小林一茶風日記

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2010-05-31

『追悼 「広告」の時代』

佐野山寛太 著

洋泉社新書

ISBN978-4-86248-544-1

著者によるエッセイ

前半は広告論的なまとめだが、後半は著者なりの提言(地産地消生活のススメ、みたいな)になるので、そういうのが好きな人向けの本で、結局のところ、著者のエッセイと考えておくのが良いと思う。

著者のファン向けの本。こういうのが好きならば、というか、好きな人だけ勝手に読んでいてください。

人口爆発、地球温暖化、リーマンショック、という通俗的な80年代ニューアカ的広告論だが、最近こういうのはあるのだろうか。80年代にはケータイインターネットもなかったわけで、80年代ニューアカ的な広告論を現代において書いてみたらこういうのになりました、という感じの本ではあるから、その点では、意味があるのかもしれない。

バブル崩壊もソ連崩壊も著者の論にはあまり影響を与えていないみたいで、だからこそ80年代のニューアカ的なものがそのまま出てくるのだが、その点は、個人的には興味深かった。

以下メモ

・広告が人々に与えた夢は、消費文化の始まった19世紀には王侯ブルジョアの生活であり、高度成長期の日本においてはアメリカ型の生活という、実際に存在するものだった。

ヨーロッパにおいては、

ソ連やベルリンの壁の崩壊後、共産主義に対する幻滅が広がり、日本共産党のように共産党を冠する政党名はほとんどなくなったという。そこで、日本においては、日本共産党は何故日本共産党のままなのか、という問題がただちに出てくる訳だが、その理由について、少なくとも一端は、日本においては、同時期にバブル崩壊が起こったから、ではないだろうか。

80年代において、共産主義経済体制に対する憧憬を持つ者は、日本の経済体制に対して反発を持っていただろう。日本の経済体制を肯定する者が異なる経済体制に憧憬を持つ理由はない。そのような状況で、ソ連崩壊とバブル崩壊が同時に起これば、どうなるか。

ソ連崩壊は確かに共産主義経済体制に対する否定をもたらすだろうが、バブル崩壊はその人が持っていた日本の経済体制に対する反発を肯定するものであり、前者の否定は後者の肯定によって相殺されるであろう。

それ故に、日本においては共産主義に対する幻滅が広がらなかったのではないだろうか。

2010-05-27

『質量はどのように生まれるのか 素粒子物理最大のミステリーに迫る』

橋本省二 著

講談社ブルーバックス

ISBN978-4-06-257680-2

質量がどのように生まれるかについて書かれた本。

全体に、素粒子物理学のものとしては標準的な一般向け解説書、という本か。特別でもないが悪くもなく。質量がどのように生まれるかについて書かれているので、それに興味があるならば、というところ。

やや詰め込みすぎの感はあるが、質量に関する説明としては話の筋を追いづらい面はあるものの、いろいろと詰め込まれているのは読み物としては楽しいので、一長一短。本書の分かりにくさは、多分、詰め込みすぎというところから来ている気がするので、他にも素粒子物理の本を読んでいるような人なら、大丈夫だと思う。

後、個人的には、結局のところ、数式を解くとこうなるからこうなんだ、という以上のことはあまりいっていないような印象を受けたが、そういうものなんだろうか。光速で進めないことが質量の本質、ということで良いのだろうか。

全体的に、特別でもないが悪くもない本。

興味があるならば読んでみても、という本だろう。

以下メモ。

・運動量とエネルギーの関係を、異なる座標系でも同一の法則が働くように調整すると、ローレンツ変換が出てきて、E=mc^2/√(1-v^2/c^2) が導かれる。静止しているときはv=0だから、E=mc^2。

・粒子が回転しているとき、粒子は進行方向に対して左巻きか右巻きかで回転している。回転しながら進む粒子を、追い越していく粒子から見た場合、粒子は同じ向きに回転しながら逆走するので、回転の向きは反対に見える。右巻きに進んでいる粒子でも、追い越していく粒子から見れば、左巻きになる。質量ゼロの物質は光速で進むが光速で走る粒子を追い越すことはできないから、質量ゼロのとき、粒子は、左巻きか右巻きかが完全に定まる。質量のある粒子は光速で走ることができないため、両方の回転が混ざり合ったものとなる。

・電子等の粒子は、スピンという回転量を持っているが、弱い力は、スピンがマイナスの粒子(とスピンがプラスの反粒子)にしか働かない。

・ボース粒子はエネルギーが最低の状態にすべての粒子が集まってボース‐アインシュタイン凝縮を起こすが、二つの粒子を同じ状態にすることができないフェルミ粒子でも、二つの粒子がペアになれば、ペアがエネルギー最低の状態に入り込んでボース‐アインシュタイン凝縮を起こすことができる。真空中では、クォークと反クォークがペアになって、対生成、対消滅を繰り返し、ボース‐アインシュタイン凝縮を起こしていると考えられる。

・真空中のクォークのペアは、運動量を持たないように逆向きに走り、角運動量を持たないように回転の向きが同じになっている(逆向きに走るので打ち消し合う)。左巻きのクォークは左巻きの反クォークとペアを作り、右巻きのクォークは右巻きの反クォークとペアになっている。

・クォークの質量をゼロと仮定しよう。質量ゼロの粒子は光速で進むから、左巻きか右巻きかを完全に区別することができる(カイラル対称性を持つ)。このクォークが真空中を進むとき、例えば右巻きのクォークは、真空中で左巻きのクォークとペアになっている左巻きの反クォークと対消滅して、左巻きのクォークが残る。左巻きのクォークは、今度は右巻きの反クォークと対消滅して、右巻きのクォークになってしまう。クォークの回転が左巻きか右巻きかを区別することはもはやできない。さらに回転の向きが変わる瞬間、クォークは逆向きに進む。クォークそのものは光速で走っていても、行ったり来たりすることで平均の速度が遅くなってしまう。

・実際には、クォークが現実の2%程度の質量を持つと考えると、残りの98%をこの機構で説明することができる。クォークが予め持っていた2%の質量については、弱い力の理論が持つゲージ対称性を壊すヒッグス場という考えを持ち込む。左巻きの粒子にしか効かない弱い力の場合は左巻きと右巻きを混ぜることができないが、ヒッグス場を組み込むことで、ゲージ対称性を保ったまま左巻きと右巻きを混ぜることが可能になる。ヒッグス場がゼロでなければ、この項目が質量として効いてくる。

2010-05-17

冬眠の謎を解く』

近藤宣昭 著

岩波新書

ISBN978-4-00-431244-4

冬眠に関して研究してきた著者の研究生活を総括した本。

内容をともかくとすれば、著者がこれまで行ってきた研究の方法や内容がよくまとまっているし、現在判明していることから著者が想定する大胆な提唱もなされていて、体裁的には、良く書けている本だと思う。

ただし、内容的には、論理的に甘い部分があるような気がすること、まだ分かっていないことの方が多いように思えること、の二点から、やや微妙な本。心筋細胞の変化に冬眠全体を代表させているとか、シマリス寿命実験に対する解釈がおかしいとか、説明が不十分なだけなのか、研究の実際では論理的な飛躍は当然のことなのか、それともこの著者の特質なのか、は分からないが。

悪い本だとまでは思わないが、取り立てて薦めるほどではない。

一般的には、概年リズムで濃度が変化するというHP複合体の作用機序が判明してから、くらいで良いのではないだろうか。

特に、というほどでもないと思う。

それでも良ければ読んでみても、というところだろう。

以下メモ

・心筋細胞が興奮するためにはカルシウムイオンチャンネルが正常に動作することが必要だが、低体温ではこれが巧く働かなくなる。冬眠時のシマリスの心臓では、カルシウムイオンチャンネルではなく、細胞内の筋小胞体からカルシウムイオンを放出、回収することで、カルシウムイオンチャンネルの働きに替えている。

・冬眠中の動物は定期的に中途覚醒を起こしている。中途覚醒時に代謝産物の処理をしていると考えられるが、中途覚醒してすぐのジリスの脳波に深い睡眠時に現れるデルタ波が頻発していたことから、冬眠時には睡眠していないので睡眠するために覚醒するのだという説もある。

・冬眠時にはエネルギーが外に向かわず、生体機能の修復や再生にエネルギーを注ぎ込めるので、冬眠によって寿命を延ばせるかもしれない。

2010-05-07

『村人の城・戦国大名の城 北条氏照の領国支配と城郭』

中田正光 著

洋泉社・歴史新書

ISBN978-4-86248-545-8

北条氏照が拠点とした城やその城を中心に行った領国支配に関して書かれた本。

特にテーマもない漫然としたコラムで、内容そのものもかなり好事家向けのニッチなものではあるが、それにもまして分かりにくく捉えにくいので、完全に素人お断りの本。

引用されていない文書について、あの文書に○○と書かれているのは〜、みたいな記述が堂々と出てくるのは、ちょっとびっくりする。全体にそんな感じで、著者の知っていることをべたべたと並べているだけであり、読者が何を知らなくてどういう風に説明するか、というような契機はほとんどない。

元々ニッチな内容で好事家向けの本だから、好事家にはこれでも良いのかもしれないが。

好事家の人がそれでも良ければ、というところ。

一般向けに薦められる本ではないだろう。

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