『鎮魂 吉田満とその時代』

粕谷一希
文春新書
ISBN4-16-660436-8
吉田満に関してあれこれのことが書かれた本。
評伝というよりは、主に戦前戦中時代の同時代史的な読み物で、良くいえば重厚だが、実際には、これといったテーマもなく、とりとめのないことがだらだらと書かれただけの未完のスケッチ。一言でいって、まさに、吉田満のトルソー、といったところか。
著者に、伝えたい何か、があることは十分に伝わってくるものの、その伝えたい何かが、明瞭な言葉として像を結んでいないため、一冊の本のテーマにまで昇華しきれていない。
それなりには面白い部分もあったし、時々こういう本はあるので、これで面白いという人もいるのかもしれないが、私としては、もっと他に読むべき本はいくらでもあるだろう、という以外にいうべきことはない。
ちなみに、面白かったのは、学徒出陣の際の吉田満の手紙で、「僕はこのまゝかへつて来たくないと思つてゐる。(中略)死ぬための本当の覚悟などではない。たゞ僕はいま迄漠然と死を待つてゐた」というのは、青春の迷いとして、私には理解できるものがある。後は、若山牧水の「白鳥は哀しからずや」の歌は、当時は余り有名ではなかったのだろうか、とか。