小林一茶風日記

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2005-07-31

哲学思考トレーニング

伊勢田哲治

ちくま新書

ISBN4-480-06245-9

クリティカルシンキングについて書かれた読み物的な本。

私はクリティカルシンキングの本は余り読んだことがないが、個人的な評価をいえば、普通にまとまってはいるが、それ程の面白みはない、という本か。

良くいえば、特に悪いということはないので、読んでみたければ読んでみても、というところ。

ただし、これなら小室直樹でも読んだ方が面白いのでは、という感じはある。この手のものはもっと面白おかしくできると思うし、一般向けの概略にせず、自分の専門(得意)分野に引き寄せて好き勝手にやった方が、良いものができたのではないだろか。

クリティカルシンキングそのものよりは、どのような場面でクリティカルシンキングを使うべきか、というようなメタレベルの話が多いので、ある程度クリティカルシンキングを知っている人には面白いのかもしれない。

メモ1点。

・ある共同体に現在受け入れられている倫理規範を批判する際には、間違っていると批判する側に立証責任を負わせれば、無駄に懐疑主義に陥ることがないだろう。

2005-07-28

『八月十五日の神話 終戦記念日メディア学』

佐藤卓己

ちくま新書

ISBN4-480-06244-0

8月15日という終戦記念日をメディアがどのように扱ってきたか、が書かれた本。

内容的、形式的には、新聞ラジオ、歴史教科書というメディアが、終戦記念日をどのように扱ってきたか、ということが主として考察されたもので、全体のモチーフとしては、8月15日を終戦記念日とする曖昧な歴史認識を批判する、ということが、多分あったのだろうが、それが一冊のテーマとまでは高められておらず、総体的な統一感はない。

個々の部分には面白い指摘もいくつかあったが、ややまとまりを欠き、一冊の本として成功しているとまではいえない本か。

面白くない訳ではないが、積極的に薦める程、良くもない、という微妙な出来で、判断に悩む本ではある。それでも良ければ、読んでみても、というところだろう。

以下、メモ

・日本において、太平洋戦争の終結した日が降伏文書に調印した9月2日とされていない背景には、降伏を隠蔽忘却する心理が働いたことがあるのだろう。

・9月2日はアメリカ主導で式典が行われた日付であり、イギリスでは8月15日を基準にして戦勝式を行う。日本でも、独立後に、8月15日を記念日とする習慣が広まった。

・玉音放送には、祭祀における天皇司祭)の祝詞によって世の中が変わるのだ、という古層信仰の形が潜んでいる。

・元々月遅れお盆であった8月15日には、既に終戦以前において、戦没者を追悼する行事があった。

・韓国の高校生の半分以上は、日本の正式国名がまだ大日本帝国だと認識しているらしい。

(しかし、敗戦したのだから帝国という文字はなくなるだろう、という判断も、皇帝たる天皇は引き続きいるのだから帝国のままだろう、という判断も、どちらも十分に常識的だと私には思える)

2005-07-26

『「戦艦大和」と戦後

吉田満 著 保阪正康

ちくま学芸文庫

ISBN4-480-08927-6

「戦艦大和ノ最期」と、著者が太平洋戦争に従軍したことに関して書かれたエッセイを集めた本。

極言すれば、というか事実上、「戦艦大和ノ最期」と、その膨大な後書き、と考えれば、分かりやすい本だろうか。一応は、吉田満選集みたいな形をとっているが、吉田満がそれ以外のことを余り書かなかったのかどうか、私は知らない。

膨大な後書き、ということで、ぶっちゃけていえば、本編よりも後書きの方が長い本はいかがなものか、というのが正直な感想の本ではある。

「戦艦大和ノ最期」そのものは、文語体なので若干分かり難い箇所もあるものの、カナ交じりというのは、それ程苦にはならなかったし、一読以上の価値がある、とは思うが。また、「戦艦大和ノ最期」だけでは、戦争肯定の文学という批判も大きく的外れではないと私も思ったが、「後書き」を読めば、少なくとも著者の主観的には、そうではない、ということがよく分かるので、すべてが無駄ということでもない。

しかしそれにしても、さすがに後書き長すぎか。500ページを越えるのに、テーマが殆どそれだけ、というのは、辛いものはある。

良くいえば、「戦艦大和ノ最期」を目当てに買ってみる手もあるとは思うので、「戦艦大和ノ最期」だけに期待して買っても良い、という人ならば、というところだろうか。

ちなみに、大和から投げ出されて波間に漂っている時に聴こえた音楽バッハ無伴奏ソナタだったというのは、シャコンヌのことをいっているのだろうか。

2005-07-25

朝日新聞も、このまま知らぬ振りをしておけば忘れてくれただろうに、何でわざわざNHKの問題を蒸し返すのだろう。

隠し玉があるのだろうか。

2005-07-24

銀河にひそむモンスター

福江純 著

光文社知恵の森文庫

ISBN4-334-78370-8

銀河中心核にあるブラックホールに関連していくつかのことが書かれた科学エッセイ

一応の流れとしては、活動銀河の研究を通してその活動の原因としてのブラックホールと降着円盤が解明されていく様を描いた研究史概略、であり、良くいえば、科学エッセイとしてそれなりといえばそれなりだろうから、そういった類の天文学エッセイ、あるいは雑学本で良ければ、読んでみても、という本か。

ただし、問題点としては、本書には、こうだからこうだ、というような解説が余りない。用語説明は、スペクトルとか電子・陽電子対消滅とか、割と初歩のものから付いてはいるのだが、これらの用語を知らないような人が読んで本書を理解できるのかは、結構疑問に思う。少なくとも、何かを説明しているような本を、期待すべきではないだろう。

天文学に関する言葉がだらだらと書かれていて、それで楽しめる、という人向け。元は岩波書店の本らしいから、初心者がふらふらと手に取るような本ではなかったのだろうが、本書を楽しめる層は、かなり限定的だとは思う。

それでも良ければ、というところ。

メモ1点。

水素原子の基底状態と励起状態との間を電子が遷移する際に生じる輝線や吸収線スペクトルをライマン系列、第一励起状態とそれよりエネルギーの高い状態の間に生じるものをバルマー系列、第二励起状態の場合をパッシェン系列と呼んでいる。

2005-07-21

今週に入ってから、ネクタイが首を絞めるのがえらく気になるようになってしまった。

梅雨が明けて暑くなったからとか、少し太ったかもということもあるかもしれないが、その原因をつらつらと考えるに、私にストレスを与えていた案件が今月の頭に終了して、それから解放されたことが大きいのではないかと思う。

つまりどういうことかというと、私の精神は私に対してある程度のストレスを要求しているように思われる。今までストレスだったものがなくなったので、今までは全く気にもしていなかったことが気になり、新たなストレスになると。

人間というのはストレスなしでは生きられない悲しい生き物なのか、それとも、私が単にMなだけなんだろうか。

いずれにしても、暫くはネクタイのことを女王様と呼んでおこう。

2005-07-20

日本の公安警察に関する若干の考察

推論1:日本の公安は、伝統的に、共産党を含む左翼と右翼活動家とをそのターゲットにしてきたとされる訳で、イスラム過激派への浸透は弱い、と見るのが妥当ではないだろうか。(あるとすれば、日本赤軍→パレスチナゲリラ→イスラム過激派、という関係だが、元々はアフガンの反共ゲリラ出身のアルカイーダとの接点は少なそうだ)

推論2:であるならば、イスラム過激派による国際テロの懸念が昂っている昨今、公安筋から、日本国内におけるイスラム過激派のテロに対する過剰な反応が出てきても良さそうに思うのだが、どうなのだろう。

仮説A:過剰な反応は出てきているが、私が知らないだけ。

仮説B:過剰な反応は出てきていない、その訳は、

B−1:公安はイスラム過激派の情報を全く得ていないので、日本国内でのテロには思いも及ばない。

B−2:公安はイスラム過激派の情報を十分に得ており、日本国内でのテロ対策には自信を持っている。

B−3:テロが発生した場合、いずれにしても公安は焼け太りになるのだから、組織防衛の観点からいっても、別に騒ぎ立てる必要はない。

ちょっとよく分からない状況だ。

2005-07-19

『脱税 元国税調査官は見た』

大村大次郎 著

祥伝社新書

ISBN4-396-11016-2

脱税に関していくつかのことが書かれた概説書風の本。

全体的に、特別ではないが悪くもないという標準クラスの本で、脱税に関して一通りのことが知りたいというような人なら、読んでみても、という本か。

ただし、サブタイトルは、元国税調査官は見た、となっているが、内情暴露系ではないものを主旨に執筆した、ということで、その方面には余り期待しない方が良い。読み物としては、そういう内情暴露系の方が断然面白いだろうと思うし、この著者も他にそういう本を書いているみたいなので、内情暴露系が欲しいという人は、他を探した方が良いかもしれない(私はこの著者の他の本は読んでいないので、責任は持てないが)。

あくまで概説書風のもので良ければ、読んでみても、というところだろう。

以下、メモ

・重加算税は仮装隠蔽がなされている場合にかけられるので、脱税のニュースでも重加算税が課せられていない場合は、国税当局と見解の相違だった可能性が高い。

財産相続させたり生前贈与すれば税金がかかるが、離婚慰謝料にはかからないので、相続税を脱税するために偽装離婚を行う人もいる。

・それまでは規制によって寡占状態が守られてきたビール業界に、規制緩和で地ビールが登場したことで、ビールより税金の安い発泡酒が出てきたのだろう。

発泡酒の税率上げ

に対しては、ビール業界努力を無にするものだ、という反対意見が必ず出るが、別にそんなに努力してないじゃん、ということか。

2005-07-17

博物館の誕生 町田久成東京帝室博物館』

関秀夫 著

岩波新書

ISBN4-00-430953-0

現在の東京国立博物館の明治期の足跡を、その創立者である町田久成を中心に追った本。

全体的に、特にどうということもない歴史読み物で、悪くもないが良くもないという、標準ちょい下辺りのありがちな新書読み物。

割と細かいところをがたがたとやっているので、明治新政府内部の権力闘争とか、私にはそれなりに楽しめる部分もあったが、何故町田久成が博物館を建てようとこだわったのか、その動機について殆ど突っ込まれていないなど、物足りない部分もあり、取り敢えず一冊本を書きました、という以上のものではないと思う。

日本最初の博物館というのが、そういったもので尚よし、といえる程のテーマかどうか、好きで読んでみたいというのならばともかく、書評を読んでからわざわざ手を出してみるような本でもないのではなかろうか。

読んでみたければ読んでみても、というところではあるが、もう一つ、何かが足りないと思う。

以下、メモ

・町田久成は、明治二年に、来日したエジンバラ公アルフレッド(ビクトリア女王の第二王子)の接待を取り仕切ったが、この時の丁重な接待が尊皇攘夷派の反発を買い、外務省からの異動を余儀なくされた。

・町田久成の後ろ盾となっていた大久保利通の死後、博物館建設は、完成したら博物館を皇室資産に組み込むことにして、推し進められた。

町田の博物館作りに否定的だった田中芳男が、動物園の設置を押し込んだ。

2005-07-15

ここのところブッシュ政権の評判が落ちてきているような感じがするが、二期目だからどうせ次はないし、結構どうでも良いことなのではないだろうか。

お前ら働けよお

輸入増加と失業率の増加とは、ニワトリと卵みたいな関係なのだろう。

景気が悪い時には、輸入が増えたから失業者が増えるのだ、という主張が大抵なされるものだが、輸入が増えたから失業者が増える、という論理とは逆に、失業者が増えたから輸入が増える、という道筋も考えられる。

失業者が増えると、何故輸入が増えるのか。

失業者が、もちろん何も消費しなければ問題はないが、そういう訳にはいかない。失業者も生きていくためには消費する必要がある。どこかに住み、何かを着、何かを食べねばならない。失業者とは何も生産していない人のことなのだから、何も生産していない人が消費だけすれば、当然、その分物が足らなくなる。物が足りなくなれば、それを補うために、輸入が増える。

失業者が増えると、輸入が増える訳である。

しかしここで、輸出入を考えないと(輸出入を考えても全世界的に見れば)、失業者の存在は、物価の上昇を招くことになる。生産をせずに消費だけする人がいれば、物が足りなくなり、物が足りなくなれば、当然、物の値段が上がる。

失業者を他人の不幸だと笑っていると、災難が我が身に降りかかることになる。

お前ら働かな、わてら遊ばれへん、というのは経済学的に正しい、ECな事実である。

つまりこれを以って、ニートというのは社会のダニである、ということが証明されたといえよう。

2005-07-12

レトリックがレトッリクになっていた。

韓国の大統領が、イスンシンは20数回戦ってすべて勝った、とかいう凄いことを言ったとか言わなかったとかみたいだが、韓国の歴史認識はそんなもんなんだろうか。負けた戦いには参加しなかったことになっているのかもしれない。

(以下後記)

http://www3.nhk.or.jp/news/2005/07/12/d20050712000125.html

「20回以上の戦闘にすべて勝利することで」か。勝った戦闘の数が20回以上、ということなのだろうか。

『観光都市 江戸の誕生』

安藤優一郎 著

新潮新書

ISBN4-10-610122-X

観光都市という観点から江戸を描いた読み物。

大体のところは、ありがちな江戸読み物の一つ、と考えてほぼ間違いはない本か。

私としては結構面白かったので、江戸読み物の中では上位に入れて良い本だと思うが、別にそう特別という程でもない、というところ。所詮は江戸読み物だし。

特記しておくようなことはなく、読んでみたければ読んでみても、という以外に述べることはない本だろう。

以下、メモ

・江戸後期には、開帳も飽和状態になって、エンターテイメント性が進んだり、失敗する事例も増えていった。

・初代市川團十郎が、父の故郷に近い成田不動に祈願をして子供(二代目團十郎)を得たことから、市川團十郎と成田山新勝寺の関係は深く、團十郎が成田不動を演じたり、江戸において開帳を行うことで、成田山新勝寺のネームバリューが広まっていった。ただし、新勝寺は平将門の調伏に関連した寺であるため、神田明神の氏子は江戸での開帳に訪れることはなかったという。

・大名屋敷にある神仏を公開して得られた賽銭やお札の売上は、大名の収入になった。

2005-07-11

走れ赤い稲妻

ちょっと急いでいたので、走れスタスキー刑事、とか頭の中に響かせたら、何故か、このナレーションは小林克也に違いない、とか思ってしまった。

ぐぐってみたが、かすりもしねえでやんの。

2005-07-09

『がんというミステリー

宮田親平 著

文春新書

ISBN4-16-660447-3

ガン研究史についての連作コラム

一応、一通りまとまってはいるが、元々は月刊誌の連載ということで、全体が20もの断章から成っており、その分、個々の内容は浅いような気がする本。記述的にも、誰々が何々を発見してノーベル賞をもらった(あるいはもらわなかった)、という話がメインで、後一歩深みがない感じ。

概略としてそれなりといえばそれなりだし、良くいえば、内容が浅い分、スピード感がある、かもしれないので、私には余りぴんとこなかったが、雑学本で良い人には、こんなものである、という可能性もなくはなく、そうしたもので良ければ読んでみても、という本か。

しかし最後の章の疫学の話とかは、これでは疫学について何も分からないと思うので、本当に何も知らない初心者が読むような本であるかどうかは、よく分からない。

個人的には特に読んでみる程のものではなかったと思うので、いずれにしても薦める程ではない。

以下、メモ

・手術用手袋は、ウィリアム・S・ハルステッドが、後に彼の妻となる看護師長が消毒による手荒れに悩まされていたのでゴム手袋をプレゼントしたことから始まった。

・最初の抗癌剤は、毒ガス(イペリット)から生まれた。

免疫血清中には特異性の異なる細胞群から産生された抗体が多数混じっているが、モノクローナル抗体とは、一個の細胞を分裂・増殖させた細胞群(モノクローン)が産生する抗体のことである。

2005-07-07

『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』

木村元彦 著

集英社新書

ISBN4-08-720297-6

コソボ紛争後のセルビア・モンテネグロの近況をいくつか描いた本。

タイプ的には、俺様は弱い者の味方だぜ、という感じのありがちなルポルタージュ、と考えて大体大過のない本か。私はそういうのが大嫌いなので、本書も好きになれる本ではなかったが、こういうのが好きな人には、それなりの本ではあるのかもしれない。

ただし、書かれているところが結構飛び飛びで、流れが掴み難いような部分はある。旧ユーゴのことをある程度知っている人向き。というか、本書は、現在ある旧ユーゴを巡る言説に対するカウンターバランスなのであり、従って当然、現在ある旧ユーゴを巡る言説を予め了解していること、が求められるのだろう。

そうしたもので良ければ勝手に読んで下さい、という本。

2005-07-06

造反議員が37人も出ると、厳しい処分を行う訳にはいかないだろう。

つまり、赤信号 みんなで渡れば こわくない、ということが証明された訳だ。

民主主義は、日本的システムに案外馴染むものなのかもしれない。

否、集団無責任体制こそが日本的民主主義だ、ということなのか。

2005-07-05

グロテスク教養

高田里恵子

ちくま新書

ISBN4-480-06239-4

教養はミドルクラスの上昇志向と結び付いたものである、というようなことが書かれた教養論。

(ただし、教養をロワーミドルの上昇志向とみるのか、アッパーミドルのエリートのものとするのか、本書の議論はやや明解さを欠く)

全体として、うだうだとしていて何がいいたかったのかはよく分からないが、それなりといえばそれなりの教養論か。そうしたもので良ければ、読んでみても、というところ。

著者自身がぐちぐちと言い訳を並び立てているくらいだから、何がいいたかったのかは、誰にも分からないだろうが、良く解釈すれば、重厚で、生に近い思考が書かれたもの、ではあるかもしれない。

この手のものはえてしてそういうものになりがちだろうし(と、著者自身が開き直っているし)、それなりに面白い部分もあり、全体は分からなくても個々の部分が分からないということはないので、読みたければ読んでみても、という本ではないかと思う。

私は切れ味のないものは嫌いなので本書も好きになれるタイプの本ではなく、薦める程ではないが。

以下、個人的で勝手メモ

・元々、教養というのは、旧制高校に代表されるようなそれなりのエリート男子が、自らがただ受験テクニックに優れた優等生ではない、ということを主張し、あるいは立身出世への野心を糊塗するために、必要なものだった。

・教養とは立身出世に必要のない知識であって、教養の敵は就職であり、実際に立身出世の可能性が閉ざされた、若者が戦地に赴くしかなくなった太平洋戦争中には、教養は一躍跋扈した。

・それでも、男性の教養はまだ自ら獲得したものだったが、女性の教養は、相続したもの、育ちのよさ、と看做された。

2005-07-03

宗教は国家を超えられるか 近代日本の検証』

阿満利麿 著

ちくま学芸文庫

ISBN4-480-08919-5

近代日本批判の本。

一言でいえば、ファンが読むようなタイプの本、という感じのものか。全体的に、やや漫然とした試論集、といった感じで、中心的なテーマがはっきりとあるのでも、きっちりと論じられているのでもない、自由なエッセイ形式の本ではあり、内容的にも、特にこれといったものはない、リベラル立ち位置からのありそうな近代日本批判、という以上のものでもなく。

ところどころに面白い部分がない訳ではないし、読む人が読めば(解説を書いている人みたいに)意義を引き出せるのだろうけども、私としては、ファンが読むのならともかく、特に薦める程の本でもない、と思う。

実際のところ、敢えて本書のテーマを挙げれば、近代日本は国家が宗教に成り代わろうとして失敗した、現代日本では宗教は国家を超えられるのか?、とでもなる訳だが、最後がクエスチョンマーク付きの投げっぱなしで終わっているのはどうなのだろうか。

少なくとも、この著者の本を初めて読むのなら他の本から読むことを薦める。

以下、個人的で勝手メモ書き。

平家の落人伝説は、無意味で且つ不条理な人生が拠って立つところの不合理を、死者の世界であるあの世等ではなく、現世における同一空間である都に置いた点に特色がある。

・政治的経済的に安定した江戸時代には現世を全面肯定する思想が広まったが、本居宣長に至って、現世が拠って立つところの不合理を、古事記の神々、古事記の神が現世の支配者と定めた天皇に置くようになり、現世を肯定するために天皇支配を肯定する道筋が整えられた。

・近代(そして現代)日本において、宗教が、現世が拠って立つところの不合理を設定しようとすれば、既にそれとして設定されている天皇支配に抵触せざるを得なかった。

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