小林一茶風日記

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2007-07-30

オウム裁判傍笑記』

青沼陽一郎 著

小学館文庫

ISBN978-4-09-402697-9

オウム事件の裁判に関して書かれた読み物。

麻原彰晃松本智津夫被告の裁判経過を軸に、オウム真理教事件の裁判に関していろいろなことが書かれた本だが、ざっくりといえば、そういったことよりも寧ろ、この著者のファンが読むようなもの、というタイプの本か。

私は、この著者は知らなかったし、本書を読んでもそこまでの思い入れは持てなかったので、だらだらと長いし著者の一方的な言い分が多く、正直やや微妙なところではあったのだが、面白く読める人には面白い本なのだろうと思う。

後は、それなりにまとまりはあって、特別悪い本でもないし、ファンが楽しんで読むのならばうだうだいってもしょうがない訳で、これはこれで、そういう本、とすべき本なのではないだろうか。

ファンの人や、ファンになれるかもしれないという人が読むのなら、読んでみても、という本だろう。

2007-07-29

↓このエントリ論理構造に関する考察

http://d.hatena.ne.jp/sivad/20070728#p1

先ず、御手洗氏の主張は、

A)「競争のないところにイノベーションは生まれない」

であると思われる。

A式は、私には穏当で妥当なものであるように考えられるし、ドラッカーもA式は否定しないと思うが(アメリカ経営学者がA式を否定すれば、多分革命だろう)。

これに対し、

B)「競争すればイノベーションは生まれる」

は困ったものだと批判しているが、A式とB式は論理的にイコールではない。

ドラッカーもB式は否定するかもしれないし、私もB式は少々危ういと思う。

しかし、B式を批判するのに、

C)「イノベーションは(多様性等の)競争の外部より生まれる」

ということをいっているが、C式が成り立てばB式が成り立たないかどうかは、明らかではない。「競争すれば、イノベーションが競争の外部から生まれる」という主張は、別に矛盾なく成り立ち得る。

そこで漸く、

D)「激しい競争は外部を潰す」

という主張が出てくる。

D式の激しいを括弧でくくって、すべての競争、に替えるならば、この修正D式とC式からは、B式のみならずA式が否定できる(従ってD式は、A式は正しいがB式は正しくない、という主張の根拠にはなり得ない 8月2日付記:これは間違い。C、D式が正しければ、A式が正しくてもB式は成り立たない)

そこで問題は、D式をA式に対する二次近接として認めるべきかどうか、ということになろう。

ある種の競争が外部を潰すものであることは、多分あり得ることだと思うが、競争一般が、あるいは激しい競争が必然的に、そうなる、かどうかは、少しく疑問ではないだろうか。

自由競争は自由競争である以上、常に一定の条件下で行われる訳ではない。

例えば、生物進化は、常に一定の条件下で競争が行われる訳ではない、という条件の下、有性生殖という手段で行われてきたが、常に一定の条件下で競争が行われるのならば単性生殖の方が有利であり、人間をはじめとする多くの生命種が有性生殖を捨てていない事実は、長く激しい生存競争が、外部を潰す方向ではなく、多様性を確保する方向に作用してきたことを示しているのではないだろうか。

2007-07-28

私の意見では、これだけは聴いとけ、と確実にいえるクラシック曲が、少なくとも3曲ある。

以下、一応年代順。個人的にはマタイよりシャコンヌの方が凄いと思うので、名曲順という解釈も可。

 

一.J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番ニ短調」BWV1004より「シャコンヌ」

魂が震える名曲。シャコンヌを聴く、という経験は、一種の宗教的経験に等しいと思う。

さあ、震えるがいい、といっていた某ゲームの評判は、余り芳しいものではなかったが。

 

二.J.S.バッハ『マタイ受難曲』BWV244

よくクラシックレーベルで名曲ベスト100みたいな企画があるが、そこら辺の有象無象の名曲を100曲聴くのなら、真の名曲を100回聴いた方が良い。つまりマタイを100回聴くべきだ。

 

三.R.ワーグナートリスタンとイゾルデ 前奏曲

曲そのものとしてはベストワンに挙げる程の名曲ではないかもしれないが、音楽史的な意味合いから、聴いておけとしかいいようがない。現代音楽は殆ど受け入れられていないので、事実上音楽はトリスタンとイゾルデでストップしたままである、といってあながち間違いではあるまい。

 

4曲目を挙げるとすれば、モーツァルトレクイエムだが、これを挙げるべきか、削るべきか、結論が出ない。じゃあ5曲目はベートーヴェンの第九かな、となると、私は余りベートーヴェンの良い聴き手ではないし、第九よりはエロイカという考えもありそうだし、エロイカは削れるでしょう、となれば、第九は削れるので、第九が削れるのならば、モツレクも削れそうで、あれ半分くらいモーツァルトじゃないし、削れそうなのは取り敢えず削っておけ、と考えるのならば、削るべきか。

2007-07-27

赤城

農相の政治資金二重計上は、選挙直前のこの時期に出てくるのは何かの陰謀か、と一瞬陰謀論に思いを馳せたが、余り大きなニュースにならなかったというか、ことここに至っては、大勢に影響なし、という感じだ。

ところで、自民党が派閥抗争を繰り広げていた時代には、たとえ参議院選挙でも負けるという失態を演じればただちに総理総裁から引きずり下ろされる要因となったものだが、今の自民党にそこまでの内部抗争の火種はあるのだろうか。

2007-07-25

『やさしい統計入門 視聴率調査から多変量解析まで』

田栗正章/藤越康祝/柳井晴夫/C・R・ラオ 著

講談社ブルーバックス

ISBN978-4-06-257557-7

統計学についての教科書的な本。

大体のところ、学部レベルの統計学に関する教科書もしくは副読本、といった本か。

あんまり特別のものでもないと思うが、そうしたもので良ければ、そうした本。

教科書できっちり勉強したい人なら演習問題付きの教科書を買った方が良いような気もするし、そこまでの意気込みがない(私のような)人がだらだらと読めるような読み物でも余りないのでは、とは思うが、いきなり教科書はちょっと、というケースもあるだろうから、興味があるならば、読んでみても、というところか。

宝くじの話が分かりにくいとかいう部分もあるが、新書サイズの教科書的な本としては、こんなもの、という本だと思う。

そうしたもので良ければ、読んでみても、という本だろう。

以下メモ

ポアソン分布は、事象の起こる確率が小さく、試行回数が多い場合の二項分布の近似である。

・平均μ、標準偏差σの正規分布に従う確率変数Xを、Z=(X−μ)/σといった標準得点Zに変換すると、Zは平均0、標準偏差1を持つ正規分布に従う変数となるが、このZの分布を標準正規分布といい、Zの数値がある値以下になる確率を標準正規分布表より求めることができる。

2007-07-23

アドマイヤムーンゴドルフィンから40億のオファー

がくる、というのは嬉しいけれども、エンドスウィープの多分最高の後継種牡馬候補があっさりと外国に出て行くというのは、母父サンデーで日本ではというか社台では使い難いだろうとはいえ、釈然としない思いは残る。

ノーザンダンサーとかミスタープロスペクターとかロベルトとかの優秀な実子種牡馬は日本には来ない、というようなことが言われていた時期を知っている身にとっては。

2007-07-21

『日本の神話伝説を読む 声から文字へ』

佐佐木隆 著

岩波新書

ISBN978-4-00-431078-5

口承文学のあり方という視点から、記紀等に見える伝承のいくつかを解釈した本。

口承文学のあり方、というのは、一文でいえば、言葉の持つ意味の広がりや近い意味の言葉、近い音韻を持つ言葉等の豊かな連想から、ストーリーが重複されていく、といったものであり、例えば、クシには酒という意味もあるので、スサノオがクシナダ姫を救う時に、八俣のオロチに酒を飲ませて退治したのだ、というようなことがあれこれと書かれている。

いくつかの伝承について書かれた、ややとりとめのない雑学本っぽい感じの本ではあるが、そうしたもので良ければ、読んでみても良い本か。私はこういったものは好きなので楽しめたし、割と面白い本ではないかと思う。

「『古事記』は日本に現存する最も古い書物である」とか、さらっと断言してしまうのはどうかというような部分もあるが、多分、特に問題とする程でもないだろう。

興味があるならば、読んでみても良い本だと思う。

以下メモ

・口承時代の伝承では、固有名詞が話の内容を示していることがよくある(メモの最後の例を参照)。

・輝くは、古くはカカヤクだった。

・西の方に国は見えない、といって死んだ仲哀天皇は、途中までは降りてきたオシホミミノ命と同様に、国見の失敗を示している。

・鏡は影見のことだとされるが、雨音、酒樽、風向き、船乗り、胸元、目蓋、のように、eの音が複合語の時にaの音になる言葉は、aの音の形が古く、複合語の場合に古い形が残ったと考えられている。

雄略天皇によって殺されたオシハノミコの子供オケとヲケという名前は、置く、ヲク(招く)、という言葉から来て、父のオシハノミコの遺体が捨て置かれたこと、雄略没後に飯豊王によって招き入れられたこと、を示しているのだと解釈できるだろう。

2007-07-20

現代では、

大地震が起きても援助物質が比較的早く届くから、個人で大量の食料を備蓄しておく必要性は薄い、といわれるが、考えてみると、これは東京にも当てはまる話なのかどうか、東京に大地震があった場合、被災者の数が多いだろうこと、ロジスティック等をコントロールする頭脳部分が麻痺する危険性が高いこと、から、援助物質の投入も遅れがちになる可能性があるのではないだろうか。

麻生外務大臣によれば、

一俵1万6千円の日本のお米が中国では7万8千円で売れるとのことだが、そんなのは最初だけで、そのうち下がるのではないだろうか。

イトーヨーカ堂等では2kg3千円くらいで売り出す、ということなので、一俵=60kgで9万円だから、現状はそんなものなのだろう)

カリフォルニア米等との競争もあるだろうし、なにより、中国のお米をパッケージだけ日本産の米にしてしまえば20倍の値段で売れるというのなら、悪徳業者が黙っていないと思うのだが。

2007-07-18

『政党が操る選挙報道

鈴木哲夫 著

集英社新書

ISBN978-4-08-720397-4

自民党と民主党がテレビメディアに働きかける広報宣伝活動に関するリポート

全体的に、ありがちな一通りのリポート、という本か。

政党の宣伝活動に対しては、なるようにしかならないでしょというか、アメリカの方が先行しているのだから日本でもいずれそうなるでしょというか、自民党も民主党もやるのならばそれで良いのでは、としか私には思えないので(金のない弱小政党は困るかもしれないが)、特にそう思えるのかもしれないが。

一通りのリポートである、ともいえるし、通り一遍のリポートでしかない、ともいえるし、後は、どの程度のものが読みたいのか、という問題が多分に絡んでくるだろうから、一通りのリポートで良ければ、読んでみても、というところ。

特別でもないが、悪くもなく。一通りのリポートといえば、一通りのリポートではあるだろうから、そうしたもので良ければ、読んでみても、という本だろう。

以下メモ

選挙におけるメディア対策の基本は、選挙の争点を先に作ること。

・テレビでも、とりわけ公示後の報道には、一応それなりにバランスが考慮される。日本テレビでは、先の衆議院選挙の公示後から投票終了まで、ニュース番組では造反とか刺客とかいった言葉は使用しなかったらしい。

・取り上げて欲しい情報があったら2社の記者がいる所で話す。1社だと記事にされないこともあるが、2社だと、相手に抜かれると思えば、率先して大きな記事にする。

2007-07-17

ちなみに私が15歳の頃は、25歳まで生きられればいいと思っていた。

20歳の頃は、35歳まで生きられればいいと思っていた。25歳の頃は、45歳まで生きられればいいと思っていた。

定量的なデータを持ち合わせている訳ではないが、若い、ということは、永遠今日を生きている、ということであるから、こういう傾向は(少なくとも近代以降は)基本的にそれ程変わりがないのではないだろうか。

私より上の団塊の世代を見ても、安保騒動なんていうのを、この先30年50年生きるつもりでやっていたとはちょっと思えないし、その上の戦中・戦前派ともなれば、20歳の頃は21、2歳まで生きられればそれこそ文字通り御の字だった訳だが、果たしてそれが時代のせいとのみいえるのかどうか、寧ろ若い精神構造のあり様というのが、そういう刹那的な考えと親和的だったのではないだろうか。

若い頃は、人生が短い、とは思わなかったし、短くても別にかまわないと思っていた。でも今は、人生は短いと思うし、それが惜しいとも思う。多分、年を取った私は、もはや永遠の今日を生きてはいないのだろう。

cfhttp://d.hatena.ne.jp/orangestar/20070716/1184526842

2007-07-15

スーパーコンピューターを20万円で創る』

伊藤智義 著

集英社新書

ISBN978-4-08-720395-0

専用計算機GRAPEに関して、そのプロジェクト黎明期を中心に描かれた開発物語

基本的にはプロジェクトX風のそれなりの開発物語だと思うが、尻切れトンボというかめりはりがないというか、山なし、落ちなし(意味は、ない訳ではないだろう、多分)、という感じを、個人的には受けた。

最初から開発物語だと思って読んでいればまた違ったかもしれないが、開発物語ならば計算機の完成がクライマックスになる訳で、現在も継続中のプロジェクトで且つ一号機が試作機みたいなものだから難しい面はあったのかもしれないものの、もう少し、計算機の完成に向けての盛り上がりみたいなものがあっても良かったのではないだろうか。平均的にそれなりに面白いが、なんか盛り上がりのないままに終わってしまった、という印象。

平均的にそれなりに面白いので悪い本だとはいえないだろうから、興味があるならば、読んでみても、という本ではあるが、積極的に薦めるにはやや疑問の故なしとはしない。実際に開発した人が執筆しているという点で貴重なものではあり、またそこが興味深くもあるのだろうが、開発者が書いているのにルポ風になっていて、妙な感じはするし。

それなりに面白いので惜しい気はするが、敢えて薦める程ではない。それでも良ければ、というところだろう。

2007-07-13

ちなみに、

辞書によれば子というのは男性を現す言葉であるらしい。

解説子、はPCな表現ではないかもしれない。

2007-07-12

『評伝 斎藤隆夫 孤高のパトリオット

松本健一

岩波現代文庫

ISBN978-4-00-603154-1

斎藤隆夫について書かれた本。

評伝といえば評伝だが、政治思想史的な観点から著者が斎藤隆夫について語ったもの、と捉えた方がより穏当な本ではあろうか。

純粋に第一義的には、斎藤隆夫について知りたいという人よりも、この著者のファンの人が手に取るような本ではあると思うが、そうしたもので良ければもとより良い訳だし、そうでなくても、斎藤隆夫について書かれたものは余りない、ということなので、興味があるのならば、読んでみても、という本か。

斎藤隆夫が軍部に反対する演説をして議会を除名されたことは知っていてもそれ以上のことは知らなかったので、読んでみたのだが、粛軍演説と反軍演説の二つがある、ということも認識していなかった私には、結構面白い本だった。

(二・二六事件の後、三月事件や十月事件をうやむやで済ませたのが間違いの元だと軍を批判したのが粛軍演説。日中戦争について、現実の見通しもなく「聖戦の美名に隠れて」だらだらと戦争を続けている、と批判して、議会を除名されたのが、反軍演説)

欠点としては、全体的に、余り論理的な構成感がないような気がする。斎藤隆夫が惑溺から自由だったとする根拠が述べられていない、とか、鳩山一郎が浜口雄幸を倒すために統帥権を持ち出したことを著者は批判しているが、斎藤隆夫がそのことをどう思っていたのかは余り詳らかではない、とか、リアリストの斎藤隆夫と、ロマンティスト北一輝中野正剛とを分けるものは何か、というモチーフを著者は設定しているものと考えられるが、その結論は私にはさっぱり分からなかった、とか。

だから、必ずしも良い本だとまでは評価できないが、いろいろと興味深くはあったので、一応それなりの本であるのではなかろうか。

興味があれば、読んでみても、というところだろう。

以下メモ

・憲政会を代表して普通選挙法の制定を求めた斎藤隆夫は、時期尚早だとする原敬が民意を問うた解散総選挙で落選している。

・反軍演説は、速記録からの削除の決定が遅れたため、地方版新聞には全文が載った。

(ちなみに、解説子は演説内容は正確に報じられなかったと書いているが、本書における記述ではこうなっている)

・斎藤隆夫は、除名される前、議員辞職を求める民政党幹部に同意したが、党側が、自らセットの条件とした議長の辞任を飲むことができなかったので、流れた。この時の幹部会の使者は、小泉又次郎と俵孫一(小泉孫太郎の曾祖父と俵孫太郎の祖父)。

斎藤の除名は、新党運動の中で行われており、除名二日後の3月9日に衆議院で「聖戦貫徹決議案」が可決され、3月25日には、民政党を除く各派議員によって「聖戦貫徹議員連盟」が結成されている。「聖戦貫徹議員連盟」は6月11日、各政党党首に解党を進言し、大政翼賛会へと進んでいった。

2007-07-10

先日、

私の上司のところに、口振りは殆ど893の自称B地区関係者から電話があった。

全部聞いた訳ではないし、どうしたのかも知らないが、おたくの会社の差別教育はどうなっているか、差別解消のための教本にこれを買え、みたいな話。

(所謂似非なのだろうが、真面目に解放運動をやっている人から見れば、自分達とは関係ないのかもしれないものの、第三者的に見れば、真面目な運動の上に乗っかっている訳で、区別はつき難い)

上司のことは、たいした仕事もせずに高い給料をもらって、いい御身分だな、と思っていたのだが、いろいろと大変なこともある訳で、余り出世はしたくないものである。

そういえば子供の頃、うちの父親が、あの人はどこそこの出身だから、みたいなことをはき捨てるように言ったことがあって、父はそういう差別をする人なのかとちょっと軽蔑していたのだが、小企業のそれなりに偉い人であった父の元にも、今回のような話が来ていたのだろうか。

2007-07-09

暗殺国家ロシア リトヴィネンコ毒殺とプーチンの野望』

寺谷ひろみ

学研新書

ISBN978-4-05-403458-7

リトヴィネンコ毒殺事件に関して、その背景等を解説した本。

リトヴィネンコと親しかったり、あるいは敵対したりした人物の人脈図を描きながら、ロシア現代史における権力争いを素描したもので、毒殺事件そのものについては、独自の情報等がある訳でもないので、陰謀論の範疇を越えるものでは余りないが、事件の背景を解説したものとしては一通りのまとめではあろうから、そうしたもので良ければ、読んでみても、という本か。

一応の流れとしては、ソ連邦崩壊後のロシアでは組織犯罪者がはばをきかせ、そうした中から、オリガルヒと呼ばれる新興の実業家達が財を成してきたが、プーチン政権による中央集権化政策の元で、国家権力と結び付いた実業家が、オリガルヒに替わって台頭し、シロヴァルヒと呼ばれるようになっている、というところ。リトヴィネンコはオリガルヒの側に立ってプーチン批判もしていたらしい。

ポロニウムの説明にたどたどしいところがあるとか、ヨハネ・パウロがジョン・ポール英語形になっているとか、妙な部分もあるが、元々陰謀論に近い話でもあるから多少は眉に唾をつけなければならない訳で、こんなものといえばこんなものだろう。

一通りの簡略なまとめなので、私のようにロシアの現状を全く追っていないと、ついていくのがやっとという感もややあるし、ロシアの現状を多少追っている人には、目新しいものは余りないかもしれないが。

全体的に、特に、という程でもないが、事件の背景を解説した本で良ければ、それなりのまとめではあると思う。

興味があるならば、読んでみても、という本だろう。

2007-07-06

『戦国の城』

小和田哲男

学研新書

ISBN978-4-05-403462-4

戦国時代に築かれた城に関していろいろなことが書かれた本。

特にテーマはなく、大体のところ雑学本と考えておけば良い本で、城の構造等の無味な概説部分もあるが具体例に即して書こうとはしているようだし、興味があるならば読んでみても、という本ではないだろうか。

特別でもないが悪くもなく。対象となっているのは、武田氏や今川氏が築いたあくまで戦国時代の城が多く、そうした戦国時代の城に関する雑学本と考えるなら、こんなもの、という本ではないかと思う。

戦国時代の城に関する雑学本で良ければ、読んでみても、という本だろう。

以下メモ

・城は古代においては「き」と読まれており、城をしろと読むようになった最初の例は、山背国を山城国と表現するように命じた桓武天皇の詔であろう。

・南北朝期には山深い所に千早城等の堅固な山城が築かれたが、室町時代に入って大名の所在地は政治・経済上の要衝であることが重視されるようになり、里に程近い城が平時の居館とセットで存在するようになった。武田氏の躑躅ヶ崎館も、平時の居館であり、戦時の詰の城である要害山城とセットになっている。

秀吉が攻めた時の小田原城は城下町までを堀と土塁で囲んだ惣構になっていたが、その後に大坂城三の丸の外側に惣構を築かせているところを見ると、秀吉は城下町までを囲む惣構が実戦において有効であると認識したらしい。

2007-07-03

失言で辞める大臣

というのは、植民地で良いこともやった、などの保守的な本音が出て、失言となっている場合が多いのではないかと思われるが、原爆投下を「しょうがない」が失言となった今回のケースは、寧ろ左寄りの本音が出た珍しいパターンなのか、それとも、騒いでいるのは主に被曝者団体のようで、被曝者団体は左翼陣営との親和性があるだろうから、左から叩かれる従来通りのパターンなのだろうか。

三種の神器

稲田智宏 著

学研新書

ISBN978-4-05-403469-3

三種の神器について書かれた入門概説書。

三種の神器について、その現状と由来、歴史的経緯等を一通り簡略にまとめたもので、大体のところ、ごくストレートな入門概説、と考えて間違いのない本だと思う。

ストレートな入門概説である分、特別なものでもないが、入門概説で良ければ、読んでみても良い本ではないだろうか。

若干神道寄りではあるような気はするが、神道寄りでない誰がこういう本を書くのかということもあるし、問題とすべき程でもないだろう。

後はストレートな入門概説。新書レベルの入門概説としては、十分な本だと思う。

興味があるならば、読んでみても良い本だろう。

以下メモ

・元々、神道においては様々のものに神がいつくのだから、シャーマンのように人が依代となることに何の問題もなく、現人神は異常な現象ではない。

・世俗の人間が見たものは俗の領域に触れたことになってしまうから、神器のようなものは、見ないことによって、その神性が保持される。

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