小林一茶風日記

2004 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2017 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2018 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 |
 | 

2006-01-31

電波利権

池田信夫

新潮新書

ISBN4-10-610150-5

政府の周波数割り当て政策とそこに安住する放送業界を批判した本。

全体的に、ありがちといっては悪いかもしれないが、別にありそうな批判本。個人的には手軽すぎて内容に厚みがないように思ったが、言葉を変えれば、新潮新書らしい手軽な本ではある。

取り立てて良くもないが、悪いということもないので、そうしたもので良ければ読んでみても、という本か。

余り、よく調べてあるとかきれいにまとまっているとかこんなに凄い内実があったのかとかいうことはないと思うが、読み捨てるくらいのつもりならばこんなものだろう。

2006-01-30

ドッグイヤー

の今の世の中、正式に規格化されるのを待ってはいられないので、使える規格はデファクトスタンダードだ、というのが通り相場だが、一方で、中国は国内向けの特殊規格を採用して国内産業を育てようとしている、というのは、どうなのだろう。

国内規格を作っている間にデファクトスタンダードに先を行かれ、かえって国内産業の足を引っ張る要因になる、ということはないのだろうか。

利害構成が複雑になりやすい国際規格を決めるのと比べれば、国内規格だし、おまけに共産主義国家なので、速く決められるのだろうが。しかしその場合には本当に良い規格が作れるのか、という疑問も出てくる訳で。

2006-01-29

経済学思考のセンス お金がない人を助けるには』

大竹文雄

中公新書

ISBN4-12-101824-9

主として所得や賃金に関したことについて書かれた経済学エッセイ

基本的に、特別でもないが悪くもない経済学エッセイなので、そうしたもので良ければ、読んでみても、という本。

主に所得や賃金に関することが書かれているので、所得や賃金に興味がある人には、単に漫然とした経済学エッセイよりも手を出しやすいかもしれない。が、その分、タイトルや帯で煽っているような経済学入門としては、使い難いと思う。

所得や賃金に関して書かれた経済学エッセイ、という以外のものではないので、他には特に記しておくようなことはない。それで良ければ読んでみても、という本だろう。

2006-01-26

ブルーレイディスク陣営に属するソニー以外のメーカとしては、PS3には是非成功してもらって市場を引っ張ってもらいたいが、かといって成功し過ぎると自社製品が売れなくなる訳で、どの程度の成功が良いのか、悩ましい問題ではあるだろう。

それとも、レコーダーで勝負するのだろうか。

2006-01-24

科学史から消された女性たち ノーベル賞から見放された女性科学者の逸話』

大江秀房 著

講談社ブルーバックス

ISBN4-06-257502-7

何人かの女性科学者たちの列伝。

ざっくりといえば割と普通の列伝読み物だと思うので、女性科学者の列伝で良ければ、読んでみても、という本か。

サブタイトルにもあるように、ノーベル賞に届きそうで届かなかった女性科学者たちを主として集めたものだが、ノーベル賞云々というのは、そういうものを期待した私の見解では、余り期待しない方が良い。そういうものが含まれていることは確かだが、一応生涯全体を描いているので、主題的にはかなりぼやけてしまっていると思う。

寧ろ、著者としては、女性科学者の生涯全体を描くことで、女性科学者が女性に対する差別偏見とどのように戦ってきたか、ということを描きたかったのだろう。それが成功しているかどうかは、余りよく分からないが。少なくともテーマとして論じられている訳ではないが、良くいえば、そういう事例の積み重ねではある。

ということで、テーマ的にはやや問題含み。科学的事項の説明も、知らない人には多分分かりやすくはないと思う。

ただし、列伝読み物としてそれなりといえばそれなりなので、女性科学者の列伝で良いのなら、悪いということはないと思う。

強くお薦めする要素はないが、読まないよりは読んだ方が、という、結構微妙な出来の本。女性科学者の列伝が読みたければ、読んでみても、というところではないだろうか。

メモ1点。

・エミー・ネーターは、次のことを証明した(ネーターの定理)。

物理法則が時間の転換によって不変である時、エネルギーは保存される。

物理法則が座標の転換によって不変である時、運動量は保存される。

物理法則が回転によって不変である時、角運動量は保存される。

2006-01-22

ペリー提督 海洋人の肖像』

小島敦夫 著

講談社現代新書

ISBN4-06-149822-3

ペリーの伝記。

歴史書というよりは、紀行文っぽい感じの本だが、内容的には、ほぼ伝記と考えて良いだろう。

この、歴史書というよりは、というところに、私の本書に対する評価のすべてが現れていて、全体的に、冷徹な研究というよりも自己陶酔感があって、私としては、余り好きになれる本ではなかった。

ただし、駄目という程でもないので、許容範囲内といえば、許容範囲内か。日本へ来る前と後のペリーの動向というのは余りよく知られていないと思うので、それを知ることができるという面で、それなりには面白い。薦めるのではないが、読んでみたければ読んでみても、というところ。

タイトルにも付けられている海洋人が云々、というのは、著者が強くそれを主張したいということは分かったが、具体的にどういうことなのか、というのは、私には殆ど分からなかった。つまりただの自己陶酔に思える訳で、余り良い出来の本ではないと思う。

以下メモ

・ペリー(マシュー・カルブレイス)の父親のクリストファー・ペリーは、アメリカ独立戦争の時に私掠船に乗って戦った。

長兄のオリバーハザード・ペリーは、米英戦争の時にエリー湖で英艦隊を破った英雄として、アメリカでは歴史上の有名人である。

サスケハナ(本書の表記ではサスケハンナ)とは、チェサピーク湾の奥に注ぐ大河の名で、ネイティブアメリカン言葉で泥水を意味する。ペリーの先任者のオーリックが日本への途上で解任されたので、艦隊の旗艦サスケハナ号はペリーと香港で合流した。

・ペリーは、鎖国日本に力を見せ付けるため、十二隻の艦隊を政府に認めさせた。最初に四隻の艦隊で日本を訪れたのは、準備不足のためであるが、次の選挙で敗北が予想されたホイッグ党フィルモア政権の下で準備してきたペリーは、対外融和策を掲げる民主党政権を待つ訳には行かなかった。一回目の訪問はフィルモア大統領の親書を渡すだけで終え、二回目に、九隻の艦隊を率いて、日本に回答を取りに来た。

2006-01-21

雪が積もった遠くの落葉樹が薄ぼんやりと輝いて、満開の桜の様だった。

 

少し春ある心地こそすれ

2006-01-18

『はじめての<超ひも理論> 宇宙・力・時間の謎を解く』

川合光 著

講談社現代新書

ISBN4-06-149813-4

素粒子論、量子力学から超ひも理論への展開を述べた本。

私の見解では、大体のところ、クオーク等の素粒子論や量子力学を既にある程度知っている人が、その先の超ひも理論がそこからどのように展開されようとしているのかを知るための本、と考えるのが、最も穏当だろうか。

「はじめての」と銘打たれているが、基本的には中級者以上向き。少なくとも量子力学を知らない人が読んだら、多分、余りよく分からないのではないかと思う。

そうしたものなので、そうしたもので良ければ読んでみても、という本か。特に分かりやすいとか興味深いとかいうことはないと思ったが、駄目という程悪いものでもない。

素粒子論等から順々に展開しているので、筋道をたどることができる分、これで分かる人には分かりやすいかもしれない。ただし、素粒子論や量子力学をある程度は知っていて、超ひも理論は殆ど全く知らない人、となると、向く読者はかなり絞られるような気はする。超ひも理論の本は二冊目の私がいうのもなんだが。

もう少し、超ひも理論そのものの話が充実していても良かったのではないだろうか。

素粒子論や量子力学も余りよく知らない人が、本書で一気に超ひも理論まで知ることができれば、それが理想なのだろうが、そこまでは少々厳しいように思う。

後は、自分に合っていると思えば、というところ。

以下メモ

・超ひも理論を使ってある種の量を計算していくと、1/2の量が2倍の量に等しくなるTデュアリティという現象が出てくる。

アインシュタインの方程式を解くと、真空のポテンシャルエネルギーが正の値で、余り運動をしない状況の時には、負の圧力がかかる。宇宙初期のインフレーションはこの圧力によって起こされた。真空のエネルギーはアインシュタインの宇宙項と同値である。

2006-01-17

初回視聴率

クールが替わると毎回のように、このドラマは初回の視聴率が悪くて失敗だ、という話が出てくるが、連続ドラマの初回の視聴率というのは、そのドラマの善し悪しを意味するものではないように思われる。

初回の視聴率が悪いのは、前のクールのドラマが悪すぎて視聴者にそっぽを向かれたか、せいぜい、番宣の失敗を物語っているに過ぎないのではないだろうか。

(オープニングの時間に25%あった視聴率がエンディングの時には15%にまで落ちていた、とでもいうのなら、ドラマの出来が悪いといえるのかもしれないが、実際には平均視聴率だけを問題にしているケースが多いし、そんなにあからさまな結果は余程でないと出るものでもなく、たとえ出たとしても、そういう場合は裏に化け物があったということが多いのではないだろうか)

寧ろ、初回の視聴率は、悪い方が、評価を受けやすい――連続ドラマの初回の視聴率が散々な結果に終わって、最終回の視聴率が良ければ、そのドラマの実力は明らかだから、とも考えられるから、初回の視聴率は悪い方が、その番組だけの関係者にとっては、良いのではないだろうか。

2006-01-15

『徳川将軍家の結婚

山本博文

文春新書

ISBN4-660480-5

徳川家歴代将軍の結婚事情について書かれた本。

正妻を迎えた時の事情や、その後の成り行きを中心に、将軍の子供達の婚姻相手等をも記した歴史読み物。よくある歴史ムックで同じタイトルのものを想定すれば、大体そんな感じ、といった本で、ストレートな内容の捉えやすい本ではあるだろう。

それ以上でもそれ以下でもなく、そうしたもので良ければ読んでみても、というところ。ストレートな内容なので、後は特に記しておくようなことはない。

私としては、まずまず、こんなものだろうと思う。興味があるのなら読んでみても良いのではないだろうか。

以下メモ

・諸大名と政略結婚を繰り広げた家康、秀忠は別にして、幕府の権威が確立した家光以降は、皇女和宮の降嫁まで、幕府の婚姻政策は積極的なものではなかった。将軍家の地位に恥ずかしくない、摂家宮家からの正室を迎えればそれで良く、天皇家との婚姻にもそれ程積極的だった様子はうかがえない。

・家光以降の徳川前期の将軍と正室との関係も形ばかりのものだったが、九代家重の正室比宮増子に至って懐妊する等、夫婦関係も段々と実質的なものになっていった。

・婚姻政策に積極的でない幕府に代わり、将軍家の婚姻は女性が主導することが多かった。

秀忠の孫にあたる明正上皇は家光の三男綱重に関白二条光平の姫君を世話し、六代家宣の正室の近衛煕子が七代家継に霊元法皇の皇女八十宮の降嫁を願い、島津に嫁いだ綱吉の養女竹姫の遺言で、島津重豪の娘が一橋家に嫁ぎ、やがて十一代家斉の正室となった。

・嫁いだ女性は婚家を重視した。天璋院も和宮も幕府崩壊直後の江戸城を離れることなく徳川家存続に尽力したし、娘を渋々武家に嫁がせた近衛煕子の父近衛基煕は皇女の降嫁に反対だった。入内した東福門院和子も、夫に味方して、後水尾天皇の譲位を後押ししたと考えられる。

2006-01-11

日本の文化ナショナリズム

鈴木貞美 著

平凡社新書

ISBN4-582-85303-X

近代日本における、文化史及び文化史研究史について書かれた本。

余りテーマやまとまりはなく、大体のところ、とりとめのないことがうだうだぐだぐだと書かれたいつものよくある人文学系の書、と考えておけば良い本か。

よくあるタイプの本なので、こういうのが好きな人には面白いのかもしれない。

敢えて、テーマというか結論というか、寧ろ問題提起をいえば、日本のナショナリズムはアジア主義と密接な関係があった、というのが、中心的なものになるのだろうか。

所々面白い指摘がなくもなかったので、こういうもので良ければ読んでみても、という本なのかもしれないが、ただし、文化史概説という面も含むためか、全体が殆ど細切れの集合体になっており、かといって雑学本として読むには難しい部分が結構多いので、私としては余り良い本ではないと思う。

薦めるには少し足りない、というところではないだろうか。

以下メモ

明治以前の日本の知識人は、知的なことを書く場合には漢文調を用い、情を書く場合には和文調を用いた。

大正時代に入る頃から、宇宙根本原理として生命を考える生命主義の考え方が広まり、やがて、その普遍的な生命を、日本の古神道天皇が最も良く体現し得るのだという特殊ナショナリスティックな考えが広まっていった。

2006-01-07

『江戸の性談 男たちの秘密

氏家幹人 著

講談社文庫

ISBN4-06-275262-X

江戸時代の性風俗に関する読み物。

大体のところ、ありがちな江戸読み物で、候文の引用が控え目なことなどから、好事家向けというよりは、より広く一般向けという感じの本か。

だから、こういうのを読んだことがない人向け。

私個人的には、寧ろ好事家の部類に入るだろうから、そんなに目新しいことは書かれていなかったし、特にどうということもない本ではあったが、エピソードもいろいろ入っているので、こういうのが初めての人には楽しめるかもしれない。

読んでみたければ、読んでみても、というところだろう。

2006-01-04

『楼蘭王国 ロプ・ノール湖畔の四千年』

赤松明彦 著

中公新書

ISBN4-12-101823-0

楼蘭に関していくつかのことが書かれた本。

一言でいえば、楼蘭紹介本、と考えれば、大体間違いのない本か。

これといったテーマもないし、すっきりとしたまとまりもないので、余り良い本だとは思わないが、紹介本で良ければそれなりの紹介本ではある、というところ。

史記』『漢書』の話やら、ヘディン、スタインの話しやら、考古学の話やら出てくるので、どうにも拡散的であるし、コーカソイドやインド・ヨーロッパ語族が云々とかいうのも個人的には眉につばをつけないと受け取れなくなっているので、私は余り良い本だとは評価しないが、ただし、本書に掲げられている参考文献を見ても、楼蘭というのは名前が知られている割に類書は多くなさそうなので、こんなもので仕方がないと思えば、許容範囲内か。

他に良い紹介本があるのならただちに引っ込めるのにやぶさかではないが、読んでみる手はあるだろう、としておきたい。

2006-01-03

今更遅いが、「どうぞ良いお年を」

と「どうか良いお年を」は、どっちが正しいのだろう。

そもそも、どうぞ、と、どうか、は、どう違うのか。

「どうぞお召し上がりください」、「どうかお召し上がりください」の違いを考えるに、どうぞ、は推奨する感じ、どうか、は懇願する感じ、だろうか。

ところが調べてみると、神に対して祈りを奉げる場合は、伝統的に、どうぞ、を使う場合がある模様で、この辺りの神観念は民俗学的に面白いものがありそうな気がするが、いずれにしても、どうかとどうぞの違いは明瞭ではない。

「どうか病気が治りますように」も「どうぞ病気が治りますように」も、どちらも正しい(神に対して祈る場合、後者の方が寧ろ正しいかもしれない)。

出征する兵士に対して直接言うのが、「どうかご無事で」であり、「どうぞご無事で」は、既に出征した遠くの兵士の無事を祈っている風。

つまり、「どうぞ良いお年を」というのは、良い年を迎えられるよう神に対して祈っている感じ、「どうか良いお年を」は、人間運命は自分自身で切り開く、というタイプだろうか。

そういえば昔、どうぞこのまま、という歌があったが、あれは何で、どうぞ、なんだろう。

女性が、所詮長時間一緒にはいられない不倫相手に対して言う場合、どうかこのまま、を使うのではないだろうか。相手の男は神なのか。思うに、あれは不倫の歌ではなくて、デリヘル嬢と客の歌であるに相違あるまい。

(後記:歌詞では、どうぞこのままやまないで、と歌っているから、雨を降らせる天の神に雨を止めないように祈っているのであり、どうぞが正しい、ともいえる)

 |