小林一茶風日記

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2005-06-30

2年程前から不調気味でだましだまし使っていたパソコンディスプレイが、本日朝、みまかった。

処理業者に何軒かあたってみたところ、パソコン用ディスプレイをゴミとして処理してもらうには、1台三千円から一万五千円くらいかかるようだ(引き取り輸送費を含む)。

余りに値段がばらばらで相場はよく分からないが、新しく物を買うよりも、古い物を処分する方がコストがかかる時代になりつつある、といえるのだろうか。

『定刻発車 日本の鉄道はなぜ世界で最も正確なのか?』

三戸祐子 著

新潮文庫

ISBN4-10-118341-4

日本の鉄道は何故時間に正確なのか、ということが考察された本。

内容としては、日本の鉄道が時間に正確なのは、いかなる社会的、歴史的、乃至は環境的要請や条件に拠っているのか(第I部)、定時運転を可能にしている鉄道技術とはどのようなものであるのか(第II部)、そして、時間に正確な日本の鉄道は、今後どうなっていくのか(第III部)、ということについて、書かれたもの。

鉄道が時間に正確であることにそう特別な秘訣があるのでもないから、そう特別なことが書かれている訳でもないが、全体として、良質なノンフィクション、という感じの本か。結構良い本ではないかと思う。

良かった点としては(多分相互に関連しているのだろうが)、三部構成の全体の流れがすっきりとしていること、割と丹念に考察しているように思われること、特に第III部に、私には興味深かった指摘がいくつかあったこと。

技術が芸術になっている世界、に対するものを含めて、根源的な批判が余りないように感じられた点が、心持ち残念といえば残念な点だが、何にでも批判的であれば良いというものでもないし、これは無い物ねだりではあろう。

よくまとまっていて興味深く、良い本ではないだろうか。お薦めできる本だと思う。

以下、個人的で勝手メモ書き。

国鉄列車の平均遅延時分が1分より短くなったのは、昭和59年である。

中央線東京中野間では、大正13年から、混雑時には三分間隔で走っていた。

・新橋−横浜間の日本最初の鉄道は、もちろん単線で始まったが、外国人が設計したこの鉄道には、複線用の用地が確保されていた。後に日本人が鉄道を設計するようになると、単線には単線の用地しか確保されなくなった。

・(このように)ゆとりのない鉄道システムの下では、一つの列車が遅れたら、すぐ後ろを走っている後続の列車、終点で折り返してくる列車と、どんどんと遅れが広がっていき、システム全体が、不安定になってしまう。一つの列車を定刻通りに動かすには、すべての列車が定刻通りでなければならない。

・列車が、前後の列車の位置を直接把握できるようになり、それに基づいて制御され、更には分岐器も列車独自の判断で動かせるようになれば、今までのように、すべての列車がダイヤ通りに動いていなければならない、ということはなくなるだろう。

・日本の鉄道は乗客に定刻運転を提供してきたが、定刻運転のための迅速な乗り降り等を乗客に強いてもきた。鉄道は、遅れてもいけないし、乗客のわがままも許されない厳しい公共スペースであった。

携帯電話で連絡を取り合っている人が厳しい待ち合わせ時間を持たなくても良くなっているように、情報化社会の中でゆとりのない厳しい公共スペースにゆとりができるようになれば、定刻運転の習慣も変わっていくかもしれない。

2005-06-26

『決定版 失敗学の法則』

畑村洋太郎 著

文春文庫

ISBN4-16-770001-8

失敗はどのようにして起きるのか、大きな失敗を避け、小さな失敗を成功に結び付けるにはどうすれば良いか、というようなことについて書かれた概説書的な本。

全体として、あくまで概説書であり、決定版、と銘打たれているように、概説としてはかなりよくまとまってはいるが、その分、筋骨ばかりで肉はない、という本。

概説で良ければ良い本だと思うので、概説で良いという人や、ビジネス等に活かしたい人、必要があって読む人には、結構良い本ではないだろうか。

しかし、個人的な好みをいえば、もう少し具体例等が豊富に書かれている本の方が、私は好きではある。ちなみに、私が本書で一番面白かったのは、文庫化に際して付けられた附章で、回転ドアで発生した事故の分析がなされているところ。

(ドアのようなものは、本質的にその運動エネルギーが小さくないと危ない。元々の回転ドアを開発したヨーロッパの会社では、この危険を認識して、回転体の質量を小さくしていたが、この会社が日本から撤退し、技術だけが日本に移入された結果、この危険が意識されなくなり、見栄えのため等にどんどん質量が大きくなっていって、事故に結び付いた、というところらしい)

こういう本が良いという人にはよくまとまってはいるが、私のように、単に楽しい本が読みたい、という人には、もう少し別の本があるような気もする。

それでも悪い訳ではないので、概説で良ければ、という本だろう。

以下、メモ

・失敗の原因には、失敗の元となった要因と、その要因を失敗に結び付けた組織特性等のからくりとがある。

・新規事業は隣接分野でないと成功しない。

2005-06-22

『世相でたどる日本経済』

原田泰 著

日経ビジネス人文庫

ISBN4-532-19296-X

明治から昭和初期までの日本経済史についての概説的な読み物。

一応、日本の経済発展は、富国強兵というような政府の政策によってではなく、経済的自由によってもたらされたのだ、ということが主張された本であるが、全体としてはややまとまりに欠け、結構雑録的な感じの本。

形としては(あくまで内容ではなくタイプとして)、小室直樹とか長谷川慶太郎とか、なんなら佐高信でも良いが、そういう名のある人が書いて、ファンが買うようなビジネス読み物、を想定してもらうと、大体そういう感じの本だろうか。要するに、ファンが付くくらいだから面白くはあるのだろうが、特にどうしても本書を、ということでもない、という本。

(本書の著者が、著者名で本を買うようなファンを抱えている人なのかどうかは知らないが。というか、多分、そういう著者ではないと思うが)

個人的には結構楽しめたが、エッセイでもないのに、テーマの論じ方はもっとすっきりしたものがあり得ると思うし、映画の話はやや趣味に走り過ぎという感じもし、読みたいのならば読んでみても、という以上のことは強くいえない本だと思う。雑録で良いのなら、それなりに面白い。

以下、メモ

・関税自主権のない日本は、それ故に自由貿易国であった。また日本の市場は小さかったので、近代前半をリードした繊維産業等にとっては、日本市場よりも海外の市場が利益の源だった。

・繊維工場の女工たちには、工場で働くのでなければ、より過酷な農業労働が待っていた。

(女工の悲惨さの一端は、狭い工場内において結核が蔓延したことにあるとは思うが)

資本主義が繁栄をもたらしたことは、人口増加によって証明されるが(以前なら死んでいた人々が死なないで済むようになったのだから)、人口の増加は、繁栄の成果のかなりの部分を吸収してしまった。

・社会主義は人々の心の必要から生まれたものである。

1930年代に日本のGDPは成長したが、内訳を見れば、農業よりも鉱工業が、個人消費支出よりも政府経常支出と粗国内資本形成が延びており、要するに農業と個人消費を犠牲にして軍需部門に振り替えたものである。

・大量の戦死者を出した乃木希典日本軍捕虜強制労働を強いたソ連が少なからず賛美されたことは、出征した兵士が、帰ってきても食い扶持を与えねばならず、必ずしも心底から帰りを望まれていたのではなかった、ということを示している。

2005-06-20

若い頃は自分の性欲に対する羞恥心があったが、歳を取るに従って、性欲は減らないのに性欲に対する羞恥の心は減っていっているような気がする。

エロくたっていいじゃないか人間だもの、のみつをの心境。昔、大島渚監督が、若い男は皆どうして自分はこんなにスケベなのかと悩むものだ、といったとかいわなかったとかだが、もはやそのように悩むことなどは絶対にない境地に達したといえるだろう。

その結果どのようになるかというと、行動が完全にエロおやじになる訳だな。なるほど。

2005-06-17

『白隠 禅画の世界』

芳澤勝弘 著

中公新書

ISBN4-12-101799-4

白隠が描いたいくつかの禅画を訓詁注釈した読み物的な本。

特にこれといったテーマもまとまりもないが、元々は季刊誌『禅文化』に連載したものを一冊にまとめた本、ということで、確かに、そういう雑誌を読む人たち向けの読み物、ではある。

だから、そういう雑誌を読むくらいの強い興味と禅についての前提知識のある人には、それなりには面白い本なのだろう。一般の読者が書評を読んでからおもむろに手を出してみるような本ではないと思う。読んでみたければ読んでみても、というところだが、特に薦める程ではない。

個人的な感想としては、地獄とは心が生み出したものだという第五章は面白かったが、全体的に少し訓詁趣味が強すぎるようには感じた。

メモ1点。

・五山僧によって、菅原道真が唐に渡って参禅したという伝説が創られた。

2005-06-14

昨今のテレビ・バラエティにはデブタレントがものを食べる企画が多いが、デブが美味しそうにものを食べていても、お前は何食ってもうまいんだろう、と思えてしまい、紹介されている食べ物自体は余り美味しそうには見えないような気がする。

ギリシア神話 神々と英雄に出会う』

西村賀子 著

中公新書

ISBN4-12-101798-6

ギリシャ神話のいろいろなエピソードのあらすじを紹介した本。

「再話の寄せ集め」でないものを書きたかった、とあとがきには書いてあるので、著者の主観的にはそういう本ではないのかもしれないが、私には、事実上殆どギリシャ神話のエピソードの寄せ集めとしか思えなかった。

全体的に、別にどこが良いということもないが、悪くもないので、興味があるのならば読んでみても、という本か。

ただ、あらすじを寄せ集めただけで何が面白いのか、と批判することはでき、それ故にこそ著者もそうではないものを書きたかったというのだろうが、どこがそうなっていないのか私にはよく分からなかった訳で、この批判は依然として有効ではある。

無理に読むとか期待して読むという程のものでもないだろう。雑学本としてなら読んでみる手はある、というところか。

2005-06-12

『労働政治 戦後政治のなかの労働組合』

久米郁男 著

中公新書

ISBN4-12-101797-8

利益団体としての労働組合と政治との関りについて書かれた本。

話としては、70年代から80年代にかけての日本の民間労組は経済合理性に立脚し、全体のパイを大きくしてその分け前にあずかろうという方針の下、中曽根行革を支持するなどの活動を行ってきたが、自らの活動の成功によって労働戦線の統一組織連合を産み出した際に、拙速に統一を進める余り経済合理主義をその中心原理として設定することを怠ったため、90年代の連合は、橋本行革に寧ろ反対の姿勢を取る等、経済合理性よりも個々の労組の特殊権益が優先されるようになっている、ということが書かれたもの。

ただし、テーマ的な流れはこのようにかなりはっきりとしているものの、全体的な構成としては、相当にまどろっこしくて明快さを欠き、絞り切れていないような奥歯にものが挟まったような、何がしたかったのかよく分からない印象を受ける本ではある。

否、分からないといっても、テーマははっきりしている訳ではあるが。しかし、全体の構成というか配置というかレトリックというか、著者が何をいうために、何を説明し、何を検証し、何を論証するのか、ということが、適切に考慮されていないように思われる。

個人的には内容はそれなりに面白かったので、興味があるならば読んでみても良い本だとしておきたいが、積極的には薦めかねるものがある。

後、経済合理性などの言葉から窺えるように、本書の議論は結構新古典派経済学寄りで、反対の立場の人には説得力があるようには見えないのではないかという気がするが、どうなのだろう。

メモ1点。

・労働組合が労働コストの上昇によるインフレを回避するために賃上げの抑制を行う場合、労働組合はマクロ経済運営について政府と交渉する必要が生じる。

2005-06-09

道路経済学

松下文洋 著

講談社現代新書

ISBN4-06-149782-0

日本の道路政策を批判した本。

もっといえば要するに、今までの政策に替えてうちのシステムを採用せよ、という本か。批判するだけではなくて対処方法を示している、といえばいえるが、我田引水の自己宣伝には見える。

内容の方も、宣伝パンフレットならば確かにこんなものではあろうものの、それ以上のものはない。ソフトウェアの宣伝パンフレットを読んでも、処理の詳細は分からないし、プログラミングアルゴリズム勉強になる訳ではない、というのと同じことか。

ソフトのパンフレットならソフトの概略くらいは分かるだろうから、良くいえば、そうした感じのもので良ければ読んでみても、というところではあるのかもしれないが、普通、宣伝パンフレットに金は出さないだろう。

メモ1点。

・内閣府は、日本における社会資本の全体投資額に占める維持更新費の割合が、1995年の約16%から、2015年には約67〜83%になると予測している。

2005-06-07

『日中はなぜわかり合えないのか』

莫邦富 著

平凡社新書

ISBN4-582-85270-X

日中関係に関して書かれたエッセイ

特にこれといったテーマはないし深くもない、雑多な読み物的エッセイ。良くいえば、ある一面を見れば本書のように見えることは、多分そうなのだろうから、雑多な読み物で良ければ、読んでみても、という本か。

あんまり特別でも無理に薦める程のものでもないとは思うが、それなりといえば、それなり。いろいろな見方を知ることに意義がない訳ではない。

ただし、レトリックに関しては、おかしな点もいくつかある。例えば、90年代以降の愛国教育が今日の反日感情の高まりの元凶だ、という説を否定するのに、年齢は知らないが大学教授に、自身が受けた教育を根拠にたいしたことではない、と言わせてみせても、説得力は全くない、とか。中国については知らないが私が多少知っている範囲でいえば、インターネットに関する記述も、64bps というのが単純ミスではない、と疑われるくらいには変だと思うし、好意的に解釈して、せいぜい、希望的観測に基づいた一面的な見方、というところか。というか、ビデオオンデマンドの話とかを持ち出して、インターネットはこのように素晴らしい、この素晴らしいインターネットで中国は変わったのだ、などといわれてもねえ、という感じ。

私としては、他の中国に関する記述がこのレベルではないことを願うばかりである。

以下、メモ

・経済発展を続け、超大国になれる可能性も出てきた中国から独立しよう、などと考える地方の指導者は、台湾を除いては、まずいないだろう。

日本企業は、中国を生産現場とのみ考え、中国の消費者に対して尊大に接し過ぎてきた。その結果、日本企業、日本製品に対する信頼が低下し、日本のイメージも悪くなった。

2005-06-05

今のテレビ番組CMの後に、CMの前はどんな話だったか、というまとめを延々やるのが常だが、あれはつまり、CMの間に視聴者がチャンネルを変えていること、が前提にある訳で、そうであるならば、スポンサーから文句が出たりすることはないのだろうか、と思ってみたが、しかし、CM直後に最も盛り上がる部分をさっと流した方が、視聴者からすれば、CMの間もチャンネルを変えられない緊張感があって、CMの間もずっとテレビを見てくれるのではないか、という発想は、そういうやり方よりも今のやり方の方が数字を取れるから、今のやり方が広まっているのだ、と考えるのが妥当であるとすると、どこか間違っているのだろう。

どこが間違っているのだろう?

2005-06-03

『日本の伝統

岡本太郎 著

光文社知恵の森文庫

ISBN4-334-78356-2

伝統芸術に関して書かれた本。

別々に発表したいくつかの論をまとめたもの、ということで、必ずしも全体がきっちり統一されている訳ではなく、縄文土器、尾形光琳、日本庭園についての各論と、伝統芸術論、芸術論とが微妙に合わさったような内容の本。

重複もあるし若干古い感じも受けるので、全体としては、縄文土器や、尾形光琳、日本庭園について関心のある人向け、といったところの本だが、最初の第一章は、広く一読の価値があると思う。平均するとやや微妙にはなるが、一応はお薦めにして良い本だとしておきたい。

最終的にすべてを自己に帰着させる著者の伝統芸術論は、論理として、圧倒的な迫力があるし(その分、幻惑されるおそれもなしとはしないが)、芸術家の矜恃というのはかくあるのか、という感じで、かなり面白かった。伝統のために現在があるのではなく現在のために伝統があるのだ。

また、芸術は爆発だ、というのが、岡本太郎の芸術観を巧みに要約したものなのだ、ということが分かった点も、私には面白かった。あれはただのおちゃらけたキャッチコピーではなかったらしい。

著者の芸術論を知るためになら、伝統芸術について語っている本書よりも他の本の方が良いかもしれないし、岡本太郎がこう書いている、と言った場合に、ピカソゴッホならともかくネームバリューとしてどんなものか、というせせこましい疑念もない訳ではないが、本書を凄いと感じるか、そうでなくとも、少なくとも、かつては凄かったのだろう、ということが分かる本ではあると思う。

ちょっと引用

「それが現実であり、日本現代文化の姿であるならば、全面的におのれに引きうけなければならない。ツバをひっかけただけで通りすぎるとはもってのほかです」(p63)

「芸術における空間とは、まったく空気を抜いた絶望的な真空、虚であるか、でなければぎっしりと、みじんの隙もなくつまったものである、と私は信じるのです」(p112)

「このせまい文化圏の中で、一系の天皇家が百何十代もつづいたなどということも、けっして自慢にはならない。絶対的無気力の象徴としか思えないのです」(p225)

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