小林一茶風日記

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2007-08-12

余人をして替え難い、

なんていう仕事をする人は、圧倒的に少数派だろう。

とりわけ、学者というものが、35歳くらいまでになにか決定的な仕事をしなかったら、余人をして替え難い業績を残すのは無理な職業である、というのは、何も数理物理学者に限ったことではないのではなかろうか。

他の誰かによっては代替のきかない仕事をしているのでないならば、そこでは当然比較優位の原則が働く訳で、比較優位の観点からいえば、誰もが自分に最も適した仕事に就くことは社会全体の最適解を保証しないから、当人にとっては最も適した仕事をしているのではないとしても、それだけでは、そのことが取り返しのつかない不幸であったかどうかは分からないし、本人にとってはまだしも、社会にとっては、それが最も良いことだった、ということは十分にあり得ることだろう。

ひょっとしたら、ノブレスブリッジもそういうものかもしれない。

cf:http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/20070811/p1

東大教養囲碁講座 ゼロからわかりやすく』

石倉昇/梅沢由香里/黒瀧正憲/兵頭俊夫 著

光文社新書

ISBN978-4-334-03410-8

囲碁の入門書。

全体的に、そう特別でもないが悪くもない、別にありそうな入門書か。

他の囲碁入門書は読んだことがないので知らないが、特に分かりやすい、ということはなく、寧ろ難しめではないかと思うし、東大での講座を元にしているので成人の入門用を目指しているということではあるらしいものの、大体のところ、別にこんなもの、という感じの本ではないだろうか。

悪くはないので、読んでみたければ読んでみても、というところ。

置碁の指し方を指南してあるのが特徴といえば特徴かもしれないが、他の囲碁入門書は知らないので、違うかもしれない(将棋の入門書で駒落ち戦の指し方を指導している本は多分余りないと思うが、駒落ちと置碁とでは異なるから、囲碁の方はこんなものなのかもしれない。実際、検索してみると置碁の本も結構あるみたいだ)。

全体的には、別にありそうな普通の入門書だと思う。

入門書が読みたいのならば、読んでみても良い本だろう。

しかし、囲碁で養う考える力、

というのは、正直どうなのだろう。

こういうのは、ある種のパターン認識だから、それ専用の神経細胞しか働いていないのではないだろうか。

経済の専門家が他の分野に関してはとんでもないことを主張する、とか、物理の専門家が脳科学の分野で、とかいうようなことは、ままあることだが、それは、ある専門領域で必要な考える力と、別の専門領域で使われる考える力とが、必ずしも同一ではないことを示しているのではないか。

そういったものを捨象して、すべての専門領域で必要な考える力、あるいは思考力一般というものを、措定できるのだろうか。

そうでないならば、囲碁をして、囲碁に必要な考える力を養ったとしても、それは他の分野で必要な考える力を養うことになるのかどうか、ことによったら桎梏となるリスクもあるのではないだろうか。

ただし、当該分野が行き詰まっている時には、その分野で必要とされてきたのではない考える力が必要な場合もあるかもしれず、人間万事塞翁が馬ということか。

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