小林一茶風日記

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2007-10-30

『近代科学の源流』

伊東俊太郎 著

中公文庫

ISBN978-4-12-204916-1

中世西欧科学史について書かれた本。

一応、タイトルにもなっているように、近代科学の源流を探るというモチーフはあり、完全に通史という訳でもないが、選択にあたっては、ほぼ通史、と考えておいた方が良い本か。

堅めだし、直線的にテーマが論じられているのでもないし、面白おかしいトピックスがあるのでもないので、必ずしもそう単純に楽しめる本でもないと思うが、中世西欧科学の通史で良ければ、読んでみても、というもの。

著者は、中世の科学が近代科学を準備し、アラビア科学が中世科学を準備し、ギリシャ科学がアラビア科学を準備したというが、そのギリシャ科学を、オリエントの科学が準備した点には全く触れられていない、とか、ガリレオ実験は再現不可能らしい、とか批判もできるが、中世西欧科学史としては、こんなものなのだろう。

読み物としてそう面白いものでは余りないと思うが、通史で良ければ、読んでみても、というところ。

読んでみたいのならば読んでみても、という本だろう。

以下メモ

・まだ余りローマ化されていなかったイギリスにおけるキリスト教の布教は、ギリシャ・ローマの進んだ科学知識を同時に注入することによって行われたので、中世初期には多くの優れた知識人がイギリスから出た。カロリングルネサンスが、ヨークからアルクインを招くことによって巻き起こったのは、そのためである。

・古代ギリシャの自然観では、神、人間、自然は同質のものだったが、中世ヨーロッパのキリスト教社会では、これらの間に、創造主である神と、被創造物である人間、更にその人間が利用するために創られた自然、という階層ができた。人間が自分とは異質の自然を支配し、利用することは、近代に入って登場した機械論的世界観によって貫徹された。

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