も充分楽しませてもらったので、
そろそろ皮をちゃんとしたやり方で交換してあげることにした。
けど前の皮は記念に保存しとこう。

例えばこれ1台だって俺の前に持ち主がいたわけじゃんかよ、
でもボロ市に出たってことは道具屋に売り飛ばされたわけじゃんか。
価値のわかる奴が現れたって見つからなきゃどうせガラクタじゃん、
価値のわかる奴が直したってどうせそいつ死ぬわけじゃんかい。
焼夷弾で燃えるんでもなければいずれまた誰かが弾くかも知らんのじゃん、
いずれのそいつがどれだけ価値がわかってくれるんかっつの。



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数ある煩悶から考察を馳せ、近頃ひとつの理解に着地しつつある。
三十余年に渡り実物学を問うた正解は『利他』に尽きるのではなかろうか。
思えばこれまでの私の行動原理は利他的な要素が大きかった。
自分の手柄にならないことを何故やるか?
あがいてもいずれ死ぬ、その屍を踏んで進む者のために何が出来るか?
おかげさんで気苦労も出費も多いんだけど… まあ、よしとすっぺか。


他者の為に、お客様の為にとの大義の名分あれ、人々の多くは、
近々自分の利益や権威付けになり易いコンテンツの取得に向けて努力している。
いつだかのサランギ教室の新米先生も、こないだの自称ヨコエビスト博士も。

専門知識を取り込んで《何者かになりたい》 努力自体は悪いことではないが、
二人とも《その分野で自分が1番》という評価欲しさの自身の無さ、
裏返せば《その分野以外はまるで駄目な自分》という強い劣等感を抱いていた。

しかし《誰も追い付けない特殊なコンテンツ》 の入手に躍起になり、
《誰とも違う特別な自分は尊い》 と自惚れて偉ぶってたら、そいつはもはやそこまで。
自我を越えた地平にこそ挑まねば、真の追究は大成し得ません。
何の為に誰の為になるんだかまるくそ知れない険しき山道に挑むんだ。


特に日本のサーランギ関係者達にはかねてより、この道具は発展性あるでしょ、
古典(=インド人の真似)に埋没せず才気を張ってどんどん実験してねと訴え、
海の生物にかまけとる間に前進すればと期待して自分は裏方に引っ込んでみたのですが、
やっぱまだ難しいかもしんないと判断した。
確かな価値保証のある前例が無いと新たな道に踏み出せないようだ

従っていま少し私めがこの楽器の未来を提示して参ることに致しましたよってに。
やれやれ、ったくも〜、楽になると思ったんだが。



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実際なかなか居ねえんだよな、インド楽器に限った話じゃなく、
モノとの対峙が苦行の境地に至っていて、かつ愉快にプレゼンテーションできる人。

思い浮かぶ先達といえばうーんやっぱり、みうらじゅんだろうか。
ポップなサブカル牽引の風体で順当に仏道を歩まれている大先達だ。
自分だって貰ったら嬉しくないヘンな物産を救済して全国を行脚する日々。
ゴムヘビの分類学と保護活動なんて「ない仕事」の極みです。

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でもね、先輩ったら面白くて、せっかく集めた「ボク宝」の数々、
展覧会場の倉庫にそのまま全部寄贈できないのかだって。
「将来ものすごぉく貴重になるかもしれないんで…」
人生賭けて蒐集すればいずれ持ちきれなくてそうなっていくよな、
まして喜ばれない「いやげ物」の山となると。

先達の足跡に沿えば俺もまたガラクタに溺れる人生やむなしか?
つくづく思う、地獄に貸倉庫さえあれば持って行くだに。
クロネコヤマトは地獄へも配達可能と聞くが。


なお、みうら尊師は武蔵野美大(視デ)卒。ピースケも武蔵野美大(工デ)卒。
芸術者たる者、何に心打たれ何を表現するかで評価して戴きたいものだが、
大方の現金な世間様はそいつの価値をそういう所では判断しない。
さしずめ【 変な奴のくせに一応それなりの大学に合格してやがる
裏打ちが無ければまともに取り合ってさえくれないものだ。
世間における己の価値という点でなお辛酸を舐めさせられるのが造形修行。
あ、辛酸なめ子も武蔵野美大(短グラ)卒か。

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 ▲ちょっと寄り道。門をくぐれば造形バカの桃源郷


 ▲母校の伝統神事。学生は皆こうして卒業し各界へ羽ばたきます

不思議なことに、亡くなった大叔母さんちも武蔵野美大の近く。
懐かしい通学路をぬうようにして遺品整理に向かいました。



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        \アッ…/
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     \アーーーッ!/
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     \アーーーーーーッ!!/
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 \アーーーーーーーーーーーッ!!!!/

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はいはい、もう終わったよ、お疲れさん。
獣臭ムンムンの毛を1年溜めた俺の羊キャシーさんを本日、丸刈りの刑に処す。

毛刈りはどうしても羊に負担をかけてしまう業務です。
いきなり取っ捕まってツルパゲ強要されるのだから絶叫もやむないが、
キャシーよ、家畜に生まれた定めを知りなさい。

釈放直後はドキドキ、また捕まる…と疑心暗鬼だったが、
ご褒美におやつ飼料を与えて少し撫でたらもうニコニコ。バカなのだ。

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俺は自分で織物に使うからよいが、刈り取った羊毛というのもまた因果な代物だ。
稀少品種の毛だからと数万円の値がついてさえ是非買いたい人がいるし、
買い手がつかなければどうしようもない生ゴミとして処分される。

            |
            |  彡⌒ミ
           \ (´・ω・`)また髪の話してる …
            (|   |)::::
               (γ /:::::::
               し \:::
                   \

英国の保護品種マンクスロフタンの血を引くここの羊は、
理解者の尽力でようやっと輸入の叶った数十頭から新たに産まれた子孫だ。
そうして品種を保存し、あわや絶滅のピンチには血統を支える役割を担う。

しかし日本は経済成長を遂げ、ウール製品より便利で過ごしやすいユニクロを重宝、
従って羊毛ひいては羊という家畜を殆ど必要としなくなってしまいました。
この国で毛用品種は、かさばる廃棄物を毎年刈り取らねばならない穀潰しです。
飼養者は知恵と愛と体力をひねり出して産物に価値を付加せねばならない。
だったら羊の存在価値って何だろうね?と悩む事しきり。

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ソフトクリーム舐めに訪れたお客がそんな内情を知る由も無いから、
なにこれ? ヤギ? ヒツジ? 何か変な、へ〜え… で見学終了だ。
稀少なんだからお前ら現金差し出せとはまさか言えまい。


そんな心配をよそに、

   \うふふ、あむあむあむ…/
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今年もキュンキュンピィピィと赤ん坊どもが産まれてきやがったか。
俺の一張羅の袖の留め帯を噛んで唾まみれにしてくれよってからに。
よい歯固めになったかよジャリん子。とっとと育ちやがれ。

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しかし家畜に産まれた定めとして、損耗っていうんだけど、
せっかく産まれたのに、こんなに可愛いのに、たいてい幼くして死にます。
強い子だけが生き延びて命を繋ぐことになる。毎年その繰り返し。

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そう、どうせこの世はその繰り返し。
誰がどの存在にどう価値を置こうと、置くまいと。

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そんな近況で映画『リメンバー・ミー』(字幕)を鑑賞、ぼろぼろ泣いた。



安易に借用しただけでなく、愛をもってきっぱりと華やかに、
メキシコの民族文化を描き上げていることに驚きました。
本編直前のシンデレラ城ん所の曲からマリアッチのアレンジで、
パペルピカドで物語に誘い、威勢良くピニャータを割って。
うッ早くも涙が… まだ泣かすとこじゃないってのに。

民間信仰や造形の彩りを予め知ってたので物語にすんなり入っていけたし、
骨と花、霊獣たち、生と死と、その在り方を忠実丁寧に取り込んでいて、
思いがけず終幕まで泣き放しでした。


…ん、ってことは、ああ、思い返してふと気付いた。
ギター壊されて結果オーライだったってことなのか。

靴職人の家に生まれた主人公ミゲル少年、どうしても音楽やりたくて、
自前のおんぼろギター(廃材で自作したか古いのを自分で修理したか)を、
厳しい親族に黙って秘密の部屋で弾いてこっそり楽しんでたんでしょ。

で、もしあの時、激怒した祖母にその自前ギター壊されてなかったら、
町の大会にはその自前ギター抱えて参加してたかもしれないわけで、
となると英雄の墓廟に侵入して遺品ギターを寸借する経緯に繋がらないから、
奇跡の出逢いもなかったろうし、夢を諦めて靴屋に留まってたかもしらん。

だよな。困難あれど、導かれたんだなぁ、よかったな、少年。



各国の民族音楽を愛する私ですが、最初に憧れたのはインドではなく、
南米のギター音楽、とりわけメキシコのマリアッチでした。
知ったの小5くらいで、そのあと聴いたのがフォルクローレだったか。
チチカカ(民芸品屋)に入り浸って、小遣いで置物を買って。



パーンとはじけるこの明るさ、見てるだけで感涙する。

当時やりたかった楽器は低音担当のデブちんギター「ギタロン」です。
弾きたくて、でも売ってないし、売ってたとして小遣いじゃ買えないから、
忘れられず後年「ボールベース(紙の特大ベースウクレレ)」を自作した。
有り合わせの素材がベニヤ板と厚紙しか無かったから。

志望動機はミゲル少年と俺はそんな変わんないんだよな。
ほっこり良いお話を観させて戴きました。
自分の音楽もいいけど家族を大事にしなきゃ駄目だぞってことか。
参ったな、おじさん大切なこと教えられちゃったよ。


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